代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第六十六話 責任

 

 

数時間前──。

ライアン・マルドゥーンがチャン総督へ詰め寄りに総督府へ向かう少し前。

総督府の一角、職員用通路にて。

 

「祐輔さん」

「…樱花。なんだい?」

「何処へ行かれるんです?」

「前に言わなかったよね。実家に行くんだ」

 

樱花の方に首だけを向け、身体は出口の方向を向いたまま青木祐輔は答える。

樱花は、聞いてはいますよ。と彼の方へと歩み寄る。

 

「でも、正確な日付は聞いていません」

「必要だったかな」

「私は、貴方の護衛ですよ」

「…今回は別の人間が護衛に付くから」

「…そうですか。何日ぐらいのご予定なんですか?」

 

彼の素っ気のない言い方に、樱花は悲しみを覚えることも、動揺することもなく淡々と事務的に会話を続ける。

 

「1週間ぐらい。家に帰る前に、近場の街でテレビ番組の撮影に出るらしい」

「またお人形役ですか」

「必要なことだ。俺にとっても、皆にとっても」

「"皆"。…そうですか。お気を付けて」

 

彼はやはり、最後まで身体を向けることはなく、プイと反対方向に首を戻すと、機械的に総督府の外へ通じるその道を歩んでいくのだった。

樱花はそれを、ただじっと、見つめていた。

 

 

 

 

起源国軍"ウリエル"艦隊が包囲網の中で息絶えようとしていた頃、銀河連盟艦隊はレーダーに一つの反応を捉えていた。

 

「一隻、此方に所属不明の艦が向かって来ています」

「所属不明?どういうことだ」

「"ウリエル"の反応と同じなのですが、船速も遅く、敵意は無い旨の信号を発し続けているのです」

「…望遠で見れるか?」

 

オペレーターは基之に言われ、望遠レンズの倍率を上げる。

しかし、まだ地平の向こうにいるようで、姿は確認出来ない。

 

「警戒にこしたことはない。単座戦闘機…いや、良い。数隻出そう。もうこっちは大丈夫だ」

 

3隻の臨時分艦隊が包囲網から外れ、レーダー反応の方へと向かう。

やがて、起源国軍艦隊に対する勝利は殆ど動かしがたい状況となっていることもあり、通信妨害の電波をストップし、遠隔通信を回復させて、向かわせた艦からの通信を受け取った。

 

自由合衆国解放戦線(F.S.L.F)と名乗っています。銀河連盟艦隊に合流したい、と』

 

報告を受けた基之はチラリと後ろに構えるカルミネへ目を向けた。

カルミネは僅かに肩を揺らし、フッと鼻を鳴らす。

基之はそれで察し、向かわせた艦に伝える。

 

「丁重に案内しろ。丁度こっちも終わったところだ」

 

降伏を願い出た数隻は残ったが、殆どの"ウリエル"艦はひたすらに抵抗を続け、青き海へと堕ちて行った。

そうして静寂、は空を駆る航宙艦の飛行音によって戻ってくることはなかったが、数多の爆発や光線の入り乱れることはなくなった。

 

「此方銀河連盟軍旗艦"ハルキマス"。自由合衆国の戦士と伺っている。応答されたし」

 

基之の呼びかけに、彼等は応える。

 

『此方、自由合衆国解放戦線。我々は敵艦を奪取し、貴方方銀河連盟の軍へ合流するべくここまで来た。貴軍の司令官とお話をさせて頂きたい』

 

基之は逡巡することも、勿体ぶるような真似もせず、即答する。

 

「勿論です。我々銀河連盟は皆さんを歓迎します」

 

そうして20分程し、基之は会議室に移動し、そこで"FSFL"のメンバーを出迎えた。

若い男女1人ずつと、中年の中でも比較的若そうな男の3人がFSFLの代表者として基之の前に立つ。

 

「我々の急な訪問に応じていただき感謝に絶えません」

「いえ、礼を言うべきは此方です。貴方方が"ウリエル"の数を減らしてくれたのですよね」

「ええ…そうです」

 

