代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第六十二話 成すべきこと

 

「どうする?」

「………」

 

明子の問いかけに、基之は答えを出すことが出来なかった。

彼女の方も返答を期待していたわけではないのだろう。

催促することもなく、自らの任に戻る。

しかし、状況は悪化していっている。

素早い決断の求められる状況だ。

故に彼女は、チラリと基之に視線を向けるのだった。

 

 

─分かっているさ。分かっている。 

基之は明子の視線に気付いていた。

そして、その目が語る所も。

 

しかし、まだ何か手はあるのでは?

確かに大気圏内での機動力には劣っている。

だが、目の前の艦隊は虎の子である筈だ。

そう、予備は殆ど無いだろう。

もし余裕があるなら、銀河連盟の戦力をある程度推測することは起源国にとって容易。

それを圧倒的に上回る数を出してくるだろう。

しかし、現実に戦っているのは同数に届くかどうか、という程度だ。

 

ここを突破すれば、ほぼ無防備のディスティニア大陸が広がっている。

 

口惜しさが、彼の判断を鈍らせてしまっていた。

 

そうだ。まだ勝ち目はある。

基之には、可能性も見えていた。

 

会敵時、彼等はその機動力を活かして先制攻撃をしてくる、ということはなかった。

殆ど同時に撃ち合いとなり、更に起源国大気圏内艦隊も数隻被害を受けているのだ。

 

そして、基之は会敵時、恥ずべきことではあるが、未知の敵への考察に気を取られ、発砲の判断が僅かに遅れていた。

これらの意味する所は、彼等の射程範囲は航宙戦力である銀河連盟軍よりも狭い、ということだ。

ほんの僅かかもしれない。

しかし、それには意味がある。

 

「何隻かを囮にし、その隙に後退…敵射程圏外からレーザーキャノンを集中して…」

 

諦め悪くしがみつく基之。

彼らしくない優柔不断。

目の前には祐輔がいるのだと、その想いが彼を、曇らせていた。

 

「はあ…基之!」

 

黙ってみている訳にもいかないか、と明子は立ち上がり、彼に呼びかける。

 

「焦ってもどうにもならないよ。ここで無駄に戦力を擦り減らして、どうするの?補充の当てはある?避けられる損害を生み出して、無理に進軍して。その先に、私達の、貴方達の未来はあるの?」

「……っ。分かっている。──分かっている…んだ…!」

 

顔を歪め、右手で頭を掻きむしる。

しかし、口は理性が勝利し、占領していた。

 

「全艦、全速上昇!大気圏外へ一時退避する!」

 

拳を強く握り締めながらも、彼は逃げる事にその頭脳の全霊を注ぐことを決めていた。

 

「ニューアメリカにいる分艦隊に伝令!全艦、大陸制圧を中断し拠点の海岸防護に努めろ、と!

敵射程は我々より短い。防衛ならばある程度は有利に戦えるはずだ!」

「我々は殿を務める。全砲門を敵艦隊左翼へ向けろ」

 

撃て、と基之が号令すると同時、幾本もの光線が空を征服し、起源国艦隊の一部へ直撃する。

 

包囲網の一角を集中的に狙うことで相対的な命中率を引き上げたのだ。

 

「単座戦闘機部隊!崩れた場所から離脱しろ!」

 

命令を受けた単座戦闘機の生き残っているパイロット達は直ちに隙となった空域を目指し、飛ぶ。

だが、当然起源国の戦闘機もそれを察知し追いくる。

 

「だろうな!だからこそ──!」

 

笛戸は操縦桿を引き下げ、急降下をした。

笛戸の機に狙いを付けていた数機は突然の自殺行為にしか見えない隙だらけの急降下に驚愕と狼狽をしつつも、目前の餌へ反射的に喰らいつく。

 

だが、その頭上を、笛戸の仲間、銀河連盟の機体に襲われることとなる。

 

彼らは罠にかかった、しまった。と認識するよりも前に、コクピットへ機銃を叩き込まれるのだった。

 

「よく気付いてくれた!このまま味方の援護に回るぞ!」

『ええ〜。まだ逃げないんすか』

「当たり前だ!俺らが粘らんでどうする!新米を一人でも多く返すんだよ」

 

笛戸の後輩がどうやら彼の意図に気が付き、援護したようで少々生意気なボヤキを入れつつも、彼の後を付いていくのだった。

 

 

「折角だ!旗艦の兵装全部試すか!」

 

