代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第五話 叙任式

 

 

統一暦240年(西暦2690年)4月

 

第三星系総督府(旧ハヤブサ連邦)

第一群州烽丈市(だいいちぐんしゅうほうじょうし) 起源国軍基地

 

起床ラッパの音と同時に起き上がり、直ちに寝具を整えてから軍服へと着替え、朝礼へと向かう。

既に入隊から二ヶ月以上が経っていたため、青木祐輔の身体は、日々の過酷な訓練に順応し、軍隊生活に溶け込んでいた。

 

午前5:30に時計が切り替わった瞬間、この区域における新兵教育の責任者、アミュンタス・ガヴラス大佐が訓練場に設置された演壇に登った。

 

「Remember Origin」

 

ガヴラス大佐の敬礼に、新兵らは一糸乱れぬ動きで敬礼を返す。

 

「おはよう諸君。本日も人類の起源たる母なる地球に感謝を注ぎ、唯一人類国家に奉仕しうる人材へと一日も早く成長するため、全力で訓練に励め」

 

短い挨拶を澄まし、ガヴラス大佐はくるりと反転し、兵舎の訓練場へ繋がる正面玄関に掲げられている執政官 ジョルジュ・アース・ンガングガに視線を向けた。

 

「父なる執政官閣下に敬礼!」

 

彼の号令に合わせて、再度、新兵達は敬礼する。

 

「よし!では朝の体育訓練を始める」

 

朝食前の空腹時に、毎日、ランニングや筋トレ等の体力訓練が1時間ほど行われているのだ。

祐輔は、さすがに慣れてきたので、顔色一つ変えずにトラックをランニングで周回しているが、始めのころは、途中で立ち止まったり、ゼイゼイと荒い息をしながらヨタヨタと走っていたりしたせいで随分と殴られた。

父親からの暴力から逃れたかと思えば、次は上官からのそれが待ち受けていたのである。

 

その後、6:45より朝食。

私語は許されない。

午前中は座学が中心であるが、そこで最も重視されているのは、起源国のイデオロギー学習である。

地球を捨て去った忘恩の徒にして、人道主義を掲げながら多数を見捨てた"逃亡者"は、地球人類に対し、賠償を行うべきという点。

そして、地球こそが人類唯一の故郷であり、その地を統一した起源国こそが人類を正統に支配しうる唯一の政府であるため、人類を統合する義務を負っている、という点。

この二つの思想は、何度も繰り返し繰り返し教えられる。

 

午後は実技、射撃訓練等が行われる。

当然、体罰は日常茶飯事であり、身体の何処にも痣が無い、という瞬間は存在しない。

 

「貴様!何度言えば分かるんだ!」

 

殴打の音は常に何処かに響いている。

噂によれば、起源人類の新兵相手には暴力は余り用いられていないらしい。

ここでも、差別が蔓延しているというわけだろう。

 

実技は、新陽の顔が半分程隠れた頃、18:00頃になって漸く終わる。

心身ともに毎日ボロボロにされるのだ。

そうして、風呂に入り、汚れを落とした後、19:30に食事。

20:40から食後に、プロパガンダ映像の視聴会が行われる。

その後、温習の後、22:10に就寝。

これが祐輔ら訓練新兵らの日常である。

 

そんな代わり映えのしない、陰鬱な日々を送っていた祐輔だったが、彼の退屈であるがある種の平穏さのあった日常は、直ぐに終わることとなるのだった。

 

「喜べ新兵諸君」

 

ある日の朝、アミュンタス・ガヴラス大佐が朝礼にてニヤニヤとした口を開いた。

 

「諸君ら元名誉起源民らに、我が祖国へ忠誠を示す機会がやって来た」

 

ガヴラス大佐は、指で指示し、部下に空中ディスプレイを起動させ、スライドを表示させる。

 

「貴様らもニュース等で聞いてはいるだろう。我が祖国がついに、唯一人類国家に仇なす不届き者共を収容する施設を次々完成させつつある、と」

 

一同は、その言葉に表情を瞬時に引き締まらせる。

話の先を大方察したからだ。

 

「さて、そんな折、我が軍はこの惑星ハヤブサ、第三星系総督府において未だ抵抗を続ける地下勢力の拠点を突き止めた」

 

クルリ、とガヴラス大佐は身体の向きを新兵らに向け直した。

 

「そして、作戦実行に当たり、新兵教育の一貫として何名か我が第十特殊教育隊を参加させても良い、と第三師団の第四連隊長が許可してくれている」

 

スライドには、地図と、赤い点、恐らく拠点の位置だろう、が示されている。

 

