それと、前話のジュガシヴィリの口調を変えました。
前話を作成している時は忘れてましたけど、ヨシフおじちゃんは優しい人でしたね()
「どうしてこうなった!?」
これは、皇国首脳部の偽らざる総意であった。
統一暦1926年5月、東方極東に位置する島国、秋津洲皇国の最高意思決定機関である大本営の会議室には、重く、淀んだ空気が常に立ち込めていた。将官たちの顔にはかつての覇気はなく、ただ終わりの見えない泥沼に足を取られた疲労と、途方もない外交的失態に対する青ざめた絶望だけが刻まれていた。
事の始まりは、隣接する巨大な大陸国家、支那との間に偶発的に生じた武力衝突であった。
当初、皇国陸軍の将官たちは「支那軍など烏合の衆にすぎない。我が精鋭たる皇軍が本気を出せば、三ヶ月で事変は解決する」と豪語していた。そして実際、開戦直後の戦局は、彼らの言葉を裏付けるかのように皇国の圧倒的な優位で進んだ。
近代的な装備、高度な訓練、そして航空支援と艦砲射撃を連携させた皇国軍の前に、軍閥の寄せ集めでしかなかった支那国民党軍は為す術もなく崩壊した。皇国軍は瞬く間に沿岸部の主要都市を制圧し、かつての首都であった南京、さらには要衝である武漢までもあっけなく陥落させたのである。
「これで支那は屈服する。戦争は終わる」
誰もがそう信じて疑わなかった。皇国軍は自らの圧倒的な力に胡坐をかき、勝利の美酒に酔いしれた。
だが、それは大いなる錯覚であり、地獄への入り口に過ぎなかった。
支那の指導者は、広大な国土と無尽蔵の人口という「空間」を対価にして「時間」を稼ぐという、極めて粘り強い持久戦戦略へと移行したのである。彼らは皇国軍の補給線が延び切る内陸部の奥地、四川盆地の霧深き都市重慶へと臨時首都を移し、徹底抗戦の構えを崩さなかった。
調子に乗って内陸深くまで侵攻しすぎた皇国軍を待っていたのは、戦線の拡大による慢性的な兵力不足と、終わりの見えないゲリラ戦であった。
中でも皇国軍の将兵を最も苦しめ、その精神を極限まで削り取ったのが、民間人の服を着て背後から襲いかかってくる便衣兵と、農村部に深く根を張った共産ゲリラの存在であった。
昼間はただの農民として笑顔で道を譲っていた老人が、夜になれば手榴弾を抱えて駐屯地に突っ込んでくる。昨日まで物資を運んでいた現地の苦力が、皇国軍の補給列車の線路を爆破する。誰が敵で誰が民間人なのか全く見分けがつかないという恐怖と疑心暗鬼は、皇国軍の軍紀を著しく乱し、過酷な掃討戦と不毛な報復の連鎖を引き起こした。
戦線は完全に膠着し、泥沼化した。
ただ、幸いなことに、この世界の皇国はとある世界線のある島国のように資源の枯渇に苦しむことはなかった。
帝国との強固な経済協力体制と、ローゼフシルト財閥からの技術、資本介入により、皇国の国力は史実を遥かに凌駕していた。大陸には自前の巨大な油田があり、さらに帝国の太平洋植民地からは最高品質の石油が湯水のように供給されていた。高精度の工作機械も帝国から惜しみなく提供されたものがあり、合州国から屑鉄や石油を買う必要は全く存在しなかったのである。
だが、それでもこの「終わらない戦争」は、皇国の国家経済を別の意味でズタボロに引き裂いていた。
皇国の経済的繁栄は、その工業力で生産した莫大な製品を、海の向こうの超大国合州国へ輸出することによって成立していた。合州国こそが皇国にとって最大の「お得意様(輸出相手)」だったのである。
しかし、数百万の壮丁を大陸の泥沼に縛り付け、膨大な国家予算を不毛なゲリラ討伐に浪費し続ける現状は、皇国の輸出産業を根底から圧迫していた。おまけに合州国は支那をあからさまに支援しており、皇国の侵略行為を激しく非難し、最大の顧客としての立場を利用して皇国に強烈な外交的圧力をかけ続けていたのだ。
「このままでは、皇国は大陸の泥の中で徒労に命を削り続けることになる……」
そして、統一暦1926年。
その果てしない泥沼から、皇国はついに「解放」されることとなった。
だがそれは、皇国首脳部も、そして世界中の誰もが全く望んでいない、あまりにも予想できないような形での終結であった。
◇
時間を少し遡る。
泥沼の戦争を終わらせるため、皇国は南京に自分たちの息のかかった傀儡政権(親皇国派の国民党政府)を樹立し、和平工作を画策した。しかし、重慶に籠もる抗皇指導者はこれを漢奸と切り捨て、全く応じようとしなかった。
皇国は、この強情な指導者の心を折るために、統一暦1922年から連日のように重慶に対する大規模な戦略爆撃を実施していた。しかし、無差別な爆撃は支那民衆の抗戦意識を盛り上げるだけであり、地下深くの強固な岩盤に掘られた防空壕に逃げ込む指導者には何の効果もなかった。
頭を抱える皇国首脳部の耳に、同盟国である帝国からの驚くべき戦果報告が飛び込んできた。
帝国が、難攻不落と謳われたフランソワ共和国のマジノ線を、超重型誘導滑空爆弾『SB-4000 フォルカン』を用いて粉砕したというのだ。
「これだ……!」
皇国軍の将官たちは色めき立った。
