代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「基之はどこにいるんだ?」
崔明博はキョロキョロと出迎えの面々を見渡し、尋ねた。
「…基之さんは体調が優れず、療養中です」
「そいつは一大事だ。早く良くなると良いな」
「ええ。本当に。…それで明博さんは勝敏さんの命を受けて?」
「ん?ああ、志願したんだよ。んで、勝敏さんから"トラロック""アナーヒター""アポロン"を預かってきたんだ」
明博の返答に、明子と坂堂は目を見開いた。
「いや、お前、宇宙に出たくないって言ってただろ」
相も変わらず遠慮はない坂堂の指摘に、明博は苦笑を浮かべた。
「耳が痛いね。いやあ、基之の活躍を聞いて、俺が間違っていたと気付いたんだ。
あいつは凄いよ」
饒舌にペラペラと語られる理由。
坂堂は疑っていないようだったが、明子は何となく胡散臭い感じを抱いていた。
「お前、基之の事嫌ってると思ってたぜ」
「ここまでされちゃあ、実力を疑う理由もないからね」
「確かにそうだな!いやあ、良かったよ。じゃあ、一緒に戦ってくれるんだな」
明博は曖昧に頷き、明子へと目線を向ける。
「俺が連れてきたのは3隻だけだが、まあ多少は足しになるだろ。…しかし、基之が倒れてるんじゃあな」
「直ぐに良くなると思う」
明博は、ふーんと言いつつ、でも、と切り返す。
「もうルイス・プラネットは落ちそうなんだろ?」
「そうね…。多分あと数日で…」
「じゃあ、"次"に早く行かなきゃなんじゃないか?」
「それはそうだけど」
何が言いたいの?と首を傾けつつ、明子は明博を見る。
「基之が言ってたことだろ?起源国と国力で少しでも並べるようにする必要がある、って。だからさ──」
明博は自信を覗かせる微笑みを浮かべ、続けた。
「俺が手すきの艦使って次の星系に先行してやるよ」
「!!」
明子は、明博の狙いをこの時点で直感によっえ理解した。
ああ、彼はやはり、心底から基之に対する評価を改めた訳じゃなかった。
きっと、彼は──。
明博は、「基之と戦ってきた皆が一緒なら勝てるさ」等と薄っぺらい信頼を並べたてながら薄ら笑いを続けている。
まさか、日野のバカが倒れてるとはな。
都合が良い。この隙に手柄を立てて、俺の方が優秀だって、俺の方が正しいんだって、勝敏さんに認めさせる。
あの人に、一番使えるのは誰かって分からせる。
ぽっと出の日野、お前なんかじゃない。
嫉妬と名誉欲にその身を染めきった明博は、暗い情念を薄っぺらい言葉で誤魔化し、ハヤブサからの古参に割って入らんとしているのだ。
彼は、大局も何も見ていない。
宇宙にまで出てきた行動力だけは大したものであるが、その目に写っているのは、惑星ハヤブサ、そして、鷹鸇での立場のみだった。
「勝手に、はいそうですか、とは言えないですよ」
明子の言に、明博は一瞬小馬鹿にしたような表情を浮かべたが、即座にそれを覆い隠し、頷く。
「確かにな。でも、基之の独裁ってわけじゃないんだろ?君らが賛同してくれれば済む話だ」
一応面識のあるカルミネが会話に割り込む。
「確かにそうですが、我々は貴方の手腕を知りません。軽々には賛同しかねますよ」
「……へいへい御尤もだな。ま、とりあえず"俺の"艦に戻るとするよ。航行中気を張ってたからな。休憩してくる」
簡単には丸め込めることが出来ないと判断した明博は、一旦引き下がることを決めたようだった。
崔明博の去ったドッキングベイに残った面々は一斉に明子へ視線を集中させる。
「なんだいあれ」
ジョン・アレンの呆れたような率直な物言いに、明子は苦笑するしか無かった。
「基之に対抗心燃やしてるみたいですね」
「その時点で既に並べる器じゃないですね」
カルミネの辛辣な評。
明子も頷くしかない。
「とは言っても、実質あの3隻、新造なのか修理したのかは分かりませんが、は、あの人の手の中にあります。乗員も
「あの3隻を無駄にはしたくないですね」
「かといって、好き勝手させる訳にも行かない」
はあ。とカルミネはため息を付いた。
「基之さんに可能な限り早く立ち直ってもらわねばならない理由がまた増えましたね」
「……」
これにも明子は、神妙に首肯するしかなかった。
彼女の中には、一つの選択肢があり続けていた。
恐らく、基之を戦いに引き戻すことが出来る言葉を、持っている、そう確信していた。
だが、それを使うことは躊躇われた。
それは、基之の在り方を、未来を、存在を決定付けてしまうものになりかねない。
