代星-我らが母国はいかにして勝利したか、あるいは我らの祖国はいかにして滅びたか- 作:ライト鯖
「…閣下」
ジョルジュ・アース・ンガングガはダヴド・ウマール主任秘書に呼びかけられたが、反応を返す前から、彼が何を言うのかを理解していた。
しかし、ウマールは上手く、それを口に出来ないようだった。
大抵のことには狼狽える事などなかったウマールも、さすがに今回のような危機には、動揺を隠すことは出来なかったのだ。
「負けたか」
ンガングガの確認に、ウマールは小さく首を動かし、肯定する。
「…そうか。──そうか」
噛みしめるように2度繰り返してから、ンガングガはゆっくりと席を立った。
数歩、窓辺へ寄っていき、普段と何ら変わらぬように見える、能面のようにも見える無感動な表情で窓外の、アルワタンポリスを望む。
「あと何時間、この景色を見られるのだろうな」
まだ、パニック回避のため、そして、保身に走る者達の為に行われている報道管制によって、地球圏にまで銀河連盟が到達している事も、ましてや、起源国艦隊が敗北したことも知らぬ市民は、いつもと何ら変わらぬ日々を送っている。
それが故に、アルワタンポリスの景色もまた、これまでと何ら変わりのないものだった。
「閣下…」
付き合いの長いウマールは、恐らく彼以外には判別出来ないだろうンガングガの機微を感じ取り、一人、込み上げるものを抑え込んでいた。
「まだ、希望はある筈です…」
ウマールの縋るような言葉に、ンガングガは頭を振って否定する。
「無いよ。援軍が今更来ても、無意味なんだ」
「連中とて、弱体化しております!」
「無関係だ。起源国軍は、ただ一言、銀河連盟に言われただけで、両手を挙げざるを得なくなる」
簡単だ。とンガングガは寂しく笑う。
「"地球を焦土にしてやるぞ"」
「…!」
「そう脅してやれば、起源国艦隊は戦えなくなる。かつて我々が行なったように、銀河連盟も、あらん限りの核兵器でもって、地球全土を核爆すれば、主要都市の全ては壊滅的な被害を被るだろう」
「それは…しかし、もしその手を使えば、連中には後がない。そうでしょう?!」
「変に頭の回る奴がそれを考え付いたとして、銀河連盟を攻撃したとしよう。
当然、銀河連盟は不利になるだろうな。圧倒的な数の不足だ」
そうであるならば、とンガングガは苦笑を見せる。
「起源国の本土であり、枢要の地球を破壊し、我々から占領統治能力を奪い去る、という択も生まれてくるわけだ」
「つまり、何れにせよ」
「そう。連中は核爆を使用することのデメリットがない。
地球は敵の本星なのだから、銀河連盟としての立場に拘泥することもないだろう」
「……………」
「だからこそ、無意味に地球を破壊させない為にも援軍は銀河連盟軍へ手出しする訳には行かないのだ」
しかし、もし…と言いかけ、ンガングガは口を噤む。
それは起源国の滅亡を僅かに先延ばしにするだけの、無意味な行為に過ぎないからだ。
つまり、核爆を前提とした破滅的な攻勢。
それは、地球市民からの支持を喪いかねない行為であり、そうでなくとも、国力は人的、物的両面から取り返しの付かない損害を被るだろう。
星系総督府の再制圧など夢のまた夢であり、起源国という国家の維持も難しくなる。
結局の所、国家の滅亡を僅かに先延ばしにするために、何億という人間を犠牲にすることを、良しとするか、という問題だ。
ンガングガは少なく共、起源国という国家、そして、地球という故郷を愛していた。
だからこそ、口を噤んだのだ。
その選択肢を、生み出したくない、と。
「…可能な限り地上戦で抵抗し、連中に講和を呑ませる、というところが今の我々に出来る、最善の方針だろうな」
「講和、でありますか…」
「物量だけは相変わらず此方に分がある。
連中は遠い遠い宇宙からの補給頼りだが、我々にこの人類統一の時代に地球へ集めた物資がある」
それ以外のあらゆる面で不利だが、別段それを言葉にする意味もないと、敢えて口には出さない。
「希望はゼロではない…」
「ゼロではないというだけだ。連中も物量差は気にしているだろう」
だからこそ、とンガングガは空を見上げた。
「連中の取る戦略は自ずと限られてくる」
美しい空だ。
ンガングガは無関係に抱いた感動を、そのまま口にした。
