代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
日野基之は一つの報告を前に、腕組みをしていた。
「さっきの声明文?」
明子がひょいと覗き込む。
「ああ。紅星のレジスタンスグループからのものだ。二つ来てね」
「人民革命委員会と紅星民主党、だっけ」
「そう。恐らく敵対関係にあるのだろうな。
お互いがお互いを批判しあっている」
「それで、自分達の方にこそ手を貸して欲しいってところかな?」
「その通りだよ。…何方の味方をしない、というわけにもいかないし、迷う所だ」
何処の味方もしないということ、それはつまり紅星市民のあらゆる意志を無視し、支配者となることだ。
銀河連盟にその意志があるかないかは関係がない。
どう映るか、である。
市民のレジスタンスを駆逐し、起源国を排し、自らに都合が良いだけの政府を建設する姿を見て、解放者だと受け入れられるだろうか。
恐らく、殆どの人間がそうは捉えない。
だからこそ、誰の味方にもならない、という選択は不可能なのだ。
「で、貴方としては今のところ、どっちが優勢なのかしら?」
「……戦力的には人民革命委員会。ただ…」
明子は基之の顔を見、クスクスと笑う。
「なに?」
「そういう所は変わってないんだね。分かりやすい」
「顔に出てた?」
「とっても。怪しい?」
いや、と基之は明子の言を安易に肯定はしなかった。
「怪しい、というわけじゃあない。ただ、紅星民主党の声明と比べた時、明らかに違いがあるんだ」
「へえ?」
「紅星民主党も確かに人民革命委員会を批判してはいるが、明らかにトーンが違う。
何方かと言うと救援と市民の解放への協力に比重が置かれているが…」
「人民革命委員会はそうじゃない、と」
「紅星民主党をはじめとする他レジスタンス勢力に対する攻撃とも言える内容なんだ。
いかに自分達が正統な統治勢力であるかを強調している」
なら、決まりじゃないの?と明子は不思議そうに基之へ尋ねた。
「紅星民主党の方が良さそうじゃん」
「そう思う部分はあるけど、正直、人民革命委員会の戦力は惜しい」
「でも仲間にした所で本当にちゃんと協力してくれるかな」
「そこも問題だな。…まあここでどうこう言っても仕方ない事ではあるんだけどさ」
明子は頷き、既に"ハルマキス"の前方に広がる紅星を見上げる。
「そうかもね。例え戦力が大きかろうと、協力出来なきゃ意味ないしね」
基之も首肯する。
「ああ。だから我々は一先ず、何方かに強いて与はしない。起源国の戦力を削り、総督府を独自に制圧することを目指す。
協力なんてその後で発表したって良い事だしな」
基之はそのまま二つの声明を印刷した書類を机に置き、ブリーフィングへと向かうのだった。
─起源国 月面第一コロニー─
アベル・ギンペルは数年ぶりに太陽系へとやって来ていた。
目的はフェレティ・トゥイオアネア ケンタウリ高等弁務官との面会の為である。
プロキシマ・ケンタウリの地で面会しないことには二つの理由がある。
一つは、二人の関係性は秘匿されているべきものである為、トゥイオアネアの支配下にある弁務官区にアベルがそう何度も赴くことは不自然である事。そして、宇宙空間で落ち合う場合、どうしても不自然な航跡となる為、正確に軍に管理されている軍用船を利用する事が出来ない。
だからこそ、多少のリスクを犯してまでも、月面コロニーという地で面会する事にした。
もう一つの理由は、より単純でトゥイオアネアはこの後、地球へと向かうことになっている、スケジュール上の問題であった。
月面第一コロニーは起源国の行政区画においては月面統括州の州都である。
月面にある五つのコロニーの中で最も人口が多く、凡そ80万人が生活している。
月面総人口は約150万人。ほぼ半分以上がこの第一コロニーに暮らしている計算だ。
そしてこのコロニーは最も古く、最も新しい。
一番最初に建設された宇宙コロニー都市であるが、経年劣化により、当初のシステムや外壁は殆ど残っていない。
最初にこのコロニーを建設したのは、起源国でも地球連合共和国でもない。
"大逃亡時代"以前の事だ。
実際は、かつて二つ近傍に建設されたコロニーが合体し、現在一つのコロニーとなっているのだが、二つの内一つの建設者は中華人民共和国。
そして、後一つはアメリカ合衆国、並びに欧州連合共和国であった。