彼女はそう考えていたのだ。
彼を未来永劫、縛り付ける事になる。
だから──。
しかし、このままでは滅亡一直線である。
そもそも艦隊全体の傾向として血気盛んなのだ。
明博が下手な煽りを入れるだけで幾らかは彼の同調者になりかねない。
「……どうにか、説得してみます」
「!勝算はおありで?」
「はい。…でも、前の基之はもう戻ってこないと思いますよ」
ジョン・アレンとカルミネは一瞬、その顔を張り詰めさせた。
「……今は貴方に任せる以外方法はなさそうですから」
「ええ。どうなろうとも、何もしないよりはずっと良い」
明子は静かに首を動かし、基之の居室へ向かうのだった。
基之は、ただ、ただ、虚空を見つめ続けていた。
最早、思考が定まることはなかった。
自らが希望としてきた祐輔の解放。
その夢を、自らの手で手折り、あげく、偽物が青木祐輔として振る舞う死体蹴りを許してしまっている。
「何も、返せなかった」
祐輔に恩を返すことも叶わなかった。
それどころか、ただただ迷惑をかけてしまっただけで、最後には死なせてしまった。
「俺は──」
何のために、ここまで来たんだろう。
彼の居室は、船外の光景がスクリーンによって映し出される疑似窓が設置されており、ひたすらに虚空の広がる宇宙空間を見ることが出来る。
本来、状況把握や、自らの立ち位置を確認する為に設置していたそれは、今や彼を追い詰める道具と化していた。
故郷の惑星ハヤブサなど何処にも見えない、ひたすらに続く虚。
何故、こんなところにいるんだろう。
「帰りたいな」
ポツリと漏れ出た本音。
使命感と、祐輔を解放したい一心で、これまで微塵も感じたことのなかったそれは、喪失感と帰郷本能。
有り体に言えば、ホームシックであった。
「……せめて、もう一度──」
生まれ育った家を見たい。
それは口には出来なかった。
その願望を認識すると同時、嫌でも思い出さざるを得なかったからだ。
もう、親友も、家族も、何もかも失ってしまっていることを。
「………そっか」
「もう、俺には何もないんだな…」
光のない目は、映し出される宇宙空間に溶けていくようだった。
そんな彼の、ブラックホールの如き虚無は、僅かに途切れる。
彼の部屋が数回のノックの後、返事も聞かぬまま開かれたからだ。
「基之。明子だよ」
名乗りつつ、彼女はコツコツと基之へ歩み寄る。
「何しに来たのさ」
「話に来た」
「話すことなんて何もない」
彼女に対して、拒絶の姿勢を示したのはこれが初めてだった。
母や姉を失った時も、彼女の言葉を聞き入れてきた。
だが、今度はもう、それすらも。
或いは、彼は今度もまた、"励まされてしまう"ことを恐れているのかもしれない。
もう、終わりにしたかったのだ。
全てを投げ出して、楽になりたいと、そう思っている事に、基之は自覚的であった。
「そ。でも、アタシに話す事があるの。貴方に無くてもね」
言いつつ、彼女は疑似窓の宇宙空間へ目を向ける。
「随分遠くまで来たね」
「…………」
「惑星ハヤブサからルイス・プラネットまで190光年だってさ」
「……………」
基之は頑なに明子に目を合わせようとはしない。
「基之。貴方が私達をここまで連れてきてくれた」
感謝しているんだよ?と明子は微笑む。
「起源国相手にここまで戦えているのは、貴方のおかげ。間違いなく。
貴方じゃなければ、ここまで来れなかった」
でもね、と明子は続ける。
「もしかしたら、ハヤブサで防衛戦争を成功させることも出来たんじゃないかって、たまに思うんだ」
ピクリ、と基之の肩が揺れる。
「だって私は知ってるから。貴方がどうして宇宙に出たがったのか。
戦略的な意味も嘘じゃないんでしょうね。
でも、どうしたってチラつく」
「……何が言いたいんだ」
拗ねたような口調に、明子は意識的に冷ややかな視線を返した。
「貴方、ジョンさんに言ったそうね。
"甘えるな"って。仲間達をここまで連れてきた責任がある筈だって」
基之は膝に顔を埋める。
「ジョンさんに来てもらっても良かったんだけど、あの人は優しいね。貴方に同情して、とてもじゃないけどこんな事言えなさそう」
でも、と明子は言う。
「アタシは違う。基之、逃げるな。甘えるな。
あんたはそうやってジョンさんをこっちに引き戻したんでしょ。そして、アタシ達を宇宙に連れ出した!」
「止めてくれ!」
叫ぶ基之の声。
しかし、明子がそれを止めることはない。
「止めない!あんたにも責任があるだろう!アタシ達を、青木祐輔解放の為に宇宙へ連れ出した責任が!
