代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「ちっ…!やってくれる…!」
イスカンデルはハルマキスの突撃によって体勢を崩された艦隊の混乱を見ながら舌打ちをする。
「落ち着け!艦列を乱すな!慌てる必要はない!アレは捨鉢の自爆!連続してくるものではない!」
イスカンデルは必死に叫ぶ。
通信妨害によってリアルタイムでの連絡は不可能となっているが故に恐らく大した意味はないのだろう。
それでも、彼の旗艦と周辺の艦だけは僅かの間に秩序を取り戻した。
「全艦に命令を伝達しろ!我々は秩序を保たねばならん!陣形を再編する!」
イスカンデルによる命令が直接届かなかった艦も、旗艦と周囲の動きを見て、徐々に秩序を取り戻していく。
旗艦アルワタンを起点に艦隊は方陣を再形成し、銀河連盟艦隊に向き合うのだった。
だが、既に数の差は縮まっている。
1個半艦隊と2個艦隊の激突。
起源国は既に1個艦隊を丸々喪失する損害を負い、銀河連盟も半個艦隊を宇宙へと散らせていた。
「不格好だな。だが、我々は粘れば良いのだ。
粘って、粘り続ければ、我々の勝ちだ」
正面から捻じ伏せる事は殆ど不可能だとイスカンデルは悟っていた。
そして、そうであるならば、方策は一つのみとなる。
援軍の到着まで、自軍を生き残らせることだ。
銀河連盟艦隊を可能な限り減少させ、可能な限り、起源国艦隊の全滅を先延ばしにする。
「不格好でも構わん。防御に徹し、敵に出血を強要せよ!」
起源国艦隊は方陣を取り、愚直ながら、柔軟性を維持出来る陣形のまま、銀河連盟艦隊の攻撃を受け止めた。
銀河連盟艦隊は、W陣のままに、起源国による特攻攻撃を受けて形が乱れており、先端部分に位置していた艦などは孤立に近しい状況にあるのだ。
総旗艦移動に時間を要した事もあり、その点において、銀河連盟は不利を被っていた、という点も無関係ではない。
だが、起源国軍も弱っている。
銀河連盟、基之は不利を押して陣形を再編。
起源国艦隊の弱みに漬け込み、形勢を再び逆転させんとしていた。
「起源国艦隊は各分艦隊や艦隊の旗艦の幾つかが既に沈んでいるか、行動不能になっている」
銀河連盟も条件は殆ど同じではある。
しかしながら、彼らは総旗艦の喪失を経験しながらも、秩序を保ち続けている。
総指揮官である基之が健在ということは大きな要因であろうが、その経験は兵達の士気に良い影響を齎していた。
「後はもう一手……何か一手、連中を再び混乱させられるような…何かが必要だな」
同時刻──。
起源国艦隊周辺の宙域。
銀河連盟の単座戦闘機乗りの笛戸襍太は、操縦桿を、震える手で握り締めていた。
先程の、"ハルキマス"に向けた起源国有人艦による特攻。
その直撃を避けさせたのは、単座戦闘機の自爆も辞さない近接攻撃によるものであった。
笛戸は、見た。
彼自身も向かおうとしていた所で、起源国の単座戦闘機、"コリネウス"に補足され、そちらと踊らざるを得なかったのだが、それを撃墜した直後、爆炎を見たのだ。
彼の戦友が放ったレーザーが有人艦に直撃し、光に呑まれた瞬間を。
「……追立…肖…くそっ!」
彼は、睨む。
起源国艦隊、未だに黒黒と宇宙を埋め尽くすように飛ぶ敵艦隊を。
光になった彼らは、ここまで共に、宇宙を駆け、大気圏内を飛び、そして、共に笑いあった、同じ飯を食べてきた、単なる戦友とは片付けられない者達であった。
だからこそ、彼は憎んだ。
これまでで、最も強く、起源国を。
そして、悔やんだ。
自分が間に合っていれば、彼らを死なせずに、自らの人身御供で済んだのではないかと。
「基之…あんた、しっかりしろよ…」
怒りもある。
彼が敵の作戦にしてやられたのではないか、と。
単座戦闘機で駆けるばかりで、その辺りの事情は分からない。
それでも、憤りは感じるものだ。
だが、分かっていることもある。
「ああ、敵は間違えないさ」
苦笑。
彼は友人らが消えた方角を眺め、そして、起源国を再び睨めつける。
