代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
統一暦244年(西暦2694年)1月26日
第八星系総督府(旧紅星人民解放星域)
首府
そうしてからゆったりと立ち上がり、執務室の扉を開けた。
防音効果により静寂の保たれている部屋の外は、打って変わってガヤガヤとした同志達の熱気に包まれている。
地下に作られたこの司令部であるが、土の冷たさを塗りつぶすその熱が、志成は好きであった。
「志成同志」
呼び止められ、狭苦しい廊下を歩く彼は足を止め、振り返った。
「どうした?
「はっ。今しがた、歩哨部隊より、連絡があり、起源国保安隊がこの山地に侵入した、と」
「ほう。数は?」
「1個中隊以下とのことです」
「ふむ…ここだと確信しているわけではない、のかな」
暫しの思案の後、志成は成同志を見、命じる。
「歩哨部隊に連絡。弐型防衛機構を起動し、連中をβ地区へ誘い出せ」
「はっ」
ここは、共産党主導の紅星の再建設を狙う人民革命委員会でも、紅星民主党でもない第三のレジスタンス勢力が抑えるとある山地である。
彼らは、元々紅星人民解放星域を支配していた人民解放軍の残党なのだ。
人民解放軍臨時司令部を名乗っているが、トップは楊志成"中尉"であり、最早高級将校は生き残っていない。
元々反抗勢力として活動していた人民革命委員会や紅星民主党とは異なり、支配者であった彼らは、反抗を弾圧する手段は持っていても、反抗する手段は有していなかった。
つまり、一から地下ネットワークの形成や地下活動のイロハを実践する必要があったわけだ。
しかし、起源国が軍隊である彼らにそんな悠長な時間を与えるわけもない。
初期に残党の軍勢は殆どが捕まり、処刑された。
何とか逃げ延びた2個中隊程の人員が地下に隠れ、どうにか残ったのが彼ら、人民解放軍臨時司令部なのだ。
要するに、風前の灯である。
しかし、彼等は小さな資源もろくにない山地を抑え、軍隊ごっこを続けていた。
それしか能が無かったのだ。
「起源国保安隊、所定地点に到達!」
「良し!撃ち殺せ!」
防衛システムによって"追い込まれた"起源国保安隊は人民解放軍に囲まれる格好となり、見事な包囲を人民解放軍は成功させた。
それは、起源国にとって想定内どころか、作戦通りの展開ではあったが。
「同志!」
「どうした」
志成は騒々しい、と顔を上げたが、即座に顔を青ざめさせる。
山地の至るところに仕込んであるカメラの内、空をある程度画角に捉えているモノ全てに、巨大な影がかかっていたからだ。
「なん…だ」
「こ、航宙艦です!」
「な、バカな。脅しのつもりか?ここで撃てば、あそこにいる仲間をも…」
志成はハッと気付くと同時、絶望を顕にした。
「"名誉"…」
そう、起源国は、この山地に人民解放軍臨時司令部があると確実にする為、"名誉起源民"出身者で構成した臨時部隊に保安隊の制服を着せて侵入させていたのだ。
そして、もし、司令部があるのなら、"名誉"ごと消し去る。
使い捨ての駒として、彼等を使ったのだ。
志成はそれを察したが、既に遅い。
全ては空を覆う航宙艦のブリッジに陣取る艦長が握っている。
彼の発射命令によって、艦はレーザーキャノンを最大出力で山地に放つ。
既に、歩哨部隊の動きや、増援の出現位置、そして、事前に得ていた情報から推定された司令部の区画を中心に狙いはつけられており、逃げる時間等、ありはしなかった。
志成と、同志達は、固く、冷たい、命を覆い尽くす岩盤に埋め立てられ、その命脈を人民解放軍の名とともに潰えさせるのだった。
「じゃあ、また人民革命委員会がやったってこと?」
「はい。確かな筋です。人民解放軍臨時司令部の本部座標の候補地を漏らしたのは、連中である、と」
苦々しげに玥はそう告げる。
「確かに、連中は良い奴らじゃないわ。あいつらがもう一度権力を握ったら、と思うとゾッとする」
でも、と蘭啟はまだ理解出来ない、とでも言うように、小刻みに首を左右へ振りながら続ける。
「今、そんな事をしてる場合じゃないでしょうに…」
「ええ。少なくとも起源国という共通の敵がいて、そして、起源国がまだまだ強大であるというのに、レジスタンス側の力を削ぐ為に起源国を利用するなんて…」
