撮影スタジオの一角に設けられた対談スペースは、明るい雰囲気に演出されていた。淡いブルーのソファに白いクッション、テーブルには小さな花瓶に入ったカスミソウ。Rayらしい親しみやすさと洗練された空間だった。
山野みづきはソファに座り、姿勢を正した。プロのモデルとして完璧な表情と仕草を維持しながらも、これから始まる対談に少しだけ緊張していた。三上光輝はソファの端に腰掛け、少し警戒するように背筋を伸ばしていた。
「対談は私がリードしますので、三上さんはリラックスしてくださいね」山野は明るく微笑みかけた。
三上はわずかに頷いた。「お願いします」
スタッフの合図で、録音が始まった。
「本日はRay特集『競馬と若い女性』、注目の若手騎手・三上光輝さんをお迎えしています」山野の声は弾むように明るく、会話の緊張をほぐす効果があった。「私、山野みづきは競馬について全くの素人なので、女性読者を代表して素朴な疑問をぶつけていきたいと思います」
三上は静かに頷いた。彼の表情は撮影中ほど緊張していないものの、まだどこか警戒心が残っているように見えた。
「まず最初の質問です」山野は体を少し前に乗り出し、好奇心に満ちた表情を作った。「競馬を全く知らない私たちが、まず何から始めればいいですか?」
三上は少し考えてから口を開いた。「競馬場に行くことですね。馬を実際に見ることが一番です」
「競馬場って、どんな服装で行けばいいんですか?」
「特に決まりはありません。でも」三上が少し言葉を選ぶように間を置いた。「馬場の近くに行くなら、ヒールは避けた方がいいでしょう」
山野は目を丸くした。「あ、確かに!地面柔らかいですもんね。でも海外の競馬場って、すごくおしゃれな帽子をかぶった方々がいますよね?」
「はい。特にアメリカのサラトガ競馬場は、歴史と伝統が息づく特別な場所です」
「日本の競馬場でも、そういうドレスアップの文化は広がっていますか?」
三上は少し考え込んだ。「最近は増えてきました。春や秋の大きなレースでは、特に女性のおしゃれを楽しむ方が多いです」
「サラトガについてもう少し教えていただけますか?」山野は興味深そうに尋ねた。
三上の表情が少し柔らかくなった。「サラトガではトラヴァーズステークスという歴史あるレースが行われます。そのトロフィーが特別なんです」
「どんなトロフィーなんですか?」
「『マンノウォーカップ』といって、ティファニーによってデザインされた金メッキのトロフィーです」三上の言葉に、わずかな誇りが感じられた。「毎年、勝った馬主さんの名前が刻まれていきます」
「ティファニー!」山野は目を輝かせた。「それは素敵ですね!競馬とティファニーがコラボしているなんて知りませんでした」
「アメリカの競馬は、そういった文化的な側面も大切にしています」
山野はノートに何かメモを取りながら、次の質問に繋げた。「三上さんは『馬の声を聞く』とか『馬と会話する』と言われていますが、本当なんですか?」
この質問に、三上の表情がわずかに変わった。彼は真剣な眼差しで山野を見つめ返した。
「声というより…馬の気持ちです。馬は言葉を話しませんが、体の動き、耳の向き、目の表情で多くを伝えてきます」
「まるで恋愛みたいですね。言葉より気持ちで通じ合う感じ」山野は笑顔で言った。
三上の顔に少しだけ驚きの色が浮かんだ。「そう言われたことはありませんが…確かに似ているかもしれません」
「三上さんが騎乗する時、特に大切にしていることはありますか?」
「馬を信頼すること」三上の声はいつもより柔らかくなった。「私の役割は馬の力を引き出すことです。強制するのではなく、導くこと」
山野はその言葉に真剣な表情で頷いた。「それって、人間関係にも通じる考え方ですね」
対談が進むにつれ、三上の表情はだんだんと和らいでいった。山野のポップで明るい質問が、彼の緊張をほぐしているようだった。
「次は、ファッションの話題に移りたいと思います」山野は話題を切り替えた。「騎手の方々が着ている『勝負服』って、とってもカラフルですよね。あれはどうやって決まるんですか?」
「馬主さんが決めます。馬のオーナーである馬主さんごとに色とデザインが決まっていて…」
「あ、だからいつも同じ色を着ているわけではないんですね!」山野は目を輝かせた。「お気に入りの勝負服とかあるんですか?」
三上はわずかに微笑んだ。「ホライズンレーシングの緑のサテンですね。ブルーダイヤモンド号に乗るときの服です」
「三上さんには緑が似合いますね」山野は自然に褒め言葉を挟んだ。「あの、アメリカでのご経験について伺ってもいいですか?よく『クレーミング上がり』という言葉を聞くのですが…」
三上の表情が引き締まった。「クレーミングレースとは、レース後に出走馬が売買できるレースです。私はアメリカでそういった下級条件のレースから始めました」
「大変だったんですね…」
「はい。年間1000騎乗を超えることもありました。でも、様々な馬に乗れたことで勉強になりました」
「1000回も!?」山野は素直に驚いた。「毎日何回も乗るということですか?」
「時には一日に8レース乗ることもありました。朝は練習騎乗、昼と夜は別の競馬場で本番、という日々でした」
山野の表情が変わった。三上の言葉の裏にある苦労を感じ取ったようだった。「そんな厳しい環境から、日本のG1三連勝まで来られたのは、本当にすごいことですね」
三上は小さく頷いただけだったが、その目には何か感情の揺らぎが見えた。
「最後の質問です」山野は笑顔を戻し、明るい声で言った。「私たち女性が友達と競馬場に行くなら、どんな楽しみ方がありますか?初心者向けのアドバイスをください」
三上は少し考えてから答えた。「パドックを見ることをお勧めします。レース前に馬が周回するところです。馬の表情や動きを見て、応援したい馬を見つける。それが競馬の楽しさの入口かもしれません」
「馬の表情で選ぶんですね!私もぜひやってみます」山野は嬉しそうに言った。「実は私、この取材の前まで競馬はちょっと難しそうで近寄りがたいイメージがあったんです。でも三上さんのお話を聞いて、もっと身近に感じられるようになりました。ありがとうございます」
三上は静かに、しかし確かな温かさを含んだ目で山野を見た。「こちらこそ」
「ということで、Ray特集『競馬と若い女性』、三上光輝さんとの対談をお送りしました。三上さん、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
録音が終わると、スタッフから小さな拍手が起こった。編集長の森川が満足げな表情で近づいてきた。
「素晴らしい対談でした!山野さん、さすがですね。三上さんも、とても良いお話が聞けました」
「ありがとうございます」山野は笑顔で答え、三上の方を見た。「三上さん、緊張されましたか?」
三上は少し考えてから答えた。「最初は…でも、話しやすかったです」
その言葉に、山野は心からの笑顔を見せた。菅原のアドバイスが的確だったことに感謝しつつ、自分自身も三上という人間に少し近づけた気がした。
「今日の対談、菅原さんにも聞いてもらいたいです」と山野が言うと、三上の表情に小さな変化が見られた。
「菅原さん…そうですね」
山野はその反応を見逃さなかった。三上と菅原の間には確かに何かがあるようだ。そして不思議なことに、それを知った山野の胸には、ほんの少しだけ複雑な感情が生まれていた。