代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「隊長!」
ルイス・プラネット陥落後、日野基之が"立ち直った"直後の事。
ルイス・プラネット宙域を警邏する銀河連盟分艦隊の旗艦は、一隻の小型艦からの通信を受け取っていた。
「どした?」
「先程レーダーに映った小型艦から通信です」
「繋げ」
直ぐに、回線が開かれる。
『此方、軍用小型艦船A-3002β。軍用小型艦船A-3002β。銀河連盟の保護を求めます。銀河連盟の保護を求めます。私達は亡命希望者です。繰り返します。私達は、亡命希望者です』
「亡命?」
隊長は怪しむようにそのワードを繰り返す。
「どういたしますか?」
「まあ大した武装もないし、乗っていても4,5人が限度だろう。警戒しつつ、ドッキングしろ。
耐爆設備のあるベイへ誘導だ」
「はっ!」
こうして、亡命希望を名乗る小型艦は分艦隊に収容された。
「受け入れて頂き感謝致します」
船から出てきたのは、若い女性が一人と、中年の女性一人、そして、男児が一人の計3名であった。
「まず、名乗って頂こうか?」
「…日野司令はこちらには?」
「質問に質問で…いや、まあ良い」
僅かに不快そうな様子を見せたが、迎え入れた隊長は一先ず話を聞こう、と若い女性の問いに答えることとする。
「この艦にはおられない。今は大気圏内の旗艦で指揮を執られている」
「では、お伝え願えませんか?そうすれば日野司令ならば、それだけで分かると思います。
"友人のご家族をお連れしました"と」
「…伝える訳がないだろう。素性も何も分からん女の伝言など」
「お願いします。どうか…。それで直ぐに、分かって頂けるはずなのです」
そう、彼女は、彼女達は、この場で名乗ることは出来なかった。
「ならばせめて名乗れ!司令はお忙しいのだ!不詳の不審人物の伝言など伝えられん!」
苛立たしげに隊長が声を荒げる。
「…出来ません。…わ、私達は起源国内部で秘密裏に銀河連盟へ協力してきた者でして…極秘なのです。一部の人間以外には」
「はあ?亡命と言っていただろう?」
「ですから、それも秘匿の方便で…」
樱花は、どうにか取り次いでもらおうと、誤魔化しの手を打つ。
だが、余計に疑念を呼び起こしてしまったようで、隊長周辺にいた隊員達はあからさまな警戒感を顕に、万一に備えて腰へと手を伸ばしつつあった。
「お願いします!どうか…一言お伝え頂きたいのです!大した時間も必要ないはずです!」
「秘匿任務だなんだと言うが、いくらなんでも我々の仲間である証明も、名前も名乗れん、そんなバカなことがあるわけがないだろう」
「それは…」
尤もなことである。
コードネームやら証明となる電子コードでも何でもやりようは幾らでもあるのにそんなものが一つもないなど、怪しさしかない。
「おい。お前達、こいつら拘束しろ。取り調べる」
周囲の隊員達が動き始める。
「ま、待ってください!お願いします!」
樱花は懇願する。
「どうかしたんですか?」
そこに、一人、別の兵士が通りかかった。
「ん?カヴァコか。不審者を見つけたんだ。お前も拘束を手伝え」
「不審者、ですか?この女性達が?」
「見た目で判断するな。この娘は日野司令の友人の家族を連れてきた、などとほざくが、何一つ身元を明かさん。不審者でなければ、異常者だ」
「友人の、家族…?」
"カヴァコ"は、数秒思考し、まさか、と驚愕の視線を、樱花の後ろで縮こまる二人に目を向けた。
「隊長」
「あん?」
「彼女の言っている事は本当です。日野司令にとって、重要人物です」
「は?」
カヴァコの言葉に、隊長は頓狂な声で返す。
「何でお前がんなこと…」
「あー…いや。ほら、この前俺、任務に出てたでしょ?」
