代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
統一暦244年(西暦2694年)3月28日
起源国首都アルワタン。
その枢要たる執政府。
最上階に近いフロアに設置された大会議室にて、執政官も参加する"国家安全維持特別委員会"が開催されていたが、今回は普段の事務的な会合とは異なり、紛糾の様相を呈していた。
「参謀総長!正気ですか?!星系総督府の全戦力を割き、地球艦隊と合流させるですと?!」
「叛徒共の次なる狙いが地球である可能性は高い。
そうであるならば、ここに全戦力の結集を行い、確実に叩き潰すべきだ」
「その間の星系総督府の防衛はどうするつもりか?!
逃亡者共が反旗を翻した時、陸上兵力だけでは守りきれぬやも…」
参謀総長に噛み付くのは外部星系管理庁長官、ならびに宇宙安定化委員長の二人である。
彼らは、各々の職掌に基づき、外星系をこれ以上失陥することを恐れ、軍の方針に疑義を抱いていたのだ。
「一時の失陥やむ無し」
参謀総長は一言そう言い、二人の懸念を切り捨てた。
「なっ…!簡単に言うがな、貴官は理解しておるのか?!外部星系には既に億を越える起源人が移住しておるのだぞ!?」
宇宙安定化委員長はテーブルを強く叩き、参謀総長に向かって怒鳴る。
「そうです。それに、我々は既に外部星系からの資源無くして地球圏経済が成り立たなくなっています。
もう四つも落ちている!これ以上増えれば…」
参謀総長はジロリ、と二人を睨めつけ、溜息をこれ見よがしに吐いてみせた。
「地球が落ちれば全て終いだ。資源も、移住者の安全も些事になる。
地球の市民全てが危険にさらされるのだぞ?」
「ぐっ…。だからといって…!」
そこに、まあまあ、と国家統合大臣(実質的な軍務大臣)が仲裁するように割って入る。
「参謀総長。彼らは君の敵ではない。もう少し態度を考えたまえ。
お二方、すみませんな。しかし、彼らの抱く危機感も分かってあげてほしい」
「統合大臣。我々は何も地球の防衛をするな、と言っているわけではないのですよ」
「重々。だからこそ、こうして議論をしているのですからね。
…それで、参謀総長。連中が地球を狙っている、というのはどの程度確度のある情報なんだ?」
統合大臣の質問へ、チャンスとばかりに外部星系管理庁長官が飛び付く。
「そうだ!連中がまだ他の星系を奪取しようとするやもしれないでしょう!」
しかし、参謀総長の目は冷たいままであった。
「奴らの頭目が貴殿ならば、そうなったやもしれませんね」
「…なっ!貴様!!」
「参謀総長」
統合大臣の鋭い一喝によって参謀総長は口を閉じはするものの、見下したような視線が変わることはない。
「私は貴官らの判断の根拠を問うている」
「はっ…。まず、叛徒共は戦力の絶対数において、我々に及びません。
そんな状況で、外部星系の奪取を狙い続けるのは、分の悪い賭けを重ねるようなものです。
何処かの星系で一度でも負ければ、それで連中は詰みです」
であるならば、と参謀総長はホログラフの星図を指し、続ける。
「機を見て、我々の本陣である地球を狙うのが最適解ということになります。
そして、奴らは既に四つの星系を奪い、人口の最も巨大な第八星系総督府を奪いました。
既に単純な数字で見た場合、国力はかなりのものです。
そして、奴らの本拠、第三星系から地球に至るに当たり、障壁となり得る星系総督府は既にありません。
強いて言うなら、第六星系と第九星系のみですが、ワープ航行の上限距離を踏まえると、余り影響はないでしょう」
要するに、と参謀総長は彼の論に否定的な2人に目を向け、勝利の色を滲ませながら締めくくるのだった。
「連中が余程の阿呆か、何がしかのイデオロギー的妄執に取り憑かれていない限り、次の標的は合理的に考えれば地球になります」
「執政官閣下のお考えもその点において一致されている、と我々は認識しておりますが?」
ンガングガは、参謀総長を一瞬、牽制するかのような視線を向けてから、ゆっくり口を開く。
「恐らくは、な。しかし、委員長らの懸念も理解する所だ。
実際の所、地球以外を制圧して我々を実質的に兵糧攻めにする、という策も無くはない。
無論、リスキーだろうがね」
要するに、とンガングガは参謀総長に向けて言葉を続ける。
「何方もあり得る。私としては地球を狙う可能性が高いとは思うが、だからといって一方の危険を無視してはならない。
少なく共、反対者を貶めてまで一方にのみ傾注することは、愚者の行いだ」
参謀総長は目を白黒させながら縮こまってしまうのだった。
はあ、とンガングガは小さく溜息を吐く。
「我々は広大な星域を支配する国だ。
全てを賭けて一点集中、などというギャンブルに身を投じる事は出来ない。
これは前提だよ。
だからこそ、私としては──」
