よく創作の世界で使われるカッコいいドイツ語。
結構知られてますけど現実にもこれと同じ名称の研究機関があって、それを創設したのは他でもなくオカルトに頭をやられた禿げメガネの某S二つの組織なんですよね()
《中央暦1926年2月下旬 帝国南部某所 アーネンエルベ局・極秘航空技術試験所》
分厚い防爆ガラスと何重もの防音材で覆われた観測室の内部にすら、大気を直接引き裂き、空気を暴力的に圧縮して叩き出すような、腹の底を揺さぶる咆哮が響き渡っていた。
観測窓の向こう、頑強なコンクリートと鉄骨で組まれたテストスタンドに固定されているのは、銀色に鈍く光る巨大な金属の筒であった。その筒の尾部からは、目が眩むような青白い炎が一直線に噴き出しており、背後の耐熱煉瓦を赤熱させている。
レシプロエンジンのような規則的なピストンの振動音でも、プロペラが空気を叩く風切り音でもない。それはまさしく、新時代の空を支配するために生み出された巨獣の産声であった。
「――このエンジンは、今、何時間動いている?」
轟音を遮るためのイヤーマフを首にかけ、燃焼炎の強烈な光から目を守るために分厚い遮光用のサングラスをかけた男が、静かに口を開いた。
帝国軍参謀本部の重鎮にして、帝国最大規模のメガコンツェルンの総帥、ジーク・マイヤー・アンドシェル・フォン・ローゼフシルト准将であった。
彼の問いかけに対し、白衣に油と煤をつけたままの若い技術者が、興奮で紅潮した顔を向けた。
帝国航空宇宙技術の最先端を担う天才の一人、アンダルシア・フレンツェ主任技師である。
「現在、連続最大推力での稼働試験を開始してから、ちょうど二〇〇時間を突破しました、ローゼフシルト閣下! タービン入口温度は九百度を超えていますが、各部のセンサーに異常な熱歪みやクリープの兆候は一切見られません。推力は設計値である一五〇〇キログラムを完全に維持し、なおも安定しきっております!」
フレンツェの報告を聞き、ローゼフシルトはサングラスの奥で満足げに目を細めた。
そして、隣に立っていた洗練された軍服姿の男へ向けて、不敵な笑みを浮かべた。
「聞きましたか。二〇〇時間だと言いましたよ。……どうやら、我々が蒔いた種は、ようやく収穫の時期を迎えたようですね」
ローゼフシルトの言葉に、男――帝国空軍の最高実力者であるゲーロング空軍大将は、彫りの深い端正な顔立ちに鋭い笑みを浮かべ、防爆ガラスの向こうの青白い炎を見つめて深く頷いた。
「四年前は、たった数時間でタービンが焼け焦げ、オーバーホールが必要だったというのに……。連続二〇〇時間の最大推力稼働だと? まったく、技術の進歩とはすばらしいものだな、ローゼフシルト准将」
ゲーロング空軍大将。特注の純白の軍服を完璧に着こなし、無駄な贅肉の一切ない長身痩躯。鋭い知性を感じさせる青い瞳と、鷹のように精悍な顔立ちをした彼は、帝国軍将官の中でも一、二を争うイケメンであり、同時に空軍という新兵器に対する冷徹で正確な理解度を持つ、類まれなる指揮官であった。
(……やはり、この男は優秀だ。史実のような無能な薬物中毒者に成り下がる気配など微塵もない)
ローゼフシルトは内心でそう評価し、この世界の歴史の「改変」がもたらした最大の恩恵の一つを実感していた。
前世の記憶を持つローゼフシルトは、史実の世界線における彼が、政治闘争の最中に腹部に被弾し、その激痛を紛らわすためにモルヒネに手を出した結果、最終的に自国の空軍を壊滅へと導く肥満体の道化へと堕落してしまったことを知っていた。
だが、この世界には「ナチス」という狂気の政党も、それに伴う無謀な一揆も存在しない。この世界は強固な帝政であり、ゲーロングは聡明な頭脳と健康な肉体を維持したまま、順当に軍の階段を駆け上がってきたのだ。
モルヒネという悪魔に触れる機会すらなく、心身ともに健全なまま成長したゲーロングは、持ち前の精力的な行動力と、天才的な政治手腕、そして研ぎ澄まされた知性を純粋に培養した、「史上最も有能で聡明な空軍トップ」としてここに完成していた。
階級で言えば、ゲーロングは大将であり、ローゼフシルトは准将である。軍の序列においてゲーロングは遥か上に位置している。しかし、空軍の創設にあたってローゼフシルト財閥の莫大な資金と規格外の先見性が不可欠であったことを誰よりも理解しているゲーロングは、ローゼフシルトを軍内序列の格下ではなく、対等以上の「盟友」あるいは「空の共同支配者」として深く敬意を払っていた。
「閣下のお気に召したようで何よりです」
ローゼフシルトはサングラスを外し、白衣の技術者たちへ向き直った。
「フレンツェ主任、そしてアハイン主任。素晴らしい仕事だ。君たちの執念が、帝国の空の歴史を数十年進ませたぞ」
「もったいないお言葉です、准将閣下!」
