代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第六十九話 沈んだ藁

 

統一暦243年(西暦2693年)12月10日

ニューサンフランシスコ

 

「っ……!!」

 

成人男性でも死に至る可能性のある高威力に調整されたテーザー銃による攻撃を受けてもなお、日野基之が意識を保っていたのは、身に付けていた防弾チョッキ、─鉛玉以外も考慮された耐電、耐熱も付随したもの─による防護と、基之の仲間の一人、カヴァコが咄嗟に彼を押し退けんとしたことが理由であった。

 

「…祐輔は…何処だ…!」

「幾ら直撃しなかったからってまさか喋れるとは…」

 

引き笑いを浮かべつつ"祐輔"は肩を竦める。

 

「貴方なら分かるんじゃないですか?

ねえ?銀河連盟司令官日野基之?」

 

『死亡したと推測されていた青木祐輔大尉は奇跡的な生還の後、順調に回復をしている模様です』

 

祐輔が、あの戦場にいたという事実。

目の前にいる男が、祐輔の姿をした別物であるという現実。

 

基之は、ガタガタと震え出す。

 

「"青木祐輔"は行方不明者のリストへ載るはずでした」

「宇宙戦での行方不明、その意味も既によくお分かりのはず」

 

恐らく、と"青木祐輔"は嗜虐心に歪んだ嗤いを浮かべる。

 

「最早、塵一つとしてこの世には存在していないでしょう」

 

そして、と彼は追い打ちをかける。

 

「それを成したのは貴方だ。日野基之」

「……ハッ、ハッ…ハッ」

 

短く荒い呼吸。

基之は息を吸えている感覚がなかった。

身体は無意味に酸素を渇望する。

しかし、彼はそれを叶えることも出来ない。

 

「俺…が…?俺が…?」

「青木祐輔。ルイス・プラネット星域会戦において、総旗艦"ソウル"に搭乗。─戦艦"ソウル"、ルイス・プラネット星域会戦にて、反乱軍旗艦"チュニス"によって撃沈」

 

フッと、"青木祐輔"は哀れみと嘲笑を同時に浮かべる。

 

「見事に土手っ腹を貫いたそうだ。"チュニス"…つまり君等の艦名で言う"ハルキマス"のレーザーが」

 

基之はやっとの事で立っていたが、今にも崩れ落ちそうであった。

 

「俺…俺は…いや、だっ…て…」

 

『死亡したと推測されていた青木祐輔大尉は奇跡的な生還の後、順調に回復をしている模様です。生還率3%という極低確率を生き延び──』

 

あのニュースは…。

基之は流し込まれる現実に抗する根拠を反射的に探る。

しかし、その根拠は──。

"起源国のニュース"

 

「…っ!」

 

じゃあ、本当に、祐輔は、俺が…。

俺の、最後の希望は、もう…もう─。

 

フラフラと焦点の定まらない基之の状態に構うことなく、"青木祐輔"は無感情に銃口を再び基之へ向けた。

 

「さて、最後に良いことが知れましたね」

 

引き金に指をかけるが、しかし、もう一つ、基之の傍で構えられた銃口が"祐輔"に向き、動きを止める。

 

「黙って見過ごすとでも?」

「でしょうね。だから"お話"したわけですし」

 

やれやれ、と"祐輔"は片手をひらひらさせ、薄ら笑いを浮かべる。

 

基之の仲間達、カヴァコと山本が其々"祐輔"に狙いを定めていた。

しかし、自力で動くことが困難だろう基之に"祐輔"の銃口も向き続けている。

膠着状態。

そして、こうなれば不利は基之達にあった。

増援が向かってきているのだろう、慌ただしい足音がドタドタと廊下の方から響いてくる。

 

『山本!ごめん!基之を担いで!』 

 

明子(あきこ)が通信の向こうで叫ぶ。

全員、長居は出来ないと目線を合わせ、指名された山本が基之をひったくるようにして抱え、真っ先に窓外へ飛び出す。

 

待機していたドローンを掴むが、二人分の体重を、しかもバランスの悪い形で支えることは出来ず、ふんばりつつもドローンは落下を始める。

 

しかし、それは明子の狙い通りであった。

ドローンの飛行によって落下速度を減衰させることで、10階にある共同バルコニーへ少々乱暴ながらも着地させる為であったのだ。

 

狙い通り、山本と基之は少し身体を打ちつける形にはなったものの、大きな負傷なく、バルコニーへと落ちた。

他の二人も次々に降り立ち、逃亡に一旦は成功する。

だが、基之は使い物になる状況でないことに変わりはない。

 

『私が指示を出します。皆さん、撤退を!』

 

