代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
統一暦244年(西暦2694年)2月2日
第八星系総督府(紅星星系)
行動を共にしていた
道中で何者かに後を付けられている事に気付き、分散したのである。
こっちに付いてきているわね。
厄介だ。どうにか撒きたいけれど…。
蘭啟は背後の気配に神経を集中しつつ、出来るだけ人通りの多い場所を選ぶ。
人のいない所にいけば、どうなるかなど分かったものではない。
保安隊?…いや、違うな。人民革命委員会の連中か。
保安隊でないと彼女が判断した理由は至極単純である。
彼らの追跡には特徴がある。権力者特有の傲慢さとでも言うべきだろうか。
道行く人々とのトラブルを避けるために普通は混雑する場所では繊細な動きをするものだが、保安隊のエージェントの多くは他の場所と変わらない動き方をするのだ。
杓子定規なマニュアル主義とも言えるかもしれないが、そうして人にぶつかりトラブルになりかける事もしばしば見かける。
要するにレベルが低いのだ。
何故か、それもまた単純である。
彼らには圧倒的な力がある。金にあかして情報を集めることも出来るし、テクノロジーによる情報収集も可能だ。
つまるところ、マンパワーにばかり頼る必要性がないため、現場でストーキングを行うエージェントのレベルは必然低いものとなる。
諜報機関の体良い左遷先なのだ。
しかし、今、蘭啟の後を付けている者は、そうした粗がない。
そもそも、つけられていると気付いたのも、つい先程だ。
かなりのやり手である。
だからこそ、起源国の人間ではない、と確信出来たのだ。
「ふう…」
上手く撒くのは難しそうだと蘭啟は処理に切り替えんとする。
「私よ。玥。そっちはどう?…そう。ならポイントDで。合流じゃないわ。…ええ。よく狙ってね」
徐 玥に連絡を取り、手筈を整え始める。
だが、相手の方が動きは早かった。
一気に距離を詰めてきたのだ。
「?!」
なるほど。手段を選ばないってわけ?
何か急いでいるのかしら?それともこっちの狙いに気付いた?
こうなれば致し方がない。と、蘭啟は殆ど駆け足となり、人混みを抜けて目的地へと向かった。
「ハッ…ハッ…」
息切れしながらもリスクを承知で人通りの少ない道を進む。
最早、人通りを気にはしていないことがはっきりしたのだ。
そうであるならば、可能な限り早く、目的地にたどり着く必要がある。
そうして、彼女はある地点で、体力が限界に来たとばかりに立ち止まった。
ゼイゼイと肩で息をしていると、背後に気配を感じる。
「右翼日和見主義者の愚者共。それの首魁だろ?残念ながら、君はここで死ぬ」
彼女を追跡してきていた男は、そう嘲るように笑った。
「ハッ。意見の相違を雑なラベリングで敵と分類するばかりか、本当の敵を利用してそいつらを敵視している、という一点では共通している私達を潰す貴方達の方が、余程愚者よ」
「ふん。遠吠えだな。周りをみてみろ。袋のネズミだ」
蘭啟の挑発にも嘲笑を返すだけだった男は、しかし、蘭啟の次なる言葉によって表情を硬くさせる事になる。
「…それは、貴方の方よ」
「何?」
瞬間、男は、静かな裏道に響いた重低音と共に懐から取り出したばかりの銃を取り落としてしまう。
「ぐっ…」
「玥!間に合ってよかった」
「処理します!」
高所に潜んでいた玥に撃ち抜かれた男は、苦しそうにしながらも、踵を返し障害物に身を隠そうとする。
だが、玥の素早い第二撃によって、今度はその胸を貫かれた。
「…不味いわね。こうも強硬に出るとは。
リーダーの私を処分して、指揮系統を混乱させてから、起源国に潰させる。
奴らの絵図はそんなところかしら」
「恐らくそうなのでしょうね。どうします?本部に戻って…」
「いえ。多分もう遅い。起源国はもう動き出してると思う」
玥は蘭啟の言葉に不安そうな表情を見せる。
「武器は足りないかもだけど、それでもやるしかない。でも、慎重にいかなきゃね」
蘭啟は秘匿回線で本部に連絡を取る。
「私よ。そっちは何か異常ある?」
『丁度良かった!今から連絡しようと!』
「起源国?」
『は、はい…!どうして…』
「人民革命委員会がやってくれたわ」
『あいつら…!』
「今は後。とにかく、皆が生き残らなくちゃ。
武器を取って戦うしかない」
『で、ですが、武器の数が…』
ええ、と蘭啟は頷く。
そして、でも、と続けた。
「もうコソコソする必要はない。
なら、狙うは一つよね」
『そうか!保安隊の基地ですね?!』
「ええ。もう襲撃しようが何をしようが同じよ。
