光の軌跡   作:社畜A

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第5話 競馬専門サイト「Turf Impact」特集記事

大阪杯から一週間後、競馬専門サイト「Turf Impact」のトップページには大きな特集バナーが掲載された。「クレーミングから頂点へ —三上光輝、1000の騎乗が生んだ奇跡—」というタイトルの下に、ウイナーズサークルに立つ三上の無表情な顔が映っていた。

サイトを訪れた競馬ファンたちは、次々とその特集記事をクリックしていった。

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「クレーミングから頂点へ —三上光輝、1000の騎乗が生んだ奇跡—」

Turf Impact特別取材班

大阪杯で衝撃的なG1初制覇を果たした三上光輝騎手。「クレーミング上がり」と揶揄されながらも、内枠からの驚異的な騎乗で競馬ファンを驚かせた彼の実像に迫る。年間1000騎乗という過酷な環境で何を学び、いかにして日本のG1を制したのか。その知られざる物語と独自の騎乗哲学を探る。

プロローグ:大阪杯の衝撃

4月4日、阪神競馬場。第65回大阪杯の第4コーナー。2枠3番から好スタートを切ったブルーダイヤモンド号は、レース中盤まで最内の絶好位置をキープしていた。しかし前の馬が失速したことで、三上光輝騎手は窮地に立たされる。

通常なら外に出るタイミングだったが、三上は違った。前を行く2頭の間にわずか一頭分の隙間を見つけ、驚異的な判断でその狭いスペースに馬を導いた。

「あれは常識では考えられない判断でした」と語るのは、元JRA騎手で現在は解説者を務める高橋誠氏だ。「あの狭さでは99%の騎手が『ここは諦めて外に出よう』と判断するはずです。なぜあの隙間が見えたのか、そしてなぜ躊躇なく入っていけたのか—それが三上騎手の特別な部分です」

最後の直線、ブルーダイヤモンド号は内から抜け出し、そのまま押し切って優勝。三上光輝騎手は日本のG1初制覇を達成した。

レース後のインタビューで彼が言った「馬が行けると言ったので」という言葉は、ファンの間で大きな反響を呼んだ。感情を表に出さない態度と相まって、「氷の男」という異名までつけられた三上。しかし、彼はどのようにしてこの舞台に立ったのだろうか。

少年時代:15歳の決断

三上光輝は1994年、静岡県浜松市の小さな乗馬クラブを営む家庭に生まれた。父・三上健一さん(58)によれば、光輝少年は5歳の頃から馬に接し、10歳には「国際的な騎手になる」と宣言していたという。

「普通の子供なら騎手になるなら日本の競馬学校に行くと考えるでしょう。でも光輝は違いました」と三上健一さんは振り返る。「彼は小学生の頃から英語の勉強もし、『世界で通用する技術を身につけたい』と言っていました」

中学卒業を前に、光輝少年は驚くべき決断をする。日本の競馬学校ではなく、プエルトリコの騎手養成学校(Escuela Vocacional Hipica)への進学を選んだのだ。

「反対しました、もちろん」と健一さんは笑う。「15歳の子供を地球の裏側みたいな所に行かせるなんて。でも彼の目は本気でした。『これが僕の道だ』と」

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この記事を、浜松市の小さなアパートで一人暮らしをする志村忠は、パソコンの前で熱心に読んでいた。競馬歴20年のベテランファンである彼は、つい先日まで「クレーミング上がりに何を期待する」と5chに書き込んでいた一人だ。

「まさか...こんな背景があったとは」

記事は続いていた。

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プエルトリコでの日々:異国での孤独

2010年、15歳の三上光輝はスペイン語も話せないまま、プエルトリコに単身渡った。Escuela Vocacional Hipicaでの生活は想像以上に過酷だった。

「彼が来た最初の数ヶ月は本当に大変でした」と当時の教官、ラモン・ロドリゲス氏は語る。「言葉の壁、文化の違い、そして何より彼はアジア人として少数派でした。しかし彼には特別なものがありました—馬との対話能力です」

三上はスペイン語と英語を同時に学びながら、騎乗技術を磨いた。クラスメートたちが休日を楽しんでいる間も、彼は厩舎で馬と向き合う時間を選んだという。

そこで運命的な出会いがあった。アメリカから講師として来ていた調教師、マイク・ブラッドリー氏との出会いだ。

「私は40年間、様々な騎手を見てきました」とブラッドリー氏は本誌の取材に答えてくれた。「三上ほど馬の気持ちを理解できる騎手は稀です。彼は馬に乗るというより、馬と会話しているように見えました」

