代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「幸いにも、連中が君の正体を暴露する事は暫くの間無いだろう。…そも、暴露したとて証拠は無い訳だが」
"青木祐輔"は、共に第七星系総督府へ"転進"しつつある上官に呼び出され、航宙艦、"フエ"の高官用仮執務室兼居室にて面談していた。
「はっ」
「今回は想定外かつ例外だ。次は無いぞ」
「寛大なる処置、感謝致します」
「…代わりを作るのは大変なんだ。しっかりやれ。貴様は、青木祐輔でしかないのだから」
「Remember Origin…」
"青木祐輔"は機械的に整えられた所作で敬礼し、辞するのだった。
「次、か…。果たして連中がいつまでも、黙っているかな」
まあ、と"青木祐輔"は何処か他人事のような苦笑を漏らす。
「しかし、もう俺が俺ではないと分かる人間と出会うこともないだろう」
"青木祐輔"は、青木祐輔に取って代わった彼は、名前を持たない。
青木祐輔以外の、彼を定義する名前が存在しないのだ。
"起源国政府管轄児No.44369-A"
起源国が彼を管理する為の呼称がこれである。
彼は孤児であった。
何で親を失ったのかも彼は知らない。
地球の"朝鮮連合政府"領の平壌、その一角に打ち捨てられていた。
その記憶も彼に取っては曖昧である。
はっきりと鮮明に認識している最初の記憶は、清潔、かつ、単調な色彩に包まれた部屋で、"教官"に真っ白な服にタグを付けられた時の事であった。
彼にとっての世界とは、5年ほど前までは起源国政府によって徹底的に管理された孤児院の敷地だけだった。
起源国への感謝と忠誠を植え付ける教育を受け続けた彼は、起源国の命令を愚直に遂行するマシーンとなっていた。
そして、彼は才能を見込まれ、成ったのだ。
影武者に。
背格好はともかく、顔は幾らでも変えられる現在、本物を表に出すわけには行かない誰かの代わりに、或いは、"今"死んでしまっては困る誰かの代わりとして振る舞う、影へとなった。
能力面で大した評価を受けられなかった者は、適当な名前を受け取り、社会へ放り出されるが、彼にはそれは与えられなかったのだ。
不要であるが故に。
名前は、その時々によって代わる。
彼はこれまで何人もの名前を名乗り、その人間として一定の期間を生きてきた。
そして、今の彼は、"青木祐輔"なのである。
再び時を少し遡り──。
「申し訳ないけれど、もう少し走れますか?!」
李樱花は青木優を抱えつつ、青木優芽の手を引き、"ディスティニア第一家族英雄居住区"の静まり返った夜の街を疾走していた。
「だ、大丈夫…です…」
「…後少しで車のある場所です!」
樱花は一瞬後方を振り返り、"青木祐輔"の追っ手のないことを確認し、僅かに速度を落とす。
「あれです」
前方を彼女は指差し、停車中の起源国軍のシンボルがプリントされている以外は地味な黒っぽいワゴン車を目指す。
「っ…!軍!?」
優芽は起源国軍のシンボルを見、顔を青ざめさせた。
樱花はそれに気付くと、足を止め、優芽を真っ直ぐに見据えた。
「レジスタンスなの…?」
「いいえ。…説明は車の中で。今は、私を信じて」
家から連れ出す時にも言った言葉を、彼女は繰り返した。
「…本当に…」
「はい」
「本当に、祐輔の友達なの…?」
「……彼がどう思っていたかは分かりません」
でも、と樱花は意を決して、口を開いた。
「私は、祐輔さんを…友達以上に想っていました。誰よりも、大切な人です」
彼女の目に、言葉に籠められた熱に、想いを、優芽は感じ取っていた。
「…分かった」
優芽は覚悟を決める。
どうせ、逃げ場なんてないのなら、彼女の目に、賭けるしかない、と。
