代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか-   作:ライト鯖

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第八十八話 力戦

 

小惑星帯に送られた旧型艦による混成分艦隊の運命は、悲惨なものだった。

起源国も予想していた通り、まともに小惑星帯をゆっくりと進む、なんて真似はせず、銀河連盟軍は一度太陽圏から天頂方向へと脱出し、そのまま小惑星帯の近辺で待機していた混成艦隊に向け、急迫し、一気に撃墜していった。

 

放置すれば、背後を突かれかねない程度には戦力がある中途半端さ故に、彼らは無視されることもなかったのだ。

 

こうして、銀河連盟艦隊は起源国の混成艦隊による決死の抵抗によって小型艦一隻が僅かな損傷は受けたが、殆ど損傷なく、混成艦隊を沈めたのだった。

 

「さすがに敵さんの士気が違うな。

これまでの相手なら、型落ちの艦隊相手に傷を負うこともなかったろうけど…」

 

基之は徐々に後を失いつつある起源国艦隊の士気上昇が、想像していたよりも遥かに、戦局へ影響を及ぼし得る可能性を知り、乗員らには悟られぬように、しかし、頬に一筋の汗を走らせていた。

 

「だが、これで地球は目と鼻の先!」

 

銀河連盟の側も士気は上々。

彼らとて、自由と独立、解放を真にもたらすだろう勝利を、求めているのだから当然だ。

 

 

月軌道圏──。

 

「執政官閣下はこの艦隊全ての乗員に期待をかけておられる!

貴官らの奮戦、勇戦、そして勝利で以て、閣下に応えてみせよ!」

 

銀河連盟艦隊の接近を知り、既に配備の終わっていた太陽系特別連合艦隊の総司令たるマルワン・イスカンデルは将兵らに無線で呼びかける。

 

「この戦いこそが分水嶺!これまでのあらゆる戦闘は前座とさえ言い切ってしまっても良い!

我々が勝てば!連中の下らない茶番と叛乱は終わる!」

 

負ければ、等と彼が口にすることはなかったが、しかし、冷静な軍人としての彼は、それを想像せずにはいられない。

 

ここで負ければ、特に、敵銀河連盟が僅かでも手勢を残して我々が負ければ──。

 

地球を人質に取られる以上、他の星系から到着してくる援軍は全て無意味となる。

下手をすれば、単に各個撃破の憂い目に遭うだけやもしれない。

 

周りに悟られぬよう、小さく、彼は首を振る。

 

それだけは合ってはならない。

我々が許容出来る最悪とは、つまり、相打ちまでだ。

銀河連盟軍も全滅すれば、此方は全滅しても、援軍が立て直し、戦力の殆どを喪った叛乱星系を再制圧出来る。

 

「諸君!諸君らの生死は我等が祖国の未来を決しない!しかし、我等の勝利は、我等が母国に永劫なる栄誉をもたらすであろう!」

 

短く、しかし、力強い、彼ら全てに使命を思い起こさせる演説。

彼は、お決まりの、そして、起源国のイデオロギーでもって、演説を締める。

 

「Origin's here!」

 

乗員らは敬礼し、高揚と共に、司令官に聞こえると聞こえないとに関わらず、全ての艦で、答礼の、歓呼が行われた。

 

「Remember Origin」と──。

 

 

銀河連盟でも同じであった。

 

基之は、怨敵を前に、兵らへ呼びかけていた。

 

「皆、ここまで本当によく付き合ってくれた。

あともう少しだ。ここを勝てれば、俺達は故郷に帰ることが出来るし、その故郷は、自由な、解放された地となっている。

大切な人が待っている者も多いだろう」

 

だからこそ、と柔らかな口調が、艦隊に響く。

 

「皆、生きて帰ろう。

俺は、可能な限り犠牲を少なくする事が仕事だ。

そして、皆は、生きて、勝つことが仕事だ」

 

綺麗事。おためごかし。

死者は必ず出るだろう。

負傷者も勿論。

大切な者を残していく事になる。

しかし、それでも、彼らは基之を信じていた。

 

ここに来てもなお、美辞麗句で死を崇拝しない司令官なればこそ、彼らはここまで付いてきたのだから。

 

「皆、力を貸してくれ。我らが祖国に、勝利あらんことを。そして、皆の故郷に、安寧あらんことを」

 

自由万歳だとか、独立万歳だとか、そうした歓呼を呼び起こすことを、基之はしなかった。

そうした扇動は最早不要と確信していたということもある。

 

しかし、最も大きなことは、起源国との差異を強調するためでもあった。

この演説は、地球にも電波ジャックによって僅かの時間であるが流された。

 