苦戦していることは分かっている。
敵がそれだけ強大であるということも。
だが、それでも──。
唯一の拠り所を、喪った喪失。
それは、どうやっても埋められないものだ。
全てを喪い、復讐の為に宇宙へ出た。
そこで出来た友人と共に、未来を見るためにここまで来たのだ。
笛戸という男には、もう、今や何一つとして残っていない。
基之だけではないのだ。
全てを喪った者達は、銀河連盟軍には多くいる。
僅かの希望。或いは復讐。
彼らの拠り所は脆い。
基之だけでは、ないのだ。
「からっぽだ」
星々は瞬いている。
しかし、そのどれにも手は届かない。
そうであるならば、宇宙というのは、単なる闇と大して変わらないのではないだろうか。
笛戸は、地獄の業火が飛び交う宇宙で、孤独に舞っていた。
いつの間にか、戦域からも少しばかり外れてしまっている。
「ああ、しまった…」
操縦桿を再び握り直す。
一先ず、課された義務を果たさねば。
彼らと見た夢を──。
ふと、彼の視界に入ったのは──。
地球。
そしてそれを背景に、鎮座するように彼の単座戦闘機を見据える、敵の、起源国の、旗艦の一つ。
"ロンドン"。
艦名は、笛戸の知るところではなかった。
だが、これまでの経験から分かる。
アレは旗艦か、重要な艦なのだ、と。
ジャミングの酷いこの戦場で、光学信号や伝令船が引っ切り無しに飛び交う艦。
それが重要な役割を持たないのだとすれば、起源国とは随分無駄なコミニュケーションを文化としているのだろう。
俺は、アイツらが夢を叶えるところを見たかった。
俺には、何も遺っちゃいないから。
なら、何のために──。
彼の纏まらない思考は、徐々に、憎悪と共に眼前の艦へと集中していっていた。
どうやら、敵はまだ気付いていないらしい。
恐らく、飛び交う他の単座戦闘機に紛れているのだろう。
しかし、1秒後には補足されていてもおかしくはない。
それ程に近い。
だが、近いということはつまり──。
笛戸は何かに突き動かされるようにして、操縦桿を強く、握り直した。
そして、単座戦闘機のエンジンは最大速力を一挙に生み出した。
楕円を書くようにして、"ロンドン"への距離を詰めていく。
敵の有視界から可能な限り外れつつ、近付くためだ。
だが、直ぐに敵のコリネウスに見つかり、追尾を受ける事となる。
とは言っても、最早、笛戸には関係のないことであった。
ただひたすらに、目の前の敵へと限界の速力でもって、向かう。
コリネウスは慌てた様子で笛戸の背後を取るが、味方の艦に当たりかねない位置になっており、躊躇してしまう。
この時になって、漸く"ロンドン"も事態に気付いたようであった。
迎撃ミサイル等が放たれようとする。
しかし、笛戸は迎撃ミサイルの追尾すらも意に介さず、ただひたすらに、距離を詰めていく。
尾翼がコリネウスの味方艦を傷付けない武装として選択された機銃によって損壊させられる。
だが、問題はない。
後は最早、慣性に従うのみだったからだ。
──銀河連盟軍 臨時総旗艦 アルテミス。
「笛戸の機体が"ロンドン"へ真っ直ぐ向かっていると付近の機から連絡がありました!」
「向かっている、とは。撃沈を目指して、か?」
「いえ!直撃コースです!」
「!!」
基之は顔色を変える。
「バカ野郎…!連絡は取れないのか!」
「呼びかけていますが、ジャミングもあり…!」
「っ!何で…!」
基之は、笛戸と親しいわけではなかった。
しかし、それでも、自らを犠牲にしようとしているその動きは、彼の心を引きつらせるのだ。
その犠牲によって救われたことも分かっている。
それ以外の犠牲者の数など、数え切れない。
単なる感情。
それでも、思わざるを得ないのだ。
自らの身を犠牲にした、姉を、そして、祐輔を、思い起こしてしまうから。
「──ダメだ」
しかし、何も遺っていなかった笛戸は、友よ後へ、続くことを選んだ。
"ロンドン"も光に包まれる。
やがて、無重力に滞留する爆炎が産まれ、一瞬の閃光が戦場を駆け抜けた。
「ロンドン……撃沈…」