確かに、と蘭啟は吐き捨てる。
「私達の蜂起を潰したこともある。人民革命委員会の奴らはね。
…でも、前とは状況が違いすぎるでしょう。自分達も大規模弾圧食らったくせに…」
「一体彼等は何を考えているんでしょうね…。
自分達が権力を握って紅星の指導者になるって目標以外、現実も、敵も見えていないのでしょうか…」
徐 玥の漏らした疑問、その答えを人民革命委員会全星域人民代表会議長の"
即ち──。
「革命の理念を口先で利用するだけして実践を何一つとして有しない権力の走狗、反動ボナパルティストの壊滅は誠に喜ばしいことである」
「はい。同志。これで我々共産党の正統政府こそが紅星の唯一統治者であることが人民の目にも明らかとなった事でしょう」
太鼓持ちの言葉に彼は頭を振って口を開く。
「いいや。まだ残っている。"民主主義"等と時代遅れの産物を持ち出し、政治的に未熟な人民のみならず、ルンプロやプチブルにさえ投票権を与え、政治に介入させんとする右派修正主義者、紅星民主党等と自称する最大の反動が残っている」
「しかし同志。奴らは前の蜂起に失敗し壊滅状態。我々を上回るものではありません」
ふっと譚星宇は鼻を鳴らした。
「侮ってはいかん。今の連中の指導者江 蘭啟は空京人民大学の政治学部を首席卒業しているそうだ」
「政治学…?まさか、奴は党員だったので?!」
「そのようだ。奴の如き右派修正主義者が入り込んでいたことは痛恨事ではある。
恐らく奴は内部でシンパを集めんとしていたのだろう」
「なるほど…確かに侮れないやもしれませんな」
譚星宇は頷き、場にいる人々、"同志"を見渡し、言うのだった。
「奴等の情報を掻き集めろ。上手く起源国と武力衝突を起こさせるのだ。
人民解放軍のような雑魚とは違う。その残された武力を使って、精々起源国を削って貰おうじゃあないか」
「「同志万歳!」」
譚星宇への賛意を示す歓呼でもって、"全星域人民代表会議"は幕を閉じるのだった。
ここは、空京とは惑星の真反対に位置する都市。
"
この壮麗な計画都市が建設される際、人民革命委員会が共産党の名を使い、軍にバレぬよう秘密裏に作り上げた地下施設に人民革命委員会の本部が置かれている。
ここは表向き、地下鉄工事をうたい、後にフロント企業が破綻した、という設定で地下鉄の開業には至らなかった、というカバーストーリーの下に放置されている、というわけだ。
人民革命委員会は曲がりなりにも権力の側にいた事で、こうした工作が可能であったのだ。
故にこそ、余裕があり、他の対抗馬となるレジスタンス勢力の破壊にも力を使っている、使うことが出来てしまっているのであった。
統一暦244年(西暦2694年)1月27日
夕刻。
江 蘭啟は後ろで短く簡素に束ねた髪を纏める髪留めを外し、ふうと息を吐く。
「………まだ報告纏めなくちゃな」
ベッドへと飛び込もうかとした所で、彼女は残していた仕事の存在を思い出した。
「中身の精査は急ぎの以外明日にしよ…」
呟きつつ、ホログラフィックデバイスを立ち上げ、送られてきているファイルを開く。
緊急性が最大レベルに高い事案は直接通話や伝令を用いての報告がなされるが、それ以外のものはその中でも更に細分化して重要度事に分類された形で彼女の元へと届く仕様だ。
「…武器の不足は顕著ね。とは言っても…」
調達の当ては多くない。
裏ルートは人民革命委員会とぶつかることもあり、場合によっては連中の起源国を利用した他勢力潰しに巻き込まれかねない。
だからといって起源国軍の武器庫を襲撃するわけにもいかないのは当然だ。
故に、裏ルート、闇市、そうした所に限定される。
人民革命委員会の目につかないよう息を殺して少しずつ集める必要があるのだ。
だからこそ、武器不足が日常となってしまっている。
「うーん。やっぱり自作は上手くいかないよねえ…」
各支部や本部で武器を自作する試みも行われているが、不良品が多く、未だに安定には至っていない。
無論、現代のAK-47、第二のカラシニコフとも言われているアンドレアスシリーズの各種、実弾の入っている自動小銃は製作も比較的容易であり、これは数が揃っている。
