代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「基之君!」
基之は、かつてのような笑顔を貼り付け、その人達の前に顔を出した。
「まさか、貴方がレジスタンスになってるなんて…」
「お久しぶりです。
「でも…そう。無事で良かった」
本当に、心の底から安堵した声色で目尻に涙を浮かべで語りかける、心優しい友人の母に、恐らく永久に隠し続けねばならない事を抱えている事に胸がチクリと痛んだが、それでも彼は笑顔を壊す事は無かった。
「あの人達には正直に自分が下手人だなんて言わないで下さいね。祐輔さんの死因が戦死だとは知っていますが、貴方の艦隊と戦ったとは知らないので」
事前に
「これ以上、あの人達を傷付ける必要はありませんから…」
無論、彼自身、それには深く同意するところであった。
故に、隠す事に決めたのだ。
一部の真実を織り交ぜて。
「申し訳ない。ルイス・プラネットにおける戦闘で、と…」
「貴方が謝ることじゃないわよ…。そうでしょ?」
「……我々は、起源国と戦争をしているわけですから…」
「軍に入ったあの子の選択だもの…。だから、謝らないで。きっと、あの子も…」
言葉が続かないようで、しゃくり上げるような呼吸音だけが響く。
「……そうだ。お母様は?浅菜ちゃんも…」
「……それは…」
ついに崩れてしまった基之の仮面。
優芽は否応なく、悟ってしまう。
「あ………。!…ごめんなさい。」
「いえ。でも、だから、僕はここにいるんです」
「そう…。そうよね」
基之は、すみません。大変な時に、と仮面を被り直した。
「それはこっちこそよ。本当に、ありがとう。私達を助けてくれて」
「お礼なら樱花嬢に。…我々はこの先貴方方の安全を力の及ぶ限り全力で保障します。
絶対に、もう、奪わせません。あいつの為にも」
「あの頃の、優しい子のままで良かったわ」
また、ズキリと痛みが走る。
違う。違うんだ。あの時の日野基之はもういない。
今は、その仮面を付けて、誤魔化しているだけで。
いや、そも、俺が胸を痛めて良いわけがない。
俺にはもう、やるしか道は、残っていないのだから。
「それじゃあ、何かあればいつでも言ってください。直ぐに対応しますから」
「ありがとうね。忙しいのに」
チラリ、と基之は部屋の隅で縮こまる青木優を見やる。
「ごめんね」
彼の、何処か空虚さを感じる目を見て、基之は思わずそう言ってしまっていた。
「俺は……」
そこで気付き、留まる。
「暫く不便だけれど、ごめんね。俺が、お兄さんの分まで、君とお母さんを守るから」
誤魔化し。
彼は最早、引き返せない。
引き返すつもりも、ない。
最後に一瞬、青木優が基之に向けた視線は、怒りか、それとも──。
彼が何かを気取っていたのか、否か。
それは、誰にも、優自身以外が知る事は、永遠に、無い。
統一暦244年(西暦2694年)1月23日
起源国 プロキシマ・ケンタウリ弁務官区
首都 弁務官区A号コロニー
フェレティ・トゥイオアネア高等弁務官は、地上車に揺られながら窓外の景色を表面上、ぼんやりと眺めていた。
「次の予定ですが、"ケンタウリb開発建設"社長との会食となっています」
側近の読み上げる声に、おお、と生返事を返す。
彼は、プロキシマ・ケンタウリ弁務官区を独立国家と成し、更には銀河連盟、起源国双方の間に立ち、戦争を陰謀によって、後には経済によってコントロールする事で、自らが宇宙のフィクサーとなることを目指す野望の大きい男だ。
彼は、この隙間時間とも言える移動時間に、現状を整理し、脳をすっきりさせようとしている。
この数ヶ月は彼にとっても怒涛であった。
一番の問題は、青木祐輔の死、である。
本来、彼が、起源国内の地位から言えば知る筈のない事であるが、密偵の報告からプロキシマ・ケンタウリ独立勢力の知る所となった。
彼らのフロント勢力としての、汚職政治家、軍人らが互いをある程度庇い合う言うなれば緩やかな犯罪ネットワークである"金龍会"。
その筆頭であるアベル・ギンペル大佐が築いた"平等派"の象徴、青木祐輔とのパイプが使えなくなってしまったのだ。
勿論、表向き青木祐輔は生きているが、個人的な関係性でもって、彼を誘導することは叶わなくなった。
更に言えば、"平等派"は青木祐輔の情報を漏らし、襲撃を誘発させた裏切り者を血眼になって探し始めた。