起源国に勝利してみせると豪語し、皆を信じさせた責任が!」
「……っ」
「どうせもう戦う理由がないとか考えてるんでしょう」
図星であった。
基之は、反論をすることも出来ない。
「理由ならある。責任を取るためよ。そして、義務を果たすためだ。
あんたはもう、銀河連盟軍司令官なんだから」
「俺に…俺に、"システム"になれって言うのか?!」
明子の前でしか見せることのない彼の心底からの激情。
明子はその感情の爆発に、一筋の光を見出す。
そして、口を開かんとした所を、緊急警報に遮られてしまうのだった。
「?!」
部屋は赤く染まり、緊急事態を告げる。
『明子さん!大変です!』
伝令の声は焦燥に支配されていた。
「どうしたの?!」
『起源国と思わしき艦隊が此方に向かっきています!規模は我が艦隊の半数ながら、我々は今、主力の照準をルイス・プラネットに向けており…!』
「不味いわね…」
こんな時に、と歯ぎしりをする明子。
基之は、どうしたら良いのか、と無理矢理成長するしかなかった彼に残されていた学生時代の顔が、子供らしい困惑を浮かべていた。
取り繕う仮面が消え去った基之は、全てを奪われた学生のままだったのだ。
「敵は何処から来たか分かる?」
『それが…どうも星系外から…』
「増援にしては少ない…いえ、理由を考えても仕方ないか。直ちに戦闘準備、地上支援は"ユーピテル""ミネルヴァ"に任せて他は反転。迎え撃つわよ」
『了解』
通信を終えた明子は、基之を置いて部屋を去ろうとするが、ピタリ、と立ち止まり、振り返る。
漸く、二人の目線が合わさった。
「そうね。"システム"になれってことよ」
でも、と彼女は付け足す。
「アタシは自分の意志で、貴方の目的を知った上でここにいる。つまり──」
悪巧みをしているようなニヤリとした笑みを浮かべ、彼女は言った。
「アタシは貴方の共犯だよ。だから、アタシもそうなるつもり」
「じゃあ、待ってるから」と明子はさっさとブリッジへと駆けていくのだった。
数光秒先、起源国軍艦隊
「さて!本国新造艦隊と駐留旧式艦隊の配置交代で向かっていた先の星系が既に墜ちそうだと来た!君達はどうする!?」
いかにも熱血漢といった様相の将校が居並ぶ部下達を前に叫ぶ。
「戦います!」
「勝利を!」
「第十二星系を取り戻します!」
満足そうに熱血漢は頷く。
「うむ!それでこそ、我がサン・チャムラーン分艦隊の乗員達だ!」
サン・チャムラーン大佐は大声で命じる。
「陣形を突撃陣にしろ!一気に行くぞ!」
偶然が導いた遭遇戦。
数奇な事に、日野基之が指揮しない初の宇宙戦が始まる事となる。
銀河連盟艦隊旗艦"ハルキマス"
明子は指揮台に立ち、後方のジョン・アレンを見る。
「助言お願いします」
「無論だ。とは言っても、君の方が知見もありそうだがね」
「真似事だけですよ。…陣形を突撃陣に、あの猛牛に使ったのと同じ方法で行くしかないわ」
複雑な防御陣形を組んで受け止め、乱戦に持ち込むよりも、被害の少なく済むだろう方法を明子は選んだ。
「ロドリゲスの二の舞にだけは注意しろ!あんなバカを晒すわけにはいかん!」
しかし、起源国も当然、それの対策はしていた。
「敵、突撃陣を組み始めました!」
「やはりか。我々の方が数は少ない。包囲は現実的ではない。しかし、敵は恐らく二つに別れるつもりだ。ならば、敵が別れ始めた段階で此方は何方か片方へ舵を切る!」
サン・チャムラーンは3Dホログラム星図を指差し、命じる。
「我々を挟み込もうと分かたれた敵軍を各個撃破だ!」
銀河連盟は、明子は、敵に対策されているとは知らずに前回と同じ策を取ろうとしていた。
だが、ジョンが待ってくれ、と静止する。
「これは前も使ったのか?」
「…ええ。第二星系解放の時に…」
「ならダメだ」
艦隊の予想針路を表示する星図を見たジョンは、首を横に振った。
