代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「プロキシマ・ケンタウリ弁務官区首府A号コロニーに先遣隊が接舷完了しました。弁務官区駐屯軍は彼の指揮下にあるというのは誇張ではなかったようですね」
報告に、基之も頷く。
「アベル・ギンペルは曲者という噂だったが、利害の一致をひっくり返すような真似はしないようで安心したよ。
この流れだと、プランAのまま進められそうだな」
基之は残る艦にも行動を命じる。
基之率いる主艦隊は先鋒に続いてA号コロニー制圧。
半数はプロキシマ・ケンタウリ星系の惑星、並びに他コロニーの制圧である。
地味で、飾り気の一つもない、初期宇宙開拓の手探りを感じさせる、機能性だけを追求したコロニーが徐々に大きく、視界を埋めていく。
「手早く終わらせるぞ」
それは、驕りから出た言葉ではない。
単に必要な条件を述べたに過ぎなかった。
ここは前座。
太陽系での決戦に向けた最初の一刺し。
ただそれだけのこと。
そしてだからこそ、失敗は許されない。
銀河連盟軍は彼等を迎え入れたプロキシマ・ケンタウリ独立派の反乱軍、アベル・ギンペル率いる弁務官区駐屯軍らと共にA号コロニーを電撃的に占領していく。
奥行き100kmの真ん中に政庁は建つ。
つまり、コロニーの端から行動を開始した彼らは、50kmの進軍が必要となる。
「応戦しろ!!!裏切り者共を殺せ!」
トゥイオアネアは錯乱しているのか、喚き散らしていた。
自らの"完璧"と疑っていなかった策略。
その全てがいとも簡単に、嘲笑うように崩されたこの現実。
意見の相違こそあったものの、目的の一致している盟友とみなしていた存在の裏切り。
トゥイオアネアの足は既に地を離れており、現実感覚を抱けないでいた。
しかし、それでも彼は、現実に追いかけられる。
既に銃撃の音が窓越しに僅かであるが、響き始めていた。
彼は、窓の向こう、無機質で均一な灰色がかったコロニー都市に目を向ける。
私、私に唯一残された、私の、王国が…。
人類を支配する首都となる都市が…。
ガラガラと、ビル群が崩れていくような幻覚を覚え、トゥイオアネアは倒れるようにして椅子に腰を落とす。
「何処で…何故…アイツが何故、裏切った…」
銀河連盟との協調等、バカバカしい道を選びおって。
待っているのは、超国家主義の美名の下に、権限を制限される未来だろう。
プロキシマ・ケンタウリには何もないのだから。
奴等の言うがままになる。
だから、賭けるしかなかった。
それを、奴は理解出来なかったのだろう。
「閣下!」
まだ彼を、閣下と呼ぶ兵が執務室へと飛び入ってくる。
「どうした?」
「敵がすぐそこまで来ています!お逃げを…!」
「無駄だ。制宙権は奴等の手にある。
このコロニーは狭い。惑星のように、それこそ地表の下へと隠れるなんて芸当も出来ない」
「し、しかし…!」
「君は好きにすると良い。今更逃亡だのなんだの、無意味な話だ」
「で、ですが閣下は……」
兵は、トゥイオアネアが引き出しから取り出したモノを見て、息を呑んだ。
「裏切り者に囚われるのは、意地が許さん。
私には、元からこれ以上、失うものなどなかったのだ。
だから、私はここに残るよ」
下がれ、と兵は彼の口から聞いたこともないほどに穏やかな声色で命を受け、覚悟を悟った。
「さて…失脚はもう懲り懲りだ」
──数時間後。
プロキシマ・ケンタウリの政治的中枢は銀河連盟軍とアベル・ギンペルの兵によって制圧されていた。
「………」
アベル・ギンペルは突入した執務室で、椅子に背もたれ、騒がしい窓外に身体を向けるトゥイオアネアの姿を確認した。
ゆっくりと近付いた末、彼が呼吸をしていない事を知り、アベルは彼を正面へと向ける。
「毒、か…」
白い泡を口から漏れ出させ、ぐったりと動かないトゥイオアネア。
彼の死亡はそれから即座に確認され、その情報が広まったのを皮切りにプロキシマ・ケンタウリの敵対的起源国軍の全てが続々と降伏。
プロキシマ・ケンタウリは日付を越さぬ内にその殆どが陥落することとなったのだ。
統一暦244年(西暦2694年)4月10日のことであった。
「我々は銀河連盟がケンタウリ星系の政治的独立を保障する限りにおいて、貴方方の対起源国戦争に協力する用意があります」
基之はアベルの差し出した手を握る。
「本当に良いんですね?後戻りは出来ない、茨の道ですよ」
「ギャンブルよりは、艱難辛苦の方がまだ現実味がある。