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志村は思わず身を乗り出した。記事は三上がプエルトリコの学校を卒業後、ブラッドリー氏の勧めでアメリカに渡り、最初はニューヨーク近郊の小規模競馬場で騎乗機会を求めたことを説明していた。そしてクレーミングレースの実態について詳細な解説が続く。

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クレーミングレースの現実

アメリカのクレーミングレースとは、出走馬が一定の金額で売り出される条件が付いたレースだ。賞金は4万円から数十万円程度と少なく、馬のレベルも決して高くない。しかし、三上がそこで学んだものは計り知れないものだった。

「一日に複数の競馬場で騎乗し、年間1000回以上のレースに出走する—それがクレーミングサーキットの現実です」と元騎手で現在は調教師のトム・ウィリアムス氏は説明する。「多くの騎手にとっては地獄のような環境かもしれませんが、三上にとってはこれが最高の修行となりました」

クレーミングレースでは様々な癖を持つ馬に乗ることになる。気性の荒い馬、なかなか前に進まない馬、直線で外に逸れる馬—そうした「問題馬」を扱う経験が、三上の技術を鍛えていった。

特筆すべきは、三上が車中泊をしながら複数の競馬場を転々とし、朝は練習騎乗、昼と夜はレースという生活を数年間続けたことだ。この過酷な修行が、彼の身体能力と精神力を極限まで鍛え上げた。

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志村は思わず「だから...」とつぶやいた。これまで馬鹿にしていた「年間1000騎乗」が、実は尋常ではない経験値だったことに気づいたのだ。記事はさらに続き、三上がアメリカでG1初制覇を果たしたカーター・ハンディキャップの詳細、そして香港での予想外の勝利について説明していた。

そして最も興味深い部分、「馬の声を聞く」能力についての解説に差し掛かった。

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三上哲学:「馬の声を聞く」とは

「馬が行けると言った」—この一言が三上の哲学を象徴している。では、彼はどのように「馬の声」を聞いているのだろうか。

「それは神秘的な能力ではなく、緻密な観察力と長年の経験から来るものです」と語るのは、三上と共に過ごした経験を持つ元調教助手の斉藤健太郎氏だ。「三上は馬の耳の動き、呼吸のリズム、筋肉の緊張度合いから、馬の状態や意思を読み取っています」

クレーミングレースで多種多様な馬に乗った経験は、この「読解力」を極限まで高めた。一般的な騎手が何百、何千という言葉で説明するところを、三上は馬の微細な変化から瞬時に感じ取るという。

「彼の凄さは、馬の気持ちがわかること以上に、その気持ちを『邪魔しない』点にあります」と斉藤氏は続ける。「多くの騎手が『馬を動かそう』としますが、三上は『馬に動いてもらう』発想なんです」

 

今後の展望:天皇賞・春への挑戦

大阪杯での勝利により、三上光輝とブルーダイヤモンド号のコンビは天皇賞・春(GI・3200m)への出走が決定している。3200mという長距離は三上にとって新たな挑戦となる。

これについて三上本人は「距離は問題ありません。馬が教えてくれます」と簡潔に語るのみだ。

競馬評論家の中村達也氏は「3200mは単なる距離の問題ではなく、ペース配分や馬の動かし方が全く違う。三上の適応力が試される」と分析する。

吉野誠一オーナーは「三上には特別な何かがあると確信していた。天皇賞も楽しみにしている」とコメントしている。

 

エピローグ:伝説の始まり

大阪杯での勝利は、三上光輝という騎手の評価を一変させた。「クレーミング上がり」という言葉は、もはや蔑称ではなく、むしろ彼の強みを表す言葉として捉えられ始めている。

この「氷の男」が今後どのような伝説を築いていくのか。天皇賞・春が、その答えの一端を示すことになるだろう。

(取材協力:JRA、ホライズンレーシング、マイク・ブラッドリー)

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志村は記事を読み終え、椅子に深く身を沈めた。「それにしても...こんな背景があったとは」

彼は5chの競馬板を開き、新しいスレッドに書き込もうとした。しかし、少し躊躇った後、パソコンの電源を切った。明日の天皇賞・春、彼は三上光輝の騎乗を、これまでとは違う目で見ることになるだろう。

 

 

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