代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
銀河連盟艦隊は、海王星軌道を踏み越え、土星軌道に到達。
土星には、太陽系唯一のクラウディオ鉱産地、衛星 ムスベルヘイムが存在している。
その為、他のミマス、レア、タイタンといった主要な衛星の地表や軌道上、そして土星そのものの衛星軌道に乗っている要塞が幾つも建造されており、ここを無視する事は殆ど不可能と言っていいだろう。
艦隊戦力が殆ど出払っていたとしても、充分に後背を脅かし得るのだ。
「だが、悠長に攻略をしている暇はない」
基之はここが太陽系攻略、第一の鬼門であると認識していた。
「まずは土星に残っている敵航宙戦力を壊滅させることが最低限だ。
第一艦隊はこのまま、敵要塞の射程範囲ギリギリまで前進。
第二艦隊は上昇し、敵航宙戦力を誘引」
無論、このような分かりやすい誘いに乗るような無能が太陽系に配置されているとは考えにくいが、別の方策に繋がる動きのついで、である。
土星圏最大の要塞。
サトゥルヌス。
直径数キロメートルはあるだろう衛星等よりも遥かに巨大な人工物。
ここには数多の核ミサイルや単座戦闘機。
そして数隻の宇宙戦艦が停泊している堅牢な守護者である。
この要塞、或いは同規模の土星軌道の軌道要塞を無視すれば、背後から射程の広い核ミサイルが飛んでくるだろう。
無論、数発だとかそんなものではなく、数十、数百のものが、だ。
「やはり引っかかってはくれないか」
要塞手前で戦力を分散するという甘味な餌に起源国軍は釣られることなく、ただ沈黙と共に、土星に座する。
基之は次の作戦に移ることとした。
まず、上昇させ、サトゥルヌスを見下ろすような位置に移動していた第二艦隊が単座戦闘機を進発させ、要塞の武装射程圏内へと突入。
必然、要塞は応戦せざるを得ず、レーザーやミサイル飛び交う宙域が、僅かの時間に形成される。
当然、要塞からも単座戦闘機は出撃し、ありふれた乱戦模様が訪れる事となる。
あちこちで発生する爆炎は球を作り出し、ほんの一瞬の光として宙域を照らす。
明滅する空間。
レーダーはその全てを捉える。
しかし、それを認識する人間が、全知となることはない。
起源国は特に、自動化ではなく、人を介するシステムを構築しているが故に、そうした穴はあちらこちらに存在しているのだ。
本来は人に委ねることなく、全てをAIに任せて問題はない。
技術的には容易ですらある。
だが、人を介在させねばならないのだ。
起源国の有り余る人的資源を無職の不安定化要因として放逐する事のないように。
基之は、それを突く、
残った数十の無人機を、爆炎と単座戦闘機の混ざり合う宙域へと高速で侵入する。
無論、レーダーはそれを感知するが、優先度は不明であるが故に、人の判断が必要となる。
そして、それがために数多のアラートの中に埋もれていってしまう。
結果として、彼らが気付いたのは、レーダー等の観測機器がその正体をある程度掴み、殆どの対処が手遅れとなった、或いはなる直前に、最優先事項として要塞司令部に伝えるまで、無人機群は悠々と宙域を飛行していった。
戦闘中の単座戦闘機乗員が肉眼で、そのかつて人工衛星であったモノを判別出来るまでに肉薄するような状況はほぼなく、仮に出来たとしても、通報する余裕のある者がその偶然に出くわす可能性はほぼゼロに等しい。
3年も経たぬ月日の内に、宇宙戦争は当たり前の現象となってしまっているが、本来、起源国にとって、宇宙軍とは、自らよりも劣る軍事力を押し潰す為のシステムであった。
それが故に、一部を人力に頼る、という油断としか言いようの無い仕様であっても何ら問題は起きなかった。
そして、今やそれが仇となる現状ではあるが、ほんの僅かの間にそれらを改善し、全ての艦船を改修するなどは不可能。
結果、彼らは人間の能力の限界、という何よりも大きなセキュリティホールを突破されることになったのだ。
サトゥルヌスは無人機の突貫を受け、各部が炎上。
小規模な爆発が続き、銀河連盟の航宙艦、その船外を写すカメラは、要塞での爆発によって宇宙へと吸い出されていく、ゴマ粒のような人々を捉えていた。
要塞の司令機能を喪失、或いは著しく減衰させてから、第二艦隊と第一艦隊は半包囲の形状を取りながら距離を詰める。
残った、数隻の艦船をただ無様に鉄屑となすぐらいならば、と現況で基地の指揮を執る者は判断したようだ。
それら、基之ら銀河連盟にとっては、想定通りの動きであった。
最後のあがきとばかりに出撃をした艦船は、しかし、発進口を2方向から射程に収められており、出撃とほぼ同時に砲火の嵐を受けることとなる。
そうして上がった爆炎は、ただの安っぽい意地によって消費された生命と共に宇宙の闇へと消え去るのだった。
「勝利。…机上の論理であらゆる兵器を作ってきたことは驚嘆には値するが、やはり、それが故に実戦になると脆いな」