建設された当時は透過性のある宇宙空間と都市を遮るに値する強力な材質等、夢の物質であった為、無骨な灰色の壁に囲われた巨大な、機械的な空に包まれたコロニーしか存在しなかった。
天井も低く、10階建てビル等作ろうものなら屋上から手を伸ばせば天蓋に触れられる程度しかなかった。
だが、一度、"大逃亡時代"に二つのコロニーは放棄される。
やがて、起源国が再び宇宙へと飛び出した際にまず目を付けたのがこのコロニーだった。
そうして、新たに人類が獲得していた最新技術によって二つのコロニーをすっぽり覆う新たな、ホログラフィック・スカイを映し出すことも可能な透過性も得られる外壁が建設された後、旧い壁は取り壊されたのだ。
その二つの大工事が完全に終了したのは、起源国が人類圏を統一する直前の事、奇しくも、ハヤブサ星系に起源国が現れた頃であった。
故に、一番旧く、そして、一番新しい。
その土地で最も旧い外星系コロニーの代表格二人が新たな銀河を作る画策の為に、落ち合った。
「直接会うのは久しぶりですね。弁務官」
「そうだな。大佐」
二人が選んだのは、防音性能のある部屋、等ではなく、喧騒渦巻く街のとある店であった。
起源国のテクノロジーを用いた諜報能力は高く、下手に防御しようとするよりも、シンプルに情報密度の高い場所でひっそりと会話する方が秘匿性が高くなるのだ。
AIの補正があったとしても、数百人の声の声からヒソヒソ話の、しかも二人はボイスチェンジャーによって定期的に声色を変える為、それを常に追い続け、抽出するのは至難の業である。
「それで、なんのつもりです?弁務官」
「銀河連盟とのことか?」
「はい。接触するには些か早すぎたのではないですかね。まだ我々は…」
「君は、青木祐輔の件を問題視していないようだが、我々にも痛手なことは間違いないだろう」
アベルははあ、とトゥイオアネアに聞こえないようため息を付いてから言う。
「前にも言いましたが、最早李強の手を離れて久しかったのですよ。我々にとってのカードではあり得ない」
「君が築いた関係性も失われ、しかも平等派が"金龍会"に目を付けた事を問題視しているのだよ」
トゥイオアネアは疑念の目をアベルへ向けた。
「それも問題はありません。大した関係性ではありませんし、どのみち"金龍会"は時間の問題でした」
まあ、と彼は苦笑する。
「李 強が逮捕されたのは想定外ではありましたが」
「まさかもうそこまで捜査の手が及んでいるとは思わなかったよ」
トゥイオアネアもそこには同意する。
実際、李強は"金龍会"における影響力は高かった。
平等派や復讐派に対する影響力は弱らせていっていたが、それでも、強力であった。
だが、彼は当局の手に落ちてしまったのだ。
「まああれは何方かというと娘の件だと思いますけどね」
「希望的観測は禁物だ」
「それは分かりますがね」
アベルは、はたと店内の人口密度が薄くなっている事に気付く。
「会計しましょうか。続きは歩きながら」
「…そうだな」
二人は店を出て、月面コロニーの狭い道を行き交う雑踏に混ざる。
「だからといって、銀河連盟に接触するのは、はやりすぎです。
まさか、地球に行くのは、執政官に売り込むつもりじゃないでしょうね」
「そのつもりだが」
「……っ。弁務官、執政官を舐めてませんか?彼は手強い」
「問題はない。既に奴は三つの星系を失っている。
しかも、四つめも時間の問題だ。後がない」
現に、とトゥイオアネアはアベルに自信の覗く笑みを見せる。
「政府内でも彼を疑う声が上がり始めているのだろう?」
「まだ火種にもなっていない煙以下ですがね」
「充分だ。ルーカス排除によって完成してしまった奴の盤石な体制に僅かでも不穏があるなら充分過ぎる程だ」
アベルは余り同意は出来ていないようである。
二人には決定的な違いがある。
見ている目標は同じ。
しかし、アベル・ギンペルはフェレティ・トゥイオアネアの遠大な構想の実現性を心から信じているわけではない。
プロキシマ・ケンタウリ独立にはそれしかない、という点にはある程度同意しているものの、トゥイオアネア程の自信は抱けないのだ。
賭けにも等しい故に。だからこそ、慎重に慎重を期すべきと考えている。
対してトゥイオアネアは自らの広大な計画を信じている。
現時点では何方が明確に間違っているとは言えないだろう。