敵艦に囲まれた状況で妙なテンションに突入している基之。

オペレーター達も同様で、アドレナリンが出ているのだろう、笑いつつ同調する。

 

「良いですね!これとか使ったことありませんでしたな」

 

放たれたのは徹甲弾。

敵装甲の貫通を目的としたものだが、基本的にレーザーや小型核爆で事足りる場面が多く、装甲の貫通のみを目的とするタイミングもなかった故に眠っていたようである。

 

見事に一隻に命中し、そこが丁度機関部だったのか瞬時に炎が吹き出、爆発炎上を始めた。

そうしてそのまま燃え盛る船体は真下の海上へと落下していくのだった。

 

「基之さん!最後の艦が目標座標へ到達しました!」

「では我々も速度を上げるぞ!」

 

単座戦闘機編隊の被害は膨らみ、生還率は戦争の開始から初めて7割を切った。

敵の数が多少銀河連盟よりも低かったことが幸いした数字である。

損傷した機体も含めると数字は逆転し、7割越えの戦闘機が海の藻屑となったか、何らかの手傷を負っていた。

 

艦隊も初撃からの混戦でニ隻大破。

五隻が中破。

旗艦ハルキマスも撤退時に幾らかの損害を与えられ、小破。

その他、何かしらの損傷を負った艦は全体の半数を超えている。

大破した船体の内一隻は最早使い物にならず、帰港後解体されることとなるため、実質一隻の撃沈という初の大きな損害であった。

 

物的な損害は致命的とはならなっかたものの、ここまで無敗であった銀河連盟軍の構成員達にとって、この敗走は少なからぬ精神的な衝撃を受けるものとなってしまった。

戦争なのだ、常勝、という事はあり得ない。

不可能事である。もし、そんな事が可能ならば、そもそもハヤブサ星系から飛び出す必要もなかったのだから。

 

だが、多くの者達にとっては、百聞こそが雄弁なる真実である。

基之の無敗神話は尾ひれが付き、広まっていた。

 

そして、基之の指導力は無敗の神話故にこそ、という側面が大きい。

特に彼の人となりを知らないメンバーにとってはその実績と無敵とも思える性格、正確にはその"噂"、こそが何よりであった。

 

「…何だよ。負けたんじゃん」

「あいつ、戦闘機にやられたってよ」

「……何で宇宙になんかでちまったんだろ」

 

この小さからぬ傷が、やがて大量出血へ繋がることを、基之も、明子も、この時点では連盟の誰一人として、知る由もなかった。

 

 

どうにか拠点へと戻った基之達は防衛線を敷き、警戒を続ける。

だが、起源国も固められた防衛線に突っ込む愚者である筈もなく、1週間以上もの間、これによって膠着が齎されるのだった。

 

 

統一暦243年(西暦2693年)11月16日

 

基之らがニューアメリカ大陸に一先ずの防衛線を敷いてまだ日も経たぬ頃。

戦線の膠着を、第十二星系における最大のレジスタンスグループを率いるジェラルド・ターレスとその右腕であるジョン・アレンの2人は総督府に潜む"協力者"からの情報提供により知った。

 

「くそっ…!折角希望が見えてきたってのに!」

 

起源国側の政争に利用される形でルーカス暗殺を実行した彼らは、起源国保安隊からの執拗な攻撃を躱すためにも活動を縮小し、地下に潜っていた。

しかしそれでも逮捕者は相次ぎ、以前ほどの力を組織が行使することは難しいだろう。

 

そんな中での銀河連盟軍来訪。

天恵と呼ぶ他なかった。

これで第十二星系の戦力は銀河連盟にかかりきりとなるだろう。と。

その隙に再びメンバーを集結させ、蜂起なりなんなりをして起源国の体制を混乱させる。

そうして銀河連盟軍の行動を助けつつ、自分達も銀河連盟軍に助けられる。

 

直接連絡を取ることは難しいが、それでも実質的な共闘ならば可能である。

これをこそ望んだのだ。

だが、今やそれは困難であろう。

 

銀河連盟軍が起源国軍に苦戦させられているのだ。

目論見は崩れ去っていた。

 

「…起源国軍め…妙なものを隠していたものだな…」

 

ジョン・アレンの苛立つ声。

 

「今更言っても仕方がないさ…」

 

普段とは真逆でジェラルドの方が冷静であり、そうジョンをたしなめる。

 

「むしろやるべき事がはっきりしたじゃないか」

「何を言ってる。我々の戦力だけでは…」

 

