代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
僅かに時は遡り
統一暦244年(西暦2694年)3月29日
第十一星系 (旧バーラト連盟)
首府 ヴィシュヌ・アヴァターラ
第十一星系総督府交通局と商務局の同居する、"コロニアル"建築を模した、余りに趣味の悪い、支配の象徴としては最も適当にも思える15階建ての威圧的なビルディングが居座る通り。
守衛らに守られながら一人の男が道の端に停められている車へと近付いていく。
「連中はいつまでも現実を見ようとしないな」
気怠げにボヤキつつ、禿げ上がった頭を撫でながら政府高官専用者の後部座席へと乗り込んだ男は、ふうと息を吐き、煙草を取り出した。
彼は、第十一星系総督府資源局長 ロバート・クルメ。
第十一星系における平等派の首魁であった人物であり、現在は和平派の急先鋒として知られている。
彼は、公言はしていないものの、広くに噂として知れ渡っている事として、総督府を自治共和国とし、起源国を人類の連邦共和国へと改組する事を目指しているとされている。
それ程までに融和的であり、起源国の復讐イデオロギーとは相反している。
しかしながら、総督府の資源局長という重役にあるのは、一重に彼の、過去の功績によるものであった。
土星の衛星、エンケラドゥスから吹き出る水を利用して周辺の衛星に都市を築き繁栄したエンケラドゥスコロニー。
その地において発生した、増税と兵役拡大に反対するデモに端を発した反乱を、交渉によってのみ沈静化させた功が、彼の身を固く、守り続けてきた。
これまでは──。
「では、局長。本日はご自宅へ?」
「うむ。もう遅いし、直帰と行こうか」
「は」
運転手がアクセルを踏み込んだのと殆ど同時に、背後から複数のエンジン音が轟いてきた。
そして、眩いライトの光が車中を照らし運転手とクルメの視界を一瞬奪う。
そうして、複数のバイクが通りを爆走し、クルメの乗る乗用車とすれ違う瞬間、乾いた破裂音が幾度も鳴り響き、専用車の防弾も虚しく、鉛玉が車内を襲うのだった。
翌日。
ライアン・マルドゥーン大将は、現自由合衆国、つまり第十二星系から逃れた後、一時的に地球へ召還され、その後直ぐに、新任地へと移動となっていた。
その任地がこの第十一星系であり、旧インド、ヒンドゥー教徒を中心とした星系植民地である。
此の地は人口が、紅星と並び、地球外惑星国家としては最大級であり、それ故に起源国の統制が行き渡りきっていないことも手伝って、レジスタンスの活発な星系だ。
だが、ライアン・マルドゥーンの辣腕によって、レジスタンス組織の多くは追い詰められつつあった。
この日もまた、囮としてレジスタンス組織に潜入させていた部下が、保安隊の追跡をどうにか躱したレジスタンスメンバーの一人、として地方に潜むレジスタンスグループの尻尾を掴んでいた。
構成員の一人は捕らえられ、総督府の地下へ繋がれ、そして、ライアンはその男の前に立っていたのである。
「クソ野郎め…」
「へらず口を叩ける元気はあるようだな。上々だ」
至る所に痣を付け、血を滲ませるボロ切れのような男は、ライアンの姿を認めるや、そう吐き捨てた。
「さて。君には、二つ、聞きたいことがある」
看守から拷問器具を受け取りライアンは器具と男を見比べる。
「良いか?まず質問をしてやる。答えたくなければ答えなくても良い。
その場合は、答えたくしてやる」
「好きにしろよ。この虐殺者め」
「よろしい。それでは一つ目。
貴様はどうやってクルメ資源局長の行動予定を知った?誰からの提供だ?」
男は、しかし、口を一文字に結び、開く気配も見せない。
「二つ目。貴様は何故、クルメ局長を狙った?」
「クズ共を狙うことに理由なんているか?」
威力を自在に調節できる電流の流れる警棒のような器具でライアンは男を殴り付ける。
「野蛮人め。もう一度聞くぞ。
彼は和平派で、平等派だ。そんな彼を、どうしてレジスタンスの貴様らが狙った?誰からの情報を受けて?」
「……………」
電流で痺れて悪態を付く余力もなくっているようであったが、男はそれでも挑戦的な目をライアンへと向けていた。
「あんたは…全財産は可哀想だから、って財布だけは置いていく泥棒がいたら、ソイツを許すのか?」
「分かっていないな。逃亡者の罪というものを」
ライアンは演じる。
模範的な軍人を。保安隊員を。
全く起源国のイデオロギーを信じていない、というわけではない。
しかし、大将という地位は、否が応でも知ることになるのだ。
イデオロギーだけでは語れない、建前だけでは動かない、国を、人を。
しかし、起源国は掲げている。
復讐と人類の統一を。
例え国家がどれ程の危機にあろうとも、その起源国に仕える事で、自身を、家族を守ると決めた男は、仮面を外すことなどないのだ。
「君の論理で言うならば、地球という家の建付けが悪くなったからと、財産を持ち逃げし、それを持って新しい家をどこぞに打ち立てた君達の方が泥棒なのだよ」
「黙れ侵略者」
ふう、と息を吐いてから、ライアンは再び警棒を振り下ろす。
「がっ…」
「君が言うべきは屁理屈でも、子供じみた悪口でもない。
私の質問への、答えだ」
「……………」
「政争の道具にされているとも知らずに、律儀なことだ」
嘲笑うライアンの言葉に、男は目を見開く。
「何だと?」
「まさか知らずにやっていたのか?本気で?