恐らく、尊大な言い回しで多彩、かつ、傲慢な修飾語。

これらに塗れた起源国内で、異彩を放つ必要があったのだ。

 

故にこの先の出来事は、基之の計算の埒外ということになる。

 

──解放を!勝利を!平和を!。

 

誰が叫んだのか、自然発生的に広まっていった歓呼。

艦によって、平和が平等だったり、解放が自由だったりと少しずつ異なるが、彼らの高揚が、司令官への敬意が、生み出したのだろう。

 

両者が求めるものを叫び、一体となってから数時間後。

 

統一暦244年(西暦2694年)4月24日

 

標準時ではまだ朝とも言えない深夜。

地球の日本に伝わる古来からの言い回しによれば、丑三つ時。

 

両艦隊はついに、肉眼でその艦隊が発する光を視認可能な程に接近した。

 

「撃て!」

──両軍の司令官が発した命令により、殆ど同時にレーザーが1光秒の世界を征服し、駆け抜け始める。

 

雨粒の如き密度で飛び交うレーザー。

あられのごとく行き交い、球状の爆炎を量産するミサイル。

 

正面対決、と言える、奇策も奇襲もない、つまらない、特徴のない戦闘によって、最終戦争の火蓋は、切って落とされたのだった。

 

徐々に距離を詰めつつ、両軍は攻撃の手を緩めることはない。

 

こうした真正面からの戦闘となれば、銀河連盟の方が圧倒的に不利である。

銀河連盟は2個艦隊。

 

対する起源国は、夜影の敗北によって数を減らした地球駐留艦隊半個、各星系総督府からこの事態へた至る以前から少しずつ抽出していた合同艦隊一個。そして、各星系総督府の内、比較的余力のあった総督府から送られてきた更なる増援が2個艦隊。

 

凡そ三個半の艦隊が銀河連盟を待ち受けている。

今の両者の火力主義的な戦闘の結末は、何もしなければ明白だ。

 

それは、連中のレーザーやミサイルの密度を見ても明らかだ。

 

マルワン・イスカンデル大将はしかし、そう考えながらも、何処か違和感を拭いきれずにいた。

 

妙だ。

 

どうやら、その思考は口をついていたらしい。

オペレーターの一人が不思議そうに振り向き、「計算上、過誤はないかと思われますが…」と指揮台を仰ぎ見る。

 

「つまり、敵の保有戦力からすると凡そ計算通り、というわけか」

「は。…さしもの日野基之も、知略の樹に限界を迎えたのでは?」

「奇策の実を付けられなくなった、というなら結構なことだが…!」

 

マルワン・イスカンデルはそこで違和の正体に気付く。

 

「弾道を詳細に分析しろ!」

「は…」

 

何が何だか、とポカンとするオペレーター達に再度、彼は命じる。

 

「命令だ!AIにここまでの全弾を分析させろ!」

「は、はいっ!」

 

戦闘補助用のAIは人の仕事を奪う。

それ故に、艦の業務には人の手が介在するようになっていた起源国は、この危急の事態にあっても全てを改修する事は出来なかった。

だが、一部の艦は当然ながら、改修が間に合っている。

 

この太陽系特別連合艦隊の総旗艦である"アルワタン"は最新鋭の設備を整えた数少ない艦の一つだ。

 

つまり、AIは最新鋭であり、その計算速度は人間等足下にも及ばない。

 

それが導き出した分析結果は、イスカンデルの目を見開かせた。

 

「不味い!これは──」

 

イスカンデルは陣形を分散した形へ変えるよう指示を出したが、理由の説明は当然間に合わない。

それはつまり、意図不明の命令をこなすということになる。

 

それも手伝うことにはなったが、そもそも急な陣形変更には時間がかかるものだ。

 

「レーダーに反応!こ、これは…遷光速飛行…?!」

「っ…何?!」

 

彼の想像していたものとは異なる存在の登場に、僅かに取り乱す。

 

「無人機か──!」

 

銀河連盟に残った無人機15機の内、13機が投入され、最高速度で小惑星帯にて待機させ、艦隊よりも遅れて発進、加速させたそれらが、AI制御の下、起源国艦隊へと向かった。

 

幾つかの艦は被弾し、無人機に積まれた小型核による核爆を発生させ、艦内にいる生命を焼き尽くす。

或いは、艦そのものが炎に包まれ、スペース・デブリへと堕す。

 

「ちいっ!」

 

しかし、基之の策はここからが本領であった。

だが、この本領はむしろ、イスカンデルの予想した通りでもあった。

 