最終的に両者の正しさを決するのは、現前するであろう"結果"のみだ。
ただ、この場において最も重要なファクターは実は二人の相違点ではないのかもしれない。
二人の、一つの共通点こそが、最も大きな隔たりを生んでいる。
つまり、互いの見ている目標こそが、だ。
アベル・ギンペルはプロキシマ・ケンタウリ人としての独立を望む。
フェレティ・トゥイオアネアは独立を利用し、大逆転の成り上がりこそを望む。
アベルにとっては、独立は望むべき"結果"。
トゥイオアネアにとっては、独立とは単なる"手段"。
目標は同じでも、見ている景色は異なっていた。
そして、両者はそれを理解している。
それ故に、信用出来ることもある。
しかし、だからこそ、信頼出来ないこともある。
最早失うもののないトゥイオアネアにとって、ケンタウリ弁務官区は賭けのチップに過ぎない。
だが、アベルにとっては、何ものにも代えがたい故郷なのだ。
「勝算はあるのでしょうね」
「無論。執政官も少なくとも検討せざるを得ないだろう。戦争の長期化が現実のものとして見えてきてしまっているのだからな」
「…分かりました。では、一先ず、私は"金龍会"が潰される前に可能な限り各星系でレジスタンス勢力に横流しさせるよう誘導します」
「それで良い。そうなれば、奴は選択肢を縛られていくからな」
結局の所、遠大ではあるが、それでも国力の弱体なケンタウリが独立するに必要な計画を持って来た、という点において、アベル達はトゥイオアネアに従わざるを得ないのだ。
妄想ではなく夢へと変えてくれた。
それが出来た唯一の人間に従う事が一番確実性が高い。
アベル達は少なくともそう考えていた。
統一暦244年(西暦2694年)2月12日
─第八星系総督府(旧紅星)空京起源国第三駐屯軍基地─
現在この基地を制圧し、反乱の司令部としている
「江 蘭啟議長!」
他の幹部たちもいる手前、肩書を付けて玥は蘭啟を呼ぶ。
「朗報です!銀河連盟軍が、制宙権を確保後、大気圏内降下を始めたとのこと!」
「本当!?何処に?!」
他の幹部たちもザワッと色めき立つ。
各地から届く報せは最早敗退や壊滅以外になく、僅かの間に、人民革命委員会の愚行によって壊滅させられかけていた蘭啟ら紅星民主党にとっては、唯一の可能性が銀河連盟だった。
彼らが外星人であることなど、最早どうでも良いことと彼女達には思えていた。
ただひたすらに、この地獄からの解放を、そして、故国の解放を願っていたのだ。
「空京に隣接した起源国建設都市、"ニュー・アディスアベバ"です!」
「それって…」
ホログラフィック・マップを起動し、蘭啟はそれを俯瞰する位置へ動かす。
「…空京東部のここから見れば…真反対。そうか。奇襲によって手薄な所を…」
だとすれば、と蘭啟は思考する。
私達みたいな弱小レジスタンスに成り下がった反乱勢力よりも、銀河連盟への対処を優先するはず。
しかも、即座に首府を狙う位置に来られたとあっては…。
ならば、こっちの戦力は少なくなる。確実に。
「………それだけ?」
「はい?」
蘭啟の呟きは幹部達を訝しませた。
「本当に、彼等に戦力が吸われた隙をついて攻勢するだけで良いの?…いえ、違う。そうだ。第二基地には"アレ"がある。
この隙に排除しろってこと?確かに不可能じゃないし、それが出来れば安全性は高まる…」
「蘭啟!」
玥に呼ばれ、彼女はハッと意識を思考の海から戻す。
「皆にも説明を」
「ああ。ごめんなさい。恐らく、銀河連盟は私達に核兵器を排除して欲しいのだと思う。
第二基地にはミサイル基地があるから」
「しかし、惑星の他の場所にも基地はあるぞ?」
一人の幹部は、一つ押さえた程度では意味がないんじゃないか、と指摘した。
「いえ、恐らく第二基地が首府と近すぎるのが問題なのよ。万一、連中が自爆上等で核攻撃を仕掛けた時、銀河連盟でも対処しきれない場所にあるってことじゃないかしら」
「何故言い切れる?」
「あくまで推測よ。でも、わざわざ真反対に上陸したのには意味がある。
移動に最も時間のかかる場所まで敵戦力を分散させるということは、私達に期待しているのは単なる攻勢だけじゃない」
蘭啟は自らの死と、何よりも大切な仲間達の、組織の死を目前にした事で、これまで定まりきっていなかった覚悟が、未来への焦点が定まっていた。
