代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第七十六話 200パーセク半の陰謀

 

「プロキシマ・ケンタウリ?」

 

基之は執務室に運ばれてきた報告に小首を傾けていた。

 

余り聞き覚えのない星系の名であったからだ。

一応、地名としては知っている。

しかし、起源国の領土の一部である程度しか情報は把握しておらず、そこの高官から秘密裏に接触があった、と言われても、困惑しか来なかったのだ。

 

「理由なんかは聞いてないのか?」

「取引がしたい、と。一応、電波遮断壁のある応接に通し、警戒状態においていますが…」

「取引…。余計に分からんな」

 

数秒の思考を挟んでから、基之は「ダメだ」と手を挙げる。

 

「俺一人で考えても意味がないな。カルミネを呼んできてくれないか?」

 

カルミネなら地球や起源国本土の事には詳しいだろう、と考えたのだ。

 

「お呼びですか?基之司令」

「ああ。実は、プロキシマ・ケンタウリ星系から我々へ接触があった。しかし、俺は余り詳しくない。情報があれば欲しいんだ。何でも」

「ケンタウリ星系というと、弁務官区が設置されている星系ですな」

「弁務官区?」

「はい。総督府よりも、より起源国本土に扱いの近い行政区です」

「本土の一つではないのか?」

 

いいえ、とカルミネは首を振る。

 

「確かに総督府の名誉よりは扱いはマシですが、彼等もまた、外星人として地球の人間からは下に見られています。

ただ、建前としては同じ起源国人でもあり、最も中途半端な位置にいる人々と言えるでしょうね」

「被支配階級でもなく、支配階級でもなく、時によって流動する、ということか」

 

そんなところですね、とカルミネは肩をすくめる。

 

「更に、政争に敗れた官僚や政治家の左遷先としても利用されているそうです。

結果、ケンタウリでは独立運動が起きていると聞きます。市民の大半は地球に行ったこともない人達ですから、平等に取り扱われないのであれば、忠誠を尽くす義理はないですから」

 

読めてきた、と基之は漸く思考の端緒を掴むことが出来た。

 

「それで取引、か。確かに独立を目指すのならば、今が好機だろうな」

「ところで、相手は所属を何と名乗っていたのです?」

「ん?ああ。独立運動グループとしか聞いていないよ」

「ふむ…」

 

カルミネの考え込んだので、基之は「何か気になることが?」と水を向ける。

 

「いえ。大した事ではないかもしれませんが、プロキシマ・ケンタウリの左遷された政治家達の一部が何やら色々都企んでいる気配があるのですよ」

「…企らむ?クーデターか何かか?」

「分かりません。我々"クルスス・プブリクス・カンパニー"が築いた情報網に僅かな引っかかりがあっただけなので」

「んん。繋がりは余り見えてこないが、一応頭に入れておいた方が良さそうな話ではあるな」

「はい。もしかすると関係するかもしれませんし、しないかもしれませんが、参考までに…」

「ありがとう。おかげである程度考えを纏めれそうだ」

 

基之はカルミネより齎された情報を基に、プロキシマ・ケンタウリの高官を名乗る人間との会談を行うことに決めた。

 

超光速通信といっても、数光年をリアルアイムで結ぶような代物ではない以上、こうした秘密のやり取りというのは、どうしても直接会う必要が出てくる、

 

 

それ故に、プロキシマ・ケンタウリの高官は小型宇宙船に乗り、レーダー監視網をすり抜けつつ、銀河連盟の航路をある程度予測し、待ち構えていたのだ。

 

無論、推測が外れることもあり得た。

そうなれば、また次の方法を試すことになっていただろう。

少々発見リスクが上がるものの、より確実な、星系攻略中の銀河連盟艦隊への接触が次のプランであった。 

 

 

だが、運良く進路を決めた艦隊司令のお陰でコンタクトを取ることに成功したのだ。

 

「日野基之司令でいらっしゃいますね?」

 