「閣下!無人機の反応に紛れていたのか、新たな艦影が!」

 

AIによる完全制御を実現させたと言っても、広範囲を捉えるレーダーというのは大雑把にならざるを得ず、同じくAIによって計算された通りに、無人機の後をぴったりと──とは言ってもそれは人と人、車と車のような距離感ではなく、雄に小国の一つや二つすっぽり間に挟める程度には離れているが──付け、レーダーの反応を重ねていた、分艦隊が姿を現したのだ。

 

「やはり弾道がおかしいと思ったんだ。

連中は普通なら正面向き合っている時には温存する、天頂方向、天底方向の兵装も使って、密度を誤魔化していたんだ!」

 

想像していたよりも密度が薄い、という直感は、つまるところ、当たるはずもない軌道の攻撃が多いことを、勘によって察知したマルワン・イスカンデルの経験が導き出していた。

 

そして、無人機を利用したカモフラージュにより、イスカンデルが想像していたよりも更にギリギリまで存在を隠匿した上での奇襲。

 

だが、イスカンデルは奇襲自体は読んでいた。

それ故に取った分散型の陣形。

 

もしも、密集形態を取り続けていれば、土手っ腹に大穴を空けられていただろう分艦隊による突貫攻撃。

数隻が撃沈されるも、致命には至らず、鉄塊の巨大レーザーは戦場を、亜光速で横切るのだった。

 

「チッ。読まれたか。…しかし、無意味ではなかった。

陣形変更の隙を付くぞ!各個撃破の構えを見せろ!」

「狙いはしないの?」

「練度がさすがと言うべきだろうね。恐らく多少は倒せるだろうけど、陣形の再編成を阻止するまでは出来ないよ。

分艦隊も合流させろ!敵を固めて、包囲する!」

 

敵将に自軍の作戦をある程度まで読まれてしまっていたことは、予想出来た範疇と言えども、それでもいざ、その現実を前にすると、現実問題として危惧し、頭を悩まさねばならなくなる、厄介事に他ならなかった。

 

 

「─恐らく、敵は各個撃破を狙う素振りで、我らを誘導する腹積もりだろう」

 

ならば、とイスカンデルは次なる指示を飛ばす。

 

「我々が誘導してやろうじゃないか!

全ての分艦隊は散開しつつ、フォーメーションCを取れ!」

 

起源国艦隊はまるで、銀河連盟に追い立てられて逃れるようにして散らばっていく。

そうして、所定ポイントにたどり着いた時、彼の予めの指示によって定められていた陣形へと形を変える。

 

波状攻撃。

これが、イスカンデルによる策だ。

 

散開した分艦隊は、其々が等距離に、離れていた。

銀河連盟軍は各個撃破を狙う素振りをしており、戦力を集中させている。

 

その銀河連盟艦隊を中心に、各分艦隊を線で結べば、三重の薄い膜が張られているような形状だ。

 

最も内側の陣がまず、集中砲火によって中心点の銀河連盟艦隊を狙った。

 

 

「トラロック被弾!アフロディーテ撃沈!」 

 

銀河連盟総旗艦 ハルキマスの司令室に、沈痛な悲鳴が響く。

 

「読まれた…!?くそっ!」

「まさか逆に包囲されちゃうとはね…どうする?基之」

「三重の防御網を簡単には突破出来ないだろう…

仕方ない。まだ温存しておきたかったんだが…」

 

基之は既にジャミングも酷く、艦同士の通信も難しくなっている中、敵に傍受されることを承知の上で、強力な電波を発した。

それ単体には意味のない電波。

仮に暗号か何かと勘違いし、解読をした所で、何も明らかにはならないだろう。

 

しかし、この波長によって予めプログラミングした行動を取るよう設定された機械があった。

 

残された、無人機2機である。

 

この無人機は、自由合衆国に存置されていた核爆弾の中で最も強力な水爆とクラウディオ鉱を質量の許す限り極限まで詰め込んだ、超水爆とでも呼ぶべき代物となっていた。

 

水爆の尋常ならざるエネルギーで、人が扱える不安定な物質の極北にいるようなクラウディオ鉱を刺激し、ワープホールを生み出す時の衝撃を、無秩序に生み出すものだ。

 

その威力は、例え──。

 

「なんだ?この電波は」

「分かりません…AIに暗号の可能性を詰めさせていますが、何も…分析班にも依頼はかけて──」

「いや…もしや…」

 

部下の報告を遮り、イスカンデルは顔を上げる。

 