それは、"金龍会"にとって、大打撃である。
そもそもが緩やかな、言ってしまえば汚職家達による庇い合いのネットワーク。
本腰を入れた徹底的な捜査と弾圧には、醜悪なる自己保身で応える程度のものだ。
つまるところ、仲間を売り払う事例の増加。
"金龍会"は、起源国の大敗の裏で、綻びを大きくしていたのだった。
そう、つまり、今我々の計画は暗礁に乗り上げかけている。
だが、ギンペルがどうにか繋ぎ止めてもいる。
また、賭けに出るしかないのか。
いや、余りに…。
しかし、出ざるを得ない。最悪なことに、私達は未だ切れるカードが少ない。
フェレティ・トゥイオアネアは、再びギャンブルにベットせざるを得ないと結論付けつつあった。
彼の暗く、沈んだ気持ちを現すかのように、灰色の、無機質さの目立つビル群を車は突っ切っていく。
人類初にして唯一となった、完全閉鎖生態系を確立させた宇宙コロニーは、資材、資金両面の余裕が少なく、均一な団地がずらりと並ぶことになってしまっていた。
色彩の乏しい空間に、申し訳程度に緑が混ざる。
街路樹や人工林だ。
トゥイオアネアは、この単調な空間が気に入っている。
彼の栄華の象徴、月面コロニー。
その第五コロニーこそが彼の故郷である。
そこは、開発中に起源国政府内で政変が発生した煽りで予算が不足し、この弁務官区A号コロニーと同じような単調な都市が形成されていた。
故郷に近しい、彼にとっては最も自然な光景。
故にこそ、この忘れられた左遷先で唯一好ましい部分であり、集中するに適した光景でもあるのだ。
「…銀河連盟は恐らく次に…」
星図を脳内に浮かべ、彼はシミュレートする。
銀河連盟の取るだろう航路を。
「次は地球に…?いや、リスキー過ぎる。となると、他星系の解放か…」
ブツブツと口の中で数十センチ先にも届かぬような音を漏らす。
「向かうとするなら、第七星系…或いは、第八星系…それとも…」
「到着致しました」
上官の思考を邪魔しないよう必要最低限以上の音を立てずに移動するべく、マニュアル操作で運転をしてきた側近であったが、目的地に到着以上、一旦思考の渦を鎮めてもらう他ない。
声をかけられたトゥイオアネアは、「ん?ああ」と顔を上げ、後部座席の扉を開ける。
「すまんね。ありがとう」
言いつつ、彼はルーティンとしてその建造物の頂上にはためく起源国旗を睨む。
‐起源国 プロキシマ・ケンタウリ弁務官区高等弁務官府政務ビル‐
やはり灰色に包まれているものの、他の建造物よりは装飾の類いなども外壁に多少は見える、周辺のビルと比べて頭一つ、二つは飛び抜けた高層のそれこそ、彼の職場であり、起源国による彼ら左遷により未来を絶たれた者と、プロキシマ・ケンタウリ市民に対する支配の象徴だ。
「ギンペル大佐から連絡は?」
「本日はありません。閣下。どうにもルイス・プラネットの状況が芳しくないようで」
「ああ、そうか。そうだな。早々近くまでは立ち寄れんか」
超光速通信で多少のラグを許容した場合にリアルタイム会話が成り立つ距離は凡そ0.2光年。
そこまで近付くとなると、些事でも何でも用向きが無ければ怪しすぎる近さだ。
故に、アベル・ギンペルとのリアルタイムでの会合はギンペルが地球に立ち寄る場合や、他星系への移動の際にしか行われない。
だが、現状、彼のいるルイス・プラネットに銀河連盟が押し寄せており、混乱している。
そんな状況で、星系間航行を繰り返せば怪しまれる事は疑いようがない。
これもまた、トゥイオアネアを悩ませている一因なのだ。
彼は内心で舌打ちをする。
ギンペルめ。青木祐輔の死は我々にとっても長期で見ればメリットがあるなどと言ってきたきりだ。
長期とは一体どの程度の期間なのか。どういう絵図なのか。
現状ではデメリットしかないというのに、奴が送ってきたのはそれだけ。
奴の思考はやはり読めん。そも、奴が常に正しいとは限らん。
ああ、くそっ。ルイス・プラネットはどうなってる?何故定期連絡すら途絶えているのだ。
今後の方針を決めるにあたっても、情報が不足している。
勿論、密偵を使った報告や秘匿通信を使った、半月近くも要する情報共有は行っているが、余りに新鮮さを失った情報だ。
「…せめて銀河連盟の動きが分かればな…」
地球、起源国本土は比較的近く、4.2光年。
2日前後で通信も届くので、比較的新しい情報を手に入れられる。