「…………」
「基之」
明子は、わざと冷たい声色でもって、彼を此方へと呼び戻す。
「…分かっている。
アレは、旗艦の一つ、だと思われる艦だったな」
「はい。後は総旗艦と、もう一隻、旗艦は歩かないか、という所です」
「なら──」
これが好機だ。
ああ、そうだ。ここを突かねば。
基之の出した命令は単純であった。
「全艦、突撃!」
旗艦級の喪失。
しかも、殆ど前触れなく。
これによって多少なりとも混乱が生まれる。
事実、起源国の総旗艦"アルワタン"には混乱の報告が相次いでいた。
イスカンデル自身、全く想像だにしていなかった攻撃による、第二艦隊旗艦の喪失に、少なからず動揺してしまってもいる。
そこで銀河連盟は、最後の突撃を仕掛けるのだ。
陣形は完全に整っている必要もない。
ただひたすらに真っ直ぐ、全速力で、突貫。
最も敵を惑わし、対処も遅れる最良の手段であると、基之は考えていた。
敵の態勢が整い直す前に、大攻勢でもって事態をかき回し、そして、銀河連盟の優勢を確固とする。
「敵艦隊、前進!凄まじい速度です!」
「…!まさか、これを狙っていたのか?!」
イスカンデルは背筋を寒くさせる。
遂に、見えてしまったからだ。
敗北の二文字が。
「まだだ」
それでも、投げ出すわけには行かない。
彼は、総指揮官であり、起源国の未来を背負う立場であるのだから。
「全艦!後退せよ!敵に追いつかれるまでの時間を稼ぐのだ!」
両艦隊の距離が縮まる程に、ジャミングは酷くなる。
妨害電波の影響や、小型核爆のEMP効果が指数関数的に増加してしまうからだ。
直接通信が出来ない。
それ故に、起源国艦隊の動きは遅れてしまう。
総旗艦周辺の艦は素早く移動出来た。
そして、直接の命がなくとも、総旗艦の意図を察することが出来た優秀な艦長のいる艦も、続く。
察しの悪い艦は遅れ、殆ど自動的に、最高速で迫ってくる銀河連盟艦隊によって半包囲状態に置かれてしまうのだった。
「不味い…!何故この場面で突撃を選ぶ奴がいるんだ!」
余りの判断の不味い艦に憤るイスカンデル。
だが、命令を徹底出来なかったのだとすれば、責任は総指揮官のものとなるだろう。
「クソっ!クソったれが!」
イスカンデルは怒りを滲ませつつも、善後策を練る。
だが、基之の動きはそれよりも早い。
基之は既にもう一つの命令を出していた。
突貫した先で、分艦隊毎に陣を形成。
其々、方陣、攻防一体の陣でもって敵と相見える格好だ。
それでは単なる戦力分散のていた。ように見えるだろう。
だが、起源国艦隊は今回の後退と、その直前までの混乱によって、艦列が乱れている。
イスカンデルの指示によって、どうにか形だけは取り戻していたものの、艦毎の察するタイミング次第で後退を行った今回のことによって其々の素質等々で大きな位置座標の差が発生してしまっている。
その自動的に突出部となった起源国艦隊を、分散し方陣を築いた分艦隊で挟み込むように陣取るのだ。
或いは、複数の分艦隊で孤立した一部の起源国艦隊を四方から攻撃する。
イスカンデルが立て直しの策を用意するよりも前に、基之が、最後の一押しを決めたのだ。
後退に遅れた艦は複数方向から狙われ、起源国は着実に損耗させられていく。
そして、残った艦も、後退し続けるような真似は許されない。
後退よりも前進の方が早いものだ。
背後に僅かながら艦が回り、逃げ道を塞いでいた。
勿論、背後の銀河連盟艦隊は撃ち滅ぼす事など容易な数しかいない。
しかし、その為に反転している隙を与えれば、最早抑えきることも出来ないだろう。
つまるところ、手立てはなくなったのだ。
どちらに注力しようと、最早、秩序を取り戻すこと、能わなくなってしまっていた。
起源国艦隊は、恐らくもう、援軍到着まで持ち堪えられないだろう。
イスカンデルは、悟っていた。
結果を。自らの、敗着を。
「それでも、最後まで我々は──!」
万一。微かな希望。僅かな勝機。
それがために、イスカンデルは諦めはしなかった。
