代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
自由合衆国の滅亡から二月後。
統一暦240年(西暦2690年)7月
再び惑星ハヤブサ
基之らが移住した、第5指定居住区。
「ただいま」
「お帰りなさい基之。頼んでた食材は買えた?」
学校帰り、基之はゲットー内の露店にて買ってきていた野菜を食卓の上に置いた。
「何とかね。でも、あんまり質はよくないや」
「仕方ないよ。質の良い食材なんか、こっちに流すわけないし」
基之の母、優菜は言いながら基之の置いた袋から野菜を取り出し、まな板へ並べていく。
ザクザクと野菜の切り刻まれる音を聴きながら、基之は洗面所へと向かった。
「シャワー浴びるね」
優菜に聞こえる様に彼は言う。
「良いよ。硬貨は新しく用意してあるから」
「ありがとう」
答えながら彼は汗に汚れた服を洗濯機に放り込み、風呂場の戸の側に設置されている、15分10Tと貼り紙されている機械に、洗面所に用意してある硬貨の束から一枚を取り出し、投入した。
10Tとは10テラ、"TERRA"は起源国の金銭単位(ゲットーの平均月収は7000T)であるのだが、つまりシャワーを浴びる為に毎度毎度、金を投入せねばならないのだ。
これは、シャワーだけではない。
優菜は、丁度、基之がシャワーを浴び始めたタイミングで、鍋に具材を投入し、コンロに置いたのだが、そのまま火を付けようとはせず、此方でも硬貨を、取り付けられた支払機に投入してから点火プラグを回していた。
電気以外の、ガス、水道といったインフラストラクチャーは全てこのようにして、使用する度に硬貨を投入しなくてはならない仕組みになっているのだ。
当然、ハヤブサ連邦時代の公共料金と比較して計算すると、余りに法外な金額となる。
しかし、単純に毎月徴収する公共料金を高額にして払わせれば効率的であるはずなのだが、起源国はそうしていない。
理由は簡単で、名誉起源民の為に建設された街に、名誉起源民を移住させるにあたって、起源国は人類を統合するという建前を掲げている以上、強制移住を行うに際しても、名誉起源民側にメリットが必要となったからである。その建前が必要だったのだ。
どういうことか、それは、水道、ガスといった公共料金を"政府が市民から徴収することはない"、と喧伝したのである。
言葉通り、政府は公共料金の費用を、各家庭ではなく、各指定居住区のインフラストラクチャーを管理している半官半民の会社に請求している。
そしてその会社が、請求に対する支払いに応じるべく、各家庭の水道やガスを使う家具製品に料金徴収機を取り付けている、という形式が取られているのだ。
「はーー。3日ぶりのシャワーだ~」
基之は念入りに身体を洗い、週に一度の15分丸々使ったシャワーを楽しんだ。
普段は、家族全員が準備して五分ずつ浴びるだけだが、さすがにそれでは不衛生な為、こうして数日に一回、一人が独占する日を設けている。
「ただいま~疲れた~」
基之がシャワーを終え、着替えていると、姉の浅菜が帰宅した。
「お帰り姉ちゃん」
「今日は結構稼げたよ」
浅菜は現在、歩合制の配達業務を行っている。
名誉起源民は大学から追放されたこと、そして、法外な、事実上の公共料金支払いにより圧迫されている家計を助けるためとで、ゲットーに来てから働きだしたのだ。
長いストレートであった髪をショートにし、ハヤブサ連邦であった頃はおしゃれに勤しんでいた彼女だが、今ではその影もなく、安く、動きやすさを重視した無地の服に身を包んでいる。
「シャワー浴びたい~」
「今日は基之の日だからもうダメ」
「そりゃ分かってるけどさあ」
基之は溢れんばかりの汗を流している姉の姿を見て、罪悪感を感じてしまっていた。
とはいっても、彼自身一週間ぶりであり、明日は基之がシャワーを浴びることが出来ないのだからお互い様ではある。
だが、未だに高校に通うことが出来ている基之が、働かざるを得ず、労働に身を粉にする姉に、申し訳ない気持ちを抱くのは必然でもある。
「風呂場にさっきお湯で濡らしたタオル置いてるからよかったら使って」
せめてものと、先程のシャワー時に準備していたのだ。
「おっ。サンキュー。助かるよ」
にこやかに笑いながら浅菜は風呂場へと消える。
「さ、ご飯も出来たし、基之は座りな。浅菜が着替えたら食べましょう」
優菜に言われ、基之は食卓に付く。
10分弱で、浅菜は寝間着に着替えて戻ってきた。
「お待たせ~今日は何?」
「豚汁の豚抜きとご飯小盛、あと小さい鮭の切り身が一つ手に入ったから三等分してあるわ」