だからこそ、この非対称が、彼らのウィークポイントと言える。
起源国の主観に満ちた情報ばかりが入ってきてしまう。
トゥイオアネアはそれを自覚していたが、如何ともしがたい。
「"転進""総督府奪還部隊"…はんっ」
ウィンドウに踊る幾つものセンセーションなニュースの見出しを鼻で笑ってから閉じ、起源国政府の報告書を開く。
「"見事な脱出劇"、ね。全く保身のお上手な事だ。
ライアン・マルドゥーン大将へ叙勲。ルイス・プラネットで抵抗を断行したフレデリック・デ・バッケルも上級大将に2階級特進」
バカバカしい、と報告書を閉じ、天井に視線を投げ出し、身体の方も背もたれへと深く沈ませる。
「民衆が敗北を直視することがないように目を背けさせる、か」
彼は暫く悶々と思考していたが、やがて、一つ、観念したように呟く。
「銀河連盟との接触…」
結局、車中で考えていた賭けへと、彼の思考は戻ってきた。
選択肢が限られている以上、その中で最も可能性の高い選択肢を取ることは基本だ。
銀河連盟との接触、つまるところ、彼らの利害を知り、そして、協力を匂わせる。
今は必要な時に一方的に陰から支援するのみであるが、一定の関係を築くことができれば、"連携"も取りやすいだろう。
そうでなくとも、銀河連盟の思考をある程度理解出来れば、戦略の幅も広がる。
「結局の所、それしかないよなあ…」
ふう、と一息付いてから、トゥイオアネアは、崩した姿勢を戻し、弁務官としての職務へと思考を移していくのだった。
統一暦244年(西暦2694年)1月25日
第八星系総督府(旧紅星人民解放星域)
紅星人民解放星域は地球時代、中国と呼ばれた地域の人々が中心となって築かれた星系国家。
紅星人民解放星域。
この国は、中国共産党と人民解放軍が脱出を主導し、そのまま星系においても権力を握ることとなった。
だが、開拓初期、軍の指揮官にいた野心家は、気付いてしまう。
まだ開拓も始まったばかりで、共産党の権力基盤というのは、この不毛の土地においては、自らの率いる軍にしかない、ということに。
軍こそが権力の源泉であり、つまり、自分が共産党に反旗を翻せば──。
結果的に、紅星人民解放星域は人民解放軍によって牛耳られることとなった。
軍事独裁である。
党は建前、統治の正統性を保持するための方便、単なる官僚機構として残されたが、党が軍をコントロールするのではなく、軍が党をコントロールすることとなった。
全星域人民代表会議は形骸化し、野心家の司令官が設立した人民解放軍革命防衛評議会にその役割は取って代われてしまったのだ。
そして、軍は党以上に厳しい独裁体制を敷いた。
軍が統治する正統性は突き詰めれば無とすら言える。
それを維持するためには、強権化しかなかったのだ。
そして、天安門事件に類するタブーとなった"
党による統治を取り戻さんとする人民革命委員会。
独裁体制そのものに反対する紅星民主党。
この二つの勢力は、起源国が攻め込む以前から長らく体制に対する反抗を続けてきた。
彼らにとっては、敵が起源国に代わっただけでしかなかった。
侵略時、既に巨大な地下ネットワークが築かれていたことで、紅星人民解放星域における反乱活動はルイス・プラネットの悲劇を経てもなお、他の星系とは比べものにならない規模と戦力が維持され、起源国当局の手を焼き続けている。
そんな紅星人民解放星域の首府
計画も何もなく、ただひたすらに必要に応じて、紅星人民の需要を満たすべく建設されたこの都市であったが、近年、その姿を大きく変えつつある。
起源国以降、総督府はこの雑多な都市から区画整理として建物を破壊し、"名誉"を追放。
そこに整然とした道路を敷き、均一化されたデザインの建造物をパズルのように並べていったのだ。
紅星人民解放星域を上塗りし、起源国に染めようとするにあたって、空京は正にうってつけの舞台だった、ということなのだろう。
故にこの都市は今、中心部だけが異様に整っており、都市の真ん中に異なる世界が突如現れたかのようになっている。
「
そんな空京の外縁部、未だに"名誉"が多数を占めるが、手入れのされなくなったことで色褪せたビル群の一角。
裏通りのそのまた奥まった場所にある雑居ビル。
そこに入居する飯店の地下。
気だるげに沈んだ顔付きであるが、しかし、目の奥には輝きの灯り続けている若い女性は名を呼ばれ、顔を上げる。
「どしたの?