それに我々は、宇宙のフィクサー等になりたいわけではないのでね」
「分かりました。では、互いの目的の為に。
つまり──」
「独立に」
アベル・ギンペルにはプロキシマ・ケンタウリの実質的掌握などいつでも出来る程度には同胞がいた。
しかしそれでも、ギャンブルめいた策謀を企む男と共に来ていたのは、ひたすらに、勝ち目のない絶望を避けるためだった。
つまり彼は、見出したのだ。
銀河連盟に勝機を。
プロキシマ・ケンタウリを焦土とすることも無く、独立を勝ち取れるかもしれない未来を、見たのである。
銀河連盟軍はついに、太陽系をその射程へと収めた。
しかし、これが勝利を決定付けるものでないことは、基之はよく理解していた。
結局の所、彼らの軍は未だに新造の艦隊を作れていない。
急ピッチで解放星系での建造は進んでいるが、艦隊一つ作るにはやはり年単位で時間感覚を保つ必要がある。
各星系解放時に接収した建造中であったり、修理、整備中であったりした艦は基之の率いる銀河連盟唯一の艦隊の補充に回されており、ゼロからの建造であるのも、時間を要する一因となっている。
状況はこれまでと変わらない。ギリギリの綱渡りをし続けるしかない、というわけだ。
「次を最後の戦いにせねばなりません」
プロキシマ・ケンタウリ星系。
その中心地であるA号コロニーに設けられた銀河連盟高等事務所。
起源国保安隊のビルが空いたので、そこを譲り受けたのだ。
その最上フロアにある会議室にて、基之は開口一番そう言った。
「最後の戦いになる、じゃなくて、しなくてはならない、なんだね」
ジョン・アレンが基之の言葉遣いに引っかかりを覚え、指摘する。
「ええ。最後の戦いになるとは断定は出来ませんから。
地球を陥としても、残る星系総督府の残存兵力が徹底抗戦をすれば、まだまだ戦いは終わらないでしょう」
ですが、と基之は続ける。
「我々にそれをやり切る体力はありません。
地球を陥とした後でさえも、これまでのような敗北の許されない綱渡りを後10回近くやらねばならないことになる」
「それはどだい無理な話でしょうね。
戦術、戦略的観点からも、ですが、士気という観点も」
新入りでありながら、既にその貫禄と能力によって幹部集団の中でも存在感を放ちつつある江 蘭啟(チャン ランチー)が息を吐きながら首を振り、肩をすくめる。
「私達、紅星からの参加組はともかく、古参のハヤブサ出身兵なんかは、疲労が溜まってきている。
それは艦隊を視察しただけで充分分かったわ」
一部の強靭な者、或いは現代にそぐわない狂人以外、戦歴を重ねる程にくたびれている。
食堂でも、紅星の者達は比較的元気に雑談を交わしたり、騒がしくしているが、ハヤブサ出身兵などはその多くが黙々とエネルギーを詰め込んでいるような状況になりつつあった。
それもその筈で、彼らは星系解放毎に休暇を取れるわけでもなく、宇宙を休みなく航行し、戦い続けてきたのだから。
艦には娯楽設備は完備されているが、それでは不十分な程に、追いつかないほどに、疲労が艦隊を覆いつつあった。
基之もそれは分かっていた。
ODによる搬送事例の増加等、幾つもの問題が報告されている。
無論、彼自身が艦隊を見回っての所感も含まれている。
居眠りをする兵。けんか等、揉め事の仲裁も増えていると、将校から泣きつかれたこともある。
しかし、半年だの1年だのと長い休暇を取るだとか、人員を入れ替えるだのだとか、そんな余裕はないのだ。
起源国に準備をされない内に戦わねば、各個撃破による星系解放が困難になってしまう。
だからこそ、解放星系には必要最小限しか留まることなく次へ、次へと戦いを続けてきたのだ。
「そう、だからこそ、です」
「これ以上は兵が限界だ。
確かに、プロキシマ・ケンタウリが協力してくれたことで幾らか艦を補充し、我々は2個艦隊分の艦船を充足させるに至りました。
しかし、それは装備の話。人は違う。
だからこそ、次を最後とせねばならないのです」
でもよお、と相変わらずなぜか混ざっている板堂が疑問を口にする。
「地球は起源国の首都だぜ?首都が堕ちれば諦めるんじゃねえの?」
「我々は国を落とされましたが、戦っていますよ」
「それは…」
基之はですから、と言葉に力を籠める、
「我々に必要なのは執政官の身柄です。
彼に降伏を宣言させれば、余程の連中以外は降伏に従うでしょう。
徹底抗戦を宣言されないように、徹底抗戦をさせないために、彼の喉元に刃を突きつけ、降伏を認めさせなければなりません」