特段の感慨もなく、基之は呟き、命じる。
「ここまでは前座だ。さあ、小惑星を踏み越え、地球を陥とすぞ」
統一暦244年(西暦2694年)4月22日。
起源国 首都星 地球 カリブ自治政府首府 バハマ近郊
バハマの街から少しばかり離れ、緑の目立つ、旧世紀を彷彿とさせる寂れた街並み。
小さく、低階層の家々が居並ぶ中に、申し訳程度のネオンが光る小さなバー。
その従業員スペースから繋がる地下空間の一室。
そこに集う人々は、待っていた。
一つの報せを。
たっぷり一時間、彼らはまんじりともせずに運命を決する、一片の、暗号文を待ち続けた。
そして、それはやって来た。
幾つもの細胞組織を通して伝えられた暗号文はついに組織の脳髄へと届いたのだ。
「サトゥルヌス、陥落!」
暗号化された、ネズミからの速報。
ついに、銀河連盟軍は太陽系へと侵入し、土星の軌道すらも制圧した。
そういうことに他ならない。
興奮気味に読み上げられたその報に、一瞬、部屋は沸き立ったが、直ぐに彼らは冷静さを取り戻す。
そして、アイコンタクトを取り合い、何人かは頷きあうと早々に退出し、持ち場へと戻っていった。
残った人々も一通り感動を分かち合った後、真剣な面持ちで会議に戻る。
「これは我々にとって最後のチャンスでしょうねえ」
代表者らしき初老の紳士然とした男は小さく呟いた。
「はい。今こそ、潜伏している同胞らに決起を促す時ですな!」
「独力で叶えることが能わなかったのは口惜しいですがね…」
「自由と平等の前には些事です。さあ、皆さん、始めましょうか」
彼らは地球連合共和国時代において、与党を担ったこととある地球市民党の残党。
起源国…否、地球における唯一の組織立った反起源国、民主主義勢力である。
彼らの失策が起源国のヘゲモニー政党、起源統一党が力を得るに至った理由の一旦を担っている。
しかし、既にその時代は100年以上も前であり、今やそうした過去の過ちの"記録"等よりも、ただひたすらに、弾圧を受けようと、壊滅状態に陥ろうと、決して旗を折ることのなかった英雄達として、反起源国的な地球人達から根強い支持を得続けていたのだ。
そして彼らは、今や土星を陥とし、地球圏へと王手をかけた銀河連盟に呼応し、地球で大規模な反乱を起こすつもりである。
銀河連盟に頼っているという側面は無論ある。
しかし、最も重要なことは、"地球人勢力の貢献"である。
この機を逃せば、恐らくもう二度と、数百年生き延びてきたとは言え、細々とした弱体の彼らに勝ち目はない。
故に、銀河連盟の敗北の可能性を考えるのは無駄な行為だ。
そして、銀河連盟の勝利を前提とした場合、"地球市民"が彼らの勝利に僅かでも貢献した、という事実を作ることは、戦後の地球市民の立場を守ることに繋がる。
ここで戦うことは、例え地球市民党の命脈が絶たれようと、後々、地球市民の為になる。
それこそが、今、蜂起を成さんとする理由であった。
初老の紳士、現地球市民党党首である、エンリケ・ホセ・がレシアは皆を取り纏める調停者であった。
血気盛んな若者や慎重さに残りの人生全てをかけているような敗残兵。
必ずしも民主体制の樹立を志向している訳では無い勢力。
様々な人々と妥協し、共闘を維持してきた男である。
彼の柔らかな声音に、幹部達は全幅の信頼を置いていた。
彼無しでは、地球市民党に曲がりなりにも叛乱を起こすような力を残す事も出来なかっただろう。
支持が広がっているとは言い難いが、しかし、それでも彼らはいるのだ。
起源国そのものもに反対する、地球の人々が。
「しかし、彼らは小惑星帯を突破してくれるでしょうか」
側近の一人が口にした懸念。
確かに、彼の心配も尤もなことである。
土星陥落と同時に、小惑星帯へと起源国艦隊が向かった、という情報も上がってきていたのだ。
小惑星帯には機雷も敷設されるであろうし、既に距離は縮まっており、ある程度の針路予測も可能。
そこに戦力を集中させれば、一種の塹壕のようになるだろう。
小惑星帯での全面対決となれば、お互い勝敗は中々付かない泥沼となる事は予想出来る。
そして、そうなれば、未だに援軍を進発させる事が出来ていない星系総督府や、漸く地球に向けて動き出せた艦隊戦力が援軍として到着する。
それは正に、最悪のシナリオだ。
しかし、エンリケはその心配を然程してはいなかった。
微笑し、側近を安心させるように、彼は言う。
「大丈夫さ。そうはならないよ」
「なぜ、言い切れるのです」
「簡単だ。小惑星帯に正面切って突入する理由が銀河連盟にはない。
あんなもの、多少遠回りして避けてしまうのが一番良い。
天頂方向にでも飛んで、避けられてしまえば、むしろ起源国が小惑星帯に戦力を集中させること、余りに愚かしいこととなる」
「ですが艦隊が向かっているという情報がありますが…」
確か、とエンリケは資料を取り出して頷き、満足げに微笑するのだった。
「やはり、旧型艦ばかりだ」
──それがどうかしたのか?