玥、
彼女達は、紅星民主党の首魁である。
つまり、紅星人民解放星域の民主化を狙う、と言っても、起源国に支配された現況においては、まず独立を狙う反乱勢力を彼女は率いている。
この若さで指導者に位置しているのは理由があった。
実際の所、彼女がこの任に就いたのは二ヶ月前の事だった。
惑星ハヤブサ、リオ・グランデ、そして、ルイス・プラネット。
その時点ではルイス・プラネット解放の報こそまだ来てはいなかったが、二つの星系を起源国が失陥し、更にもう一つ落ちようとしている状況に興奮したメンバーの多くがいきり立ち、逸る気持ちを抑えることなく情動のままに大規模反抗を決行してしまったのだ。
しかし、結果は大敗。
彼らが向こう見ずであり、勝ち目のない戦いに挑んだからではない。
確かに、勢いのまま決起したことは確かだが、彼らの蜂起点、その3割近くは先んじて起源国が秘密裏に防備を整えており、瞬く間に鎮圧されてしまったことが大きい。
そして、その3割のポイントは、単に起源国のスパイに対して紅星民主党が無防備だったから漏れたということでもない。
もう一つの大規模反抗勢力、人民革命委員会が起源国にリークした故に漏れていたのだ。
つまり、共産党主導の革命国家を取り戻さんとする勢力が情報網や裏稼業を買収し得た情報を、ライバル勢力と言える民主党妨害のためだけに起源国へ流したのだ。
確かに、民主党勝利は革命委員会にとって望ましくはない。
だが、両者に取っての敵を利用し、反乱を潰させた事は自己中心的としか言いようがなく、独立よりも自らの望む体制の希求こそが優先されているのだろう。
これをきっかけに人民革命委員会と紅星民主党は完全に敵対することとなったが、民主党はそれ以前に反乱失敗により、風前の灯となってしまってもいた。
蘭啟は前の指導者、単に『"議長"』とだけ呼称されていた老婆から命じられ、一部の戦力を引き連れ、先んじて地下へ潜っていた為、当局の追求を逃れた。
同じように、"議長"の指示によって第八星系総督府全体で、蜂起せずに残った者や、早めに地下へ逃れた者らによって蜂起前と比せば、比べものにならない弱体だが、しかし、3割程度のメンバーをどうにか生かすことに成功したのだ。
"議長"は蜂起の初期、起源国軍が大規模に防備を固めている事を知ると同時、敗北を悟っていたのだろう。
老議長はそもそも蜂起に対して冷静であり、反対も表明してきたが、党内民主主義によって蜂起は決せられてしまったのだ。
だからこそ、老議長は次善の策を打った、というわけだ。
『蘭啟。すまないが、頼むよ』
『議長も一緒に…』
議長との最後の会話を蘭啟は昨日のことのように思い出せる。
逃げることを命じられた彼女は、元々蜂起に反対していた議長も逃げるべきだと、共に行こうとした。だが。
『悪いが、それは出来ないよ』
『なぜです!勝ち目はないのでしょう?!』
『ああ。蘭啟もよく分かっている通りね』
『でしたら!』
『私は、"議長"だからね』
『…!』
『蘭啟。貴方には私の選択を理解してもらわねばならない』
『どういう…』
老議長は、優しげに、まるで娘を見るかのような柔らかな表情で、蘭啟を見据える。
『貴方が次の議長になるんだ。だから、貴方にもこの責任を理解して貰いたい』
『私が?!…私には務まりませんよ』
老議長は首を振る。
『貴方は知識も豊富で、これまでの戦いでも常に、危険だが、先陣のように目立つ訳では無い戦いをしてきた。
貴方にこそ、相応しいと思うわ』
老議長が心の底から、お世辞など全くなく言っていることは蘭啟には理解出来た。
そんな事を言っている暇がない、という事でもあるが、それだけでなく、老議長の言葉そのものの重みを感じたからである。