基之が応接室へ入ると、通されていたプロキシマ・ケンタウリからの来訪者は立ち上がり、基之に敬意を示す。

 

「…ええ。貴方は?」

「私はプロキシマ・ケンタウリより遣わされた全権大使が一人、阿良波(あらなみ)カナタと申します」

「全権大使の一人…?他に代表団らしき人間は見えないが…ああ、もしかして」

 

基之は彼らがどうやって、幾ら進路を予想していても、この広大な宙域で出会うことが出来たのか、理解した。

 

彼らは一隻だけで待ち構えていたわけではない。

数隻が予想地点周辺宙域へ、レーダー探知範囲が隣り合うように布陣し、発見確率を上げていたのである。

ただ単純に相手の位置を知るためだけならばこうした非効率的な方法も一つ、というわけである。

起源国軍はこの手法を取ることはない。

何方にせよ、星系へ攻めてくることが確実である以上、無意味に敵へ情報が僅かでも渡ってしまうリスクを取る理由がないからだ。

 

だが、プロキシマ・ケンタウリにはむしろ何を押しても銀河連盟軍を見つける必要があった。

それだけのことである。

 

「ええ。他の船に乗っている者たちも、同種の権限が与えられています」

「そのようですね。…さて、貴方方は一体何者なのでしょう?プロキシマ・ケンタウリの独立を目指す勢力、とは聞いていますが?」

「ええ。その通りです。我々はプロキシマ・ケンタウリ独立軍。

私は独立軍と総帥より全権大使として派遣されてきたわけです」

 

まあ、正直にべらべらと答えるわけもないか。

 

基之は僅かな違和と直感から独立の裏に、或いはその他に、何か目的があると睨んでいるのだ。

 

当然正面から尋ねて答えてくれるわけもない。

 

しかし、これで良い。と基之は考えていた。

答えないのは想定内。

だが、全権大使の阿良波カナタは警戒するだろう。基之が何か知っているのでは?察しているのでは?と。

それが基之の一番の狙いなのだ。

 

つまり、牽制。

利用するつもりなのだろうが、そう簡単な相手ではない、と思わせることが主であった。

 

逆の方が都合の良い場合もある。

つまり、御しやすい連中、と舐めさせる事で裏をかく、という場合だ。

 

だが、基之としてはプロキシマ・ケンタウリの存在は計算外の変数であり、しかも、プロキシマ・ケンタウリの国力からすると、利用価値も高くない。

カルミネから聞いた話や集まった情報からの推測からしても、政治的立場すら高くない。

 

故に、下手に場をかき回されるよりは、相手に警戒させ、慎重な行動を強制する方が合理的である、と基之は考えたのであった。

 

「そうでしたか。しかして、我々に何用でしょう?プロキシマ・ケンタウリの解放を、とでも?」

「ははは。出来ることならお願いしたいところですがね」

 

しかし、と阿良波は目の奥は全く動かない笑顔で続ける。

 

「地球に最も近く、その上大した資源もない我々の星系を解放するとすれば、それは地球へ向かう時でしょう」

「残念ながら、そうですね。仮に今、一時的に解放したとしても、起源国軍は地球から援軍を直ぐに送れるわけですから、時間の問題となるでしょうね。再度起源国軍に取られるのは」

「ですから、私達は今回、そういう無茶やお願いをしにきたわけではないのです」

 

では、どのような?という基之の促しを受けると、阿良波はニッコリと口角を上げ、言った。

 

「我々と"取引"をして頂きたいのです 」

「取引?」

「ええ。我々には金も足りていませんから、起源国の一方的な搾取でなく、フェアな取引で売れる先を探していたのです。

勿論、此方に金を落としてもらうだけではありません。

例えば、皆さんの国債を購入するなどして支援に回すこともできます」

「ビジネス、ということですかね?」

「まあ、そういう側面もあります。ただ、無論、商売だけではありませんよ。

情報のやりとりも秘密裏に、と思っております」

「それで互いに独立を目指していこう、と。

そいつは結構──だけど…。」

 