「"ハルキマス"に出向してた時か?」
「ええ。それです。報告していない極秘任務にも行きまして。…その時に、友人のご家族の方は日野司令から教えて貰っていて
この連絡員の事は知りませんでしたが」
嘘には真実を混ぜるもの。
カヴァコは半分以上真実を語り、隊長を説き伏せる。
演説においては、嘘の中にある真実は多ければ多いほどに、聴衆の納得感が跳ね上がるという。
だが、こうした個々の説得の場においては、聴衆の納得感には寄与しない。特に科学の関与しない場面では。
しかし、語り手の表情や声色に籠る自信が変わり、故にこそ、説得性が跳ね上がるのだ。
「…なるほど。まあ、お前が知ってるなら…」
隊長は腰物から手を離し、ふうっと息を吐いた。
「日野司令には私から連絡しますね。事情を知っていますから」
「そうだな。多分そっちのが話が早い」
「では、直ちに」
隊長は、樱花と後ろの二人を一瞥し、周りの兵士らに命じる。
「彼女らを応接室へ通しておけ」
「……はっ」
樱花は、はあ、と胸を撫で下ろす。
同時に、ふっと力が抜けたようで、その場に膝を付くのだった。
ルイス・プラネット大気圏内
銀河連盟総旗艦"ハルキマス"
「カヴァコ准尉から通信が入ってるけど、どうする?」
明子は、ルイス・プラネット解放後にジョン・アレン中心に樹立された自由合衆国新政府との条約を纏めている最中であった基之に声をかける。
「カヴァコ…?ああ、彼か!繋いでくれ」
その名を基之は記憶していた。
青木祐輔奪取作戦において、基之を助けてくれた1人であったことは、当然彼は記憶している。
『閣下。お忙しい所申し訳ありません』
「いや、良いさ。どうした?君は確か、今は大気圏外の哨戒任務中だろう?まさか、起源国の…」
『ああ、いえ。閣下にお会いしたいという亡命希望者がおりまして』
亡命?と基之は訝しんだ。
無論、起源国内に起源国のやり方に反発や疑問を抱いているものはそれなりにいる。
しかし、ルイス・プラネットの亡命者ならば、地上にいたままで銀河連盟に接触することも出来る。
わざわざ宇宙空間に出る必要性がない。
ましてや、他の星系から未だ戦闘中かもしれないこの第十二星系へ飛んでくる事も考えにくい。
彼は、カヴァコの次の言葉を待つこととした。
『その亡命者の女は閣下のご友人、そのご家族を保護、しているそうです』
「私の…?」
基之は暫くの沈黙の後、あっと小さく漏らした。
「まさか…?」
カヴァコはコクリ、と頷き小さく囁く。
『考えられるのは、件の彼の家族しか…』
「その者の希望は?」
『いえ、単にそれを伝えてくれれば閣下なら分かる、と。亡命者として受け入れて欲しいだけのようです。少なくとも、話している限りでは』
「…素性は明かせないから、私に保障してもらいたい、というところか」
『そうですね』
基之は深呼吸をしてから、カヴァコに命じるのだった。
「悪いが、彼女らを"ハルキマス"に移送してくれ。一時的にハルキマスだけ成層圏を出る」
『分かりました。直ちに準備致しますが…仲間達を説得する為の命令文を頂けませんか?』
「勿論だ。直ぐに送る」
二十分後──。
「基之司令は貴方方に一目会いたいそうです。今から御三方にはすみませんが、"ハルキマス"へ移っていただく必要があります」
「…ということは」
「ええ。ご安心を。閣下はお二方をお待ちしていました」
樱花は目を輝かせ、安心したのだろう、ほんの少し、笑みを溢した。
日野基之直々による命令文が彼女達の身分を、権利を確定させた。
最早、銀河連盟は日野基之を中心とした有機体として完成されているのだ。
「ようこそ。"銀河連盟"へ」
数時間後、基之は急遽ハルキマスを動かし、亡命者を特別に収容する。
そして、青木家の2名には一先ず休んでもらい、二人を保護したという女性と、彼は向き合っていた。
