代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
─起源国 地球 アルワタン─
統一暦244年(西暦2694年)3月24日
「それで、何用かな?」
起源国執政官、ジョルジュ・アース・ンガングガは極めて平板に、事務的な調子で訪問者を出迎えていた。
「お時間頂き誠にありがとうございます。ンガングガ閣下」
「かけたまえ。長々とした挨拶は時間の無駄だ。本題を話したまえ」
ンガングガは地方の、ケンタウリ弁務官区の行政官程度でしかない彼の、"急ぎの案件"とやらに大した興味を抱いていなかった。
星系総督府ですらない、起源国本国扱いではあるものの打ち捨てられた土地のトップ。
左遷者達の頭目。
そんな人間の持ってくる喫緊の課題が起源国全体にとっての重要事である可能性は限りなく低いだろう。
しかし、トゥイオアネアはンガングガの興味を一瞬にして惹く事に成功する。
「閣下。…銀河連盟と交渉してみるおつもりはありませんか?」
トゥイオアネアの持ってきた用件そのものに興味を惹かれたわけではない。
だが、下手をすれば敗北主義と罵られかねない提案を臆する事なく、堂々と言ってのけた事に、興味を持ったのだ。
「…ほう?何故、そんな提案を?」
「言わずともお分かりでしょう。閣下。
既に我々は三つの星系を喪い、恐らく4つ目も陥落しています」
ンガングガは、フッと鼻を鳴らす。
「4つ目が落ちたという確定情報はない。全く、反国家的言動として逮捕されたとて文句は言えんぞ」
「失礼。ですが、事実、敵の進撃は予想以上です。既に連中は単なる暴徒や反乱軍と呼ぶには余りに巨大。そして、強力です」
「それで?」
「戦争…いえ、この反乱、長期化する可能性が高まってきていますよね」
ンガングガは目で余裕を浮かべた表情のまま頷いてみせる。
「そうであったとして、君達に何の関係があるのかね?」
「確かに、一弁務官如きには余り関係のない話やもしれません」
ですが、とトゥイオアネアはニヤリと口角を上げた。
「中立勢力の長、としてなら、どうでしょう」
「……」
ンガングガはこの時、トゥイオアネアの意図を掴みきれてはいなかったが、しかし、彼の言葉に不穏を感じ、余裕のあるニヤニヤとした笑みをその顔から消した。
「聞き捨てならんな?まるで、君達が起源国から独立するかのような言い草だ」
「ああ、誤解の無きよう。閣下。我々は何も起源国から離れようだとか、逆らおうだとかを考えているわけではないのです」
そうですね、とトゥイオアネアは考えるような所作をし、もったいぶって口を開いた。
「ただ、考えてしまうのですよ。叛徒に奪われた領土にある資源の事を。もしも、この戦いが長期化してしまったらどうしよう、と」
「………」
「それに、永久に軍の動員を続けることも出来ますまい。しかし、現下の状況では、長期化した場合、そうなることが宿命づけられています」
「はあ…。なるほど、読めてきた」
ンガングガは面倒そうに目線を下げ、トゥイオアネアの勝ち誇ったような顔を静かに睨みつけてから足を組み直す。
「我々を交渉の窓口とするのはいかがでしょう?」
「その為に独立させてくれ、と言いたいのか?だとすれば、答えはNOだ」
ンガングガはバッサリとトゥイオアネアの提案を斬り捨てた。
「我々が人類統一国家を国是しているのとはよく理解していることだろう。
何故貴様らを独立など?」
そも、とンガングガは言う。
「長期化する、などという想定が必ずしも当たるわけではない。そんな保証も確証もない。
にも関わらず国是を曲げてまですることではないだろう。その必要もない」
「…名目上は起源国として有り続けますよ。勿論。我々は閣下の選択肢となりたいのです。
そう、例えば交易に関する外交権のみを認めた自治の拡大、とか」
「わざとらしいことだ」
トゥイオアネアは明確に焦ってしまった。
ンガングガに想定よりも早く、真意を完全に掴まれてしまったことで、はやったのだ。
そして、ンガングガはそんなトゥイオアネアに対する興味を急速に失っていっているようだった。