という坂堂による恒例の疑問に、基之はつまるところ、と笑ってみせる。
「連中は小惑星帯に我々が馬鹿正直に乗り込むとは思っていない、ということです。
しかし、だからといって何も対策しないわけには行かない」
「万一、私達がバカをやったのに、そのチャンスを不意にするようじゃあ余りにも勿体ないものね」
「──つまり?どういうことだ…??
戦力を分散させるのは愚策、ってよく言ってるじゃねえか。これって分散じゃねえの?」
「だからこそ、旧型艦や解体寸前の艦を利用して編成した臨時混成艦隊を小惑星帯に配備したのでしょう」
起源国は、と基之は星図に立てられた敵艦隊の意味を示すミニチュアホロ艦隊を眺めながら、続ける。
「戦力を掻き集めたのでしょうが、旧型艦も二世代も前になれば、現役のものと艦隊行動を共にすることが困難になります。性能差でね」
「むしろ足手まといになる、というわけだな」
ジョン・アレンが合の手を入れつつ、基之の立てる戦略に基づいた艦隊シミュレーションの起源国役としてホロ艦隊を動かしていく。
「ですね。そうなるくらいなら、いっそ小惑星帯の配置に使うのが合理的だ。
もしも万が一、我々が馬鹿正直に正面切って乗り込んでくれば、旧型艦とはいえ、小惑星帯という塹壕を利用すれば、それなりの遅滞と、損害を与える事が可能になるでしょう」
基之もホロ艦隊の陣形を変更しつつ、苦笑する。
「使い捨てで、もし上手く行けばラッキー、な存在なのでしょうね」
「どうせ同時に運用は出来ないのなら、持ち腐れとするよりは、良い運用法ではあるな」
「使い捨てにされる人命の事を思えば、倫理を無視すれば、ですけどね」
そして、と基之はホロ星図のホログラフィックで作り上げられた地球と、その前に陣取る大艦隊を睨んだ。
「本隊は、どうあっても迂回する事など出来ない、月の軌道近辺で待ち構える。
単純ですが、確実だ。こうすれば、裏をかかれて慌てふためく間に地球への侵入を許す、なんてことにはなり得ない」
その上、と基之は自らが動かすホロ艦隊に目を落とす。
「正面対決というのは、我々にとっては余り望ましい類のものじゃない。数の差から言っても」
しかし、避けることも出来ない。
基之はそれをよく理解していた。
だからこそ、これまで奇策によって翻弄したり、巧みに正面対決を避けたりとしてきたのだ。
だが、最早、それもここまでだ。
無論、可能な限りの策は用意するが、ホームグラウンドではない以上、仕込める奇策などたかだかしれている。
そもそも、絶対数で負けているのだ。
陣形を自由自在に動かし、相手を翻弄するような過去の戦いも参考にはならない。
それは、自軍の被害を無為に拡大するだけだろう。
少なくとも、多用出来る手ではない。
恐らくこの戦争における、最後の宇宙戦は、望むと望まざるとに関わらず、一騎打ちかのような、正面対決でもって、その火蓋を切らざるを得なくなったのだ。
形勢は不利。
そもそも兵員達は連戦の疲労を癒す暇もなかったのだ。
その上数でも劣っている。
状況は最悪…。
少なくとも、勝利を確信出来るような状態ではない。
それでも、と基之は、星々の海と漆黒の中に移る、少しばかり大きな赤い光と、その奥に見ゆる、小さく青い光を真っ直ぐに見据えるのだった。
勝たねばならない。
喪った全てを取り戻せる訳では無い。
それでも、もう、これ以上、俺と同じ悲劇を、繰り返さないで済むように。
俺が、ここで終わらせるんだ。
絞り出した熱意で、彼は、自分自身を無理矢理にでも奮い立たせるのだった。