別棟にいる坂堂達含む全員に通信を入れ、明子は撤退を指示した。

 

「山本さんはそのまま基之さんをお願いします」

 

カヴァコが先行し、山本が基之を支えながら進み、階段を目指す。

どうやら追手もまだ追い付いていないようで、5階まで接敵することなく下っていった。

 

「いたぞ!」 

 

だが、下層階を固めていた部隊に発見され、カヴァコが殆ど一人で小隊規模と相対する事態となってしまう。

 

遮蔽物に身を隠し、反撃を試みるが、カヴァコらの人数に対して敵の弾幕が厚く、全くと言っていいほど何もすることができなかった。

 

「ここまでか──」

 

カヴァコはせめて二人を逃がすには何が出来るかと思考を巡らせたが、良案も浮かぶことはなかった。

 

万事休す、カヴァコがせめて一人や二人道連れに…と身を乗り出さんとした所で、階段前に陣取る敵、起源国の兵達に側面から銃弾が雨あられの如く浴びせられた。

 

「基之さん!返事を!」

 

上階から駆け下りてきたのは、基之達が"祐輔"の部屋へ飛び込む前に別行動を取ることになったチームメンバー達であった。

 

「こっちだ!」

 

カヴァコの呼びかけに気付いた彼等が駆け寄る。

 

「撤退、って目標は?」

 

当然の質問だろう。

しかし、カヴァコはそれに答えを与えることが出来なかった。

目の前で見た基之の表情。

 

絶望に塗り潰された、恩人の、世界から一切の光が喪われたかのような、全てが壊れてしまった虚無を見た故に、声が容易に聞こえる場所に同じく山本によって身を隠された基之へ、追い打ちをかけることができなかったのだ。

 

「説明は後でします。とにかく、基之さんは動けないので支えつつ撤退しましょう。来る時の通路を使って撤退するらしい。早く行きましょう」

 

今、深く追及するなど、時間の無駄以上の意味は生まれない。

ここまで戦ってきた者達であればこそ、その前提は容易に共有可能であった。

だからこそ、彼等は素早く逃亡を開始する。

 

そうして一階へとたどり着いた頃、坂堂達とも合流を果たす。

 

「基之…!撃たれたのか?!」

 

ぐったりとした彼の様子に坂堂はそう心配した。

 

「いえ、そうではないのですが、説明すると長くなるので今はとにかく!」

 

カヴァコは撃たれたわけではないことを明言しつつ、逃げることを促す。

 

そうして来た時に使った隠し扉から撤退し、下水道へ到達すると、爆破プロトコルを作動させる。

これにより、追手を防ぐ算段だ。

 

この後、市郊外に設置された銀河連盟の指揮所へたどり着き、更には"ハルキマス"へ帰還するまで、基之はただの一言も発さず、虚空を見つめるのみだった。

 

彼は、自分自身を支え続けてきた希望を、自らの手で打ち砕いてしまっていたのだから。

 

統一暦243年(西暦2693年)12月12日

 

一人、自室に閉じ籠もる基之。

誰の訪問も受け付けず、地上部隊へ指示を出すことも出来なくなっていた。

 

『"青木祐輔"大尉の活躍により、叛徒による襲撃は失敗に終わりました。奴らは逃げ出し、標的としていた"青木"大尉を排除すること能わなかったのです』

 

起源国側のプロパガンダニュースが、静かな食堂に響く。

幹部陣や関係者をカルミネが主となって集めたのだ。

 

「で、どうするよ」

「基之さんは動けそうにないですものね…」

 

カヴァコは、彼の虚無を思い出し、身震いする。

もし、元に戻らなければ、どうなるのだろう、と。

 

「とりあえず地上部隊への指示は私が出します。アレンさんも協力してくださるとのことですから」

 

ジョン・アレンは頷く。

 

「地理には明るいので。これでもFSLFでは参謀でしたからね」

「しかし、もう2日。…いや、後少しで3日ですよ」

 

カルミネ・ソルデットが唸るようにして言った。

 

「"ハルキマス"乗員のみならず、毎日のように連絡を取り合っていた旗艦級艦でも不審が広がっているそうです」

「だからといって公表も出来ない」

 

ジョン・アレンは冷静に言う。

カルミネはその言葉には頷きつつ、しかしですね、と続ける。

 

「彼の、日野基之の実績が生み出すカリスマがこの組織の根源だ。このままでは空中分解してしまいます」

「でもよお、どうにかできんのか?基之を」

 

坂堂の一言に、一同は沈黙してしまう。

実際の所、皆が分かっているのだ。

基之がいなくてはならないことを。

そして、基之を立ち直らせる術を持たないことも。

 