ジョンは顔を上げた先にあるジェラルドの表情を視界に捉えた瞬間、言葉が止まった。

その表情は、ある種の覚悟を、何かを受け入れるような悲壮さと共に感じさせるものであった。

 

「何を考えてる…?」

「俺達の目的は何だ?」

「決まってる。連中を追い出して自由合衆国を再建するんだ」

「そうだな。そして今の俺達では単独での達成は難しい」

 

話が読めず、眉をひそめるジョンに、ジェラルドは小さく微笑みかける。

 

「分かっているんだよ。俺も、お前も。

託すしかないって」

「……まさか」

「ああ、俺達は蜂起し、連中の戦力も対処能力も此方に引きつける。

あのバカみたいな派閥争いの産物も俺達を目標にせざるを得なくなるはずだ」

「銀河連盟の勝利を信じて俺達はそのアシスト、というわけか?」

 

ジェラルドは頷く。

だが、ジョンは「危険すぎる!」と机を両の手で叩いた。

 

「銀河連盟が自由合衆国を尊重してくれるとでも!?。新たな占領者となるかもしれないんだぞ!」

「リオ・グランデは解放された」

「それも奴らの宣伝放送だ!」

 

銀河連盟軍は制宙権を確保した後から、宣伝放送を電波ジャックにより定期的に放送している。

その中でリオ・グランデの解放と独立、連盟への加盟も大々的に取り扱われているのだ。

しかし、それは銀河連盟の宣伝である。

ジョンが信じきれないのも当然であった。

 

「少なくとも建前上は独立出来る。しかも、見たろ?リオ・グランデ人が銀河連盟軍に加わっているんだ」

「無理矢理かもしれんだろう」

 

ジェラルドは「疑うのも分かるけど」と苦笑してから、「でもさ」と続ける。

 

「起源国をハヤブサ星系から追放して、そこで終わりにはせず、起源国という巨人に僅かな手勢で立ち向かう理由が征服、なんてバカな話はそうそう無いと思うんだ」

「誰がそんな野心塗れの私戦に命をかけてやるんだい。

恐らく戦略的な意味なんだろう。各星系を味方につけて起源国を倒す、という」

「なら話は簡単だ。俺達の協力を得るのに一番手っ取り早いのは"支配"じゃない"同盟"だ」

 

最後にジェラルドはこう付け加える。

 

「本当はお前も分かってるんだろう?」

「っ…」

「分かるよ。…俺だって出来れば自分の手で、議会に、官邸に、星自由旗を掲げたい」

 

だけど、とジェラルドは拳を握り締める。

 

「俺達である必要はないんだ」

「……ああ…そうだな」

 

ジョンは、運命を受け入れる事を決めた。

自らの明日の──。

いや、それはとうに決めている。

──相棒の運命を、受け入れたのだ。

 

「決まりだな。じゃあ、具体的な作戦を詰めるためにも幹部の招集を──」

 

ピコン、とタイミング良くジョンの腕時計型端末の通知音が鳴る。

 

「?…ジェラルド」

「何だ?」

 

そこには、彼等に時折情報を一方的に様々な形式で送り付けてきていた正体不明の、─彼は自身を"起源国のユダ"と自称していた─からのメールが表示されていた。 

 

「メールなんて今までなかっ…」

 

ジェラルドが文面を脳が認識すると同時、口は殆ど反射で閉じられていた。

 

【"大気圏内飛行空母型戦艦"、コードネーム"ウリエル"の駐屯基地である可能性の高い軍事施設リストを添付している。活用されたし】

【The die is cast】

 

「賽は投げられた、か…」

 

メールを締めくくるその文章は、ジェラルド達へのエールにも、"起源国のユダ"自身の決意にも思え、ジョンとジェラルドは息を呑むのだった。

 

「……これなら、俺達が銀河連盟を助けられるかもな…」

 

 

ほぼ同じ頃。

ニューサンフランシスコのクルスス・プブリクス・カンパニー第十二星系支社本部ビル、その最上階ではカルミネ・ソルデットが少し前に淹れたコーヒー、その最後の一口を飲み干した所であった。

 

「さて、彼等はあの情報を上手く使ってくれるかな…?」

「しかし、起源国は私を舐めすぎだ。軍事施設の位置など一通り頭には入っている。あんなものを見せれば、何処に係留するかなど一目で分かる」

 

全く、とカルミネはニヤつき、独り言ちる。

 