「敵もそこまで馬鹿じゃないだろう。恐らく対策されている」
「ですが、こっちの方が数は多いですし…」
「半分に割れば同数だ。かなりの損害をだしかねない」
「…そう、かもしれませんね…」
明子は戦術、戦略の専門ではない。
その事は彼女自身よく理解していた。
故に、ジョンの指摘を受け入れることとした。
「でも、どうすれば」
「そもそも敵は二分の一。小細工を弄さず、受け止めるんだ。半円陣とでも言うべきか?」
ジョンはまだ慣れない手つきで手元に浮かべたキーボードとタッチパネル操作で彼の脳内に浮かべる情景を再現してみせる。
起源国艦隊が突撃してくる所を、虫取り網のように広げた銀河連盟艦隊が受け止めるようにして待ち構え、半包囲攻撃を仕掛ける。
要するにそれだけであるが、数に勝る以上、奇をてらうべきではない、というのがジョンの結論であった。
明子に反論のあるはずは無かった。
「わかりました」と頷き、全艦へ指示を飛ばす。
しかし、その命に完全に準じることのなかった艦があった。
だが、一先ず半円を形成する所までは上手くいく。
薄く広げた航宙艦の群れが正に網のようになり、手ぐすね引いて、起源国を待ち構える。
「直前で作戦を変更したのか?!…いや、敵陣は薄い!突撃を維持しろ!無理矢理抜ける!」
サン・チャムラーンは、今更陣形を変更する危険を犯すことはせず、損耗覚悟で網に飛び込み、そのまま食い破ることを狙っていた。
一度食い破ってしまえば、銀河連盟艦隊が陣形を変更するまでの間、武装の少ない、薄い網の裏側を攻撃仕放題となる。
だからこそ、突貫を選んだ。
第二星系にいた暴れ牛、エドワード・ロドリゲスのような、狙いも何もない単なる突撃とは全く異なる、決死の突撃であった。
「好機だ!敵の数は少ない!ここで戦果を上げればあいつらも賛成するしかないだろ!」
崔明博の率いる3隻の分艦隊は、明子の命を無視こそしなかったが、完全に遂行してはいなかった。
均等に並び、虫取り網に隙が生まれないよう座標を命じられていたにも関わらず、彼等は味方よりも一隻でも多くの敵へ被害を与えようと、僅かに前方へと飛び出していたのだ。
「ははは!これで主砲を全部使えるぜ!」
整列する関係上、使用不能となる兵装が出ることを彼の主観では"逆手に取り"、自分達だけ少し前へ出ることで、余分に使える兵装でもってより多くの攻撃をなそうとしたのである。
「ん?あそこ、変に飛び出てるのがいるな」
サン・チャムラーンは目敏く、虫取り網の穴を見つけた。
「あそこだ。全艦艦首を18度天底へ向けろ。妙に飛び出た艦に突撃だ。3隻とは言え僅かながら孤立している。あれを潰せば穴を広げやすくなる」
「罠ではありませんか?」
部下の指摘に、サン・チャムラーンはかもな、と頷く。
「だが、俺達は圧倒的に不利なんだ。残念なことに、ここはあの3隻がバカ野郎達であることに賭けるのが最善だ。
もし、罠じゃなければ損耗を抑えられるし、罠であろうと無かろうと、俺達はかなりの程度死ぬ。
ならば、選択肢は一つ!!」
最後に威勢よく叫び、サン・チャムラーンは全速前進を命じるのだった。
「うおおっ!?」
ミサイルが直撃し、揺れる船体。
崔明博は放り出されそうになるのを腕力を頼りに掴んだ手すりで耐え抜く。
「な、何か集中的に狙われてないか?」
「明博さん!ヤバいです!」
「どうした?」
「て、敵が真っ直ぐにこっちへ向かってきます!!全部です!!」
「は?いやいやいや、何でよりにもよってこっちに?!…いや落ち着け。これを切り抜けたら、俺は基之よりも……」
ブツブツと顔を青ざめさせながらもくだらぬ矜持のみを燃え上がらせながら、彼はヒステリックに命じる。
「全砲門開け!!敵を落とせ!!」
「い、幾らなんでも3隻じゃ無理ですよ」
「うるさい!やれと行ったらやれ!」
「後退しましょう!味方に艦列を合わせれば多少マシに…」