フレンツェの隣で、もう一人の天才、バンス・フォン・アハインが興奮気味に身を乗り出した。
「ですが、我々だけの力ではありません。閣下から投げかけられた『素人質問』と、ご提供いただいた『素材』がなければ、このジェットエンジンは、今も図面の上で頓挫していたことでしょう!」
アハインの言葉は、決して謙遜や阿諛追従ではなかった。
事実、この極秘試験所――ローゼフシルト以下、多数の国家要人の推進によって設立された先進研究事業局「アーネンエルベ」において、ジェットエンジンの開発は苦難の連続であったのだ。
中央暦1921年。
今から五年前、アハインを中心とする研究チームは、世界で初めて自律的に作動するジェットエンジンを搭載した実験機の飛行に成功した。
しかし、それは同時に絶望の始まりでもあった。
初期のエンジンは、空気を圧縮するために巨大な扇風機のような遠心式圧縮機を採用していたため、エンジンの直径が極端に大きくなり、機体の空気抵抗を増大させてしまうという致命的な欠点があった。
さらに深刻だったのは、燃焼室とタービンブレードの耐久性であった。
ジェットエンジンの心臓部は、圧縮した空気に燃料を混ぜて爆発させ、その超高温、超高圧の排気ガスをタービンブレードに吹き付けて回転力を得る。当時の冶金技術で製造されたタービンブレードは、七百度を超える高温の排気ガスを浴び続けると、数時間、ひどい時には数十分で熱によって飴のように柔らかくなり、遠心力によって引きちぎれて、エンジンそのものを内部から粉砕してしまったのである。
「信頼性の低さと、実用性に耐えない寿命。あのままでは、ジェット機はただの空飛ぶ使い捨てロケットで終わっていました」
フレンツェが、過去の苦労を噛み締めるように言った。
「しかし、閣下は我々の会議にふらりと現れ、とんでもないことを仰った」
ローゼフシルトは、前世の記憶――すなわち西暦世界の1940年代後半から1950年代にかけて確立された、航空宇宙工学の正解を、直接的にではなく、あくまで「門外漢の素朴な疑問」を装って彼らに提示したのだ。
『私は航空工学の専門家ではないが、ビジネスの観点から言わせてもらえば、大きくて重いものは好まれない。素人質問で申し訳ないが、空気を押し込むのに遠心力を使うから無駄に横に大きくなるのではないか? 例えば、扇風機の羽のようなものを何段も直列に並べて、真っ直ぐ後ろへ空気を押し込んでいくような構造にはできないのかね?』
それが、前面投影面積を極限まで小さくできる「軸流式圧縮機」の概念であった。
さらに、最も厄介であったタービンブレードの耐熱問題に対しても、ローゼフシルトは首を捻りながらこう言った。
『金属の塊だから熱で溶けるのだろう? 私は冶金学は分からないが……例えば、ブレードの中を空洞にして、そこに手前で取り出した冷たい空気を流し込むのはどうだ? さらに、表面に無数の小さな穴を開けてそこから冷たい空気を染み出させれば、ブレードの表面に目に見えない空気の膜が張られて、熱い排気ガスが直接金属に触れるのを防げるのではないか? 素人の浅知恵だがね』
「あの冷却システムのアイデアを聞いた時、私は雷に打たれたような衝撃を受けましたよ」
アハインが、熱っぽい眼差しでローゼフシルトを見つめた。
「中空タービンブレードの成型は、我々の技術では困難を極めましたが、ローゼフシルト財閥の精密鋳造技術を惜しみなく提供していただいたことで、ついに量産化に成功しました。あの『フィルム冷却機構』と『耐熱超合金』、そして『アニュラー型燃焼器』。閣下の素人質問が導き出したこれらが完璧に噛み合った結果が……この、推力一五〇〇キログラム、耐久二〇〇時間を叩き出すバケモノです!」
推力一五〇〇キログラム。
それはレシプロエンジンの出力とは次元の違う、まさに新時代の推進力であった。それを、中央暦1926年というレシプロ全盛の時代に完成させてしまったのである。
「素晴らしい。まさに魔法の筒だ」
ゲーロングは、細く長い指で自身の顎を撫でながら、青白いジェットフレアを見つめて嘆息した。
「レシプロ機のプロペラでは、物理法則の壁があって時速八百キロを超えることは不可能だ。だが、このエンジンならば……時速千キロ、いや、音速の壁すらも超えられるかもしれない」
「その通りです、大将閣下」
ローゼフシルトは腕を組み、静かに応じた。
「このエンジンを双発で搭載する新型機の設計も、メッサーシュミットのチームで進んでおります。閣下が提唱されている後退翼の理論――主翼を斜め後ろへ傾けることで、音速付近での衝撃波の発生を遅らせる空気力学設計。あれとこのエンジンが組み合わされば、いかなるレシプロ戦闘機も、絶対に追いつくことすらできない真の『無敵機』が誕生します」