彼女は、そこまで見てくれていたことに純粋な嬉しさやこそばゆさを覚えたが、しかし、組織の長となることへの、畏れが何をも上回っていた。
だが、しかし、自分が受けるしかないことも、理解していた。
誰かに責任を負い続けてもらって、自分は逃げるのか。
そんな思考も過った。
そして。
『私の選択を、理解してくれるかい?』
老議長の、恐らく最後の問いだったろうそれに、蘭啟は力強く、首を縦に、ゆっくりと動かすのだった。
『ありがとう。…引き継ぎ資料は
命令書は間違いなく、臨時の頭目として、民主党のリーダーとするよう老議長が命じたものであり、それによってこそ、蘭啟はリーダーの地位を得る事が出来たのだ
そして、その日以降、老議長の消息は不明。
処刑はされていない故、生きてはいるだろうが、最早、再会の身見込みはない。
生きていたとしても、もう"議長"ではないだろう。
「残党狩り、ねえ」
蘭啟はため息を吐く。
「はい、どうやら、先の反乱がこたえたらしく、徹底的に、という触れ込みです」
幾ら鎮圧成功したとは言え、総督府で一時的に幾つもの都市を喪失するレベルの反乱。
総督にとっては一種のトラウマとなってしまっていたのだろう。
そうして彼は、レジスタンスに対する異様な恐怖を拗らせ、徹底的な力の誇示を、圧倒的な力の差を見せつけて、その身に刻み込むことを選んだのだ。
単純だが、兵力に圧倒的な差がある以上、王道と言えるし、最も確実だろう。
「どうにか、追求を逃れる術を考えなくてはな…」
或いは、と蘭啟はそれを言葉にすることはなかった。
人民革命委員会を、囮とするか、だ。
先に餌として利用してきた連中を、民主党の握っている情報を渡すのことで利用、一時的に追求を逃れつつ、ライバルを消し去る事が出来る。
だが、それは幾らやり返す形だと言っても、やはり卑怯であり、紅星解放星域の解放という大目標よりも党派性を優先する最悪の権力争いになってしまう。
だからこそ、彼女は口にはしなかったのだ。
徐 玥は大丈夫だろうが、しかし、誰が聞いているか分からない。
その上で、革命委員会への復讐を優先させては、組織の信頼が揺らぐ事態を招いてしまうか、或いは、組織が矜持を捨てることも同義となってしまうだろう。
そうした慎重さも、また、蘭啟が議長と選ばれた所以の一つなのだろう。
だが、彼女自身は、未だに自分を認めることは出来ていない。
わたしはあの時、最後まで暴発に付き合う選択を取った議長の気持ちがわからない。
責任と言われても、心中する程の義理は部下達にない。
だから──。
やっぱり。
「私には向いてないですよ」
今日も彼女は、老議長の残した写真立てへ小さく、小さく零すのだった。
Tips
かなり久しぶりですね。
読み返していて捕捉したくなった場所があったので今更ながら書いていきます。
プロローグから第一話にかけて、浅菜や基之始め、政府を除く人々が正体不明の宇宙船らしきもの、に当初然程警戒しておらず、楽観的に構えていたのには二つ理由がある。
一つは、ルーシ・ミールや紅星に代表されるような独裁国家や、内戦に至った惑星から逃れてきた人々が極稀にではあるが、百年を越える時をかけて亡命してくる事例があること。
もう一つは、惑星間の物質的交流は殆ど無くなったとは言え、惑星間で形式上の外交関係が無いわけではないことと、所謂、ワープ航法が実現不可能であるという一般常時が手伝い、何処かしらの使節か何かだろう、と無意識に思い込んでしまっていたこと、が理由として挙げられる。
正常性バイアスの一種でありつつ、ワープなどあり得ない、という常識からも、彼らは、宇宙船が適性勢力であるとは思えなかったのだ。