「面会の機会を頂き感謝致します」
「いえ。此方こそ礼を言いたい。あの人達は…」
「存じています」
表情をピクリとも動かさず一礼した女性は基之の説明を遮るように言った。
無駄を省きましょう、と言いたいのだろうことは基之にも直ぐに理解出来た。
「お名前を伺っても?」
「"元"起源国軍少尉 李樱花です。青木祐輔さんとは、親しい仲でした」
「李…?」
忘れようもない軍人の姓と同一であったことで、反応した基之。
樱花はそれに目敏く気付いた。
「貴方もご存知なんですね。李強を」
「仇敵だ。祐輔を連れ去った」
「私の父です」
「………そうか。それで、どうしてその李強の娘さんが祐輔と?」
私の父、と発した時の樱花が見せた、苦々しげな表情を見、基之はその関係性の追求は辞める事にした。
「話せば長くなりますが、祐輔さんの護衛を所以あって勤めていました。ですが、私は職務上ではなく、本当に祐輔さんを親しく思って…」
「それは疑わない。ここまで来たんだ。今更疑いようもない」
ただ、と基之は居住まいを正す。
「どうして、我々の所に?起源国軍人で、祐輔の護衛だったなら、知っているだろう?」
「貴方が祐輔さんを殺したことを、ですか?」
樱花の表情が変わる。
作り物の、儀礼的に誂えられた柔和な色は消え失せ、冷たく、基之を見据える。
基之もまた、冷静に彼女を見つめていた。
「そうだ。俺が殺した。知っていて、何故ここに?」
「ここしか無かったから」
樱花は間髪入れずに断言する。
「"名誉"を快く匿ってくれる人間なんて、そうそう起源国にはいません。"平等派"でも利用価値のない、リスクでしかない名誉を匿ってくれる人なんてダイヤモンドより希少です」
「彼女らだけを送り届ける手もあったんじゃないか?」
「私を、起源国軍人を受け入れることは出来ない、ということでしょうか」
迂遠な言い回し、しかし、樱花は基之の言わんとすることはそうである、と推測した。
「いや。少なくとも私は、銀河連盟の司令官として、協力者の出自は問わない」
ただ、と一瞬、基之は目を伏せる。
「恨んでやしないかと思ってね。聞く限り、かなり親しかったようだから」
樱花もまた、目線を下げ、そして彼女は瞑目する。
「恨んでいますよ。ええ。この上なく」
彼女の冷たい眼差しが、瞼が開かれると同時、基之を貫く。
だが、基之はもう、動じることはない。
「今すぐにでも貴方の首に手をかけてやりたい。今すぐにでも、貴方達にレーザー砲を浴びせてやりたい」
基之はむしろ、何処か安堵したように、今度は彼が瞑目していた。
「貴方は、祐輔の仇……。でも、祐輔の、親友」
フーッと彼女は息を吐き、姿勢を正す。
「そう。貴方は、"私"の仇で、"祐輔"が家族と同じくらい大切に想っていた人」
多分、と小さく漏らす。
「私はついぞ並べなかった人」
そして、だから、と基之に真っ直ぐな視線を向けた。
今度は、基之を貫かんとする、冷たい眼差しではない。
羨望と、そして、嫉妬の混じった温度であった。
「私は、貴方を殺せない」
「そうか…」
「それに、祐輔さんが守りたがっていた彼女達、あの人が、何よりも優先していた家族を…二人を守る為には、貴方が必要だから」
悔しそうに、彼女は拳を握る。
「あのクソ親父のなけなしの権威を幾ら利用したって、私には守りきれない。精々寿命を1日か2日延ばせる位。
でも、貴方なら、銀河連盟なら、何十年先の未来を、作り出せるかもしれない」
「だから、憎い俺達を頼った、と」
樱花は頷き、続ける。
「そう。そして、私も…。私は、あの人の為に、貴方達に協力したい。だから、私もここに来た」
「憎いのに?無理はしなくて良い。青木家は保護するし、君も同じく丁重に扱うことを約束するよ」