「……後退翼のジェット戦闘機か。ふふふ、想像するだけで全身の血が沸き立つようだ」
ゲーロングは、冷徹な空軍トップとしての凄みのある眼光をフレンツェたちに向けた。
「主任技師諸君。このエンジンは今日にでも量産ラインに乗せられるな? すぐにでも機体に組み込み、空へ飛ばしたいのだが」
ゲーロングの性急な問いに、フレンツェとアハインは顔を見合わせ、少しだけ申し訳なさそうに、しかし技術者としての強い矜持を持って首を横に振った。
「大将閣下。エンジン単体の耐久試験はクリアしましたが、これを実際の戦闘機として実用化するには、まだ越えねばならない壁が山積みです」
アハインが真剣な表情で説明を始める。
「まず、機体設計との最適化です。これほどの推力を生み出すエンジンを双発で積むとなれば、機体の重心バランスや、エンジンの振動に耐えうる強靭なフレーム構造を一から見直す必要があります。また、閣下の仰る後退翼は高速域では圧倒的に有利ですが、低速域、特に離着陸時の安定性が極端に悪化するというデータが出ています」
「それに加え、超音速域に近づいた際の機体の操縦性の確保、パイロットを高高度、高速飛行から守るための与圧キャビンの再設計、そして何より、この未知のエンジンを扱うための整備兵とパイロットの全く新しい訓練体系の構築……」
フレンツェが言葉を継いだ。
「機体設計とエンジンの最適化、そしてこれらの周辺技術を完全に統合し、『実戦で使える兵器』として仕上げるには……どれほど急いでも、あと一年以上はかかります。未完成のまま急いで量産し、貴重なパイロットを事故で失うわけにはいきません」
技術者たちの現実的で妥協のない報告に、ゲーロングは少しだけ眉を顰めたが、すぐにその端正な顔に理解の笑みを浮かべた。
「……なるほど。素人が急かして粗製濫造に走るより、完璧な刃を鍛え上げろというわけか。良いだろう、技術者の誇りを尊重する。一年だ。一年で、帝国の空を百年先へ進める刃を完成させてみせろ」
ゲーロングの言葉に、技術者たちは緊張を解き、深く頭を下げた。
ゲーロングはローゼフシルトへ向き直り、その鋭い青い瞳で彼を見据えた。
「我が空軍は、これまで急降下爆撃機や戦闘機をもって欧州の空を席巻してきた。だが、アルビオンの新型戦闘機や、東から迫りくるルーシー連邦の膨大という言葉すら足りない航空戦力は、数において我々を脅かしつつある。量で対抗できないのであれば、我々は『絶対に覆せない質』で彼らを蹂躙しなければならない」
ゲーロングの言葉には、目前に迫る危機に対する正確な理解があった。
帝国がフランソワを屈服させたとはいえ、海を隔てたアルビオン連合王国は未だ健在であり、さらに恐ろしいことに、東方のルーシー連邦が早晩一千万の労農赤軍と蝗害の如く空を舞う空軍をもって帝国へ侵攻を開始すると参謀本部は把握していた。
「そのための、このジェットエンジンです」
ローゼフシルトは、防爆ガラスに手を触れた。ガラス越しであっても、エンジンの放つ凄まじい熱と振動が手のひらに伝わってくる。
「連邦の複葉機や旧式のレシプロ機がどれほど空を埋め尽くそうと、時速千キロで飛び回り、一撃離脱を繰り返すこのジェット戦闘機の前には、止まっている的も同然。彼らの大編隊は、我が帝国の無敵機の前に成す術もなく火だるまとなって墜落していくことでしょう」
「……頼りにしているぞ、ローゼフシルト准将」
ゲーロングは、ローゼフシルトの肩を力強く叩いた。
「東の赤い津波を食い止め、西の生意気な島国を空から屈服させる。そのために、私は皇帝陛下と参謀本部に直接掛け合い、予算も資材も、他のすべてを後回しにしてでも優先的にこの計画に引っ張ってくる。君は財閥の生産力をフル稼働させて、このプロジェクトを支援してくれ」
「承知いたしました、大将閣下。私の財閥の力も、すべて空軍の未来のために捧げましょう」
二人の実力者は、轟音の響く観測室の中で、固い握手を交わした。
本来の知性と決断力をいかんなく発揮し、一切の淀みなく軍政を動かす空軍大将ゲーロング。
そして、前世の知識と無尽蔵の資本力をもって、歴史を数十年単位で早回しする財閥総帥ローゼフシルト。
この二人の天才が手を結び、アーネンエルベという異端の組織が形にした超技術は、これから始まるルーシー連邦との凄惨な東部戦線、そしてアルビオンとの本土防空戦において、連合国側に想像を絶する悪夢をもたらすこととなる。
「さあ、急ぎましょう、大将閣下。大戦争の第二幕は、もうすぐそこまで迫っています。我々は、世界をもう一度、驚かせなければならないのですから」
青白いジェットフレアの光が、二人の野心に満ちた精悍な顔を、悪魔のように怪しく照らし出していた。
もし仮にゲーリングがモルヒネ決めてなかったら世界史は大きく変わってたと思う。