一瞬、代表者達の顔が曇ったように基之には見て取れたが、気の所為とも思える程度であったため、そのまま話を続けた。

 

「おかげさまで"ウリエル"の翼は全て手折れた」

「それは良かった。では、後はディスティニアを?」

「ええ。解放するだけです」

 

代表者達は心から安堵したような息を漏らし互いに目線を交わし合った。

 

「それで、リーダーは貴方でよろしいのでしょうか?」

 

組織の頭目が3人の何れか判断しかねた基之はそう尋ねたが、明瞭な返答の返ってくることはなかった。

 

「あ。あー。一応、私が臨時で代理を務めています」

 

中年の男がそう手を挙げ、言いにくそうに答える。

 

「代理。…というと、司令官はまさか…」

「…一人は、ご想像の通りです。ですが、二人いる内の一人は、存命中です」

 

申し訳なさそうな彼等の表情から何か込み入った事情のあることを悟った基之は「これは、失礼を…」と一先ず一人は亡くなった、という点に合わせ、謝罪する。

 

「いえ…その…いや、しかしこの星系まではるばるやってきてくれた皆さんに隠し立てというのも無礼な話ですよね」

 

中年の男はそう前置きし、かいつまんで基之ら銀河連盟側に事情を説明する。

 

「…つまり、そちらの代表者は今は職務を遂行出来る状況にない、と」

「お恥ずかしい限りですが…」

「仕方のない事です。それ程に大切な相棒だったのでしょうね」

 

基之は同情を示してから、しかし、と代表らを見据える。

 

「いつまでも、という訳にはいかないでしょう」

「それは…無論ですが…」

「…そのジョン・アレン氏とー会わせてもらえませんか?」

「アレン氏は…」

「分かっています。此方から伺いますので、案内をお願いしたい」

「交渉なら我々でも──」

 

「そうではありません」と基之は彼等の言わんとするところを否定する。

 

「そうではないんです」

 

結局、代表らは強硬に断る理由も理屈も持ち合わせておらず、押し切られる形となる。

 

「失礼致します」

 

ジョン・アレンが籠もっていると案内された部屋へ入り、まず基之が目にしたのは、床に両膝を付き項垂れる男、ではなく、その前に鎮座する冷凍カプセルであった。

そこには、眠っているかのように横たえらレれている遺体、─恐らく彼がジェラルド・ターレスなのだろうと基之は推測した─が、安置されている。

 

「ジョン・アレン解放戦線臨時司令官」

「…見ない顔だ。…それに、その訛り。ルイス・プラネット人ではないな。…そうか、貴方が銀河連盟の…」

「日野基之と申します。以後、お見知り置きを」

「見知り置く必要はない。─俺は、もう…」

 

一瞬だけ基之へ一瞥をくれたジョンであったが、引き寄せられるようにしてターレスの眠る顔へと視線を戻す。

 

「…貴方方が成し遂げてくれたことは聞きました。感謝してもしきれません。

しかし、なればこそ貴方方は分かっていたのではないですか?大きな犠牲が出る作戦だ、と」

 

ハハッと乾いた平板な掠れ声を発し、ジョンは言う。

 

「愚かだと笑ってくれて良い。言う通りさ。

しかし、それは自分の命の話だったんだ。

こんなことは…覚悟していなかった。

浅薄だと嘲笑われても文句はないさ」

「私はそうは想いませんよ」

「………」

 

ジョン・アレンは、一瞬ピクリ、と肩を揺らす。

 

「取り入っても意味はない。そんなもので消える傷ではないし、俺を取り込む意義もない」

「本心ですよ。私…俺も、全てを捧げたって惜しくない親友がいますから」

「………」

「あいつを助けたい。起源国から解放したい。

これは、俺のエゴです。あいつの意志は、分からないから。一度は振り払われてしまいましたしね」

 