基之は阿良波を見つめる。

 

「敵の妨害もあるだろう。情報工作は問題ないのか?」

「ええ。うちには人材は揃っていますから」

「そうか。…しかし、我々の側にメリットが少ないように思えますね。

レジスタンスが入手できる程度の情報は限られているでしょう?」

 

言われ、阿良波は痛い所を突かれた、とばかりに苦笑する。

 

「メリットは少ないかもしれません。

でも、私達も起源国に虐げられているんです。

だから、銀河連盟の理念には合致していると思いますが…」

「……確かに、おっしゃる通りだ」

 

基之は、その通りだ、とため息を一つ吐き、頷いた。

そして、内心ではほくそ笑むのだった。

 

基之はプロキシマ・ケンタウリからの使者と、その上司たちが何を考えているのか、ある程度推測を固める事ができたのだ。

 

レジスタンスが入手可能は情報だけでは、わざわざ遠方の、戦略的意義のない星系を気にかけるには大きな理由はない。

にも関わらず、彼らは歯切れ悪く、それを無言で肯定するのみであった。

 

しかも、情報提供の質を具体的に一つぐらい上げて、役に立てる、と証明するなどの行為すらしなかった。

 

ただ現状を受け止めるだけで、それを変えんと約する訳でもなく、何が何でもプロキシマ・ケンタウリを独立させる、という強い意志も感じられない。

 

故にカルミネからの忠告もあり、基之は理解したのだ。

 

…。やはり、独立運動が本命ではないのだな。

少なく共、彼らとその上司は、プロキシマ・ケンタウリへの情から独立に動いているわけではなく、何かの目的の為に独立を狙っている。

 

─資源。

交易。

──国債?。

そうか。読めてきた。

 

推測に過ぎない。しかし、基之は接触者達を看破しつつある。 

 

 

そうであるならば、利用価値はあるかもな。

 

「分かりました。では、情報共有や秘密貿易、とでも言いますか?で貴方方と協力しましょう。

味方は、多い方が良いですからね」

 

怪しげな笑みを浮かべる基之。

阿良波は、背筋に冷たい筋が走るのを感じていた。

 

「─ありがとうございます。…感謝に堪えません」

「良い関係を築いていきましょう」

 

二人は、仮初めの、互いの裏が黒く染める手で、握手を交わすのだった。

 

統一暦244年(西暦2694年)1月28日

第八星系総督府(紅星星系)

 

首府 空京──。

 

紅星民主党の頭目たる江 蘭啟(チャン ランチー)は、総督府の首府にて、清掃員の格好をし、各所のゴミ箱からゴミを回収していた。

 

「……」

 

地球時代の後半、ロボットがこうした業務の殆どを担うようになっていたが、大逃亡時代後の地球、そして、統一人類時代、人類圏征服後の起源国は雇用の創出を必要としたため、ロボットに代替されていた業務の多くが人間に戻されていた。

清掃員もその一つだ。

 

彼女は何をしているのかというと、秘密裏にゴミ箱へと入れられた情報媒体の回収をしているのだ。

 

本来は部下に任せておくべき業務。

しかし、彼女が今回、直接出張るのには理由があった。

 

紅星人民革命委員会。

紅星民主党のみならず、多くのレジスタンスをその思想的狂信性に由来する感情から、起源国を利用し壊滅に追い込んできている組織。

 

彼らの本部、その位置に関する情報が、情報細胞を通して発見されたのだ。

正確には、ある程度の推測、であったが。

 

だが、彼らの秘密主義は徹底しており、どのレジスタンス組織も、彼らの本部に関する情報は持っていなかった。

 

それが今回、判明しようとしているのだ。

そういう情報があるらしい、と別ルートでの概要の報告で受け取った江 蘭啟はこれを確実に自らが把握せねば、と現場へ出たのだ。 

 

