代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第八十六話 オリジンⅠ

 

銀河連盟艦隊は、ついに太陽系まで数光時というところまで近付いていた。

 

太陽は他の星々よりは目立つ光度を艦隊へ送り届ける程になっており、宙域の中心がそこにあることを明瞭に告げている。

 

刻一刻と、戦場へと向かい行く彼らは、人類の命運を握っているという事実に、一種の昂揚を覚えていた。

元々の彼らがここまで来た理由。

それは、多種多様であった。

祖国の解放。起源国への復讐。自由の奪還。

 

それらは今、この瞬間だけは脇に置かれ、ただ目の前に待つ運命のみが、彼らを包みこんでいたのだ。

 

「恐らく太陽系圏内が戦場となる。

総員はそれまでに仮眠等の準備を完了させておくように。

標準時で明朝に、我々はエッジワース・カイパーベルトを超え、冥王星軌道を目標に侵攻する」

 

基之にはしかし、昂揚の欠片も無かった。

彼にとっては、義務を果たすための最後の戦いであり、彼の望んだ全てが失われた今、残された唯一の理由を求めているだけだったからだ。

 

しかし、その基之の態度は、決戦を前にしても揺るがぬ冷静さと事情を知らぬ兵士らには解され、結果として、嵐の前の昂揚に寄与していた。

 

頼もしき司令官と共に挑む、人類史に残る決戦。

それは、間もなく、始まろうとしている。

 

プロキシマ・ケンタウリ進発以降、ここまで起源国軍の兆候は一切なかった。

これはつまり、彼らの戦略が、防備の整った太陽系で確実に迎え撃つつもりであるということ。

 

軌道要塞や衛星基地を利用して、防衛戦を行うつもりなのだろう。

 

そしてもう一つ、敵に対する強行偵察すら行わず、徹底した秘匿による、戦力、並びに起源国軍の動向をブラックボックス化することに一貫している。

それはつまり、それを決断した者の意志が貫徹されるだけの統制が起源国にはまだ充分に残っているという証左だ。

 

やはり、一筋縄では行かないだろうな。

 

基之はただ冷たく、無感動に、先に待つ面倒事への対処を思考するのだった。

 

 

「閣下」

「戻ったかダヴド」

 

ンガングガは、既に日も沈み、辺りを暗闇が覆い尽くす中を、煌々と輝かせる夜景を下に、任から戻った秘書の呼びかけに応えていた。

 

「どうだ?和平派と抗戦派の様子は?特に、和平派だな。連中もさすがにここまでの事態とやなっては、そう我を通せまい」

「ええ。閣下の読み通りです。

ここで和平を呼びかけるなんて真似はさすがにできなかったようですね」

 

そりゃあそうだろうな、とンガングガは皮肉っぽく笑う。

 

「敵との決戦前に講和を呼びかけるなんてことはつまり、降伏と同義だ。

貴方たちとは戦いたくない、と言っているようなものだからな」

「だからこそ、本土での徹底的な抗戦を選択された、というわけですか」

「背水の陣だが、それだけの価値はあった。

派閥争いの沈静化には効果てきめんだったのだから。復讐か平等かなどには大した興味もないが、抗戦か、和平か、となれば話は違う」

 

我が国は、とンガングガは窓外の夜景に目をやり、呟くように言う。

 

「和平はもっての外だ。起源国の神話は、復讐と、統合主義の両輪で成り立っている。

どちらかならば最悪欠けてもやっていけるやもしれないが…。連中との和平。

つまるところ、"他国"の容認は、その二つを同時に喪う選択だ」

「つまり、我が国は建国の神話を丸々失うことになる…と」

 

ああ、と首肯しつつ、ンガングガは目を、街並みから、星々瞬く暗い夜空へと目を移す。

 

「そうなれば、起源国は崩壊してしまうだろう。

それだけは、避けねばならない。

唯一人類国家。人類統一国家。我々の偉大なる祖国を、歴史を、終わらせる訳には行かない」

 

さて、そういうわけだ、とンガングガは、ダヴドに遅れて戻ってきた執政官警護室長パトリシオ・ボルケの案内で入室してきた男へ微笑を向けた。

 

「貴官には太陽系特別連合艦隊総司令としてその辣腕を振るう事を、心の底から期待しているよ」

 

男は、ニコリと笑い、それから勇ましく眉と口を結んでから、均整の取れた、模範的な敬礼をして見せる。

 

「はっ!お任せ下さい。閣下。ご期待には必ずや。

我々唯一の祖国の為に。我等が起源の為に。

そして、我が学友、夜影の無念を晴らすためにも、奴等叛乱軍に、鉄槌を加え、この動乱に終止符を打ってご覧に入れましょう!」

「夜影──。そうか、貴官は彼の同期だったな。

頼もしい事だ。士官学校の首席にして、最年少の提督となった男。マルワン・イスカンデル大将」

 

貴官の名が、とンガングガは鷹揚に言葉を紡ぐ。

 