それでも、と基之はジョン・アレンの側に立ち続ける。

 

「俺の恩人で、一番の親友だから。どうにか解放したいんです。

あいつがいなくなるかもしれない。もしかしたら敵として見えるかもしれない。

でも、その覚悟があるかは、正直確証は持てていません。持っていると思いたいですがね」

 

漸くこの段になってジョンは基之に目だけを向けた。

 

「そうか。それで、私の今を否定しない為だけに来たのか?」

「まさか。本題はここからですよ。

貴方の心情はある程度理解出来ます。覚悟が持てていなかった、と非難するつもりもない」

 

しかし、と語気を僅かに強める。

 

「あえて強く言うのなら、甘えるな、だ」

「…甘えてなど」

「部下…いえ、仲間に甘えているじゃないですか。

仲間達をここまで引き連れてきたのはそこにいるジェラルド氏一人ですか?

貴方はジェラルド氏の従者でしかなかったと?」

「!……」

 

基之はジョンへと詰め寄った。

 

「貴方には責任がある筈だ。仲間達をここまで、空の彼方へと連れ出した責任が。祖国の為に死地へと連れ出した責任が」

「…………っ」

 

気まずそうにジョンは視線を逸らす。

だが、基之が口を閉じる事はない。

 

「ジェラルド氏は、貴方に何も、託さなかったのですか?」

「…………!」

 

その言葉によって、漸く彼は記憶の洪水を受け止めることが出来ていた。

ただただ、現実に押し流されていただけの彼の脳髄に、数時間前からの全てが濁流として流入するかのように想起される。

 

 

「ジョン。…すまない…」

「もう喋るな!今医療班が!」

「手遅れだよ」

 

寂しく笑うジェラルドを、ジョンはただ見つめることしか出来なかった。

 

「……きっと、これで…銀河連盟は有利になる…」

「これで…祖国は、その名を…そして、きっと、自由を…」

 

つまり、とジェラルドは苦しみの中で呻くように言う。

 

「軍人の…責務を…俺は果た…した」

「待ってくれ…」

 

ジョンは握るジェラルドの手から力の抜けていくことを実感していた。

 

「後は…ジョン。あんたの…責務だ。軍人はもう、必要ない…スーツが、必要な時だ」

 

彼は、最期の時までジョークを交え、笑みを絶やさなかった。

 

「頼んだ…自由合衆国を…我々…の…祖国を…」

 

 

ジョン・アレンは、眠り続ける相棒の顔をもう一度見つめる。

 

「…すまない。すまない…!」

 

そうして、漸く彼は立ち上がる。

基之の方へと身体を向け、虚勢を、張った。

 

「手間を掛けさせました。日野基之銀河連盟軍司令官殿」

「宜しく。ジョン・アレン自由合衆国解放戦線臨時司令官殿」

 

そして、と基之はジェラルド・ターレスに敬意を籠めて敬礼する。

 

「ジェラルド・ターレス司令官。貴方のおかげで我々は勝利出来た。ここに、感謝と敬意を。どうぞ、安らかに」

 

ジョン・アレンはこの時、彼の相棒の、ジェラルドの正しかったことを知った。

『俺達の協力を得るのに一番手っ取り早いのは"支配"じゃない"同盟"だ』

銀河連盟が新たな占領者となることはないだろうという、彼の推測が正しかったのだと。

 

「さあ、行きましょうか。ニューサンフランシスコを制圧…いえ、解放しましょう」

 

銀河連盟艦隊は、一隻の"ウリエル"を伴い、ディスティニア大陸の空を駆り、大陸西岸を臨む地にある都市をその目に収めるのだった。

 

最早、僅かに残った"ウリエル"や航空機では、幾ら性能に差があろうと、隔絶したものではない故に、数を覆すことなど不可能。

故に、ただ散るのみである。

 

最早、ルイス・プラネット星系の宇宙は、空は、全て銀河連盟の制する所となった。

 