ウマールは釣られて空を見上げる。
雲一つない、真っ青な快晴。
アルワタンはその日、何も遮るものもない、美しい、それは、美しい空模様であったという。
銀河連盟が起源国との物量差を考慮し取る策で、最も確実かつ、戦の常道とも言える手段。
それは、所謂首刈り戦術である。
今の状況で言うならば──。
「美しい青空。そして、ホコリのような汚点」
ンガングガは空に点と、ホコリのように小さく、だがしかし、確かに現れた影を苦々しく睨みつける。
「あれはまさか──」
「首都の強襲。まあ、当然だな」
ンガングガはついに窓外の観察を止め、自席へと戻った。
同時に、各地より報告が齎される。
曰く──。
『北アメリカ首府 ニューヨーク上空!敵航宙艦一隻が降下を!』
『此方、インド自治政府首府 フリー・デリー、航宙艦を視認!』
『ヨーロッパ統括政府より緊急連絡!ブリュッセル上空にて敵航宙艦並びに"コリネウス"と思わしき機体複数!』
『中華自治政府、日本列島自治政府、東シナ海上空に敵艦確認!』
ンガングガは驚きもせず、各地に迎撃を命じる。
大気圏内対航宙艦戦力、"ウリエル"は第十二星系ルイス・プラネットで実証実験中で─そもそもが内乱を想定した兵器であったこともあり─地球にはまだない。
建艦中のものがあるにはあるが、とても飛べる状況にはない。
つまり、迎撃にはほぼ意味はないだろう。
しかし、だからといって座して待つ理由もない。
「各地の首府を狙うとは…」
「まあ、道理だな。恐らく何隻かは地球圏ギリギリから核爆の照準を合わせていることだろう。
そうして此方を牽制しつつ、我が国の指揮系統を壊滅させる、といったところか」
ンガングガはホログラフィック・ディスプレイをオープンし、首都直轄地域の防衛部隊へ直接連絡を繋ぐ。
『閣下!』
「準備万端、といった様子だな」
『無論であります!どうぞ、何なりとご命令を!』
「よろしい。アルワタン外縁地区に陣を敷き、敵を待ち構えろ。第一防衛ラインではあるが、そこが実質最終防衛ラインであることは理解していることと思う。
策定されている首都防衛計画に従い、外縁地区を貴官らは死守するのだ」
『Remember Origin!』
ンガングガは小粒であった上空の影が大きくなっており、更にそこから小さな粒を幾つも排出しだしている様を見ていた。
「降下部隊か。始まったな」
降下部隊。
そう、ついに銀河連盟軍は、"地球"へ降り立とうとしていた。
総旗艦"アルテミス"はアルワタン上空へと降下し、揚陸用の小型艇を排出。
その後、"アルテミス"はアルワタン上空数千メートルの位置で、かの都市を見下ろすようにして静止した。
「我々も行くぞ」
「本当に、貴方が行かなきゃダメなの?」
「直接指揮を執るべきだろう。
通信妨害がされる可能性もあるし」
それに、と続けようとして、基之は口を閉じる。
「別に隠さなくて良いよ。確かに、ここまで来たなら、もう貴方が死のうと、私達は戦いきるしかないし、戦いきれるでしょうね」
「っ…」
でも、と明子は少し怒ったように言う。
「逃げるなんて、許さないから」
「……厳しいな」
「そりゃね」
皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた明子だったが、徐々にその表情が崩れていく。
地上戦は、起源国の物量を鑑みれば、恐らく悲惨極まりないものとなるだろう。
もしかすると、地上戦においては敗北を強いられるかもしれない。
「あの時、握手をしたものね」
面食らったのか、目を開く基之。
そして、彼女が何を言っているのか、直ぐに思い出し、顔を綻ばせる。
とんと見せなくなった、純粋な彼の笑顔。
明子もそれに、優しげな笑みで返した。
「帰ってきなよ。基之」
「微力を尽くすよ」
「死力を尽くしなさい」
「それじゃ約束を守れないだろ」
じゃあ、と基之は手を振り、揚陸艇に乗り込む
「行こうか」
扉が閉められ、明子は振り返していた手を下ろす。
そして彼女は、総旗艦の艦橋へと戻るのだった。
指揮官の代理として選出された中枢メンバーとして。
「蘭啟さん。カルミネ。よろしくお願いね」
「ええ。我々は我々の戦いを、ですね」
「情報の集積はお任せを」