それに、助けてくれたのは事実。
これ以上疑う理由もない。
言い聞かせつつ、彼女は後部座席に優と共に乗り込んだ。
「とりあえず付近の宇宙港へ向かいます。宇宙に出て、一旦身を隠しましょう」
「宇宙に…?でも、私達身分証も何も…第一、名誉で…」
「私が何とかします」
彼女は出来る限り目立たぬように車を滑らせ、街の出口を目指す。
"ディスティニア第一家族英雄居住区"は結局の所、名誉起源民の街。
夜間は外出の規制があり、当然車など殆ど走っていない。
だが、直ちに停められることはないだろう。
その為に彼女は、基地で虚偽の申請を行い、車を持ち出してきたのだ。
当番交代の時間帯を狙って申請したことで、受理された申請が吟味され、上に送られるまでは引き継ぎや他の急ぎの業務、そして、新たに溜まる申請に埋もれていき、それなりの時間を要するだろう。
「貴方は…祐輔とどういう関係なの…?」
おずおずと優芽は運転席に僅かに顔を寄せながら樱花へ尋ねる。
「…話せば長くなりますが…」
彼女が口を開こうとした時、通信音が響く。
「…すみません」
「いえ…」
「後で必ず話します。とりあえず今は、カメラに写らないよう、屈んでいて下さい」
優芽が優の頭を抑えて身を潜めたのを確認してから、樱花は通信をオンにした。
「はい」
『李樱花少尉。今、どこに居る?』
「公務で外出中です。どうかなさいましたか?」
『公務?…聞いていないが。…いや、まあ良い』
通信相手は基地の上司であった。
彼は一瞬訝しんだが、彼女の立場を思い出し、一先ず呑み込むこととしたようだった。
その上司も、青木祐輔の真実を知らない。
故に、"平等派"のキーパーソンの護衛である樱花なら、何かしら特殊な任に当たっていても不思議ではない。
そう解釈したのだ。
『直ぐに戻って来てくれ青木祐輔が襲撃を受けたらしい』
「…え?!一体誰に?!」
樱花は驚愕と不安を作り、顔に貼り付ける。
『分からんが大方テロリストだろう。ともかく、直ちに彼の保護が必要だ。既に部隊を向かわせているが、増援も必要だ。どのくらいで戻ってこれる?』
「最優先ですか?」
『何の公務かは知らんが、第一級任務以上でない限り此方優先だ』
「……」
第一級任務。
大臣、総督、駐留軍司令、保安隊司令の何れかによって発される特別任務。
執政官直々による特一級任務以外の全てに優先する形式。
撤回には命令者と同等の地位を有する者か、中将以上5名の合意と承認がなければならない。
これを詐称することは、樱花には躊躇われた。
確かに、この場を乗り切る事の出来る最も簡単な解決策だが、問い合わせをされれば最も早くバレる嘘でもある。
任務内容はともかく、彼女の上司、少将以上ならば問い合わせた対象が重要任務中か否か位なら把握可能だ。
少しでも怪しまれれば時間的猶予が一瞬にして失われる。
無論、単に引き下がるだけの可能性もある。
しかし、余りにバランスの悪い賭けであった。
「分かりました。…因みに場所は何方でしょう?」
『"ディスティニア第一家族英雄居住区"だそうだ。奴さん、帰省中だったようでな』
「…そこでしたら、直接向かった方が早いかもしれません」
マップを操作するフリを挟んでから、彼女はそう言って、上司の様子を伺った。
『ふむ…。因みにどのくらいかかる?』
「2時間ほど」
『基地へは?』
「その倍くらいですかね」
『よろしい。では先行してもらおうか。到着し次第、詳細の報告を頼む』
「Remember Origin」
通信を切った樱花はマップを睨みつけてからアクセルを踏み込んだ。
「少し急ぎます。想定よりも奴等が早い。あの男が連絡を入れたのか、誰か聞いていたのか。…何れにせよ、急がなくては」
「だ、大丈夫なの…?」