貴様ら逃亡者に好き好んで同調する起源国軍人がいるわけがないだろう」
「………」
思わず反応してしまった自分を恨んでいる様子の男を無視し、ライアンは挑発するように続ける。
「大方、抗戦派が貴様らを利用し、和平派の代表者の一人であるクルメ局長を狙わせた、と言ったところだろうな」
「嘘だ…。そんな誤魔化しで喋ると思ったら…」
「信じようが信じまいが好きにすると良い。
ただ、まあ一つだけ教えておいてやろう。
クルメ局長は、私個人としては余り賛同できないが、総督府の権限を現地住民の参議会に委ねるべき、と主張されていた方だ」
戦略的見て、とライアンは嘲笑う笑みを向ける。
「彼を積極的に狙うよりは、私や総督を狙うべきだったとは思わんかね?」
それじゃあ、とライアンは看守に警棒を返した。
「続けたまえ。話したいという希望があれば私へ連絡を」
「イエスサー」
ライアンは歩み去ろうとするが、苦悶に満ちた、「待て」という声に、足を止める。
「話す。情報提供者のことを」
「良い判断だ」
─二日後。
統一暦244年(西暦2694年)3月31日
「マルドゥーン大将。エドワーズ大尉が死んだそうだな」
第十一星系総督、ヒューゴ・トロエルはどこか苛立たしげにその話題を切り出してきた。
「ええ。残念なことに。事故死ということらしく」
ライアンは動じる素振りを見せず、全くもってそうは見えない平板な声で応じた。
「…事件性は無かったのか?」
「残念ながら閣下。クルメ局長の時のような証拠はありませんでした。純粋に、不運だったのでしょう」
「……そうか」
確かに不運だったのだろう。
権力闘争に巻き込まれる形で、反逆の片棒を担がされるような真似をさせられたことで、死を受け取ったエドワーズという男は。
「しかし、保安隊司令としてどう思う?最近のレジスタンスの活発ぶりは」
「憂慮するべき事態です」
露骨な話題の切り替えに、ライアンは気付かぬふりを決め込み、当たり障りのない返答でやり過ごす。
「何を他人事のように言っているんだね」
「他人事だからですよ」
「何だと?!」
いきり立つヒューゴ総督に、ライアンはつまらなさそうに視線を下げつつ、言葉を向ける。
「レジスタンスに情報を流し、クルメ局長の暗殺を誘発した。そんな薄汚いた裏切り者のせいですから」
「貴様…!」
ヒューゴは何かを悟ったのか、ガタリと椅子から飛び上がり、ライアンを睨みつける。
しかし、威圧とは権威を認める者であればこそ効果を発揮せるものであり、ヒューゴが今更威圧を武器として振り回したところで、何の意味も持ちえない。
「政争よりも優先するべきことに目がいかないのであれば、貴方はもはや、不要な存在だ」
「言わせておけば…貴様」
ライアンは、動じることなく、ヒューゴの方へと一歩、歩み寄った。
「閣下。そう怒らないでください。
ええ。今のは建前ですから。私の望みはただ一つ。
それを叶えるのに、貴方が邪魔なのです」
「衛兵!衛兵!」
ヒューゴは虚しく呼びかける。
ライアンはしかし、呆れたような笑いで片頬を上げるだけだった。
「彼らは一足先に眠りについています」
「……!貴様、気でも触れたか?!」
「至って正気。最も確実に、私の本懐を果たす方法なのですよ」
では、とライアンが指を2回鳴らすと、それを合図に二人の軍人が総督執務室へと踏み込んできた。
「お喋りはここまで」
「国家に対する忠誠心はあると見込んでいたというのに!貴様はとんだ──」
彼の爆発は、硝煙と引き換えられた。
胸と、額に穴が空き、一瞬遅れて、鮮血が吹き出す。
「さて」
総督執務室へと踏み込んできた部下から自身の銃を受け取ったライアンは、ホルスターにそれをしまい込み、執務室を出るのだった。
辺りには、護衛の兵らが力なく横たわり、血の池を作り出している。
