代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
僅かに時を戻し、明子が基之の部屋を去った直後の事。
「……そうだな」
甘えるな。責任を取れ。戦う理由は──。
基之は、この数日、ただ何も考えずにうずくまっていたわけではない。
ただ、纏まらない思考の中にいたのだ。
思考の洪水は、言語化を妨げていた。
だが、明子の言葉によって、完成してしまった。
彼の思考は、固まった。
戦う理由も、生きる理由すら失った。
にも関わらず、彼は死を選ばなかった。
選べなかったのではない。
自らの頭に銃口を当て、引き金を引くことなど今の彼にとっては容易である。
しかし、そうすることはなかった。
それは無意識下で、理解していたからだ。
自らの責任を。
そう、俺はジョン・アレンを引き戻した。
リオ・グランデの人々を戦争に引き込んだ。
惑星ハヤブサはまだ平和を取り戻せていない。
明子は、まだ夢を叶えていない。
起源国の打倒─。復讐の成就を。志望を越えることを。
坂堂さん達は、この戦いをハヤブサ解放の為に、平和の為に絶対に必要なことだと信じて、ここまで付いてきている。
そうだ。全て、俺が──。
俺が、自分の手で成したことだ。
責任──。
逃げるわけには行かない。
余りに多くの人々を巻き込んで、祐輔を解放する為に宇宙を旅してしまったから。
だから。
──だから、俺に理由が無くなろうと、もう止まるわけには行かない、止まることは、出来ないんだ。
連れてきた人達の願いを叶えなければならない。
それに…。せめて、それぐらい出来なければ、俺は、何も成せなかった役立たずだ。
姉ちゃんが、母さんが、生かしてくれたのに。
祐輔は、"名誉起源民"の地位を高めようとして、英雄になったのに。
俺は、失ったから諦めて、何も残さないのか?
ダメだ。それだけは。
それじゃあ、母さんも姉ちゃんも、何のために…!
でも、俺はどうやって身体を動かせば良いのだろう。
動かない身体を動かす"熱"──。
基之は、顔をゆっくりと上げ、明子の去っていった扉を見つめる。
"システム"
そうだ。それも、俺はもう答えを出していたじゃないか。
"熱"は、情念はもう要らないんだ。
ただ、ひたすらに、責任を取るだけだ。
身体を"動かす"必要はないんだ。
"動く"だけで良い。
成すべき事はただ一つ──。
「甘えるな」
自らに言い聞かせるように呟き、基之はゆっくりと立ち上がる。
この時、彼は恐らく意識的に、脳髄を走る人間を人間足らしめると言えるかもしれない回路の一つを、焼き切った。
─或いは、焼け落ちるのを、ただ受け入れた。
……勝利を。
フラフラと覚束ない足取りで、部屋を出る。
そして、彼は向かうのだった。
"システム"として、勝利を齎すために。
時は再び、現在。
サン・チャムラーン大佐率いる新造半個艦隊はあっさりと壊滅した。
しかし、銀河連盟の航宙戦力を集中させた事で、僅かながらその滅びに意味が生まれていた。
戦闘宙域の、ルイス・プラネットを挟んで真反対。
そこから、第十二星系よりの"転進"を行うことになったライアン・マルドゥーン含む一部将校や兵士が、残存していた極々わずかな航宙艦によって脱出していたのだ。
航宙艦といっても、戦艦などではなく、小型の駆逐艦程度のモノが数隻に過ぎなかったが、"転進"に当たっては充分であった。
半個艦隊の壊滅と引き換えをするにしては、余りに僅かな手勢。
それが時の流れを堰き止めるのが、激流となすのか、その意味は、後世にしか分からない。
今はただ、全くの犬死にではなかった、としか言えない結果であるが、起源国にとっても無意味ではなかったというだけのことである。
そして、"今"その艦隊の壊滅が意味するところは、銀河連盟にとっては明々白々であった。
第十二星系において、少なくとも数週間の間、銀河連盟に仇なす航宙戦力は存在し得ない、ということである。