潰しに来てるんだもの」
『了解!直ちに事前プランに則り行動を開始します』
「お願いね」
ふう、と蘭啟は息を吐き、玥に向き直る。
「玥。悪いけど手伝って。各支部へ伝達よ」
「はい!」
蘭啟は表の冷静さとは裏腹に、内心は暗澹たる思いであった。
本当であれば、もっと時間をかけて準備をする必要があった武装蜂起を、人民革命委員会のせいで余りに準備不足な状況で行わなければならなくなったのだから。
「あいつら、本当に起源国を単独で相手して勝てると思ってるようね…。
私達が潰れれば、次は自分達が本気で潰される事になる、って想像してないのかしら」
彼と、彼の部下達は最早狂信者なのだ。
正義と信ずる自分達が負けるはずがない、と無根拠な自信だけが支配しているのだ。
つまり、彼らは紅星民主党壊滅後、起源国の矛先の全てが自分達に向く事への危機感もなければ、その予測もないと言える。
他のレジスタンス勢力の壊滅に役立つというだけで追及の手が緩められている、という事実すら直視していない。
それ故に、自分達を起源国の手を逃れ、利用している有能者だと勘違いしているのである。
譚 星宇はイデオロギーというメガネを通して、更には願望というフィルターも通して、世界を見ている。
結果的に、紅星民主党は蜂起せざるを得なくなったが、蘭啟はこうなれば、と、ある策を実行に移してもいた。
統一暦244年(西暦2694年)2月3日
空京を中心に、各地で散発的な武力蜂起が発生したとの報が第八星系を駆け巡った頃、新海のある場所で爆発が発生していた。
その爆心地は、人民革命委員会の拠点であった。
起源国によるものではない。
紅星民主党が仕掛けたのだ。
そして、間髪入れず、紅星民主党の武装集団がそこへ雪崩込んだ。
「敵襲!敵襲ー!!」
これまで、紅星民主党は人民革命委員会の拠点の位置を把握しても手を出してはこなかった。
もし、協力する余地があるなら蟠りを作りたくないなかったからだ。
だが、こうなった以上、遠慮はない。
しかし、起源国に向けるべき戦力をわざわざ人民革命委員会へ向けるのは愚策にも思える。
にも関わらず蘭啟は実行した。
これには当然、狙いがある。
同じような襲撃は各地で発生し、人民革命委員会は望むと望まざるとにかかわらず、武力による抵抗を余儀なくされ、都市の一角で武力衝突が発生することとなったのだ。
こうなれば、当然起源国の保安隊が黙っているはずもなく、否応なく三つ巴が各地で発生することとなる。
つまり、蘭啟の狙いとは、人民革命委員会を無理矢理戦場へと引っ張り出すことであった。
同盟ではない。
しかし、起源国の戦力が確実に分散することになる。
蘭啟はそれ故に、各地の人民革命委員会拠点を襲撃させたのだ。
譚星宇は準備も整っていない状況で、藪にいた蛇を無遠慮につついたことで、武装闘争に引きずり込まれるのだった。
そうして、統一暦244年(西暦2694年)2月10日
蘭啟はどうにか移転した新たな本部、空京郊外の制圧した起源国軍基地の一つ、にて指揮を執っていた。
既に、人民革命委員会の拠点襲撃や、奇襲による武器庫、工場の襲撃によってある程度兵器を確保していた紅星民主党は空京攻略に挑んでいた。
他の場所での戦闘も重要ではあるが、結局の所、総督府を陥落させねば意味がない。
少なくとも、核兵器の緊急時使用権を有している総督を抑えねば、何処で勝とうと結果は同じだ。
総督府、或いは総督が手遅れを感じるよりも早く、制圧しきれねば、負けである。
蘭啟はそれ故、空京周辺に留まっていた。
砲声や爆発の重低音が地面を、或いは空気を伝って辺りを震わせる。
「蘭啟さん。Bブロックからウチの部隊が撤退しました…それと、華蘭市からは全面撤退と…」
玥からの報告。
蘭啟はため息を付くことしか出来なかった、
「やっぱり、準備不足のせいもあって、厳しいわね…」
他都市でも敗北や撤退の報が相次ぎ、最大目標の首府でも苦戦。
更に、無駄な自信だけはあった人民革命委員会は、起源国相手に方方で苦戦しているにも関わらず、逆恨みとも言える憎悪を募らせ、紅星民主党の部隊にも攻撃を仕掛ける有様であった。
譚星宇率いる狂信者達は、自分達の無根拠な神話を崩される段になって、現実を受け止めるのではなく、何処までも神話に縋ることを選んだようだった。
「バカな連中…おかげで私達は…!」
ギリッと歯を食いしばり、蘭啟は天井を見上げる。
また、空気が震えた。
何処かで爆発があったのだろう。
紅星における反抗活動は、後は鎮圧されるのを待つばかりかのような絶望に身を置いていた。
最早、勝ち目などないのでは?