「反国家的言動は見逃してやるから、とっとと持ち場へ帰りたまえ」
立ち上がったンガングガはその姿勢でもって、話は終わりとトゥイオアネアへ告げる。
だが、彼は諦めてすごすごと帰るようなことはしなかった。
「閣下。一つだけよろしいですか?」
「…手早くな」
ホロディスプレイを起動しつつ、ンガングガはチラリとトゥイオアネアへ一瞥だけをくれる。
トゥイオアネアはありがとうございます、と慇懃無礼に礼を述べ、続けた。
「私、実は軍や政府内に友人が多くいましてね」
ンガングガはトゥイオアネアに対する興味を復活させこそしなかったが、その意味するところを理解すると同時、面倒そうに眉を歪めた。
「…なるほど。…良かろう。条件を詳しく詰めるとしようか」
今、銀河連盟との戦争にかかりきりな状況で、軍の反乱や官僚によるサボタージュ、体制を熟知したものによるテロル。
それらの可能性をチラつかされた以上、ンガングガとしては一先ず妥協するしか無かったのだ。
トゥイオアネアと一先ずの合意を結んだ数時間後、ンガングガの秘書、ウマールは彼に「良かったんですか?」と尋ねていた。
「良くはないさ。しかし、今はああするしかあるまい。…だが」
ンガングガは呆れたように左手を宙に投げた。
「カードを切るのが早いな。奴は。はやっているのか。まあ、銀河連盟の動きが早い。焦るのも仕方ないのかもしれんが」
クツクツとンガングガは笑う。
「軍、政府内の捜査を進めろ。奴自らが明かしてくれたのだからな。裏切り者共の存在を。
…期待外れだったな。確かに一時的に願いを成就させることは出来ても、その先が見えていない」
ウマールはンガングガの言葉に続け、皮肉げに口を歪める。
「だから、左遷されたのでは?」
「フッ。…まあ油断は禁物だ。捜査は気取られないよう慎重に、メンバーも厳選しろ。良いな?」
「Remember Origin」
紅星人民解放星区-旧第八星系総督府-
首都
第八星系は、他の銀河連盟による解放星域とは様相が異なっていた。
起源民に対するバッシングや報復行為も起きてはいたが、治安にも大した影響がない、と基之達が判断する規模に収まっている。
しかし、人民革命委員会のメンバーに対するリンチや私刑が横行し、此方は銀河連盟と紅星民主党が協働し、治安出動を行わねばならないほどに膨れ上がっていた。
「裏切り者に死を!」
「売国奴!」
権力欲に塗れた汚い連中というイメージに塗りつぶされた彼等は、単なる弾圧者であった起源国そのものよりも、本来同胞であるはずの裏切り者の方がより強く嫌悪感を引き起こしたのだろう。
「ち、違う!俺達も知らなかっ…」
「騙されてたんだっ…」
下層構成員は当然ながら、
しかし、そうした彼等の叫びは聞き届けられることなく、虚しく消える。
結局、紅星民主党や銀河連盟が人民革命委員会の構成員を保護下に置くまで、報復の嵐が沈静化することはなかった。
結果として、十数万の死傷者を出したこの惨事は、紅星の歴史に深く刻まれる悲劇となった。
「はぁ…はぁ…」
追っ手から辛くも逃れたロン・アルフレッドは息を切らせ、頭部から赤いものを流しながらも、人けのない裏道で、ここなら、と息をつき、歩を止める。
「…どうしよう」
彼は貧困層に属する家族を養う為に、稼ぎの良い軍に入ることとしたが、体力が規定に達さず、軍属として配置された地球人である。
アルワタンの労働者地区の外縁で生まれ育った彼は、総督府保安隊の事務員として第八星系へと派遣された。
そうして、今日の破局を迎えたのだ。
起源国総督府は崩壊し、憎悪に燃える"名誉起源民"に追い回される彼は、現実を受け止めきれていなかった。
彼は窓口業務ではなく、名誉起源民と直接接する機会は余り無く、まだ総督府に来て日も浅い。
地球でのプロパガンダに浸かりきったままの彼にとって、この事態は予想外でしかなかった。
統治の安定性。
銀河連盟こそ脅威ではあるものの、あくまで第三星系総督府に限定された脅威であり、起源国は連中を鎮圧するだろう、と信じていたのだ。
だが、第八星系では反乱が起き、そこに銀河連盟が乗り込んできた。