「参加者は、此方で選定した。成績の良い者達に行かせるのが良いだろうということでな。総合的な順位と、我等の評価を総合し決定された。今より発表する。傾聴し、呼ばれた者は返答せよ」

 

スライドが切り替わり、教育隊の名簿が表示された。

 

文 奉吉(ムン ボンギル)!」

「はっ!」

山野要(やまのかなめ)!」

「はっ!」

林 隆之(イム たかゆき)!」

「はっ!」

「青木祐輔!」

「..はっ!」

 

祐輔の名が最後に読み上げられ、参加者の発表は終了した。

 

「作戦は明後日である。各々、連隊の足を引っ張ることがないように、訓練にはより一層身を入れ、頭の方も、しっかり調整しておけ」

 

トントンと指で頭を叩き、ガヴラス大佐はねめつけるようにして、新兵らを見渡すのだった。

 

「はっ!」

 

全員の敬礼と共に朝礼は終わったが、祐輔は、周りが動き出してからも数秒程、固まってしまっていた。

 

どうして自分が、と去来する不安と、ついに来てしまったという諦めにも似た気持ちが同居する複雑な心境を抱えたまま、彼はその日の訓練をこなすこととなるのだった。

 

祐輔が選ばれた理由は至極単純で、座学が上位、そして実技面でも平均以上という全体的に見ても優秀な方であったためだ。

その上、入隊から今まで一度も問題を起こしていない、まあ、家族を人質に取られたも同然の入隊だったのだから当然だが、ことが素行も優秀という評価に繋がり、それ故に彼は選抜されたのだ。

 

そして明後日。

烽丈市から数百キロ離れた、行政区画上は隣接する都市、華吹市(はなぶきし)にて、祐輔を含む、50余名の小隊は、連隊司令部より命じられた所定位置に付いていた。

他の選抜メンバーも、それぞれ別な小隊に配属されている。

 

「21:00に作戦行動を開始する。良いか?名誉出だからと言って手を抜くなよ。お前はもう、れっきとした起源民なのだ。祖国に忠義を尽くせ」

 

名誉出身だからと差別している癖によく言う。

小隊長の言葉に、心中で祐輔は、毒づいていた。

 

「貴様は後方で我等の動きを見ておけ。それと、周囲の警戒だ。良いな?」

「はっ」

 

小声で返答。

後は、作戦開始まで沈黙である。

そして。

 

「....作戦開始!全員、目的の施設へ突入せよ!」

 

小隊長に続く形で、隊員達が一斉に隠れていた茂みから飛び出し、目標の建物は六階建てのマンションである。

住民の約40%が逮捕リスト、若しくは警戒リストに乗っているというおあつらえ向きの場所だ。

 

「抵抗する者は容赦なく射殺せよ!また、リストにない住民も拘束しろ!4割も祖国に対する不忠が報告されているのだ。残りも何かしらあるに違いない!」

 

八方から小隊が一挙にマンションを包囲し、三ケ所ある入口から合流した複数の小隊が中隊へと編成を戻しつつ、侵入していく。

 

「1階の制圧、完了しました!」

「よし!二階から居住スペースだ。全員気を抜くな!」

 

ドタドタと階段を駆け上がる大部分の兵と、エレベーターを監視する兵とに別れ、作戦が本格的に動き出す。

祐輔らの部隊は、三階の担当であった。

フロアを仕切るガラス戸を潜り抜け、部隊員らがフロアに到着するなり、中隊長がフロアに響き渡るよう声を張り上げた。

 

「起源国軍だ!全員、30秒以内に外に出よ!黙殺、抵抗に対しては銃火を以てお答えする!」

 

フロア中がバタバタと騒がしくなり、次々扉が開け放たれていく。

 

「全員扉の前に並べ!」

 

銃口を向けられる恐怖から震える住民らは、大多数が大人しく従っている。

 

「...ん?おい、貴様」

 

303と書かれた扉の前にいる住民に、中隊長が声をかけた。

 

「はっはい..」

「304は空き室か?」

「....えと..」

「嘘は、ろくな結末を迎えんぞ?」

「す、住んでいます!男が、二人..いつもならいる時間な筈です!」

「よろしい...おい、アーキル兵長。楊二等兵とリール一等兵を連れて突入しろ」

「はっ!」

 

命じられた三人は、扉に容赦なく銃撃を加え、扉を蹴り壊して突入する。

 

「待て!」

 

アーキル兵長が部屋に突入してから五秒と経たず、彼の怒号がこだまする。

 

「撃て!」

 

そして、銃声。

 

「確保!確保!」

 