そうして、これまで拠点であるニューアメリカ大陸の防衛に割かれていた艦も合流し、降下作戦が開始される。

 

陸上兵力や、リオ・グランデで入手した陸上兵器が続々と投入され、まずはニューサンフランシスコの郊外を抑え、ビルの森へと装甲車や戦闘スーツに身を包んだ歩兵達が近付いていく。

海上と空を圧するべく、ニューサンフランシスコの港、その空を覆った。

これにより、この都市は完全に包囲されることとなる。

 

「…カルミネさん。少し良いですか?」

 

避難警告の後のニューサンフランシスコ外縁部への準備砲撃といった作戦の開始を見届けると、カルミネを自室へと呼び出した。

 

「何でしょう?」

「この都市を陥落させ切る前にやらねばならないことがあるのです」

「ふむ?既に時間の問題に見えますがね」

「そうですね。ルイス・プラネットの方は」

 

カルミネは基之の思考が読めず、ティーカップに口を付けつつ先を待つ。

 

「ある人物を我々の手にしたいのです」

「…ほう?総督ですか?それとも、ライアン・マルドゥーン?」

「青木祐輔」

 

先ず思い付く選択肢を挙げつつ安物の紅茶を余裕そうに啜っていたカルミネだったが、その名を聞いた瞬間、ピクリ、と僅かに目を上げると同時に口元からカップを離した。

 

「何のために…?」

「…宣伝ですよ。起源国の英雄になった名誉が起源国を裏切った、となれば恭順に希望を見出していた名誉起源民はどうなるでしょう」

「確かに、動揺はするでしょうし、我々の側に付く者も出るかもしれませんね」

 

ですが、とカルミネはティーカップを目の前の机に置く。

 

「ニューサンフランシスコ制圧後でも良いのでは?他星系への宣伝に使うのでしょう?」

「青木祐輔を恨んでいる者は多くいる。混乱の中で殺されてしまうかもしれない。それは、怒る自由合衆国市民かもしれないし、我々の誰かかもしれない。

或いは、ついでとばかりに"復讐派"が始末するやもしれない」

「それはそれで目的達成、では?英雄が消えれば六、七割程度、裏切ったと思わせるのと同様の効果を得られるでしょう」

 

基之は一瞬目を伏せた後、いや、とカルミネに向き直る。

 

「それでは、ダメなんだ」

「……仮に貴方の希望通り行動を起こすとして、何故私に?」

 

一先ず平行線を避けるため、そして、真意を探るためにもカルミネは話題を移す。

 

「貴方の情報網をお借りしたい。青木祐輔が何処にいるかは分からないが、何処にせよ、厳重な警備下にある筈だ。

それを情報もなしに無策で突破出来るとは思っていない」

「それに、まだ彼がニューサンフランシスコにいるという確証もない。

それも含めて、貴方の力を頼りたいのです」

 

カルミネは暫しの思考の後、一口、紅茶を口に含んでから、言った。

 

「情報網と言っても、我々は既に連中にマークされています。メンバーも逮捕されるリスクが高い。今、大量に処刑などしている暇も隙もないでしょうが、それでも拷問上等の収容施設へ一時的とは言え押し込まれることになるでしょう」

「……」

「命あっての物種、とは言いますが、命だけがあっても生きられない」

 

その上で聞きます、とカルミネは基之を見据えた。

 

「私情ですか?」

 

ぐっと眉を歪めてから、基之は目を押し付けるようにして瞼を閉じる。

数秒経ち、彼は、ふうっと大きく息を吐いた。

 

「やはり、バレますか」

「まあ全く意味がないとは思いませんが、あと少しでニューサンフランシスコそのものを落とせるという時に犯すリスクに見合うリターンはありませんからね」

「そうですよね。…ええ、私情です」

「青木祐輔との関係は?」

「……親友なんです」

 

基之は、明かすべきかどうか逡巡してから、彼と、彼の仲間達が負うことになるリスクを思えば、不誠実はあり得ないと、不利を覚悟で打ち明けることとした。

 