ロンにとっては、空に現れた宇宙艦隊は正に青天の霹靂だったのだ。
そして、今、彼は自分がどうするべきかも分かっていなかった。
宇宙に逃げようにも、宇宙港へ到達する手段を持ち得ず、辿り着いたとして宇宙に出れる訳もない。
頼りの起源国軍は早々に一部の基地に集結し、可能な限り星系外へと離脱した。
彼は今、信じてきた常識全てを打ち砕かれ、更に一寸先も見えぬ闇にいるのだ。
「…とにかく…隠れる場所…」
ふらりと身体を揺らしながらも、確かな足取りで彼は裏道を進む。
しかし、とある曲がり角で、ばったりと出くわしてしまうのだった。
「…おい、こいつ起源民だぞ」
鉄パイプらしきものを持つ、中肉中背の男は、目の前に現れたロンの存在を見つけるや否や、ニンマリと加虐心に満ちた笑みを浮かべる。
彼等は、起源民を把握する手段として、当然、外見は利用する。
要するに、第三星系や第八星系ならば、アジア系以外は少なく共起源民である。
そうした特徴に加え、人々は起源国から与えられたモノを活用していた。
"名誉起源民"を示すワッペンや腕章である。
抑圧のために起源国が名誉起源民に強制したシステムが、"起源民"を割り出す仕組みとして機能したのだ。
元名誉起源民達は敢えて印を外さず、敵を見分けるために利用したのであった。
そして、中肉中背の男は、ロンに腕章もワッペンも無い、血によって汚れているものの、名や起源民のものに比べれば圧倒的に質の良いシャツに身を包んでいることを発見し、彼が起源民であると判断したのだ。
「まっ──」
腹を殴られ、ロンはここまでで出し尽くしていた胃の申し訳程度の内容物を唾液と共に散らせる。
しかし、痛みにうずくまるより早く、髪の毛を鷲掴みにされ、ニヤニヤとした下品な笑みをロンは向けられた。
「こっちにクズがいるぞ!」
「人民革命委員会か?」
「いや、起源民だ」
んだよ、と余り面白くなさそうに言いながら、中肉中背の男が数人、更に姿を現した。
「まだこんなとこにいたんだな」
「それよか人民革命委員会の奴らだろ」
「いーや。コイツラも充分クズさ」
ロンは髪をパッと手を離され、頭を道に打ちつけた。
そして、その頭部に、ゴッと硬いものを乗せられる。
靴の先で踏まれたのだ。
彼はそれを理解するのに少しの時間を要した。
「そりゃな。んじゃ、どうする?」
「時間はかけらんねえよ」
「ならこれで良いだろ」
ぞんざいに鉄パイプを男は振り下ろす。
ボゴッという鈍い音と共に、背中から鋭い、恐らく壊れてはダメな場所が壊れたのだと直感出来る痛みをロンは知覚させられた。
「あ…あ…っ」
どうして自分がこんな目に遭っているのか。
彼の胸中はそんな、現実を受け止めきれない感情にのみ支配されていた。
そして、本能のままに逃れようと、手をよじり、腕を動かし、這うようして動く。
しかし、男たちはそれを嘲笑いながら、頭部や背中に数回の、思い切り振り下ろした鈍器を送るのだった。
頭部に当たった一発。
ロンはそれの痛みを感じる暇もなく、ただ閃光が走ったように視界が白くなり、一瞬の後に、全てが消え去るのだった。
「いっちょ上がりだな」
「行こうぜ。こんなのより人民革命委員会だ」
ひしゃげた頭部から大量に流れ出る赤黒いモノが靴に付かないように避けつつ、男らは鉄パイプを構え直し、裏道の暗がりへと消えていくのだった。
人民革命委員会に対する報復は苛烈を極めた。
が、しかし、その裏でそれよりも絶対数こそ少ないが、数千人が死傷した起源民の被害については、その後も長らく注目を浴びることはなく、この瞬間も、基之達の注意を強く惹くことは無かった。
ロンの死は、ありふれた悲劇どころか、まるで存在しなかったかのようにして、数字以上の記憶は、そして、記録も、消え去るのだった。
基之は既に次の星系に目を向けており、義務感から動く彼は、ただひたすらに、可能な限り早く、この地獄から抜け出たいと、前へ前へと目を向け続けるのだった。
「は?本気で言ってるの?」
明子は基之の言に困惑を禁じ得なかった。
彼のつい先日の方針とは異なっているように思えたからだ。
「利用するんじゃなかったの?」