勢いづいた彼らは、休息もそこそこにルイス・プラネットへ照準を向け、未だに頑強な抵抗を続ける総督府周辺へミサイルを撃ち込んだ。
既に、総督、トレイス・チャンは原因不明ながらどさくさに死亡。
駐留軍司令フレデリック・デ・バッケルが総督代行として指揮を取り、戦い続けていた。
が、このミサイル攻撃により、総督府の庁舎を固める守備兵らを鼓舞するべく外を回っていた彼は、不幸にも爆風に巻き込まれ、意識を喪失。
死亡こそ免れたが、現況においては然程結果に違いは無かった。
総督府の指揮者が不在となり、最早首府の八割を喪失していた起源国の地上部隊は、士気を喪失。
この時には偶然やって来たサン・チャムラーン大佐の艦隊が壊滅したとの報も広まっており、絶望から次々と部隊単位での降伏が相次ぐこととなる。
そして、艦隊戦から2日後。
総督府に白旗が掲げられた。
掲揚したのは誰か、後世に至ってもなお不明瞭であるが、しかし、それを降ろそうとする者はいなかった。
むしろ、それを視認した未だに降伏していなかった起源国の兵達は、それを理由に、武器を降ろした。
自分達の独断で降伏することを恐れていた者達、或いは、なけなしのプライドが降伏を許容出来なかった者達は、総督府に掲げられた"白旗"を言い訳としたのだ。
「"解放者基之"!」
「"銀河連盟万歳"!」
「"FSLF万歳"!」
「"自由合衆国万歳"!」
ジョン・アレンら合流後から銀河連盟は電波ジャックによるプロパガンダ放送でFSLFの合流を喧伝して来た事もあり、地上へ降り立った歓呼には自由合衆国市民の、自由合衆国市民の為の、自由合衆国市民による解放者を称える声も含まれていた。
ジョン・アレンは、半ばで散った同志と、そして、ジェラルド・ターレスの姿をホログラムで生者の英雄の隣、隣に映し出し、人々からの栄誉を受け取らせた。
「お前が間違いなく正しかったよ。ジェラルド」
市民の熱狂に囲まれながら、一行は総督府へと入る。
「凄い熱気だな」
坂堂がこれまでにない、惑星ハヤブサにおいても浴びたことのないほどの歓呼に若干の困惑を滲ませて言った。
「彼等はハヤブサやリオ・グランデとは比べようもない程に起源国を恐れていた事と無縁ではないでしょうね」
ブービートラップ等がないか総督府のロビーをさっと見渡しながら言った基之のセリフをジョンが小さく首肯しつつ引き継ぐ。
「実際、レジスタンス活動も最後まで余り大きくは広がらなかった。核によって大陸一つを消し飛ばされた恐怖は根強い。…だからこそ、もう安全だと思って、こうも熱狂しているんだろう。
彼等の心に染み付いていたダモクレスの剣は消え去った」
無論、とジョンは苦笑した。
「まだ起源国全体に勝利したわけではないのだから、再演はあり得るのだがね。
…そこまで思い至っている者達はまだ家で大人しくしているだろう」
「まあ、今熱狂している人々は、失礼ながらそこまで考えてはいないのでしょうね」
カルミネの辛辣な放言に、明子がフォローを入れる。
「気持ちは分かるけどね。ずっと"ニューアメリカ"の惨状を身近に見てきたわけだし、それをするとボタンをちらつかせる連中は少なく共、今この星系にはいなくなったんだから」
「何にせよ、この熱狂は使える」
基之の静かな一言。
彼はジョンに向き合い、静まった面々には一瞥もくれることなく続ける。
「ジョン・アレン司令。速やかな自由合衆国の再建を」
ホログラムデバイスを起動し、報告を確認してから基之は行きましょう、と先導を始めた。
「放送の準備が整ったそうなのでね」
「もう少し準備とかしなくて良いのか?」
坂堂の疑問に、基之はフッと笑う。
「FSLFはこれまで独自で自由合衆国を再建しようとしてきた。
その計画があるんじゃないですか?」
「ああ、ある」
「でしょう?なら宣言は早いほうが良い。変なのが僭称しても迷惑だ」
ニコリともせずに呟く基之の背中を見、明子を除く面々は、彼女が元には戻らないかもしれない、と言った意味を理解していた。