起源国の罠である可能性もある、と周囲には止められたが、彼女はそうではないとある程度確信していた。

 

人民革命委員会と起源国は協力関係にあるわけではない。

人民革命委員会が勝手に起源国を体よく利用しているだけ、なのだ。

故に、起源国は人民革命委員会に良い感情を抱いていないどころか、機会さえあれば潰したがっている。

 

しかし、人民革命委員会の秘密主義故にそれが出来ていない。

 

そんな人民革命委員会と、まるで手を組んでいるかのような作戦でわざわざ紅星民主党を潰しにくるような小細工は考えにくいのだ。

 

勿論、合理の前に感情を排するだけ、と言う考え方も出来るだろう。

だが、もし、をおびき出せる程に起源国が紅星民主党の詳細を把握しているのならば、妙な罠を張って自分達で失敗率を上げる必要がない。

ただ力押しで潰してしまえるだろう。

 

まだ武器の準備も整っていない上、直近で一度壊滅しかけていたくらいなのだ。

戦闘員の数は少ないと予想するのが当然。

だからこそ、プライドを捨てる小細工を弄する理由はない。

 

故に、彼女は自ら出ることに躊躇がなかったのだ。

 

指定区域最後のごみ袋を回収した 江 蘭啟は、簡易アジトへ戻ると、即座にゴミを即席の選別システムへと流し込んでいく。

 

現代の高性能AIと3Dプリンタの水準は高く、1日も経たずに簡単な機構を組み上げることが出来てしまうのだ。

 

そうして作られた選別システムがゴミを仕分けていく。

ついでに使えそうなものを振り分ける仕様も追加している為、完全なゴミと資源─そして、情報媒体─の3種類へと振り分けられるのだった。

 

「やった…。やったわよ! 玥!」

 

徐 玥(シュー ユエ)は、久方ぶりに蘭啟の明るい声色を聞き、用件を聞く前から良い話を聞けると確信して、彼女の傍に立った。

 

「どうなさったのです?」

「奴らのアジトを突き止めれそうよ」

「!…それは、朗報ですね」

「ええ。奴らに思い知らせてやるわ。裁定者を気取った、狂信者達に、裏切り者はどっちかってことをね」

 

仲間を幾人も喪わされ、のみならず、紅星の未来をも、そのイデオロギーの為だけに危険へ晒し続ける人民革命委員会に対する怒り。

江 蘭啟は怒りをエネルギーに、次なる道筋を立てていく。

 

祖国解放のための、ロードマップ。

これまでは、協力の模索を考えてきていた。

 

だが、その芽は、前回の壊滅危機と、最早脅威とすら言えない小勢力となった人民解放軍残党を殲滅させた事によって、紅星民主党にとっては潰えた選択肢となった。

 

最早、此方側がどれだけ歩み寄ろうと人民革命委員会が協力という選択の出来ない組織であることだけが、はっきりしてしまったからだ。

 

「そうであるなら、蜂起の時に邪魔になる。絶対に──」

 

だから、やるんだ。私達が──。

 

同じ頃

新海

人民革命委員会地下議会議長室

 

譚 星宇(タン シンユー)はふっと一人、鼻を鳴らしていた。

 

「民主党め、ついに尻尾を掴んだぞ」

 

奇しくも、二つの組織は互いの首根っこを暗闇の中で正確に発見せんとしていた。

本来、起源国に向けられるべきであった情報網も、人も、互いへの敵意によって、無為に浪費させられてしまったのだ。

 

紅星民主党にとっては生存をかけた抵抗である為、仕方がないと言えるかもしれない。

だが、人民革命委員会は、その力を今まで、対起源国に全てを割いたことがない。

 

ひたすらに、自分達が紅星の権力者となることだけを考えて、ひた走ってきたのだ。

 

起源国という共通の敵を前にして、最終勝利を疑わない狂信者集団と、抗う者達の戦いが始まらんとしていた。

 

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