「とにかく、時間を稼ぐしかない。基之は体調を崩していることにします。それで一先ず表に出ない理由にはなる。基之が今回の作戦に参加していたことも、青木祐輔のこともここにいる人間以外は知らないのだから、疑う理由はない」

 

明子は、眉間にしわを寄せながら、一先ずの応急処置を提案した。

 

「起源国が喧伝するかもしれませんよ?基之さんが参加していた事は証言だったりもあるから把握しているでしょうし…」

「問題ないわ。こっちはこっちで"青木祐輔"が偽物であると知っている。物証はないけどね…」

 

坂堂は、点と点が繋がらないようで、疑問を口にする。

 

「それってなんの関係があるんだ?」

「向こうにとっては敵のデマと否定出来る状況ではあるけれど、派閥争いがそれを許さない。"復讐派"がこぞって突っつき回すでしょうね。

だから、出来れば公表して欲しくはないはず」

「そして、こっちは基之が参加していたなんてのは知られたら不味い。何でリーダーが自らそんな危険な作戦に出たのか、と理由を問われるでしょうね」

 

ましてや、と彼女は言う。

 

「万一、これが基之が友人を、"裏切り者"青木祐輔を救いたいがためにやったことなんて知られた時には──」

「青木祐輔という英雄像は崩れるかもしれませんね」

 

カルミネが補足し、明子は肯定する。

 

「起源国は少なくとも今回の事で、青木祐輔と基之がただならぬ関係であることは理解してしまったでしょうね。きっと、利用したい情報でしょう」

「あ、そういう。お互いがお互いの情報を出したいけど出せないジレンマにあるのか」

 

カヴァコは理解した、とばかりに声を上げた。

 

「お互いがお互いにとって不利な情報を握っている」

 

首肯しつつ、明子は坂堂に目線を合わせる。

 

「だから、お互い積極的には出したくないの。相手が出せば出さざるを得ない。でも、もし、此方が出さないことで、相手も出さないなら助かる」

 

カルミネは皮肉っぽく笑った。

 

「初の停戦というわけですよ。少なくとも情報戦争においての」

「暗黙の諒解だけどね」

 

坂堂は分かったような分かっていない様な曖昧な頷きを繰り返す。

 

「…つまりよ、俺等は基之が今ダメなのが病気以外ってバレたり、祐輔を助けるためだったてバレたりしちゃダメで、起源国は祐輔が偽物って広められたくないから、喋らないようにしよう、って約束したわけか?」

「約束はしていません。ただ、そうせざるを得ないだけ。恐らく向こうも今ごろ、青木祐輔は偽物って声明が出ないことで悟っているんじゃないかな」

 

ふーん。と坂堂は言いつつ、それでよ、と続ける。

 

「隠せるのは良いとして、今はそれで良くても、基之がいないままで勝てるのか?俺達」

「…とりあえずあの人の残している作戦計画もあるし、兵力に余裕もあるからルイス・プラネット制圧までは問題ない」

 

言いつつ、明子は目を伏せる。

その先は──?

 

「何にせよ、立ち直っていただかなくては困りますよ」

 

カルミネはしかし、基之に同情こそ示しつつも前を見据えていた。

彼とて全てを賭けているのだ。

こんな所での御破算は避けたいだろう。

 

「…立ち直るのは、無理じゃないかなあ…」

 

基之を支えながら退避した山本はポツリと漏らす。

彼も、基之の絶望の深さを間近で感じていた一人だ。

そして、彼もまた、大切な人を起源国に奪われていた。

だからこそ。

 

「無理でも何でも、やらねば。さもなくば我々は自滅するのを待つだけですよ」

「そうね。…とにかく、まだ時間は稼げます。その間、方法を模索しましょう」

 

結局、無難な位置に結論は落ち着き、一先ず解散と相成った。

 

兎にも角にも、基之が負傷しただとか、動揺を広めかねない噂を否定する声明を出す必要はある。

それは、会議で決定されたように、体調不良ということで誤魔化した。

無論、それで噂が直ぐ様消え去る様な事はない。

だが、沈黙を続けるよりは遥かにマシだ。 

 

少なく共、艦長クラスの面々はそれで一旦は引き下がり、表面上の混乱は避けられた。

 

 

 

銀河連盟軍が静かな危機に晒されている頃、惑星ハヤブサから、3隻の航宙艦が飛び立たんとしていた。

 

「まさか君が手を挙げてくれるとはな」

 

勝敏の嬉しそうな声に、男は満足そうに頷く。

 