明子はただ、自らの選択の結果を受け止めるのみだった。
そして、星系全域へ向かって放送が開始される。
『"自由合衆国"市民の皆様。私は、旧自由合衆国政府国防総省事務次官補。そして、現"自由合衆国解放戦線"の司令官、ジョン・アレンです』
フーッと息を吐いてから、ジョンはカメラを真っ直ぐに見つめる。
『我々は、今、この瞬間を持って、ルイス・プラネット、並びにエリダヌス・フロンティア星系全域の解放を宣言します』
ホログラムが彼の背景に、自由合衆国旗を浮かび上がらせる。
『同時に、私は宣言する。ここに、自由合衆国の再建を!自由と、民主主義の星の、再生を!』
通りでは、ビルのモニターや手持ちのデバイスが映し出す立体映像を観ていた大衆が、雄叫びに近い快哉を叫ぶ。
「ジョン・アレン!ジョン・アレン!」
誰かが叫ぶ。
「プレジデント・アレン!」
通りは、アレンを大統領と叫ぶ歓呼に染まっていく。
その声は、廊下で待機する明子らの耳にも届いていた。
「上手くいきそうね」
「彼等の閉塞感は我々の想像を上回っていたのでしょうな」
カルミネは言いつつ、一つの画面を明子に見せた。
「第十二星系総督府が普段から流していたプロパガンダ番組を切り取った画像です」
それは、"ニューアメリカ大陸"の惨状を背景に、「逃亡者への罰」「当然の報い」だとかの字幕や、或いは、「反逆者の末路」等の脅迫めいた文言が並ぶ画像群だった。
「どうも、日常的にこんなものを見せられていたようですね」
「それなりにここにいて知らなかったの?」
「起源民が見せられていたのは此方です」
カルミネは別な画像を提示する。
それは、背景は同じながらも、文言は全く異なるものであった。
「勝利の証」、「裁きの鉄槌」、「祖国の力」、勇ましい言葉が幾つも並び、起源国の力をある種、ポジディブに誇示しているかのような言葉へ変わっていたのだ。
「AIがデバイスの所持者を識別して2種類の映像を分けて流していたのでしょうね」
「相変わらずこういう所は手が込んで…」
辟易した苦々しい様相で明子は言いつつ、窓外へ視線を移す。
「気持ちは分かるなんてものじゃなかったわね」
眼下で狂ったようにシュプレヒコールを上げる人々を、明子は静かに見つめるのだった。
『我々は、星系解放に力を尽くしてくれた"銀河連盟"との同盟を正式に締結致します』
放送はまだまだ続いており、ジョン・アレンが銀河連盟との同盟を発表している所であった。
『無論、加盟も考えておりますが、此方は今後交渉を行う予定です。
ですが、我々には恩がある。何よりも大きな恩が。
彼等無くして、この勝利は無かった!
市民の皆様、どうか、遥か光の彼方よりやって来た英雄達に歓迎を!そして、恩返しをしようではありませんか!』
市民の熱狂は最高潮であり、水を差すような集団が現れる隙もないほどである。
『さあ、市民の皆様!彼こそが銀河連盟司令官の──』
日野基之へとカメラが移る。
『日野基之氏です!』
『自由合衆国市民の皆様、ご紹介に預かりました、日野基之です』
基之はニッコリと人の良さそうな笑みを浮かべ、人々に語りかけるのだった。
『歓迎してくださった皆様には感謝致します。この惑星に齎された惨事に、心からの哀悼と、そして、二度と繰り返さぬための決意を、共に持ちたく思います』
『我々は、起源国を打倒し、勝利致します。──必ず』
基之を始めとした銀河連盟が人々に歓迎され、賞賛と祝福を浴びていた裏では、惑星ハヤブサや、リオ・グランデでも起きた、しかし、これまでとは規模も程度も比べようもない惨劇が多発してもいた。
「クズ共め!!」
「野蛮人が!!」
「死ね!悪魔!」
表通りから一本奥に入った通りでは、市民の熱狂が早くも起源民へと向かい始めていたのだ。
「返せ!返せ!息子を!!」
「俺の家を!!」
「死にさらせ!」
男達は複数名に囲まれ、リンチを受けた。
「よくも俺の娘を!!」