「万一、本当に連中の思惑通りになった時、俺達が延命する為には使えたと思うよ」
でも、と基之は言う。
「元々俺達は短期決戦の想定だ。長くだらだらと戦争を続けても、結局起源国が優勢となるのは見えている。
人口、生産力、何れも向こうが上回っているんだから」
「…というか、そもそもプロキシマ・ケンタウリの目的はなんなんだ?」
別に呼んだわけではなかったが、いつの間にか会議に潜り込んでいた坂堂の発言。
これには、何人かの参加者が助かった、という顔をひっそりとしていた。
今更聞くのも、という空気感だが、所与のモノとして理解しきれているわけでは無かった所に坂堂の発言があった事は彼らの思考を整理するうえで、有用だった。
「推測も交っていますが」
基之は前置きしつつ坂堂の疑問に応える。
プロキシマ・ケンタウリに独立運動があることは事実。
しかし、それを利用して何かを企む起源国政治家グループもいる、というカルミネからの情報。
先日接触して来た全権大使、とやらとの交渉。
ビジネスをしたい、情報提供も場合によってはありうる。
そういった話の中で、国債を買ったりもしたい、投資も、という話題が出た事実。
本気でケンタウリの独立を目指しているようには見えないという印象論。
全てを組み合わせた時に浮かび上がる推察。
つまり──。
「連中、左遷されたと思われる起源民政治家グループの狙いは、"フィクサー"となることだ」
そもそもが、と基之は指を立て、言う。
「おかしな話だ。独立だけを本気で目指したいなら、可能な限りの情報提供と、地球攻略ついでにこっちにも来てくれだとかそういう交渉で充分なはずだ。起源国は独立を認めるわけがないのだから、変に日和る理由はない」
「…でも、彼、いえ、"彼等"はビジネスを提案してきた」
「そうだ。そして、その中に国債の購入なんて提案もあった。要するに、独立は手段に過ぎないと言うことが、交渉の全体を通して見えてくる。
その上、出された条件を精査すると、彼らは経済的影響力を欲していると分かる」
「それで、フィクサーというわけか?」
参加者の一人の声に、基之は頷いた。
「ええ。恐らく、戦争が長期化していくと、両者金や足りない資源が出てくる。
だが、起源国も、当然我々も、相手と直接交渉して資源を取引するとか、金が無いから貸して、なんて言えるわけないでしょう?戦争をしているのだから」
「それこそが彼らの狙い。戦争に必要な資源を中立で融通してくれる勢力があれば、お互い短期決戦を絶対視して無謀な戦いを仕掛ける意味も余りなくなる。だから、余計に戦争は長引きやすくなるでしょうね」
「…つまり、どういうことだ?」
坂堂が首を傾けたが、他の者達は凡そ話を察していた。
そして、それを確認した基之は要するに、と纏めに入る。
「戦争上手く長引かせて、ケンタウリ星系が新しい銀河の秩序において、必要不可欠な存在になるよう暗躍しよう、ということですよ。彼らの狙いは」
「なんだよそれ!身勝手過ぎねえか?!」
余りに素直な言い様に、基之はつい笑ってしまっていた。
「確かに。…まあしかし、だからといって従う理由はないし、さっきも言った理由から、我々にとって長期戦は可能な限り避けるべき選択肢です」
そして、と基之はここからこそが本題とばかりに参加者を見渡した。
「我々はここからは地球を目指す。既に聞いている人もいるやもしれませんが。
銀河連盟は地球を攻略し、この戦争を終わらせる」
どよどよとざわめく室内。
基之は彼らが多少落ち着くのを待ってから不敵に、そして、彼自身が築き上げてきた"日野基之"像を意識して、自信を覗かせる笑みを浮かべた。
「こちらが優勢を維持している間に、決着を付けます。─だからこそ」
基之はホログラム星図を起動し、プロキシマ・ケンタウリに指を置く。
「それの障がいは取り除かねばならない」
そして、皮肉っぽく続けた。
「都合が良い事に、地球への橋頭堡となるコロニーがここにある」
「仲介者として、利用させてもらおうじゃあないか」
太陽系から僅か四光年の先にある星々。
プロキシマ・ケンタウリ星系。
銀河連盟の次なる進路が定まった。