「必ずや、良い報告を持ち帰りますよ。基之もきっと喜んでくれることでしょう」

「そうだな。僅かな手勢だが、しかし漸く我々が送り出せる増援だ。政治的な効果も大きい。

しっかりな。期待してるぞ」

 

勝敏の拳が男の胸を軽く突く。

 

「はい!お任せを!」

 

男は、崔明博は、自信たっぷりに頷き、タラップへ足を乗せるのだった。

 

 

統一暦243年(西暦2693年)12月15日

 

ライアン・マルドゥーンは部下に運転させる車で、地下の高官専用道路を疾走していた。

 

「間に合いそうか?」

「はっ。どうにか。しかし…よろしいので?」

 

ライアンは小さく頷く。

 

「バッケル司令とも話は付いている」

 

トレイス・チャン総督に檄を飛ばし実現させた平等派の駐留軍司令と復讐派寄りの保安隊司令による協働戦線は、両者の理性故にここまで問題なく回っていた。

フレデリック・デ・バッケル駐留軍司令官は"平等派"であるが、現況で派閥争いを優先させる愚人ではなかったし、ライアン・マルドゥーン保安隊司令は、地球にいる家族を守る為に自らを模範的起源軍人として振る舞わせていた。

 

だが、"ウリエル"が壊滅し、首府は既に戦場となっている今、二人が協力をしたとて、覆せない現実が襲いかかってきていもいた。

 

故に、二人は決意する。

"転進"を。

 

「私はこのまま宇宙港へ行き、第七星系総督府へ向かう。そこの艦隊と協力し、第十二星系奪還を試みるのだ」

「ここを捨てる、と?」

「解釈の問題だな」

 

ライアンは肩を揺らして、ニコリともせずに言った。

 

「無為に勝ち目のない抗戦を全員ですることに何の意味がある?自己満足の集団自殺以上のものにはならん。

ならば、ある程度の兵力を逃す算段を立てるべきだろう」

「…では、バッケル司令も?」

「奴は残るそうだ」

 

全く、とライアンは彼との会話を思い返しながら息を吐いた。

 

『司令官が二人ともいなくなったのでは指揮系統が崩壊する。だから私は残るよ。

全員で抗戦する意味はないが、全員が逃れることも出来ないし、誰かを逃がす為には誰かが犠牲にならねば』

 

私が逃れる側で良いのか?"平等派"は君を必要としているだろう。

そう尋ねたライアンに、バッケルは笑って返した。

 

『私には家族がいない。君とは真逆だ。

私は私の信念のみで生きている。…だからだ』

 

それに、とバッケルはライアンの肩に手を置く。

 

『もっと早く話すべきだったな。君は、良い同僚だったよ』

 

そういう事だ、とライアンの執務室から去ろうとしたバッケルを、思わず彼は呼び止めた。

そして、尋ねた。時間を稼ぐようにして。

 

「何で"復讐派"寄りの俺に"青木祐輔"を尾行させた?あれでは"復讐派"に餌をやるようなものじゃないか?」と。

 

『だが、未だに餌として供与されていない。

──それが全てだろう』

 

柔らかくバッケルは笑い、ライアンに背を向けた。

 

『君なら、派閥なんかじゃなく、保安隊という職務に忠実でいてくれると信じていた』

 

最後に、バッケルは冗談めかして、ライアンを横目で見つつ、"言い訳"をした。

 

『それに、 "Horses for courses."というだろう?』

 

ライアンはフッと呼び起こされた記憶によって鼻を鳴らす。

 

そして、全く、と運転席に聞こえぬよう溢すのだった。

 

「私なんぞに託しよって。やってくれるじゃないか」  

 

そして、統一暦243年(西暦2693年)12月18日

 

ルイス・プラネット衛星軌道圏内

"ハルキマス" 

 

未だに虚無へと沈む基之を除く幹部陣は突如としてやって来た、間の悪い、しかし、待ち望んでいた客人に応対していた。 

 

「お久しぶりですね。明博さん」

 

崔明博が惑星ハヤブサより率いてきた3隻の宇宙戦艦が、第十二星系へと到着したのである。

僅か3隻。されど3隻。

 

銀河連盟にとっては一隻でも多く艦隊が増強される事は願ってもない僥倖だ。

だが、タイミングは最悪である。

 

基之の事を知られる訳には行かないが、彼は表には出て来れない。

それに加え、最悪なことはもう一つ。

それは、明子が一番理解していることであろう。

 

そう、艦を率いて来た男が、何よりも問題なのである。

 

崔明博、彼はハヤブサを出て戦う事に否定的であった人間であり、そして──。 

 

勝敏(かつとし)に目をかけられていた基之を、妬み、嫌っていた人間であることだった。

 

 

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