声を受け、数名が応援で飛び込み、一分と経たずに一人の男を兵らが連行してきた。

 

「二人ではなかったか?」

「一人は死にました。頭を撃ち抜いてしまって」

 

アーキル兵長の報告に中隊長は頷き、他の待機する住民らに視線を戻した。

 

「逆らえばこうなる。大人しく付いてこい」

 

何でもないことのように住民を殺したことを報告する兵と、無機質に自身らに命じてくる男。

恐怖しないはずもなく、そして、逆らおうとする者など、出よう筈がなかった。

 

概ね、殆どのフロアで大した問題もなく制圧が完了したようで、唯一6階で軽く銃撃戦が行われた以外、つつがなく制圧作戦は終了した。

 

数十分後、マンション前の道路にて、護送車に住民を乗せつつ、マンション内の捜索も行われていたのだが、祐輔のいる中隊が制圧した三階から保安隊の捜査員が報告にやって来た。

 

「失礼!よろしいでしょうか」

「どうした?」

「報告にあった逃亡未遂の者らの寝室にですね、このようなモノが発見されまして」

 

空中ディスプレイを出し、捜査員は、隊員らに"それ"を見せた。

 

「ダブルベッド...と写真か?」

「ええ。写真を拡大しますね」

 

拡大された写真は、二人の青年が、何処かの観光地で親密そうに腰に手を回しているモノだった。

 

「男二人で生活し、ダブルベッド、そしてこの写真」

「なるほど。"異常性愛者"か」

「ええ。それと、コンドームも発見されました。確定かと」

 

中隊長は頷き、先程のアーキル兵長を呼んだ。

 

「おい、さっきの部屋の男、連れてこい。"例の件"に丁度良い」

 

言われ、アーキル兵長は部下を引き連れ一台の護送車へと向かっていく。

 

「新兵。貴様、名はなんだったか」

「...青木、祐輔です..」

「そうだったな。では、青木二等兵。我等が祖国の法律は知っているかね?」

「は、はい..基本的な所は..」

「我が国における同性同士の恋愛、所謂異常性愛はどのような扱いか?」

「き、矯正施設へ最低三年、であります..」

「惜しい。それは自首した場合だ。

発見され拘束。更に性的接触の疑いある場合は、懲役15年以上及び矯正が原則だ。そして、残念なことに先程の彼は逃亡未遂犯でもある」

 

祐輔は、話が読めず、戦々恐々としていた。

 

「喜べ。青木祐輔。君が一人前の起源国軍人となる機会だ」

 

新兵四名、それぞれが、それぞれの配置されている部隊で、同じような問答を受けていた。

これは、あらかじめ"特殊教育隊"つまり、名誉出身者らを指導する部隊から依頼されていることなのだ。

反逆者、もとい、かつての同胞を一人以上始末させるように、と。

 

「連れてきました」

 

目隠しをされ、後ろ手に拘束された男がアーキル兵長らに連行されてくる。

男は、カタカタと震えていた。

 

「よし。では、貴様。そこに跪け」

 

命じられ、男は、最早力の入っていないだろう足を、ガクガクと震わせながら、跪く。

 

「青木二等兵。これで撃て」

 

中隊長が、祐輔へハンドガンを手渡した。

"名誉出"は作戦中以外の銃器携行は許可されていない。

 

「で、ですが。彼は..」

「異常性愛者なだけでなく、逃亡を図った逆賊だ。躊躇する理由を認めない」

「....」 

 

手渡された銃を握り、祐輔は、男の頭に、手の小刻みな震えを隠すように素早く向けた。

 

「....はっ..はっ..はっ..」

 

呼吸が荒くなっていく。

それが、跪く男のモノなのか、自身のモノなのかも分からなくなるほどに。

ハヤブサ連邦においては、むしろ同性婚の合法化まで行われていた。

つまり、祐輔にとっては、犯罪者でも何でもない、故郷を同じくする男を、殺せと言われているに等しい。

 

「どうした?逆賊への同情は疑惑の種だぞ」

 

楽しそうに中隊長は嗤う。

 

「....」

「フッ。仕方ない。耳を貸せ」

 

中隊長は、祐輔の耳に顔を近付け、囁いた。

 

「特殊教育隊を通して、君を推薦した李少佐より言伝を預かっている。

"彼は非常に起源国に対する忠誠に厚い。しかし、迷う時もあるだろう。そんな時は、起源国への感謝を思い出させてあげて欲しい。こう伝えてくれれば直ぐにでも、思い出しますよ"、とね」

 

そして、中隊長がその言葉を、下品な嗤いを浮かべつつ、伝える。

 

『君の家族の安全は、私が保障している』

 