起源国艦隊は、その後も抵抗を続け、後退に失敗した時には既に、銀河連盟艦隊よりも数を少なくさせられていたが、そこから更に漸減していく中でも、よく戦った。
宇宙を飛び交う大量の小魚の群れかの如き両軍の単座戦闘機部隊、これもまた、どんどんと数は減っていき、最後には、まばらに各地で遭遇した機体同士が一対一の戦いに臨むばかりとなっていった。
艦隊も、両軍、互いに陣に空いていく穴を埋めることもできず、歯抜けのように、或いは、薄く、薄くなっていっている。
それでも尚、戦闘は終わらなかった。
起源国総旗艦"アルワタン"は、損傷し、有視界戦闘の為に艦橋が宇宙へと姿を現しても尚、戦い続けた。
他の艦も、彼の指示と、その姿勢に突き動かされ、戦う。
そうして──。
「残るは、我々と数隻、か。分艦隊にまで減らされた、というわけか」
「…敵も、最早半個艦隊程度です」
「そうだな。しかし、包囲をされている」
既に、"アルワタン"と数隻の残存艦は、銀河連盟に遺る、こちらも最早、所属艦隊等意味を成さぬほどに数を減らし、"アルテミス"を中心に残存していた半個艦隊と、少しばかりの小型艦でもって包囲されていた。
「間に合わなかった、というわけだ」
フッ、とイスカンデルは諦念に満ちた笑いを漏らした。
「閣下…」
「執政官閣下に申し訳がたたんな」
言いながら、彼はゆっくりと立ち上がる。
側にいた部下は、覚悟を決めたように拳を握り締めて、彼に自らの腰モノを差し出した。
「……いや、そいつは受け取れん」
「…と、申しますと…」
自決によって責任を取るのか、と部下は考えたのだろう。
しかし、イスカンデルにはそのつもりは毛頭なかった。
「オープンチャンネルを開け」
核爆によるEMPは収まりつつあり、最早意味をなさないという事情と、それを発する事のできる艦の減少。
これにより、ジャミングは殆ど消えていた。
そして、最早、秘匿する意味もない。
イスカンデルは、残された戦友らに呼びかける。
「先程我々は、銀河連盟を名乗る反徒より、降伏勧告を受けた。
しかしながら、叛乱軍に屈する選択肢を、我々誇りある起源国軍人は持たない。
無論、我が"アルワタン"以外の艦にいる者達が、退役を望むのならば、好きにすれば良い。
最早、大した違いはないのだ」
だが、とイスカンデルは声を大にした。
「私は、責務を果たさねばならない。
悪いが"アルワタン"の部下達には付き合ってもらおう。
私は、この世から逃げる真似もしない。
私は、叛乱軍に屈する屈辱で、祖国の勝敗を決する真似もしない」
私は、イスカンデルの主語は、軍、でも国家、でもなくなっていた。
それは一種の、けじめのようなものだったのだろう。
「私は、奴等の銃を!剣を!恐れはしない!
私は、戦う!1秒後に死するとしても、私は、抗うぞ!
付いてくるならば、付いてこい!」
少し遅れて、"アルワタン"は包囲網の一角へ向け、最後の突貫を開始した。
それに続くは、遺る全ての艦。
彼の覚悟を、軍人達は受け取ったのだ。
「…残念だ」
基之は僅かに目を落とし、此方も有視界戦闘へ突入していた"アルテミス"の強化ガラス越しに見える起源国艦隊から目を逸らした。
「……主砲用意」
呟くような命令。
しかし、オペレーター達が聞き漏らす事などない。
「主砲用意」
「……エネルギー充填完了まで、後5秒」
基之は息を吸い、目を上げる。
「"アルテミス"主砲"アトロポス"発射用意」
一瞬の沈黙。
「撃て」
その一言と共に、主砲の巨大なレーザー口から、最大出力まで溜められた高エネルギーが、まるで滝のような強大な、水流の如きレーザー光が、放たれる。
光の帯は、数万キロメートルの旅路を一瞬にして制覇し、"アルワタン"を撃ち抜いた。
ほんの、数秒も要さずに、"アルワタン"もまた、一瞬の閃光となり、宇宙へと元素を還元するのだった。
基之は、"アルテミス"の乗員達は、ただ静かに、消え行く光を見つめていた。
「─全艦、前進せよ」
人類の未来を決する、最後の決戦は静かに、無情に、終わりを告げたのである。