基之の部隊は、ルイス・プラネットで祐輔奪還作戦に従事したメンバーを中心に特別編成をされている。
信頼性の観点が最も大きいが、基之が彼らの技量を直に見て、データだけではない信用を持っている所も大きい。
「カヴァコ君とは何かと縁があるね」
「光栄です」
揚陸艇の操縦室には、基之の本質を僅かにでも知る者達、つまり、祐輔奪還作戦にて彼の直接指揮下で戦った数名が集っていた。
「…今は我々だけだ。そう不必要に畏まらないでくれ」
「それでも、最高司令官ですからね」
「そうそう。友達助けたいからって俺達を危険に晒す人ですけど、我々の優秀な指揮官ですから」
カヴァコと共に茫然自失とした基之を担いで逃げた山本がそうからかった。
「すまない。そのツケを払えてないのに、もう一回となってしまって」
「勝てればそれで返済は終了ですよ。
我々の大目標は、皆同じなんですから」
「カヴァコの言う通り。我々は同志というわけですからな!」
ありがとう、と呟き、基之は眼下の景色へと目を向ける。
「では、我々の目的地を発表するとしようか」
「…他の揚陸艇とは違うので…?」
「我々特別編成第一中隊と第二中隊は、他の揚陸艇が市街を包囲するのに合わせて、中心部に突っ込む」
「…はい?!」
「さすがにツケでは賄えませんよ」
それでも、と基之は彼らを真っ直ぐに見据えた。
「やらねばならない。我々は市街を占領はしない。
アルワタンの中心に聳え立つ、執政府ビルを襲撃し、執政官を、無力化する」
なるほど、と山本は不安半分、納得半分、といった様相で頷く。
「我々が斬首人、というわけですか」
「ああ。執政官を可能ならば捕縛。若しくは殺害が任務だ」
「基之さんが行くには危険過ぎませんか…?」
死ぬつもりか?という暗黙の問いも投げかけるカヴァコ。
基之は、いいや、と明確に頭を振った。
「我々が突入に成功し次第、残る揚陸艇の全てが執政府ビル周辺に突入する手筈になっている。
つまり、外縁地区の包囲部隊こそが、陽動なんだ。
作戦が上手く行けば、アルワタン外からの援軍に挟み込まれる前に撤退させ、可能なら我々の側に合流させる」
カヴァコらは、明子から聞いていた基之の様子からして、死ぬつもりの自爆上等の作戦でも立てたんじゃないか、という危惧を払い飛ばされ、そればかりか相変わらずの、敵の裏をかこうとする、衰えのない策を提示され、安堵と驚きの両者を感じていた。
「自殺は趣味じゃないんでね」
「では基之司令とは趣味が合うやもしれませんな」
「そうかい?まあ、だが、前提として我々が連中のビルに突入せねばならない」
外縁地区に降り立った部隊の展開を知らせる合図。
それを彼らは上陸、という名の着陸まで一分を切った時点で受け取った。
基之は皆を見渡す。
「前提の前提はクリアだ」
それと同時、揚陸艇はガクン、と重力下特有の揺れを起こし、急速な下降を始めた。
事前に上空から選定していたポイント。
つまり、外縁地区の起源国軍基地に配備されている対空砲火等の網目が最も薄く、最も、揚陸艇の着陸に適した場所。
基之らの揚陸艇に気付いた起源国軍が撃墜しようと砲火の照準を郊外に降り立ち続けている陽動の揚陸艇らから急速に変え始めていた。
しかし、揚陸艇の重力をも利用した落下速度に追いつけるわけでもなく、殆ど運任せに放たれる砲火に歓迎されつつ、降下していく。
勿論、ある程度の砲は郊外以外にも照準を向けてはいたが、数が多くはなく、ただでさえ薄い弾幕が更に薄まってしまい、結局、砲の一つも掠らせることすら能わなかった。
そうして、基之らは中央行政区の、執政府ビルから徒歩数分以内という理想的な立地にある"文化環境省"の敷地内、その自然豊かな広場へと、揚陸艇は着陸するのだった。
「行くぞ!」
基之の中隊はそのまま、事前に手に入れていた地図を下に選定されたルートを辿り、執政府ビルを目指し始めた。
「…そう来たか。嫌なパターンだ」
ンガングガはある程度この状況は想像していた。
斬首作戦をすると言うのに、律儀に都市郊外から攻略する意味などないからだ。
ンガングガはしかし、郊外から攻め込んでくる可能性も高いと考えていたのだ。
何せ都市中央部にはそれなりに多くの中隊や小隊を戦闘には参加させずに駐留させている。