祐輔は背筋を凍り付かせていた。

その言葉の意味は明白だろう。

李少佐の一存で、家族はどうにでも出来る、そう言っているに他ならない。

 

祐輔は、家族、母と弟の顔を思い浮かべていた。

 

「無理しないでね」

 

母はいつもそう言っていたが、彼女は、少しでも息子達に楽をさせてやりたい、好きなモノを買えるようにしてやりたい、と父、憲吉の機嫌を損ねることを承知で、毎日のように残業をしていた。

そして、祐輔らを、暴力から身を呈して庇ったことは、数えきれない。

 

無理しないで。それは、俺が言うべきことだった。

 

「気を付けてね」

 

学校に行く前だったり、今までなら「頑張ってね」と言っていた祐輔の弟、優は、あの日、軍の営舎に行く時だけは、気を付けてねと、そう言った。

何か、まだ幼いながらに悟ったのかもしれない。

分からないなりに、心配してくれたのだろう。

 

大切な、家族。

手は震え、荒い息が胸を激しく上下させる中、祐輔は、引き金に指をかけた。

 

 

しかし、そこから力を入れることが出来ない。

無実の人間を撃ち殺すなど、そう易々と実行出来るものではないものだ。

 

「ふむ。これでもダメとなると...まあ、しかし、忠誠があるかどうかとは別に、今まで刷り込まれてきた常識と決別するのは難しいのだろうね?」

 

中隊長は、そう言いながら笑顔を浮かべた。

 

「私は優しいんだ。だから、後一分待とう。本来なら反逆者としても良い頃合いだが」

 

そして、と彼は続ける。

 

「その間、独り言を話そうと思う」

 

彼は、ニンマリと口を開いた。

 

「最近各地で収容所が完成しつつある。そこでは、女はどう使われているだろうか。例え反逆者であっても、使える"モノ"は持っている。そうだろう?」

 

下品な顔で周囲の部下に笑いかけ、彼らも下品に同調する。

 

「例えできても堕ろせば良い。まあ、4、50代位までなら、そういうのが好みな連中もそれなりにいるからな、需要はあるだろう」

 

そうでなくとも、と楽しげに手を広げ、語る。

 

「労働力として多少でも使えれば充分」

 

明白な脅迫。

いや、祐輔に取っては、意図の明白な脅しであった。

 

漸く、父親、憲吉という恐怖から解放されたのに、今度は別な形で心を殺し、恐怖を与え、最後には肉体的な死をも与える場所に、母を、弟を、送ることなど━━。

 

しかし、目の前の男性は、ただ普通に結婚していただけで━━。

 

だけど、撃たねば。

 

「無理しないでね」

「気を付けてね」

 

無理は━━ 。

 

母はいつも、憲吉の暴力に震えながら言っていた。

「大丈夫だからね」と。

自分達を安心させるために。

 

撃てば、取り返しが付かない。

 

「今日来た奴等みたいに、皆を監視して、逮捕したりさせられるかもだし」

 

分かってたことだ。でも基之、お前は正しかったよ。いや、もっと酷かったが。

 

「兄ちゃん!また遊びに行こうね!」

「私は貴方達が元気でいてくれればそれでいいの」

 

母さん、優...。

 

定まらない思考の中、彼の脳裏には走馬灯を見るようにして、家族の、友人の顔が駆け巡っていく。

 

そんな祐輔の様子に構うことなく、中隊長は、そうそう、と空中ディスプレイを起動させ、ある資料を写し出した。

 

「何と驚くべきことに、本格稼働から僅か二ヶ月で、収容されている反逆者共の死亡率が20%を越えたらしい。この数値は現在も増加していっているらしいな。

まあ、反逆者が何人死のうが、我々"起源民"の知ったことではないが」   

 

暗がりの中でほつれた糸のようにグルグルと定まることのなくなった祐輔の脳に、これが最後の一押しになってしまった。

 

乾いた金属音が、街灯に照らされた、薄暗い道路に響く。

"それ"は崩れ落ち、赤黒い池を作り上げていた。

 

その様を見ながら、中隊長や兵士らは、どこか満足そうに、そして、どこか嘲笑するような笑みを浮かべながら、祐輔に向かって拍手を送るのだった。

 

 





Tips
外惑星側が地球を殆ど警戒していなかったのは、自分達が脱出に際して残された地下資源の多くを使い込んだことや脱出後に起こっただろう社会の混乱から内紛絶えない惑星であり続けるだろうと考えられていた為、まさか統一国家を早々に形成し、しかも自分達に復讐をしにくるとは全く考えの及ばないことであったためである。
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