「大丈夫です。今のところは」
フーッと呼吸を整えてから、樱花はバックミラー越しに優芽を見る。
「さっきの話ですけ…ど…」
チッと彼女は舌打ちをする。
前方で運の悪いことに検問がされていたのだ。
恐らく"襲撃犯"を逃さない様にする為だろう。
止まるわけには行かない。
停車し、後部座席を見られればそれで終わりだ。
そもそも、自分が犯人だと"偽物"にはバレている筈だ。
上司が知らなかったのは、情報の錯綜から来るタイムラグか、或いは、まだ見逃されているのだろう。恐らく──。
しかし、どうにしろここで見つかってはおしまいだ。見逃されていようと、さすがに現行犯では縄をかけるしかない。
──なら。
樱花は、一瞬、検問を油断させる為に減速を挟む。
「口を閉じて頭を守って!」
優芽が優を庇いつつ対衝撃姿勢を取ってから、アクセルを思いっきり踏みつける。
軍用車はリミッターがわざと外されており、踏まれたアクセル分、機械は急加速を一瞬にして行う。
検問にいる軍人達は、銃を構える間もなく、ゲートを突き破るそれを視界に納めることしか出来なかった。
「なっ…!?敵襲!!敵襲!」
正気を取り戻した者達が叫び、銃を構え、発砲する。
「タイヤを狙え!」
だが、当然軍用車はそのあたりの対策もされている。
何発か当たったくらいでは停められない。
樱花は左右にハンドルを捌き、動きを読まれないようにしつつ、高速を維持したまま直進していくのだった。
「や…っと…。後は目的地に向かうだけ」
"ディスティニア第一家族英雄居住区"をどうにか突っ切った軍用車は、荒野に一本、何処までも続く道路を駆け抜けていく。
「そろそろかな」
15分程走った所で、樱花は道路から外れ、荒野にタイヤを降ろす。
「ど、何処に…?!」
「話すと舌噛みますよ」
ガタガタのした荒地を車は進む。
「もうナンバーも割れてるでしょうからね。道路ですれ違えば不味い。
それに、目的地を推測されたくはないから」
結局、車上ではろくに話す事は出来なかった。
そうこうしている間に、宇宙港へたどり着いてしまったのだ。
「ここは…」
「テレビに出るような大きなとこじゃないですよ。軍民共用の小型船用です」
とても宇宙船の発着場には見えない小型の現像物へ、小さな扉を潜って入ると、受付が目敏く彼女らを見つけ、駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ!ようこそディスティニア第十五国民空港へ。
貨物ですか?旅客ですか?」
一応軍服を着てはいるが、小さな宇宙港故か、実績がないのだろう。
民間会社のそれかのように慇懃な態度で彼女らを値踏みするような視線を僅かに見せる。
「急ぎで3人以上乗れるのを頼みたい」
「今すぐですか?」
「そうだ」
「それは難しいですよ…」
「これでもか?」
ドサリ、と彼女は案内された席で受付に札束を投げて寄越した。
「こ、これは…?」
「出来るか?」
「いやいやいやいや。出来ませんよ!こんなこと…」
受付はチラリ、と後方を見てから一人の男を見つけると、安堵したように息を吐いてからそちらへと駆けていった。
不味い。
樱花は最悪の場合に備えて、腰のものを取り出しやすいよう、座り直す。
「失礼。お名前と所属をお伺いしても?」
受付が引き連れてきた此方は、いかにも軍人然とした男であり、丁寧な態度ながらも威圧感を与える声色であった。
「………」
樱花は、安堵していた。
どうやら、まだ"犯人の正体"は出回っていないようだ、と。
出回っていない理由は確信が持てない。
しかし、それならば問題はない。
そう、彼女は確信していた。
「李樱花
「少尉。何故ニューサンフランシスコから此方に?そして、何故宇宙に?」