「逃げたと笑われたいのか?!」
崔明博は元々無能ではなかった。
少なく共、惑星ハヤブサにおいては、歩兵を指揮し、起源国の駐留部隊相手によく戦った。
しかし、今の彼は、未経験の宇宙空間で、嫉妬と、名誉欲とに囚われた俗物でしかなくなり、燃え盛らせたそれらに身を焼かれ、正常な判断力を失っていた。
元々出るつもりのなかった、出たくないとすら思っていた宇宙へ、嫉妬の赴くままに飛び出た事に身体がストレスも感じていたのだろう。
全くもって彼は正常ではなかった。
だが、それは同情に値しない。
同情するべくは、そんな泥舟に乗せられた乗員達である。
3隻の幹部陣は崔明博と同じく嫉妬と名誉に駆られた阿呆達であるが、乗員の半数以上は勝敏を慕い、彼の願いに応えて基之の増援となるべく宇宙へ出た者達だ。
余りに不憫である。
しかし、だからといってサン・チャムラーン艦隊という運命の裁定者が止まることはない。
「うわあああああ!」
爆発。
炎が一瞬、宇宙空間で輝く。
明博の乗艦、"トラロック"に起源国のミサイルが数発、ブリッジ近くに直撃していた。
「メインモニターが…!」
ガコン、と不気味な駆動音と共に、視界を確保するべく艦は自動でブリッジを艦上部へと運ぶ。
こうして、視界は直接宇宙空間を視認する形で回復するが、それはつまり、強化ガラス2枚を隔てた先に死の空間が広がるようになった、ということでもある。
その現実に、今更ながら崔明博は僅かな理性を取り戻し、次いで恐怖に支配された。
目の前に広がる星々も、艦も、何もかもが死神の振り下ろす鎌に見えていた。
「はっはっはっ…」
最早、めちゃくちゃな命令すら出せなくなった明博は、ただ立ち尽くすのみだった。
地上での戦闘と本質的に異なる部分を、彼はなめきっていたのだ。
即ち、ヘッドショットや爆弾で粉々に吹き飛ばされるといった直接即死をもたらす攻撃でなくとも、航宙艦という壁を失えば、それだけで死ぬ。
その相違を、彼は深く考えていなかった。
失敗一つが、乗員全員の死に直結する。
地上の戦闘では、判断ミスの結果として一度敵の砲撃を受けたとしても、大部隊であれば、直ちに部隊全てが全滅ということはないだろう。
だが、宇宙空間では一発の砲撃で大部隊に匹敵するだけの人間が、全員死ぬ。
「待ってくれ…」
徐々に距離を詰めてくる敵艦隊。
明博は、ただ呆然とその時を待つしか無くなっていた。
「不味いこのままじゃ…」
明子も状況は理解していたが、彼等の為だけに陣形を崩せば、それこそ敵の思う壺だろう。
だが、だからといって見殺しにも出来ない。
ジョン・アレンは冷徹に見殺しにするべきと考えていた。
3隻の追加戦力は惜しいが、更に被害を生むくらいなら諦めて、穴をこの隙に防ぐ方に力を入れるべきと考えていたのだ。
明子も合理的に見ればそれが次善であることは理解していた。
しかし、崔明博は、明子にとって、どれだけ惨めになっても、何年間も一緒に戦ってきた仲間なのだ。
軽々には見捨てられなかった。
「でも──」
そうするしか、と思った時、背後に数日ぶりの、実際以上に懐かしい気配を感じ、振り向いた。
「待たせた。決めたよ。明子」
それだけ言うと、日野基之は、指揮台へ登り、オペレーター達へ向けて口を開いた。
「
「は、はい!」
ジョン・アレン、カルミネはホッと一息を付いたが、明子は、安堵出来なかった。
既に彼を、決定的に変えてしまったことに気付いていたからだ。
そう、基之は変わった。
この僅かな時間に、しかし、それは、彼自身が薄々気付いていたことでもあった。
自責と、後悔の中でも彼は、ここまで引き連れてきた者達の事を覚えていた。
だからこそ、逃げ出そうとしていたのだ。
責任があると分かっていたから、投げ出そうとしていた。
それを突き付けられ、そして、"共犯"と笑った明子が、慣れないながらもどうにか艦隊を纏める様を見て、彼は決意したのだ。