自然と、かつての"議長"と同じ選択を取ったその時になって漸く、彼女は紅星民主党のリーダーとなれたのだ。
「皆!私と一緒に、銀河連盟を信じてみない?」
それしかない事は事実。
しかし、それと感情は別物である。
余所者に運命を委ねる他ない事実はむしろ彼等の心に影を落とす要因にもなり得た。
しかし、それでもやるしかない。
蘭啟は腹を決めていた。
「私は行きますよ!議長!」
徐 玥がひらひらと手を挙げる。
幹部陣も、互いに目を合わせたりして沈黙していたが、ぽつりぽつりと声を出し始める。
信じるしかないことは、皆が分かっていた。
そして、紅星民主党の余力の殆どを用いた攻勢が決定された。
空京の制圧地など全て捨てるつもりで、彼女達は第二基地へと向かったのだ。
銀河連盟の奇襲、そして、付近のレジスタンス勢力はもうすぐ壊滅するだろう情勢。
第二基地の戦力も一部が銀河連盟へ割かれるのは自然なことであっただろう。
だが、紅星民主党の銀河連盟へ全てを委ねるギャンブルの如き攻撃は完全に想定外だった。
紅星民主党は人民革命委員会のようにはならないという一種の強迫観念も手伝い、蜂起後は最早、自分達の存続への執着が薄くなっていた、という事情もあるだろう。
だが、それでも外部勢力に運命を委ねるなど、あり得ない事ではある。
しかし、そうするに足る決定打は、腹を決めた江 蘭啟が幹部陣と計画を練っている時に起きた。
元々は空京の制圧地防衛に一部戦力を残して攻略を試みるつもりであったのだが、銀河連盟の放った声明で全てを決めたのだ。
『私達は、起源国に虐げられし者の味方である。
全ての市民を解放すること、そして、それと志を同じくする者達と手を結ぶ事こそが、我等の目的。
約束しよう。私達は、この国を復興させる、と』
志を同じくする者達。
蘭啟達は自分達と同じく人民革命委員会が銀河連盟へ書簡を送った事実は把握していた。
その上でのこの声明。
彼等の心が、何方に寄っているのかは明らかだった。
少なくとも、紅星民主党にとっては、明白だった。
だからこその捨て身とも言える全力投球。
しかし、それ故に女神は微笑む。
第二基地は蘭啟らの手によって制圧されることとなるのだ。
だが、それを第八星系総督府が把握した時、彼等は決する。
核ミサイルの使用を。
首府や周辺の都市を自分達諸共焼き尽くし、レジスタンスに対する"報復"をせんと、ボタンを、総督は押したのだ。
「しかし、紅星民主党のおかげで問題はなくなった」
基之は、紅星民主党の行動を見、心を決めていた。
紅星を率いるに相応しい勢力が誰なのかを。
もしも、彼女達がただ単に支援攻勢を行う程度であったなら、イデオロギー等々の問題はあっても、戦力的に強力は人民革命委員会に与する可能性があった。
しかし、紅星民主党は基之の狙いを理解し、そして、故郷の為に自分達を捨てる覚悟で事に臨んでみせた。
「EMPミサイル、発射!」
大気圏外へと飛び出してきたミサイル群に、大気圏外で待機していた艦隊がEMPミサイルを撃ち込む。
強力な電磁波によって、大陸間弾道ミサイル達は機能を阻害され、大気圏外で爆発。
第二基地のミサイルは発射されていれば大気圏内を飛ぶことになっただろう。
そうなれば、EMPミサイルは間に合わず、総督府の目的は達された。
だが、それは紅星民主党によって阻止されたのだ。
彼女達がやらなければ、核ミサイル使用まではまだ猶予はあっただろう。
基之はもし、予想が外れたら自分達の部隊を向かわせるつもりではあった。
しかし、その必要もなく、総督府は最後の無様な抵抗をも折られるのだった。
「迷う間でもなかったね」
明子のからかうような言い方に、基之は苦笑する。
「全くだ。どうやら、調べが付いたようなんだが、人民革命委員会は旧体制に食い込んでいた故に大勢力であったに過ぎなかったようだ」
「支持されているわけじゃあなかったんだ」
「みたいだね。まあ、後はこうなってくると、人民革命委員会の処遇だけが問題か」
難しくはないんじゃない、という明子。
「市民の皆さんに委ねたら?」
「選挙、という訳か」
「そ。両方の勢力の情報をしっかり公開した上で、ね」
基之から渡された人民革命委員会に関する報告を読んだ明子のいたずらっぽい言い方に、基之はほんの少し笑いを漏らすのだった。
「フェアな選挙を実施するとしようか」