「彼女らはテロリストに狙われている。緊急避難先として第七星系が選ばれた。直ちに進発させ、E-01a3769宙域で駆逐艦が回収する手筈だ」
不安そうに少し離れた場所で待つ優芽らを指し示しつつ、樱花は嘘を吐く。
「彼女らは?」
「青木祐輔、英雄の家族と言えば、分かるか?」
青木祐輔が襲撃を受けたこと自体はある程度出回っており、こうした宇宙港ならば当然それは共有されている。
家族の拉致等が広まっていないのは、起源国側の元々の狙いもある故にだろう。
処分するつもりだったが逃げられました、等と言えるわけもないが、だからといってただ拐われた、とだけしても、"テロリスト"に付け入る隙を与えてしまう。
樱花が犯人だと広められない事情が何にせよあるならば、その判断に至るのは至極当然の事だ。
その家族に人質としての価値があるかのように広めてしまえば、テロリストはほくそ笑むに違いないのだから。
「……!」
軍人は彼なりに事態を悟ったようであったが、しかし、慎重さを崩すことはない。
「分かりました。では、直ちに上へ確認しますので、お待ちを。李樱花少尉」
「後にしなさい」
あえて強い口調で言い放つ。
「何故です?必要でしょう?」
「貴方は1秒の遅れで何かあったとして、責任を持てるの?」
「万一ということがありますので」
これ以上引き下がっても不自然さを増すばかり。
そう判断した樱花ははあ、とため息を吐き、わざとらしく肩をすくめた。
「分かった。分かったわよ。あなた達の仕事はそうだものね」
そして、余裕のある笑みを浮かべ、言う。
「お父様にもしっかり報告しておくわ。貴方達の熱心な仕事ぶりをね。
きっと、お父様も知りたがるわ」
「…?」
後ろでハラハラ見守っていた受付の男は、ハッと顔を上げ、相方に耳打ちをする。
「何?…李強の…?」
もう一人も察したようで、バッと樱花へ首を向けた。
「失礼。貴女は
「あら、気付いてなかったの?」
わざと、彼女は高飛車なお嬢様として振る舞う。
「貴方達も知っているでしょう?青木祐輔の後見人が、誰なのか」
そう、末端の人間は詳細を知らない。
その必要がない故に。
つまり、広く流布しているイメージにおいては、李強こそが青木祐輔の後ろ盾であり、"平等派"と共に彼を保護する影響者なのだ、と。
李強自体、既に権勢を失っているが、そちらも、まだまだイメージの上では彼の権威は強い。
末端の人間が権力闘争の細かな変化を知ることはないし、彼等に取って中佐というのは、例え派閥だのとは無関係だとしても、雲の上の存在だ。
つまり──。
「報告、でありますか」
「ええ。貴方達の熱心な仕事によって、お父様の大事な大事な手駒が危険に晒されてしまった、と。
ああ、でも貴方達は悪くないわ。貴方達は義務を果たしているだけだもの」
「………」
受付達は顔を見合わせ、数秒。
「直ちに手続きを致します!」
受付は敬礼して走り去り、もう一人は、にこやかな笑みを浮かべた。
「も、申し訳ございません。李中佐の御息女とはつゆ知らず…」
「分かってくれれば良いのよ」
樱花は生まれて初めて、自らの出自に感謝していた。
父の権威を利用するのは癪だ。
いや、それどころか、吐き気すら催す。
だが、それでも──。
祐輔の、守りたかった人達を、私は──。
絶対に、守る。
もし、連中に見逃されているのだとしたら、それも恐らく、李強の名、故に、だ。
もしかしたら奴が、自分の名に傷付くのを恐れ、隠蔽を試みている最中なのかも。
─理由はどうでも良い。
ならば、それを徹底的に利用するまで。
どんな手を使ってでも、私はあの人が命を賭して守りたがっていた彼女達を絶対に、守り抜く。
そう、例えどんな手を使ってでも──。