「新聞や経歴書等ではなく、"起源国の歴史書"へ書き加えられる事となる勇戦をこそ、私は望む」

 

彼は彼の言葉の意味を理解し、瞬時に一種の昂揚を湧き上がらたせたようだった。

そして、再び敬礼を。

今度は、均整よりも、熱意と衝動を表現するかのように、勢いを持って、起源国の執政官へと向けた。

 

「Remember Origin!我等が唯一の祖国の為に!」

 

 

統一暦244年(西暦2694年)4月20日

太陽系外縁部

エッジワース・カイパーベルトの内側。

 

銀河連盟艦隊は遂に、起源国の本土と言うべき太陽系へと足を踏み入れた。

名誉起源民としての地位を高めてきた祐輔はついぞ見ることのなく終わった星域へと、基之は辿り着いたのだ。

 

そして、地球という人類の起源の土地を制圧し、この長く続いた悪夢に楔を打ち込むべく、彼は、喪われた全てを誤魔化すように、前を見上げる。

 

「さあ!作戦開始だ!総員!気合を入れろ!ここが天王山。起源国の艦隊を沈め、我等の自由を、取り戻すのだ!」

 

銀河連盟艦隊は基之の宣言を合図に、作戦の第一段階へと移行するのだった。

 

─太陽系 海王星外軌道第一要塞─

 

軌道要塞。

太陽系のエッジワース・カイパーベルト内側から火星─土星間の小惑星群までの星域にある各惑星軌道間のラグランジュポイントに建設された、軌道上を周回する要塞群の総称である。

 

各軌道に、三つの要塞が建造されており、死角を作り出さないよう緻密な調整によって小惑星群内の、火星、地球といった最重要惑星を防衛しているのだ。

 

その最外、天王星と冥王星間に建造されたこの基地は既に銀河連盟艦隊の接近を感知しており、駐留分艦隊を迎撃に上げていた。

 

起源国の防衛方針は、各基地に最低限の防衛戦力を残す事で、順に攻略をせざるを得ない状況を作り出すことによる遅滞戦術である。

 

時間は起源国の味方である事は、未だに変わっていない。

幾つかの星系総督府は種々の事由により、戦力を総督府の維持に回さざるを得ない状態にあるが、それも時間さえ経てば、ある程度は改善される。

つまり、時間が経てば経つだけ、起源国側の戦力は増強されるのだ。

 

だからこそ、銀河連盟にとっては背後を突かれかねない脅威として軌道要塞を遺す事での防衛を行う事に決めたのだ。

 

しかし、基之ら銀河連盟はプロキシマ・ケンタウリという形式上は起源国本土と同等の扱いであった地を既に抑え、太陽系の防衛設備等にある程度精通するに至っている。

 

全くの未知であれば、愚直に起源国の策にまんまと乗る以外の方策はなかったであろう。

 

だが、銀河連盟はある程度、起源国軍の動きを情報によって想定する事が出来ていた。

 

無論、完全なものではないが、それでも軌道要塞の対処は余程の無能でなければ考えねばならない事だと理解出来るだろう。

 

「大佐殿!」

「どうした?!」

「複数の遷光速反応!無人機かと思われます!」

「何?!単座戦闘機で迎撃しろ!」

「し、しかし!この速度では…!」

 

軌道要塞の司令部は真っ直ぐに要塞へと向かい来る反応による混乱が充満していた。

 

彼らの要塞に向かいくるは、継続的運用を完全度外視し、小型核爆弾を搭載し、更にロケットエンジンとクラウディオ鉱を用いながら、ワープ機構を排除したエンジンを併設した特性の亜高速ドライブによって、既存の全ての艦艇を超える速度を実現した人工衛星だったものたちである。

 

開戦の狼煙を上げたのは、彼らであり、そして、彼らの製作者達は、明子率いる研究チームであった。

 

スペースロボティクスの専門でもあるカルミネらが知見を共有したことで、彼女らの研究は爆発的に進展したのだ。

その上で、彼女らが選んだ道は、力押し、言うなれば、ゴリ押しであった。

 

幾ら知見を得ようとも、資金力と長い経験という差を埋められない以上、"この戦争に勝つこと"のみを考えた時、何が必要か。

それは、継続的な運用に耐える何かでも、世界の歩みを速めるような発明でもない。

 

技術者として彼女らは、新技術と呼べるものを確立させたいという欲求はあった。

それによって戦争の趨勢を左右したい、と。

 

彼女らは、割り切ったのだ。

技術の確立ではなく、既存技術の無理矢理な応用でもなんでも、とにかく、必要な事は、この戦いに勝つことなのだ、と割り切った。

 

そうして、基之の構想を確実に実行するために最も適した形で、この人工衛星群に搭載された、キメラと言うべき機構を開発したのだ。

 

ロケットエンジンは宇宙空間に母船から離れてすぐの加速用。

その後は、段階的にエンジンを、古めかしいロケットのように切り離して加速を続け、最後にクラウディオ鉱の使い捨てドライブで爆発的に、そして、侵攻報告を変えることも出来ない、隕石となるよう、最終加速をさせる。