ンガングガは言いながら、星図を操作し、参加者全員を見渡した。
「地球に、この赤く示した星系以外から半個艦隊ずつを抽出し、特別艦隊を結成することを提案したい」
「…その赤い星系は?」
図示された三つの星系総督府をンガングガは順繰りに指差し、最後に第三星系、つまりは惑星ハヤブサを指した。
「これらの星系と地球を直線で結んでみろ。何が見える?」
三つの星系、そして地球を結ぶと、星図は地球を中心に真っ二つに分断される。
「惑星ハヤブサ。これから見て、地球の向こう側にある星系を彼らが次に狙う可能性はかなり低い。ワープの上限距離を超えているからな。
つまり、外星系を狙うにしてもこの三つ」
なるほど、と宇宙安定化委員長が唸る。
「
「その通り」
ですが、と頷くンガングガへ、外部星系資源管理長官がおずおずと疑問を口にする。
「星系総督府が手薄になれば、現地のレジスタンスに…」
「その可能性はあるかもな」
だが、とンガングガは笑う。
「我々の勝利条件は何か、考えてみるべきだ」
「…と、申されますと」
「銀河連盟艦隊の壊滅。これだけだ。
連中の主戦力は一個半艦隊。これさえ無くなれば、銀河連盟等実体の無い雑魚だ」
「雑魚、ですか」
「そうだ。宇宙戦力と銀河連盟という組織の存在がレジスタンス共に紐帯をもたらしている。
だが、連中が消えれば、所詮は其々の惑星でてんでバラバラに動く蛆虫だ。
仮に宇宙艦隊を僅かばかり奪ったとて、各個撃破の良い的。脅威ではない」
そして、だからこそ、とンガングガは星図の惑星ハヤブサを睨む。
「銀河連盟は脅威なのだ。日野基之は、我々の敵なのだ。奴は作り上げた。レジスタンスの精神的紐帯のシンボルを」
危ういバランス。綱渡りによって成り立つ銀河連盟。
しかして、その存在は、起源国中のレジスタンスにとって希望であった。
日野基之の、銀河連盟の存在によって、レジスタンスは結び付く。
だが、それは一度破壊されてしまえば、二度と修復不能な代物。
同じ事を成そうとしても、上手くは行かないだろう。
一度失敗した奇跡は、人々の心に不審を植え付ける。
簡単には飛びつけなくなってしまうものだ。
それはつまり、起源国に対処する時間を与える、ということ。
故に、起源国にとって日野基之が銀河連盟こそが、唯一にして、最後の障壁なのだ。
「そして、我々の勝利条件は二つの手段によって達成される。
地球への戦力集中こそが、それを達成するに最も合理的なのだ」
─同時刻。
宇宙空間。
─銀河連盟艦隊 総旗艦 ハルマキス
「我々の負け筋は二つ」
基之はブリーフィングにて、幹部陣に向けて最後の戦いに向けた会合を締め括らんとしていた。
「一つ。これは単純。会戦に惨敗すること。
分かりやすいものだね。我々の主戦力が壊滅するのだから、当然負け」
次が問題。と基之は言う。
「辛勝も、我々の負けになる。要するに引き分けだな」
「何でそうなるんだ…?勝ちは勝ちだろ?」
「それで起源国の全兵力が討ち滅ぶならそれで良いんですけどね。でも、そうじゃない」
基之も、遠く地球のアルワタンで行われているのと同じように、ホログラムの星図を指差していた。
「我々が辛勝程度で終わり、余力のない事が明らかになれば、幾つかの星系を捨てる覚悟で我々に残存戦力を差し向けるでしょう。
それで我々は壊滅。後は、解放星系を各個撃破していけば良い」
「……じゃあ…」
基之は事態を呑み込んだ坂堂の絶句に首肯で応えた。
「我々の勝ち筋は一つ」
余力を残した、勝利。
あえて言うならば、と基之は力を込める。
圧勝こそが、銀河連盟の生き残る道、と。
実際の所、半個艦隊も残っていればどうにかなるだろう、と基之は試算していたが、あえて大仰に言うことで、士気を高めたのであった。
「さあ、次なる作戦目標は、プロキシマ・ケンタウリ。
彼らは恐らく、簡単に瓦解する」
統一暦244年(西暦2694年)4月2日
プロキシマ・ケンタウリ弁務官区
首都 ケンタウリA号コロニー
「何?」
「銀河連盟より使者が参りました」
フェレティ・トゥイオアネア高等弁務官は、眉に不審を浮かべながらも、賓客としてもてなすべきだろう、と思案する。
「一先ず通せ。用件は聞かねばならん」
数分後。
彼は、通されてきた銀河連盟からの使者の姿に、驚愕を隠す事は出来ないでいた。
「これは…まさか貴方が銀河連盟に協力していたとは…。カルミネ・ソルデットさん」
カルミネはニヤリと不敵に笑い、トゥイオアネアへと手を伸ばす。
「これは我々の誠意と考えていただきたい。フェレティ・トゥイオアネア弁務官閣下」
形式的な握手を交わしてから、トゥイオアネアは、なるほど、と呟いた。
「貴方が"レジスタンス"に与している。この情報を担保に、というわけですな」
「そんなところです。
さて、閣下。楽しく歓談と行きたいところですが、事態は急流のように早いものです。早速ですが、本題に入らせて頂いても?」