「…なるほど。分かりました。良いでしょう。弟に連絡します」

「え…良いんですか?」

 

基之は瞠目し、身を乗り出す。

 

「真意が知りたかっただけです。

私としては貴方に恩を売ること自体、吝かではありませんしね。

部下達も私の目的を良く理解してくれている。

つまり、リターンは…」

「分かっていますよ。宇宙開発の推進、ですよね」

「その通り。しかし、誰にやらせるのです?見た所、青木祐輔との関係を知っている者は、ゼロか限りなく少なそうですが」

「……それについてはどうにかします。明子以外にはさっきの理由を使うしかないですが…」

「ああ、彼女は知っているのですね。まあ、情報の方はお任せを。出来る限りはやります」

「ありがとうございます…!」

 

それから数日。

カルミネは再び基之と密談をしていた。

しかし、今度はジョン・アレンも加わっていることが大きな違いであった。

 

「カルミネさん…これは…」

 

基之は聞いていなかったことであり、僅かに動揺を見せた。

 

「いえね。調べたのですが、青木祐輔はニューサンフランシスコにいることは確実なのです。

居城も明らかになりました」

 

ですが、とお手上げだとばかりに両手を挙げ、カルミネは続ける。

 

「今の我々では警備の規模を伺い知る事は出来ても、脆弱性なんかは知りようがありせまん」

「そこで、彼に来てもらった、というわけです」

 

ああ、ご安心を、とカルミネは基之に耳打ちする。

 

「貴方の彼の関係については話していませんので」

 

ジョンはカルミネから渡された情報をデバイスでチェックしつつ口を開く。

 

「詰まるところは青木祐輔の誘拐、ということですね」

「まあ、言葉の上ではそうなります」

「不可能事ではないですよ。このホテルに通じるルートなら"協力者"や"鼠"が提供してくれている情報を使えば直ぐに構築出来るでしょう」

 

しかし、とジョンもまた、訝しむように眉を上げた。

 

「今、負うべきリスクには思えませんが…」

「…青木祐輔は起源民にも知名度がある存在です。戦意喪失にも一役買うでしょう」

「暗殺で良いのでは?」

「…それは…」

 

目を伏せる基之。

ジョンははた、と手を止める。

 

『俺の恩人で、一番の親友だから。どうにか解放したいんです』

 

「…………」

 

フッと息を漏らし、ジョンは上目で基之を見た。

 

「これで貸し借りなしですよ」

「!…では…」

「私が全面的にバックアップします。私個人の恩がありますから」

「お二人に心からの感謝を…」

 

基之は誠意を籠めて頭を下げるのだった。

 

しかし、作戦参加者はこれ程スムーズには納得しなかった。

 

ジョン・アレンの協力を取り付けてから更に3日後に基之が選りすぐり集めた、"ハルキマス"の乗員達であったが、作戦内容を聞くと、坂堂以外は色を成したのだ。

 

「死ににいくようなものだ!」

「何でこんな捨て駒にされなきゃいけないんだ!」

 

作戦目的についての疑問ではない。

作戦目的の効果や、裏にある基之の想いを察せられる程の戦略思考能力を持ち合わせてはいないのか、そこには関心がないのか定かではないが。

しかし、これだけは誰にでも分かることだ。

つまり、敵地に少数で乗り込み、VIPを略取する事が、どれ程危険で困難なことか。

具体を推測出来ずとも、死のリスクが高いこと位は想像が容易だ。

 

「基之さん。俺達はあんたを信じてる、信じてた!それは、こんな捨て駒として切り捨てる真似はせんって思ってたからだ!」

 

基之は、しかし、作戦目的について問いただされ無かったことにむしろ安堵しており、彼等の怒りについて動揺することは無かった。

理由は単純明快である。

基之は、その理由を口にした。

 

「私も行く」

 

これにはカルミネや、集められていた明子、そして、抗議していたメンバー達が目を見張った。

 