責任から逃げないことを、そして、"共犯者"の為に、自らの艦隊の司令官として振る舞い続けることを。
だが、それは危ういバランスの上に乗っているに過ぎない。
彼は最早、積極的に生きる理由を持っていないのだから。
義務感と責任感が今の彼の燃料だった。
明子は、それをよく理解していた。
だからこそ、目の前の基之が前までとは異なり、覇気が薄れ、光り輝くように灯っていた彼の目が、薄く濁っていることにも驚きはなかった。
しかし、有無を言わさぬ迫力の命令を受け取ったオペレーター達は若干の困惑を感じていた。
そんな基之を見たことがなかったからだ。
だが、今はともかく、と彼らも職務を全うする。
「ハルキマスより通信!命令の通り動け、生き残りたければ、と!」
崔明博以外の乗員たちは、兎にも角にも、とハルキマスの命令通りに艦を動かし始めるのだった。
「何だ?」
サン・チャムラーンは訝しみ、眉を潜めたが、敵の意図は読めなかった。
愚かな3隻だけでなく、周辺の幾らかの艦もわざと穴を空けるようにして道を開けたのだ。
「やはり、罠か?…いや…」
ステルス艦であろうとさすがにレーダーに捉えられる範囲であり、艦測艇も網の後ろに艦は確認していない。
つまり、この先に罠がないことは既に知っていた。
だからこそ、わからなかったのだ。
突然、道を譲った銀河連盟の意図が。
「内紛か?分からん。だが、止まるわけにもいかん!行くぞ!」
ままよとばかりに穴へ飛び込まんとするチャムラーン艦隊。
彼らは何事もなく、網をすり抜けてしまうのだった。
「何だ?なんか知らんが上手く言ったな損害も大したことない」
ハハッとチャムラーンが笑う。
「よし!では予定通り裏から奴等に攻撃を…ん?」
チャムラーンは違和感に気付く。
想定よりも銀河連盟艦隊が遠い。
「計算ミス…?いや………!?」
銀河連盟艦隊はチャムラーン艦隊が網を通り抜ける直前から速度を一挙に上昇させ、網を前進させていた。
そして、チャムラーン艦隊が反転するまでの間に、かなりの距離を開けていたのだ。
とは言っても、まだ射程範囲内である。
「こちらも前進して撃てば良いだけだ!行け!」
だが、狙いは別にあった。
穴を空けるために道を譲った崔分艦隊を含む六隻の艦は、チャムラーン艦隊の後を追うようにして、反転し、穴を潜っていた。
それは、銀河連盟全体の前進プロセスと同時に行われており、チャムラーン艦隊の反転よりも素早く穴をくぐる形となっていた。
そして、その六隻の攻撃が、チャムラーンらの意識外から襲いかかる。
レーダーも、網の前進に隠れた彼らの潜り抜けによって、存在を感知する事に遅れた。
レーダーの警報が鳴り響いた時には既に両者射程範囲内にあり、チャムラーンがそれを理解した時、銀河連盟の六隻は既にレーザーの第一射を放っていたのであった。
「罠、だったってことか…」
熱血漢のチャムラーンであったが、自らの数多の─実際の所彼の読みは正しかったが、知る由もない故に、彼にとっては疑いようもない─判断ミスのせいで敗北すると悟った時、彼から覇気は消えていた。
放たれた単座戦闘機の群れと、反転運動を開始しつつある網、そして、奇襲をかけてきた六隻の集中砲火。
チャムラーン艦隊の敗北は決定していた。
そうして、殆どが撃沈するまで戦い抜いたチャムラーン艦隊の全てが沈黙するに至るのだった。
崔分艦隊の乗員達、崔の考えにある程度親和的であった者もそうでない者も、立ち尽くす崔明博には目もくれず、通信に現れた日野基之に、熱い視線を向けていた。
絶望的な状況で、自分達を生き残らせてくれたその指揮官を、彼らは疑っていなかった。
対照的に、口先だけであった煽動者は僅かな侮蔑を最後に皆に向けられるだけであり、崔分艦隊、いや、惑星ハヤブサからの増援は、何れも小破以上の損害を受けながらも、銀河連盟艦隊へと合流を果たしたのであった。