「派閥争いで生まれたことぐらい直ぐに想像もつく。…下手な隠し方だ」

 

しかし、と彼はお気に入りのビジネスバッグを持ち、十二星系支社長を呼んだ。

 

「あそこまで掴まれているのならコソコソする理由もあるまい」

 

呼び出された常務兼第十二星系総督府支社長は、2分とかけずにカルミネの下へそのだらしがない肉体を揺らしながら駆け込んできた。

 

「な、なんでありましょう」

「私は暫く出かける。それを伝えたかっただけだ」

「は。…して、何方に?」

「なに。ちょっとした休暇さ。君も私がいない方がのびのび出来るだろう?」

「は、いえ…CEOにいていだけた方が…皆の気持ちも引き締まりますし」

「ハハッ。無理をするな。まあ、私が抱えた仕事は区切りを付けてあるし、何かあれば対応出来るようコンピュータにデータを送っているから」

「因みにいつ頃お戻りに?」

「それも決めていない。まあ、気にするな。私は私の成すべきことをなす。君等も同じようにすれば良いさ」

 

何がなんだか、という狼狽を顔に浮かび上がらせる常務が落ち着くよりも先に、カルミネは執務室を飛び出す。

 

「じゃあ、また近い内に」

 

そうしてカルミネという主のいなくなったCEO専用の執務室。

そこに一人残されたのは支社長にして本社の常務。

 

彼は──。

カルミネが部屋から去るまで浮かべていた狼狽を一瞬にして消失させた。

そして、嗤う。

 

「反逆者め。ハハハハ。これでこの会社は私の…!!」

 

事前に話を付けていた保安隊へと彼は通話を試みる。

カルミネが社屋を出ると知らせるためだ。

しかし、瞬間、彼の端末は画面を乱れさせ、保安隊の顔ではなく、彼の上司の顔を映し出していた。

 

『名演技だったな。前の時には気付けていなかったよ。

だが、ライアン・マルドゥーンが掴んでいた情報レベルからして特定は容易だった』

 

常務も今度は、本物の狼狽を浮かばせていた。

 

『ああ、一応。これは録画だ。言いたいことは分かるか?』

 

足音、いくつもの足音が執務室へと近付きつつあることが、常務も耳から届く情報によって理解させられていた。

 

『君の行動はお見通しってことだ』

 

バン、と勢いよく開け放たれた扉から何名かの社の幹部らが雪崩込み、常務の肩を抱え、立たせた。

 

『ウチは自由な宇宙を、未知への探求を求めている。

それに反する国家を支援する者に居場所はない。

安心しろ、生活は保障してやるさ』

 

録画はそこで終わる。

常務は噛み殺したようにくつくつと笑っていたが、やがて狂ったように高笑いへと移行する。

 

「残念でしたね常務。私達は皆、CEOの同志なのですよ」

 

小さなクーデター未遂が沈静化してからというもの、情報提供者を失った起源国保安隊はカルミネの足跡を掴むことは出来ず、捜査は停滞。

カルミネを思いとどまらせようと、"政治"を行ったライアンは知らずに藪蛇をつついてしまっていたのだ。

 

彼は"政治"では動かない。

少なくとも、根本の信念はそこにはない。

ライアンは誤ったのだ。

行動理念を、信念を。

自らと同じように守りたいモノがあるのだと、そう考えてしまっていたのだ。

 

だが、そうではなかった。

彼は取り戻したい尊厳の為に戦っているのだ。

 

ほぼ全社を挙げた隠蔽も手伝い、カルミネの足跡は完全に途絶えるのであった。

 

 

それから1週間──。

戦線は膠着を続け、一進一退の攻防の様を呈しつつあったが、その喧騒や数多の死、とは未だに無縁なニューサンフランシスコ駐留軍司令部ビル、その清潔なビル、とあるフロアの一角、李樱花は信じられないモノを、その目に映していたのだった。

 

「祐輔…?無事、だったの…?」

 

彼女の息が止まり、一瞬の時が、空気へと溶け込む。

後ろ姿であったが、間違いようもない。

樱花は強い確信と、それ故に湧き上がる信じ難い目前の現実と、それに付随する疑問と、それらを上書きする歓喜と、に包まれていた。

 

彼は、青木祐輔は振り向き、樱花をその目に捉えると、ゆっくり、微笑む。

そして、こう、口を開いた。

 

「──…よう、樱花。なんだか久しいね」

 

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