「見栄張らずに野菜汁って言いなよ..」
突っ込みながら浅菜も食卓に付く。
「気持ちだけでも豚汁な方が嬉しいでしょ」
「へいへい」
「ふふっ。いただきます」
二人のやり取りに笑みを溢しながら、基之は箸を取るのだった。
新しい日常に、漸く馴染みつつある日野家。
指定居住区という名のゲットーに押し込められた人々の多くは、同じように故意に貧しく置かれた生活に慣れようと、必死だった。
人々は、逆らうことの無意味を、二ヶ月前に全国に放送された、自由合衆国の末路で分からされていたからだ。
「ねえ。母さん」
基之は食事中、何度めか分からない件を口にした。
「やっぱり、俺も学校辞めて働くよ。二人にばっかり負担かけてるし..」
「良いの。あと半年位なんだし、ちゃんと最後まで行きなさい」
「でも..」
「あたしに気を遣う必要もないよ」
浅菜も、優菜に同調する。
「名誉起源民は確かに差別されてるから、良い仕事に付くのは難しいかもしれないけど、それでも、学があって損することはないわ」
優菜の優しく諭すような言葉に、基之もそれ以上喰い下がることは出来なかった。
「分かった...二人共ありがとう」
「気にしなさんな」
浅菜の軽い調子の笑顔に、基之はいつも助けられていた。
毎日、重労働をこなし、疲れている中でも笑顔を絶やさない彼女は、基之にとっての最も身近な希望であったのだ。
『午後8時のニュースをお伝えします』
食事も終わろうかという頃、居間に取り付けられているテレビが自動的に音量を上げ、キャスターの声を部屋に響かせた。
「あら、もうそんな時間。聞きましょうか」
日野一家は、会話を一旦中断し、テレビの音へと耳を傾ける。
視聴が実質的に義務付けられているプロパガンダを観るために。
ゲットーにおいて電気料金だけは、本当に無料なのだが、その理由は、このテレビの為である。
プロパガンダ番組を確実に視聴させる為、また、テレビの電源を切らせない為に電気だけは無料となっている。
テレビの電源は自分達で消すことが出来ず、午前5:30に自動的に起動し、午後11:00になるまで音量、当然ゼロには出来ない、以外を操作することが出来ない。
要するに、プロパガンダ番組が一日中、流れっぱなしなのだ。
『本日、アルワタンの資源省はクラウディオ鉱の新鉱床を外惑星領の一つである第10星系総督府にて発見した、と発表しました。土星の衛星"ムスベルヘイム"における埋蔵量のおよそ135%もの埋蔵量と推測されています。またこれにより━━』
基之達には関係のすることのない、起源国の成果を誇るニュースばかりが流れ続けるが、彼らはそれを聞き続けなければならない。
40分経ち、漸く自賛の嵐は終了し、音量も自動的にニュース前の状態へと戻る。
「さあ、片付けましょうか」
優菜の掛け声に従い、三人は協力して夕食の後片付けを行うのだった。
起源国によって生かさず殺さずの生活を強いられながらも、逞しく生活を築き上げていた日野一家は、その日も平和に眠りに就いた。
だが、この平和も長くは続かない。
起源国による支配が始まってからありふれている、汎用な、だが、人を殺し得る悲劇が彼らを襲うこととなるからだ。
先程の基之達の眠りから一週間程経過したある日のことだった。
基之は、仕事で二人が遅くなり、かつ彼自身は試験で速く帰宅することが出来たため、家事をこなしていた。
外は、既に夕焼けも終わり、闇が空に侵食を始めている。
「よし。出来た」
作った野菜炒めをラップにくるんで食卓に置く。
温め直すには硬貨が必要なため、冷めてもそれなりに食べれるモノで、なおかつコストの低いモノの必要があるのだ。
そうして準備を整え、後は帰りを待つだけ、と暇潰しがてら書棚の本を取り出し、開いた。
そこから30分程経過した頃。
突如、ドンドンと激しく玄関扉がノックされた。
「何だ..?」
警戒しつつ、扉に近付き、ドアスコープを覗く。
そこには、見知らぬ、少し茶色かかったボブ、年の頃は10代後半と思しき、細身の少女と、少女に身体を支えられるようにして、家を出た時の半袖の上に、ジャケットのようなモノを着、呆然、立ち尽くす浅菜の姿があった。
「姉ちゃん?!」
慌てて扉を開けると、少女は、少し安堵したような顔を見せたが、直ぐに引き締め、僅かに目を泳がせながら、口を開いた。
「この家の娘さんで間違いないですよね..」
「はい..姉ちゃんです...あの一体何が..」
「とりあえず、この方を安静に出来る場所に..」
浅菜の尋常ならざる様子に戸惑いながらも、基之は頷き、少女ごと家へと上げ、浅菜をそのままベッドへと運び込む。