「閣下。現在連絡の取れる総督府の最高位は閣下となるようです」
そう嘯く部下の報告にライアンは小さく頷き、総督執務室と同じフロアに用意されている"執政官室"へと向かった。
執政官が訪問した際に使われる、という建前であるが、要するに執政官からの直接の使いが詰める部屋である。
そこで待っていた男に、ライアンは敬礼を向けた。
「Remember Origin!」
「終わったようだね。金龍会と繋がりのあった裏切り者の総督の排除。
執政官閣下もこの報告はお慶びになるだろう」
たた
芝居がかった言い様で男はライアンに笑いかける。
ライアンの方も、冷笑的な笑みでもって茶番に応える。
「…これで我々にとっての障害は消えた。
礼を言うよ、ライアン・マルドゥーン」
"我々"。とは無論、執政官の事を指しているのではない。
彼の属する派閥、或いは利益集団にとって、という意味である。
そして、ライアンの狙いはただ一つ。
家族の無事、安全の確保、だ。
総督は家族を任地へと呼び出せることが出来る。
人質のように家族を地球へ遺すよりも、総督府の顔として、"家族"の存在をアピールする事が求められるのだ。
古臭い家族観を復活させて久しい起源国において、高官が、市民の前に頻繁に姿を見せる、公人が家族も連れていない、というのは恥ずべきことなのであろう。
それ故に、というわけである。
最早、地球すらも安全とは言い切れなくなりつつある情勢で、ライアンはルイス・プラネットを離れた時から考えていたのだった。
家族を自分の下に寄越すには何が最善か、と。
そうして利害の一致した激しい派閥争いに少々首を差し挟み、障害を排除する代わりに、総督のポストを要求したのだ。
家族の無事さえ確保出来れば、ライアンにとっては他の要素は些事であり、協力者の思惑が奈辺にあろうと、何一つとして顧慮する必要性がない。
彼の本質はそこにあるが故に。
そして、だからこそ、ライアンと執政官の使いを演じる男は、互いに手を容易く握り合えたのであった。
この政変と、家族の確実な移送を叶えるため、ライアンは地球より要求されている艦隊の抽出をサボタージュしていることと、ヒューゴに忠誠心を持つ一部の駐留軍の抗議も手伝い、政治的混乱下にある第十一星系総督府は、来たるべき地球圏での決戦に向けた戦力抽出を行わなかった。
更に、その動きに、或いは、─"執政官の使者"がヒューゴ総督を悪人とする形で誤魔化したとは言え─ライアン・マルドゥーンのクーデターに対して、強いアクションを起源国執政府は示さないままに、ライアンが臨時総督と相成り、彼の目論見通りに事が順調に推移していくのであった。
派閥のバランスも大して考慮されず、現役軍人が総督となる前例の少ない措置も、大して注目されることなく、後任人事も決定された。
それも当然の事と言えるだろう。
なにせ、前例がゼロと言うわけではなく、起源国の執政府は、直前に控えた銀河連盟との決戦の準備に、そのリソースの殆どが割り振られているのだ。
そんな折に発生した植民地総督府の、裏切り者の罷免とその後任人事等、それを報せてくれた高官を臨時で据えて処理させる事が最善とまでは行かずとも、次善の策とは言えるだろう。
その上、こうした動きは、第十一星系、或いはライアン・マルドゥーンのように、露骨でも、規模も勝りこそしない、─当然、動機も異なる。─が、複数の総督府で確認されることとなる。
それ程までに、起源国は追い詰められている。
その証左が如実に、植民地統治に現れつつあるのだ。
執政官が最早、完全な植民地の統制を行えていない。
その余裕と権勢が失われつつある、ということでもある。
決戦を前に、起源国はその限界を露呈させつつあり、疲弊を顕にしている銀河連盟と共に、この戦争も終わりが近い事を、明瞭に、しかし、静かに、告げていた──。