 

極めて精緻な軌道計算と完璧な発射タイミングが求められるが、そこはカルミネの会社がクリアさせた。

彼らの技術は、運用のされ方こそ戦争と直接関係はしていないが、少しのミスが死に繋がる宇宙空間でのもの故に、"精緻""確実性"、そうした面において、右に出る存在は少なくとも銀河連盟にはいなかったし、起源国においても、上回る者はいなかっただろう。

 

要塞の存在を感知してから、クルスス・プブリクス・カンパニーの人工知能を利用した計算によって、軌道を導き出し、人工知能の補助によって、完璧に近いタイミングで射出された。

 

誤差は理論上、全く無視出来る微小なもの。

 

人工衛星の隕石群が総面積で月の半分はあるだろう要塞へ衝突するには、全く問題のない軌道であった。

その上、ロケットエンジンが残っている間は、僅かながら調整が可能だ。

 

最終的に人工衛星らは、複数の巨大建造物が触手を伸ばすように繋がる、往時の宇宙ステーションを超巨大化したようなそれの、司令部こそ外れたが、居住部に直撃する。

 

居住部からは既に駐留軍人らの家族等は退避していたが、ローテーションでの休息を取っていた兵士らは、瞬時に、溶鉱炉の如く変わった居住部で、焼かれ、溶かされ、死んでいった。

 

「隔壁を閉鎖しろ!」

「やっていますが…!ダメです!隔壁の機構がやられているポイントがあります!」

「…っ!ならば切り離せ!居住部は捨てる!」

「し、しかし、大佐。多くの戦友が…」

「救助は不可能!割り切れっ…!」

「……。はっ!」

 

苦渋。

しかして、居住部と機関部を繋ぐ経路は切離され、それによって生じた慣性は、エンジンを失った居住部を運び、ラグランジュポイントからも、軌道からも逸れさせる事となる。

 

溶け行く、熱の塊は、その内何処かの惑星の大気へと吸い込まれる事だろう。

 

そうしてどうにか一旦は難を逃れたかに思えた要塞。

だが、これで攻撃が終わるはずもなかった。

 

「くそっ!なんなんだあれは?!隕石か?!」

「分析によると人工衛星のような形状をしていた、と」

「バカを言え!人工衛星があんな速度を出せるものか!……まさか、敵は新型の無人攻撃機を…?!」

「…大佐殿!!第二波…来ます…!」

「なっ…!迎撃…いや!連結部を全て切り離せ!少しでも被が──」

 

爆炎が司令部のメインモニターに写し出された外部カメラからの情景を包む。

一瞬遅れて、振動と、轟音が轟く。

 

宇宙空間には存在しない音は、基地内部にその被害を伝播させた時点で、発生する。

 

その遅れは残酷なまでに彼らの運命を直接的に示し出していた。

 

動力部に、爆風が届いたのだ。

 

アラートと隔壁閉鎖の通知。

そして、敵艦隊が要塞分艦隊と接敵したことを示す連絡。

これらがメインモニターに現れるが、それを見れた者は、要塞にはいなかった。

 

動力部の破損により、その一瞬後、核融合炉が暴発し、要塞の全てを、核爆発が覆ってしまったのだ。

 

 

そして、分艦隊はでは、真正面から銀河連盟軍と戦えたのだろうか。

残念ながら、彼らもその本懐は果たせないで終わる。

 

余った人工衛星群による陽動。

その後、混乱から立ち直る前に基之率いる本隊が正面から分艦隊を相手取り、彼らのリソースを奪い取ってから第二艦隊が後方で薄く、球状の膜を張るように広がり、包囲する。

 

これによって、消耗を最小限に抑えつつ、一つとは言え、要塞戦力を無力化するに成功。

 

残る二つの海王星外軌道要塞は、殆ど同じ先住によって沈黙させられる。

超光速通信が戦闘の詳細を告げる頃には、既に人工衛星群は要塞へと到達しており、対策を立てる時間など与えられなかったのだ。

 

太陽系への侵入を果たし、海王星軌道までを起源国から奪い取った銀河連盟は、次なる攻勢に出る。

 

起源国はこうも早くに一つの軌道防衛ラインが突破されるとは予想していなかっただろう。

時間稼ぎ、としての目的は然程果たせず、要塞は墜ちた。

だが、消耗を強いる、という目的に関しては、ある程度成功していると言えるだろう。

 

人工衛星隕石は無限ではなく、幾ら包囲殲滅戦術を完璧に成功させたといっても、被害ゼロとは行かない。

 

このまま要塞攻略を強いられれば、銀河連盟はじわりじわりと、消耗していくことになるだろう。

 

基之の第一撃の作戦は完璧に成功した。

そして、起源国はその戦略目的を多少なりとも達成しつつある。

 

海王星軌道上の勝敗は、未だ両者の趨勢を決するものには、なり得なかった。

 

 

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