「あの、申し訳ありません。私達が間に合わず、お姉様が..」
少女は、浅菜をベッドへ運ぶと、部屋を移り、基之にそう頭を下げだした。
「いやいや、待ってください。事情が呑み込めません。一体何が..」
「ああ、そうですね。ごめんなさい..」
少女は、落ち着く為か、深呼吸を一度行い、再び話し始めた。
「申し遅れました。私は、
「路地裏..?」
基之は、事態の予想など付いていなかったが、何故か、激しい不安感を、先を聞きたくないという忌避感とを、反射的に感じていた。
「...お姉様は、その、襲われていました。暴漢に」
サッ。と顔を青くさせ、基之は浅菜のいる寝室へと、思わず飛び込んでいた。
「姉ちゃん!!」
咄嗟に彼は、姉の腕を掴み、持っているモノを落とさせた。
カチャン、と音を立て、ハサミが床に転がる。
基之は、目の前の情報を処理することが限界であった。
何が起きているのか、姉が何をしようとしていたのか、それを想像出来たのは、数秒経過してからだった。
「ごめんね。基之..姉ちゃん、我慢しようと思ったんだけど、耐えようと思ったんだけど...やっぱり、無理だわ」
だから、と生気の感じられない表情で、浅菜は基之の目を見つめた。
「手、離して?」
「嫌だ。離さない」
「離して」
「やだよ。姉ちゃん..」
離せば何をする気か、混乱する基之もさすがに察することが出来ていた。
「母さん呼ぶから、せめて、待って..お願いだから..」
どうにか止めようと言葉を並べ立てる。
「母さん...そだね...うん..」
浅菜の腕は少しだけ力が緩まった。
「直ぐに、帰ってきてもらうから、待ってて」
電話を手に取り、優菜の職場に電話をかけにいく。
「明子さん、でしたっけ?姉ちゃんを見といてくれませんか」
「ええ。勿論です」
神妙な面持ちで明子は頷き、寝室に残った。
そうして、基之は優菜に連絡を入れた。
話を聞いた彼女は、今すぐ戻ると短く言い、慌てた様子で電話は切られるのだった。
「姉ちゃん、直ぐに帰るって。だから..」
「...うん」
今までの浅菜からは考えられない程に、白く、無表情な彼女に、基之は語りかける。
だが、反応もどんどんと小さくなっていた。
「...っ。一体誰がこんな..」
明子は、その言葉に直ぐには返答せず、何やら思案した後、基之の前に移動した。
「ここの住民ではありませんでした」
その曖昧な言葉に、基之は一つの可能性に行き当たる。
「まさか..」
その予想を口に出しかけた彼だったが、明子が小さく天井を指差すジェスチャーをしていることに気が付き、思い出す。
室内には盗聴機や監視カメラが設置されていることを。
『口に出しては行けません』
急いで走り書きしたメモを、明子は基之の眼前に突き出した。
「.....」
『しかし、貴方の予想通りです。お姉様を襲っていたのは、起源国軍の連中です』
基之は叫び出したい程の怒りを、憎悪が湧き出るのを感じていたが、かろうじて抑制された。
しかし、それは理性によるものではない。
姉が、浅菜が再び、暗い部屋にキラリと光るなにかを持っていることに気が付いたからであった。
「...!」
言葉にならない声を上げ、基之は再び姉を止めに行くのであった。
Tips
暦について
ハヤブサ連邦等の外惑星領は当然地球と自転周期が異なる為、1日の長さが違う。
故に惑星ごとに基準の異なる暦が用いられていた。
ハヤブサは天暦という暦であったが、これは1日が地球時間で23時間と20分という微妙な周期に合わせた時刻を基準としたモノであった。
つまり23時間20分を新たに24分割し、それに基づいた1日から1年をカウントしていたのだ。
起源国は、統一暦という暦を全ての惑星に適応したものの、1日の長さまで無理やり合わせることは徒に混乱を来すだけであり、外惑星で生活する起源民にとっても分かりづらい、ということで、1日の長さは各惑星に合わせることとした。
その惑星ごとの1日で1週間の曜日をカウントするのが、"惑星時"とされた。
そして"惑星時"とは別に統一暦のカレンダーも地球標準時に合わせてカウントされ、月や年は標準時、統一暦によってカウントする。
そういう形で共通の暦を制定したのである。
つまり、木曜日の朝は7月、夕方には8月、というような場合もある、というわけだ。
統一暦はあくまで日付という基準を提供するものとなり、日常生活においては惑星時が用いられるものとなった。
*イメージ
惑星時カレンダー
月火水木金土日
統一暦カレンダー
2866年 12月
1 2 3 4 5(以下西暦のカレンダーと凡そ同じ。曜日表記は地球以外にはない)