「無論。貴方がたは我々に何をお望みで?」
カルミネは、確認したいことがあるだけです。と前置きし、トゥイオアネアに敢えて探るような目線を向けた。
「我々の次なる攻略目標は第一星系総督府。ティーガーデン連合王国の解放です。
つまり、地球に最も近い星系総督府を前哨とし、起源国の本土を攻略します」
さて、とカルミネは肩をすくめて見せる。
「貴方達…いえ、貴方は地球攻略に際し、中立を堅持して下さるのだろうか、という確認がしたい」
「場合による、などと答えて、貴方がたは受け入れられるのですかな?」
トゥイオアネアは苦笑をカルミネへと向けた。
「確かに、言葉だけでは信頼に値はしないかもしれませんね。
ですが、だからこそ、我々の信義に基づく、協定の有効性を確かめる必要があるのですよ。
そして、それは言葉でもって信用し合うしかない。
信頼出来ずとも信用することは出来る」
まあ、とカルミネはわざとらしく言ってみせる。
「独立を確たるモノとしたいのならば、我々の行動を黙認するのが最も確実な選択なことは疑いようがないですが」
「勿論、我々は、皆様の作戦の邪魔立てはしません。むしろ、情報提供など、積極的に協力しますよ」
「それを聞いて安心しました」
カルミネは安堵の息を漏らした、とばかりに肩の力を抜き、では、と続けた。
「近々我が艦隊がプロキシマ・ケンタウリ弁務官区のレーダー有効範囲内に入ることがあるかと思いますが、その際はどうか、何事もなかったかのよう振る舞うようにお願いします」
「了解した。我々は恐らく、レーダーの故障か何かによって、見逃してしまうことになるでしょう」
それと…とトゥイオアネアはホログラフィックウィンドウに浮かばせたページを印刷し、紙束とする。
そしてそれを、机上へと投げ捨てた。
「偶然にも、これを置き忘れてしまうでしょうな」
カルミネとトゥイオアネアはくつくつと笑い、最後にもう一度握手を交わすのだった。
「我々の目指す所は近似している」
カルミネは去り際に改めてトゥイオアネアへと確認を入れる。
「ええ。独立、解放。何れも起源国が邪魔です…。
是非、よろしく頼みます」
しかし、トゥイオアネアはカルミネの去った後、部下を呼びつけ、嘲るように口角を歪ませながら、命じるのだった。
「直ちに地球へそれとなく、我々のものと分からんようにリークしろ。チャンスだ。
ティーガーデンで銀河連盟が程々の敗北をしてくれれば、我々の思惑。戦争の長期化に近付く」
トゥイオアネアはついに、宇宙のフィクサーとしての地位を得られるチャンスが回ってきたと興奮気味であった。
しかし、それ故に、か、トゥイオアネアは冷静さを欠いていたと言えるだろう。
慎重に行動するべきであったが、彼はこれらの好機に、釣り針に取り付けられた余りに美麗で美味なる餌に、飛び付いてしまったのだ。
「さて、じゃあ、行こうか」
カルミネが艦隊へと帰還し、彼の報告を受けた基之は条件は整ったとばかりに満足そうに首肯し、静かに宣するのだった。
「これで連中はレーダーに我々の艦影が写ろうと、星系周辺で我々を発見しようとも、ギリギリまでは我々を見ていないフリをせざるを得ない」
基之は起源国に情報が漏れる前提でいる。
更に言えば、その上で、ティーガーデン攻略はブラフと見抜かれると確信してもいた。
今、地球に最も近い星系総督府とは言え、中途半端に距離のあるティーガーデンを狙う理由などほぼないに等しい。
ワープ上限を考慮しても、大して意味はない。
それが主な理由だ。
そして、そうであるならば、銀河連盟の狙いは二つに絞られてくる。
一つは、地球を見据えての前哨を攻略したい、という点のみは真実で、最もそれに合致しているプロキシマ・ケンタウリ。そこに戦力を配備されることを嫌ってのブラフ、という可能性。
もう一つは、単純に他の星系を狙っている可能性。
何れにせよ、起源国の注意を分散し、戦力を一極集中しにくい状況を作り上げたいのだろう、と分かる。
しかし、プロキシマ・ケンタウリ弁務官区は銀河連盟と"協力"関係にある以上、レーダーに艦隊が写ろうとも、戦争の長期化の為に、銀河連盟が惨敗することは避けたい彼らが、弁務官区の危機と認識し、直ちに地球へ報せる事はまず無い。
つまり、こうなった以上、多少はプロキシマ・ケンタウリ周辺にも戦力を配置されることになるだろうが、それ以上の増援が間に合うこともなく、プロキシマ・ケンタウリ弁務官区攻略を行える環境にある、というわけだ。
基之はカルミネという基之の狙いを理解している、商人でもあり、交渉事に一家言ある彼を派遣し、その状況へとプロキシマ・ケンタウリ、いや、トゥイオアネアを誘導したのである。
銀河連盟艦隊は、静かに、プロキシマ・ケンタウリへ、そして、太陽系へと、確実に、一光年ずつ近付いていくのであった。