「は…?」

「私も行くと言ったんだよ。これで、捨て駒なんかじゃない、と理解してもらえるかな?」

「いや…そりゃあ…そうだけどさ…?」

 

困惑に包まれる抗議者達は、すっかり牙を抜かれていた。

 

「生きて帰るつもりだ。いや、必ず生きて帰る。そうでなくちゃならない」

「ちょ、ちょっと基之!」

 

明子がとりなすように間へ割って入る。

 

「いくら何でも危険過ぎる!貴方にもしもがあれば、この艦隊は…ううん…銀河連盟が…!」

「だからこそ、証明になるだろう。捨て駒でもないし、死地にただ送り出す訳でもない、と」

「基之さん。いや、あんたの言葉で充分だ。

そうまで言うなら信じるよ」

 

焦りつつも、基之が自分達を納得させる為にそう言ったのだと解釈した抗議者の一人は、基之の覚悟が口先ではないと気迫から悟り納得を示した。

 

基之はそれで落ち着いたかに見えたが、「よし」という呟きの次に、また驚愕を齎す。

 

「納得してくれたなら良かった。じゃあ直ぐに降下準備をするぞ。先ずはブリーフィングからだ。装備を整えて付いてきてくれ」

「俺達の、だよな?」

「ああ、私達の、だ」

 

至って真面目に答えられた彼等は、それが冗談の類いではあり得ないと悟り、数分前までの怒りが嘘のように冷め、むしろ焦燥に支配されていた。

 

「いやいやいや。ダメだろ。アンタはここにいてくれ」

「そうだよ。言葉だけで充分理解した。俺達がやるから」

 

いつになく強情な基之の様子に、事情を知らぬ者達は混乱し、明子は知っているが故に、危険だろうとなんだろうと飛び込むつもりだと理解し、焦燥する。

 

「なあ」

 

その喧騒を制する一人の声が響く。

 

「坂堂さん…?」

 

普段の様子とは全く異なる雰囲気の坂堂に明子は思わず目を見張った。

先程までは、彼にしては珍しく静かに成り行きを見守っていた事で、彼女の注意から外れていたことも多分に影響しているだろう。

 

「基之。俺はお前を信じてる。だからこの作戦にも文句は言わねえよ。

でも、何かおかしくねえか?いつものお前なら、俺達に命令与えて、生き残る術はあるって理屈で説明してくれるだろう」

 

基之は彼の言葉に反応し、忙しなかった身体を静止させる。

 

「…そうかな?」

「何か隠してねえか?」

「隠し事は幾つもある。全部を話すことは…」

「そういう事を言ってるんじゃねえよ」

 

基之にずいっと顔を近付け、睨みつける。

 

「別に隠し事自体は良いんだよ。お前はもう、司令官だもんな。

だけど、これは多分、違うんじゃねえか?」

「………」

「命賭けさせるってんなら…」

 

基之は遮るように漏らす。

 

「それに値する答えを得られないかもしれないですよ?」

「違えよ。命賭けるだけの価値を見せてくれってんじゃねえ。少なくとも俺は、命賭けるんだから何でそうするのか、ぐらい教えてくれって言いたいんだよ」

 

他の事情を知らぬ面々も、坂堂の言に、ヒソヒソと言葉を交わし出す。

 

「確かに、らしくないかも…?」

「いつもより強引だよな…」

 

明子はただ、静かに基之を見守っていた。

 

「なあ、お前ら」

 

坂堂はヒソヒソ話す同僚に目を向ける。

 

「お前らはどうだ?下らない理由だったら、この作戦、降りるか?」 

 

これには全員が頭を振る。

 

「いいや。基之さんは恩人だから、捨て駒にするつもりじゃないんなら、理由はどうでも良い」

 

一人はそう笑い、別な一人も頷き、口を開く。

 

「リオ・グランデを解放してもらった恩がありますから。しようのない理由でも、教えくれるなら充分です」

 