「同じ目に合わせてやろう」
女は、陵辱に晒された。
「名誉名誉とうるさい口だ」
「犯罪者のガキめ」
「潰せ」
「潰せ」
子供は、その両方を。
無秩序が、憎悪が、復讐心を滾らせ、余りに多くの悲劇を生んだ。
余りに多くの命が奪われた。
しかし、今日に奪われた命は、これまでに奪った命で以てこの惑星へ根を下ろしてきたこともまた事実。
名誉起源民、─自由合衆国市民は、自らに振るわれてきた暴力の一端を、奪われてきた者の一部を、略奪者達へぶつけているだけのつもりであった。
表通りでは華やかな熱狂が、裏通りでは、陰惨なる熱狂が、数日に渡ってルイス・プラネットを包み込むのだった。
結局、「人質」という建前でもって起源民を集住させることを自由合衆国新政府は選んだ。
無秩序な復讐は治安の悪化にそのまま繋がるものであり、それはジョン・アレンらにも許容出来ないものであったからだ。
日野基之は、何ら強く介入することはなかった。
最早、止める理由が、基之には無かったのだ。
彼とて、起源国が憎いことに変わりはない。
だからこそ、余りの無秩序を放置することは避けたくとも、祐輔亡き今、自らの戦略を崩すコストを払う意味を、彼は見出だせなかったのだ。
この、一つの"死"を、主体の放棄の、齎す意味を、まだ彼は知らない。
基之はただ、仲間達への責任を果たす為に戦うだけだと、自らの領域を狭めてしまったのだった。
「次はどの星系に行くんだ?」
坂堂も、基之の変化には気づいていた。
無論、何が変わったのか、という所を言語化は出来ていなかったが。
しかし、何か、重要なモノを変質させた事だけは理解していた。
そして、それでも彼は基之に対する態度を変えはしなかった。
それこそが、彼なりの義理であり、敬意の現れだったのであろう。
「次は決めてあります。バーラト連盟か紅星人民解放星域」
「…二つは其々かなり離れていましたよね。特にバーラトは地球の向こう側だ」
聞いていたカルミネが訝しむ。
「うん。だから、殆ど紅星一択なんですけどね。
人口面で少しでも起源国との差を縮めておきたいのですよ」
まあ、と基之は目だけは一切動かないまま、口だけで苦笑を作り、言う。
「地球の人口には全星系総督府を足し合わせても及ばないけどね。それでも、人口は少しでも増やしておくべきだ。こちらの体力に直結するからさ」
地球人口、この場合起源国本土の太陽系の人口を指しているが、これは凡そ八十億である。
対して、他の星系人類社会の総人口は三十億に満たない。
半分以下なのだ。
故に、十億に近い人口を有する紅星か、バーラトを銀河連盟に加え、"人的資源"に猶予を作る事が求められる、と基之は考えたのだ。
人口は、生産力にも、予備兵力にも直結する重要なファクターだ。
例え地球人口に届かなかろうが、百万人でも十万人でも喉から手が出る程に欲しいものなのである。
「直接地球に行ったって良いんじゃねえの?」
「それも考えましたけどね」
基之は星図を指さす。
「向こうもそれは警戒しているでしょう。
それに、もしもこの戦争が長期化でもすれば、必然、基礎体力は必要となってくる」
坂堂は、一応納得したように頷いてはいたが、多分理解しきれていないだろうな、と察せられる曖昧な表情で持ち場へ戻る。
「ジョンはどうするつもりです?」
「私は付いていくよ。合衆国の事は、任せられる者達が何人もいるからな」
それに、と言いかけ、ジョンは口を噤む。
彼もまた、責任を果たそうとしていた、
明子に基之を変えさせてしまった責任。
本来部外者である筈の自分が、請われたとは言え、委ねてしまったこと。
それによって基之が変質してしまったこと。
故にこそ、ジョンは決意したのだ。
最後まで、この戦争の当事者であるべきなのだ、と。
基之にとっても、理由は十二分。
だが、"熱意"、"信念"といった曖昧な言葉達は何処かへと消え去ったまま、幾千もの"希望"を引き連れ、再び宇宙へと向かうのだった。