ただし、装甲戦闘車両の装甲や航宙艦や単座戦闘機の装甲を打ち破り得るレーザー兵器は専門職に加えて、それ専用の機械が無くては作れない。
しかし、それらがなければ、実弾銃だけで戦っても無意味なのだ。
鉄の怪物達を破壊する力無くして、勝利はあり得ないのだから。
「…これは…」
江 蘭啟は緊急度としては上から2番目に入っていた一つの報告に目を付けた。
「嘘でしょ?!」
思わず椅子をガタリと言わせて彼女は立ち上がっていた。
「玥!玥!」
慌てた彼女は側近の徐 玥を呼び出すのだった。
徐 玥は三分と蘭啟を待たせることなく駆け付け、真っ青な彼女の顔を見るや、即座に各所への連絡が出来るようデバイスを立ち上げる。
そして、蘭啟の言葉を待つ。
「何でこれの重要度が低く見積もられているのかは分からない。けれど、今はそんなことよりこれを見てほしい」
両者のホログラフィックデバイスに映し出されたのは先程彼女が見つけた報告の一つである。
『
徐 玥はこれは…と唸る。
「詳細を見れば分かるけど、これ1人や2人という話じゃないみたい。
合計すると最低でも50人は越えていたそうなの」
藍山同盟は紅星民主党とも協力関係にある地元の小規模レジスタンスグループである。
ただし、休鉱山という体で紅星人民解放星域時代から人民解放軍の裏資金源となってきた鉱山を抑えており、資金力だけは人民革命委員会、紅星民主党に続く程である。
人員は少なく、裏市場で大企業のような立ち位置でこそあるものの、武力という面では強くはない。
それは国の解放以外の、その"先"を見据えたイデオロギーが不在である故か、単に指導者にカリスマが不足しているのかは分からない。
しかし、結果に基づく事実として、藍山同盟は資金以外に取り柄がない。
その本部近辺を中隊規模の人民革命委員会がウロウロしている、となれば警戒するは一つ。
「…また潰す気だ」
江 蘭啟は最悪だ、と吐き出さんばかりに怒りを滲ませる。
「直ぐに藍山同盟に報せましょう!」
「もうしてる。けれど、間に合うと良いのだけど…」
「くそっ…。狙いは明らかなのに」
そう、狙いは明らかだ。
人民革命委員会は、兵力は大したことがないが資金は豊富な藍山同盟の鉱山を手に入れ、自らがその力を得るために、襲撃の準備をしているのだろう。
こればかりは起源国を使えない。
使えば、鉱山の存在が知られてしまうのだから。
「あんな、自分達のことしか考えてない連中の一人勝ちをみなきゃ行けないだなんて…」
蘭啟も同意であった。
今から増援を送っても間に合うことはないだろ。
むしろ、隙を晒すことになりかねない。
だが、だからこそ、一つの決断至ったのだ。
いや、決断と呼ぶには、少々感情的な判断も混ざっている。
しかし、紅星民主党の生き残りと勝利のためには間違いなく必須となったのだ。
「玥」
「はい」
「今の間に藍山の人民革命委員会の支部に乗り込みましょう」
「!」
「大体の場所は分かっている。それに、この状況。連中のせいで悪化するばっかり」
もう、と彼女は目を上げる。
「我慢の限界」
藍山同盟はレジスタンスだ。
つまり、協力することも出来るにも関わらず、そして脅威となる武力を有していないにも関わらず、あえて排除し、鉱山を直轄とする理由等、極めて不純なことは明らかだ。
つまり、資源の独占を狙っている。
蘭啟はそれに思い至り、怒ったのだ。
そして、故にこそ避けようとし続けてきた、人民革命委員会との対決を選んだのである。
やられたからやり返すようなやり方、党派性対立にしか見えない報復合戦。
そう取られかねない故に、今まで避けてきたのだ。
だが──。
「美学や矜持に拘って死ぬのはバカのすることよ」
このままでは、ジリ貧。人民革命委員会に蹂躙されるままである。
自分達のイデオロギー的正統性に固執し、それ故に、他の抵抗勢力を起源国に売り渡し、最後に自分達だけで笑おうとしている、卑怯者に、全てを売り渡すようなものだ。
「ですね。それでは──」
だからこそ、蘭啟は既に支部への伝達事項を文書に纏めつつある玥に頷き、応える。
「ええ。人民革命委員会は、私達の──敵よ」