余り取りたくはないですが、と前置きしてから基之はもしも、と口にする。
「執政官が自らの命を天秤に乗せられた程度では動じないようならば、野蛮な脅迫、地球人を、或いは彼にとっての国民を天秤に乗せてでも、認めさせる必要があります」
板堂が基之のそれを、ハハッまさか、と笑い飛ばす。
「自分の命惜しまない独裁者なんていないだろ。
お前の言う通り、喉元にナイフ突き立ててやりゃあ、ちびって降伏するだろ」
「だと良いんですがね」
板堂の楽観を受け流しつつ、ともかく、と基之は皆を見据える。
「皆さんもご協力を。
戦争を、終わらせに行きましょう」
同日
地球 アルワタンポリス
形式的な立法府に併設された巨大な国民演説会場。
その建物に併設されているのは議場の方、と起源国に反感を持つ地球市民に揶揄されがちな、高層ビル群の中でも、高さの割に埋もれることなく存在感を放つ。ドーム型の、古代ギリシア、或いはローマ、或いはルネサンスを思わせる過去への憧憬と、国家としての威信を併せ持つ威圧。
そのドーム型天蓋の中心部、その真下。
集められたアルワタン市民。
無論、政府が選び招待した、という意味である。
それと、軍人、保安隊員。
彼らが群れをなし、遥か高みにある演台を見上げている。
ゆっくりと、鷹揚に、視覚効果を意識した登場で演台に姿を現したのは、軍服に身を包んだ、起源国執政官 ジョルジュ・アース・ンガングガだ。
彼は、聴衆の小さなざわめきが収まるまでその声をもったいぶって一切発さない。
巨大な、ドームスタジアムが丸ごとすっぽり収まるだろう演説会場に、一瞬、静寂が訪れる。
その一瞬。
まるで、達人が木の葉の揺らめきを見極めて、真っ二つに斬るように、彼のよく通る、明朗な音声がマイクを通して、響き渡った。
『諸君。我々は認めねばならないだろう。
今、我々が一つの岐路に立たされていることを』
ンガングガが言葉を途切れされてなおも、会場はシン、と静まり返っている。
『銀河連盟を自称し、我々人類統一国家秩序に挑戦する叛徒が幾つかの星系総督府を占領している。
我々はこれを許すわけには行かない』
彼らは、とンガングガは聴衆を見渡す。
『歴史の針を巻き戻す愚行を犯している。
我々起源国は、地球市民社会を…いや、銀河市民社会を築き上げたというのに、古き、国家群による秩序を蘇らそうとしている。
放置しておくわけには行かない』
我々は、とンガングガは語気を強める。
『イェナ・アース・オクトール閣下が地球で築き、我々が成し遂げたこの人類統一社会!平和で、秩序のある、争いのない世界を!』
演台を拳で叩くようなジェスチャーでもって、彼は声高らかに宣する。
『壊すわけにはいかないのだ!』
『如何なる危機も!如何なる敵も!我々の団結の前には無力であると、示すのだ!』
手を広げ、群衆を見下ろしてからンガングガは天蓋へと視線を移す。
『叛徒共を討ち滅ぼして始めて、愚かな逆行を夢見る全ての愚人達の盲は開かれるだろう。
我々の正義を悟り、人類統一社会への統合が果たされるのだ』
おお、と保安隊達の固まるエリアから感嘆が漏れる。
『つまり…これは聖戦なのだ!』
再び語気を強めたンガングガは拳を胸の前に置き、姿勢を正す。
『起源国は、勝利する!これは目標でも、目的でもない!義務である!
人類の歴史に対する、責務であり、必然なのだ!』
軍人達のエリアから、喝采が上がり始める。
『さあ!国民諸君!立ち上がれ!
人類統一社会という、歴史の進歩の為に、我々は戦うのだ!
過去に縋り付く亡者を駆逐せよ!前進せよ!』
ンガングガは息を深く、深く吸い込んでから、敬礼と共に高揚を意識した声色を、響かせるのだった。
『Remember Origin!!』
台本通りの喝采、歓呼が会場を包み込む。
拍手、ざわめき、歓呼、敬礼。
やがてそれらは、「Remember Origin」の復唱に統一されていく。
幾度も幾度も繰り返され、そして、演出された高揚は、絶頂へと達する。
「「Remember Origin!」」
「「Origins Here!」」
全起源国中に届けられる映像となる、その完璧な光景に、ンガングガは満足感を覚えつつ、厳かな足取りで国民からの喝采を浴びながら、演台をゆっくりと、降り、最後にもう一度敬礼をし、去るのだった。
彼の最後の敬礼はつまり更なる高揚を生み出す材料であるべきなのだ。
つまり、群衆はこの後も数分に渡って、歓呼と敬礼を続け、主の去った会場で、熱狂を作り出し続けるのだった。