頭が振られる。
「無理はしていない。私は軍人。私的な感情と、成すべき事は分けられる。分けてみせる。
私は、銀河連盟、いえ、貴方を多分、一生恨み続ける。
けれど、祐輔の為にも、貴方に全てを預ける」
「……」
「これは誓い。誓約よ。それでも、私を信用出来ないなら、使えないと思うなら、貴方の扱いに従うわ。二人を保護してくれればそれだけで充分だから」
基之は静かに、ただ柔らかな目を樱花へと向けていた。
「信じるよ。分かった。では、李樱花。君を我々の同志として迎えるよ。よろしく」
手は、差し出さなかった。
仇敵と手を重ねることなど出来ないだろうと分かりきっていたからだ。
だが、樱花は無理やりに基之の手を取り、握手をする。
「これはけじめ。私は、銀河連盟に入ったのだから」
「凄いな。君は」
素直な感嘆を漏らしてから、基之は手を離す。
そして、去り際にこう、言い残した。
「ありがとう。俺を恨んでくれて。…俺にはもう、自分を憎む事も許されないから」
「?…どういう」
「俺を、憎み続けてくれ。樱花」
寂しく笑って、基之は応接室を去るのだった。
そして、銀河連盟軍がルイス・プラネット、並びにエリダヌス・フロンティア星系から飛び立つ日。
統一暦244年(西暦2694年)1月20日
「本当に良かったんですか?残らなくて」
明子の問いに、ジョン・アレンは笑う。
「ええ。元々、新政府建設が一段落したら退くつもりだったから」
「そうだったんですね」
「うん。私は、旧政府の人間だからね。新たな国家建設に当たって、権威を持たせるには適当だが、その後は旧弊の象徴にもなる。かつての利益集団に担がれるのはごめんだ」
ルイス・プラネットは、と彼は遠ざかる母星を見つめ、続ける。
「折角なら、若く産まれ変わってほしい。
これは、ジェラルドともよく話していたんだ」
「だから、丁度良い機会だった」
しかし、とカルミネが横槍を入れる。
「元首の地位に留まってはいますよね」
明子は無粋なカルミネに睨みを入れたが、彼は全く気にする素振りを見せない。
ハハッとジョンは苦笑する。
「皆に泣きつかれましてね。まだ手放されては困る、と。
新国家の、自由合衆国の象徴として、誰が担ぎようもない宇宙へ行くならそのまま留まってくれ、と」
まあ、とジョンは背後にいる基之に視線を向ける。
「銀河連盟が起源国に勝利すれば、自ずと銀河連盟は変革を強いられる。
それは、基之氏も、恐らくカルミネ、君や明子さんもよく分かっていることだろう。
その時に、ちゃちゃっと交渉に参加出来る全権大使代わりと思えばね」
「なるほど。妥協案というわけですか」
少し可笑しそうにカルミネは笑い、ジョンもフッと鼻を鳴らす。
「そういう事だ。次に私があの星に降り立った時が、この肩書きとお別れする時だよ」
「では、絶対に、戻ってこないといけませんね」
「ああ。何があろうと、絶対にな」
地球と比較すると若干緑がかった惑星ハヤブサとも、地球よりも濃く青い光を放つリオ・グランデともまた異なる、僅かに、ごく僅かにではあるが、地球に赤いインキを一滴垂らしたような、ぼんやりと赤っぽい光を放つルイス・プラネット。
銀河連盟にとっては何度目かの別れを、ジョン・アレンにとっては、人生初の、故郷との別れを告げる輝きを、ジョン・アレンを気遣い特別に全天ビューとなっている"ハルキマス"のメインブリッジは受ける。
ジョン・アレンをはじめとする一部の操縦者を除く大部分は、そして、幾つもの艦に分乗したルイス・プラネットでの志願兵達は、遠ざかる、薄赤い、彼等にとっては真っ青な、祖国を見送るのだった。
ただ一人、基之だけは、前方の深淵を見つめていた。
彼はただ、別れを告げる星の光を、背中に受けるのみで、真っ直ぐ、前を、次を、見据えるのだった。