彼等が怒っていたのは、作戦目的についてではない。

ただ、今までの基之からは考えられないような、人命を捨てる、捨て駒、十死零生としか思えないような作戦を立てた事に怒っていたのだ。

他ならぬ信頼していた基之が、無意味に自分達の命を散らそうとしていることが許せなかったのである。

 

しかし、そうでないのならば、彼らにとって理由等些細な問題だったのだ。

 

基之は観念したように項垂れ、そうしてから、深々と彼等に頭を垂れた。

 

「申し訳ない。嘘を付いた」

「やっぱり生きて返す自信はないのか?」

「いや、そうじゃない。生きて帰らなきゃ、あいつを連れてこれないからな」

「あいつ…?」

 

坂堂は静かに問答を見守っていた。

 

「…祐輔だ」

「青木祐輔…?いや、祐輔って…」

「あいつは俺の親友なんだ」

 

これには、坂堂含め知らなかった者達は驚愕を隠せなかった。

 

「なっ…!?"裏切り者"の青木祐輔と?!」

「どういうことです?!」

 

基之は顔を上げ、彼等にしっかりと視線を合わせる。

その目を見た坂堂達は、混乱しつつも口を閉じた。

 

「一から説明させてくれ」

 

そうして彼は凡その事情を彼等全員に説明する。

 

青木祐輔とは起源国以前から友人であったこと、父親の不用意で家族全員が危険に晒されたが、祐輔一人が軍人となり、プロパガンダの宣伝材料となることを引き換えに、父親以外の罪を無かったこととする、という取引。

いや、実質的な強制で起源国軍へ入らざるを得なくなったこと。

 

そして、基之は彼を解放する為に"鷹鸇"で戦うと決めたことを。

 

「幻滅したと思う。…こんな理由で君達を危険に晒そうとしているんだ。もし、納得出来ないなら辞退してくれて構わない。

どうしても我慢出来ないなら、殴ってくれても良い…本当にすまない…」

 

しかし、基之の想像した反応と彼等の反応は違った。

 

「じゃあ青木祐輔も起源国の被害者だったってことか?!」

「あいつらなんつーことをしやがるんだ!自分達で攫ってきた奴を逆らえないのを良いことに英雄に仕立て上げてたんじゃねえか!」

「まんまと青木祐輔を憎まされていたってことですよね!?彼奴等、自分達は安全な所から…!」

 

むしろ、今度は基之が困惑する程のボルテージで怒っていたのだ。

 

「いや、でもあいつも無実の人を多く手にかけているから…」

「そりゃあ、それを許せないって奴等もいるだろうよ」

 

坂堂は、いつの間にか基之の隣に立っていた。

 

「俺だって簡単には許せねえと思う。でもよお、それは脅されてたからってことだろ?

なら、悪いのは起源国だ。どうしようもなかっただろ。基之が話した通りならよ」

「坂堂さん…」

 

結果的に基之の人選は正しかったと言えるだろう。

敵をしっかりと見据える事の出来る者達であったのだから。

 

「多分全員が今ので納得してくれるわけじゃあ無いでしょうし、貴方の戦う理由が私情に塗れてると知れば、幻滅し、何なら怒る人も出てくるでしょう。我々以外には広めない方が良さそうですね。青木祐輔との関係は」

 

リオ・グランデ出身の一人が少し落ち着いてからそう切り出す。

 

「それは同意」

 

明子も頷きつつ基之へと寄る。

 

「簡単に話さない方が良いのは変わらない。それは理解しているわよね?」

「ああ…。むしろ、受け入れてくれた事が驚きで…」

 

坂堂はニヤリ、と笑う。

 

「俺は、基之、お前を信じてるからな」

「我々も、貴方が仲間の命を軽視する人間に変わっていないと知れた。だから、信じます」

「皆…本当にありがとう…絶対に生きて帰る。全員で、祐輔を連れて!」

 

基之はこうして、少数ながらも、祐輔の境遇を、そして、基之の原点を知る者を得られたのであった。

 

 

 

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