「無人機が来るぞ!光信号でもオープンチャンネルでも何でも良い!最外遠の艦隊に伝えろ!撃墜させるんだ!」

 

例え、狙いに気付き──。

 

「"アルワタン"より緊急連絡!ムジンキ、ゲキツイセヨ、無人機撃墜せよ!」

「索敵班!」

「レーダーに影あり!天底方向です!」

「天底か…!艦を90度回転!右翼側の武装で確実に潰す!」

「周辺艦に通達!"ブラザビル"90度回転!」

「撃て!」

 

狙いに気付き、撃墜に成功したとしても──。

 

「無人機、恐らく動力部に被弾!」

「よしっ!」

 

無意味。

作戦行動開始後、船体に一定以上の衝撃を受けた場合、水爆は自動起爆するようにされている。

そして、それだけであれば、せいぜい"ブラザビル"が損傷を負う程度で済むだろう。

 

だが、そこにクラウディオ鉱の爆発反応が加わる。

時空が一瞬歪曲する程の、桁違いのエネルギー。

 

これが、瞬間的に拡散し、続いて収束する。

制御されていない時空歪曲はワープホールを生み出すことはなく、ただただ歪みを生み、その亀裂を修復するべく収束するエネルギーの波に、周囲の艦艇は引き込まれてしまうのだ。

 

これが、2機の内、1機の役割。

これだけでも、起源国艦隊の陣形は乱れ、幾つかの、爆心地に近かった艦は、艦同士の衝突や、純粋に、爆発の威力によって損傷を負わされることとなっていた。

 

三隻が衝突し、損壊。

二隻は艦橋が吹き飛び、司令機能を喪失。

しかし、これだけでは終わらない。

 

最後の無人機もこの歪曲に引き込まれる形で、レーダーやAIでも予想不可能であった軌道と速度で、同じく引き込まれ、爆心地へ距離を近付けていた起源国艦隊へと急迫したのだ。

 

此方は、再び銀河連盟艦隊より発せられた強力な電波によって起爆される。

 

今度は、引き寄せられる程度では済まず、三重のの包囲膜はその一角を一瞬にして瓦解させられる事となった。

 

「虎の子が役立ってくれたわね」

「ああ。量産出来なかったのが悔やまれる。

…全艦!膜は一重だけだ!全力で突破しろ!」

 

銀河連盟艦隊はその隙を突き、包囲の突破を計るのだった。

 

「…!奴ら、クラウディオ鉱を…兵器に…?!」

 

イスカンデルは自らの愚かさに鉄拳制裁の一つでも食らわせてやりたい気分であった。

 

起源国は、貴重資源であるクラウディオ鉱を、"エネルギー目的"、更に言えば、原則として"ワープ専用資源"以外での使用を禁じてきていた。

 

当然だ。

万一、これが尽きるような事になれば、ワープは二度と叶わぬ夢となるのだから。

今は、新たな鉱床がいくらか見つかっているから良いものの、その不安定な組成が鉱床となっていることが奇跡なのだ。

もしかすると、現在の人類圏より外には殆ど存在しない可能性も、十二分にあり得ると言い切れる程だ。

 

銀河系の外縁であるからこその環境というものが偶然形作っているだけかもしれない。

そんな希少物資を、無為に消費することなどあり得ない。

 

起源国の軍人や政治家にとっては、常識であり、守るべき道徳ですらあっただろう。

 

しかし、勝利を渇望する叛乱軍が、人類統一などという夢物語を敢えて掲げていない銀河連盟軍が、多少のクラウディオ鉱を武器となすことくらい、考えておくべき事だった。

 

それ故にイスカンデルは自らの固定化された常識によって生み出された隙を、心底から悔い、恥じ、自らに怒りを向けていたのだ。

 

しかし、時既に遅し。

 

銀河連盟艦隊は、包囲膜を突破し、その首を反転しつつあった。

 

不味い。このままではむしろ各個撃破の餌食──。

 

イスカンデルは後悔も憤りも全てを抑え込み、指示を出す。

 

「全艦!可能な限り密集し、敵艦隊の突貫に備えよ!」

 

再び、両者は正面から向き合い、ぶつかり合わんとしていた。

 

だが、開戦時との戦力比は、3.5:2ではなくなっていた。

起源国は半個艦隊と数隻を完全に喪失し、銀河連盟軍も、6隻の、1個分艦隊分。つまり、艦隊1/5ほどの損耗を被っていた。

 

だが、全体として見れば、戦力比は縮まりつつある。

 

戦争の趨勢は、未だ、定まらず。

ただ、人々の命が、果てない闇へと消え続けていた──。

 

 

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