蘭啟は何度も過ったその考えを振り払いつつ、作戦を考える。
僅かな希望を紡いで、少しでも未来を見ようと──。
「武器も…人も…足りない…」
しかし、彼女に届く報告や数字は、現実を突きつける。
再び彼女は天を仰ぐ。
愚者の狂行に追い立てられ、武装蜂起をさせられた結果が、死を待つのみ。
絶望が、彼女を襲っていた。
幾度も紅星民主党は壊滅に近い状態となってきた。
その度に先人達は立て直してきたのだ。
だが、今度のこれは質が異なる。
そもそも、前回の立て直しが終わりきっていないのだから。
ガタガタの屋台骨のまま、選択肢を奪い取られ、表舞台に引きずり出されてしまっているのだ。
「──!─啟!」
"蘭啟!"と耳元で叫ぶように名を呼ばれ、彼女は漸く我に返った。
「ど、どうしたの?玥」
玥はテレビを付け、興奮気味に捲し立てた。
「今報告がありました!見てください!これ!」
「ニュース…?今更起源国のなん…て…」
確かに、映っているのはニュース番組であった。
しかし、それは見慣れた起源国の公式ニュース番組のそれではなかった。
キャスターがいつもの人間ではないし、口調も、国民へ、聞け!と命じているかのような厳しい口調や声色ではなく、柔らかなものだった。
そして何より、背景に映るのは、起源国国旗ではない。
「これって…」
『我々は銀河連盟です。既に私達は第八星系のカイパーベルトを越え、第八星系の艦隊勢力を敗走させました。制宙権は、我らの手にあります』
銀河連盟…。
つまり、起源国相手に対等以上の戦いを演じている人類圏最大の反抗勢力がついに、第八星系にやって来たということだ。
蘭啟は目の前が開ける思いを感じていた。
『我々は可能な限り早くに紅星本星へ降下し、第八星系総督府を制圧します。
紅星市民の皆様にお伝え致します。
悪夢は、間もなく終わります』
蘭啟はゆっくりと、玥に視線を向けた。
「私達、生き残れそうね」
ボスとしての精一杯の強がりを言ってみせた蘭啟であったが、今にも足の力が抜けそうになっていた。
噂は届いている。
銀河連盟は支配を目的としていない。
各惑星の自主性を尊重し、打倒起源国への協力を求めるのみだ、と。
噂は届いている。
彼らは現地のレジスタンス勢力を粗雑に扱うこともなく、仲間として受け入れると。
「良かった…」
彼女は心の底から安堵していた。
自分の命が助かったからではない。
自分が預かった、数多の命を救うことが出来る事に、そして、散っていった命が無駄にならずに済む事に、安堵したのだ。
しかし、ここで彼女は思い至る。
「銀河連盟との接触を最優先事項にするわよ!」
「ど、どうしたんですか突然」
「銀河連盟が噂通りの組織なら人民革命委員会にとっても悪い相手じゃない!
連中は紅星系の支配権だけを求めてる。
万一、彼奴等が私達を悪しざまに言って、銀河連盟がそれを信じたら?」
「──!」
「そうでなくとも、代表者面されるだけでも不味い。
この星の状況に詳しくはない銀河連盟としては、下手に疑うことも出来ないし、ある程度は信じるしかない!
連中が銀河連盟と結べば、私達は終わり」
それどころか、と彼女は散らかる机を大慌てでひっくり返しながら携帯端末を探す。
「紅星はまた独裁国家の支配下になってしまうわ!
銀河連盟が話通りの組織なら、下手に惑星の政治に介入は出来ない。
そうなったら、他星系の政府が警戒してしまうだろうからね」
それだけは避けなくちゃ、と彼女は各支部の代表者達に直接命令を伝え始めた。
銀河連盟が降下した際には接触を最優先とすることと、人民革命委員会と接触する事のないように努力して欲しい、と。
そして、彼女は最後に玥へと向き直る。
「私達は宇宙戦艦に直接連絡取る方法を探すわよ」
「はい!」
絶望の前に光が現れ、世界の未来を指し示された蘭啟は、何処かに深く根を下ろしてしまっていた諦念はその光によって焼き払われていた。
覇気を取り戻し、紅星の、彼女の見る、あるべき未来の為に、走り始めるのであった。