連中もそれを知覚出来ない愚者ではあるまい。
つまり、成功率は低い、郊外から順当に攻略する方がまだマシ、と判断する可能性は十二分にあっただろう。
残念なことに、駐留している部隊には、長らく首都でぬくぬくとしていた後方待機組とでも言うべき、お偉方の家族から徴兵されて来た者のようなVIPを集めた部隊などもある。
起源国軍の豊富な人的資源も、星系総督府との連絡が断たれている今、この時だけは、払底してしまっている。
そして、指揮系統のリソースが郊外の防衛に集中する以上、上の意思を100%確実に貫徹させることがまずの目標となる程度の部隊が複数ある、という惨状となっている、というわけだ。
要するに──。
「律儀に駐留部隊の相手をしてやる理由はない。
連中が混乱している隙に執政府を襲い、更なる混乱を促しせつつ、執政官を探すんだ」
基之らは道中に居座る起源国軍部隊には麻酔ガスの散布や、基之らが身を隠してやり過ごす等の手法で乗り切っていた。
事前に駐留部隊が有象無象である、と確信していたわけではない。
単に作戦の必要性からそうしただけであったが、その判断を補強する材料を、わざわざ起源国から提供していただけである。
実際、一度だけ、どうしても避けられないならば、と奇襲をかけて部隊を半壊、潰走させたものの、それは正に、役立たずの部隊の一つであった。
基之らに損害はなく、火器を多少消耗したのみで、執政府ビルへとたどり着くことに成功していた。
「拍子抜け、ですな…」
「いいや。こっからだよ。こっちは増援があるとは言っても、全部合わせても旅団に満たない。大隊に毛が生えた程度の存在だ。
それだけの手勢で、暫くすれば執政府ビルに死に物狂いでやって来るだろう起源国軍を食い止めつつ、奴を発見せねばならない」
「なるほどなあ。
なら、とっとと武器補充したら行こうぜ。
時間が惜しい、ってことだろ?」
基之は坂堂の言に頷いてから、は?と目を見開き、坂堂の顔を見る。
「何でいるんですか?!いつから?!」
「いつって…そりゃお前"カヴァコ君とは何かと縁があるね"って言ってた時だな」
「最初からじゃないですか!貴方も待機組だったはずでしょう?!」
「俺がいても大して変わんねえよ。あんま役に立ててねえし」
だからよ、と坂堂は基之を慮るようにして言う。
「俺はお前と一緒に戦いに来たんだ。良いだろ。
一人でも多い方がさ。特に今は」
「…分かりました。坂堂さん。カヴァコさんの命令をよく聞いてくださいね」
「分かってるよ。まあそりゃ勝手には動けないよなあ。
よろしく頼むぜ。カヴァコ」
「ええ。よろしくお願いします。坂堂さん」
さて、と基之はこの間に警護への対処方法を練り上げていた。
まずは第一段階。
特別編成第二中隊。
つまり、基之指揮とは異なる同じく強襲部隊。
彼らには執政府ビル付近の高所─ビルでもなんでも─を制圧し、ビルを狙う役目がまず最初に課されていた。
執政府ビルが突然狙撃で狙われた。
必然、警護らの注意力は、時折銃弾の飛んでくる近隣のビルへと割かざるを得なくなってしまうだろう。
「そして、ここからが第二段階だ」
基之の声に合わせて、起源国軍に狙われにくいようモグラのように身を隠していた第一中隊は一斉に飛び出し、小型手榴弾でもって奇襲をかける。
執政府ビルが狙撃されたという情報だけでも、若干のパニックを誘発しており、奇襲の効果は抜群であったと言える。
そして、基之らは執政府ビルの正面エントランスへと雪崩込んだ。
「我々は上を目指すのみだ!後ろは、後から来る奴等と、第二中隊に全てを委ねる!良いな!振り返るな!」
敵の首を斬る斬首作戦に、味方の首が参加するなど前代未聞であるが、基之にとってこれは、必要な事だった。
彼の人生を狂わせ、たった一人の親友と家族を奪い去った国家の首長。
誰かに任せておきたくは、なかったのだ。
無責任な私情かもしれない。
それでも良い、と彼は前だけを見据え、余計な思考を振り払う。
私情で良い。
それでも、俺は、執政官を──。
基之は天井を、無骨なコンクリートの、フロアを隔てる壁、それを通して、執政官を睨みつけるのだった。
次回より、投稿頻度を変更致します。
水曜日、土曜日の週2回投稿としていきますので、どうぞよろしくお願い致します。