彼らの目的は、決して「敵の指導者を殺害すること」ではなかった。講和を結ぶためには、交渉のテーブルに着く相手がどうしても必要である。殺してしまえば、支那は完全にコントロールを失い、泥沼は永遠に終わらなくなってしまう。
皇国が求めたのは、この圧倒的な貫通力を持つ兵器を重慶の「すぐ近くの山」にでもぶち込んで見せ「お前のしょぼい隠れ家などいつでも吹き飛ばせるのだぞ」と脅し、震え上がらせて講和のテーブルに引きずり出すことであった。
皇国は早速、帝国に対し「例の兵器の設計図、あるいは現物を融通してくれないか」と打診した。
しかし、帝国の返答は極めて事務的で冷淡なものであった。
『技術を提供したいのは山々だが、現在アルビオン連合王国の海軍によって海上輸送ルートは完全に封鎖されており、安全に運ぶ手段が存在しない。残念ながら要求には応じられない』
事実上の謝絶であった。
同盟国からの支援を絶たれた皇国は、この「要塞破壊用超重爆弾」の独自開発へと踏み切るしかなかった。
海軍技術廠が目を付けたのは、くしくも帝国と同じく口径41センチに達する九一式徹甲弾であった。重量1トンを超えるこの巨大な無垢の鋼鉄の塊に、落下姿勢を安定させる十字型の尾翼と、空気抵抗を利用して飛距離を伸ばすジュラルミン製の主翼を強引に溶接し、内部に下瀬火薬と新種の高性能爆薬を限界まで詰め込んだのである。
問題は「誘導システム」であった。
万が一にも敵の指導者を「うっかり殺してしまわないよう」皇国技術陣は絶対に標的を外して適当な空き地に着弾させるための誘導装置をつけようと悪戦苦闘した。しかし、当時の皇国の電子工学は致命的に立ち遅れており、落下中のすさまじい衝撃に耐えられる装置の開発は不可能であった。
「誘導装置の搭載は……見送る。投下方式は、完全なる『自由落下』とする」
「馬鹿な! 高度5000メートルから無誘導で落とせば、どこに落ちるか分からんぞ! 万が一、指導者の地下壕に直撃でもしたらどうするつもりだ! 講和の相手が消滅してしまうのだぞ!」
「落ち着きたまえ。高度5000メートルからの無誘導落下だ。風の影響や気流の乱れを考えれば、ピンポイントで地下壕に直撃する確率など『天文学的な数字』に等しい。適当に重慶の街の近くの山でも吹き飛ばしてくれれば、それで十分な脅しになる」
「確率論的に絶対に当たらない」。
その油断と希望的観測が、歴史を最悪の方向へと導いた。
かくして、誘導装置を持たないただの「翼の生えた超巨大徹甲弾」――『特型四一糎岩盤穿孔爆弾』が完成した。
◇
統一暦1926年2月。
高度5000メートルの空域を、皇国軍が極秘裏に改造した重爆撃機が単機で侵入し、その巨大な爆弾倉から、あの異形の16インチ砲弾改を一発だけ、重々しく投下した。
風向、風速、機体の高度と速度。そのすべてが、アナログの計算尺と爆撃手の勘によって弾き出された、極めて大雑把な「脅かし」のための投下であった。
その頃、重慶の地下数メートルに構築された堅牢とは言えない防空壕の中では、支那の最高指導者と、その側近たる軍の最高幹部たちが、作戦会議を開いていた。
「今日は空襲警報も鳴らん。皇国の奴らも、ついに燃料が尽きたか」
指導者がそう言って笑い声を上げた、まさにその瞬間であった。
運に味方されたのか。
それとも、最悪の悪運が働いたのか。
高度5000メートルから投下された16インチ砲弾改は、一切の誘導を持たないまま、気流の乱れを完璧なまでにすり抜け、まるで神の見えざる手に導かれたかのように、防空壕の真上にある岩山の山頂に『ミリ単位の狂いもなく』直撃した。
ズガァァァァァァァァァァンッッ!!!!
分厚い岩盤を豆腐のように食い破り、地下数十メートルにある総司令部の天井を完全に貫通した一トン超の鋼鉄の塊は、指導者たちが座る会議用テーブルのど真ん中に突き刺さり――限界まで詰め込まれた高性能炸薬が、その絶大な破壊力を解放した。
16インチ砲弾由来の凄まじい爆発エネルギーと、数千度の超高温の火球が、地下壕の内部を瞬時に満たした。
敵の最高指導者。その妻。そして国民党軍の作戦を立案するすべての将軍と側近たち。
彼らは文字通り、肉片一つ、塵一つ残さず、超高温と超高圧によってこの世から完全に『蒸発』したのである。
◇
「ん? なんだか急に、敵の抵抗が止んだぞ?」
前線で泥に塗れていた皇国軍の現場指揮官たちは、突然の敵の異変に首を傾げていた。
つい最近まで執拗なゲリラ戦を仕掛けてきていた国民党軍が、突如として武器を放り出し、パニックを起こして四散し始めたのである。強烈なカリスマと賄賂によって無理やりまとめ上げられていた軍閥たちは、頭を失ったことで即座に分裂を始め、我先にと逃亡するか、互いに争い始めていた。
「理由は全くわからんが、敵が勝手に崩壊しているぞ! まるで烏合の衆だ!」
「好機だ! 理由は後でいい、とりあえず全軍、一斉に進撃せよ!」
皇国陸軍特有の「行き当たりばったりの臨機応変」が、ここで最悪の形で炸裂した。
彼らは何が起きたのか全く理解していないまま、大本営の許可も待たずに、崩壊した国民党軍の陣地へと雪崩れ込んだのである。
各地の軍閥は次々と白旗を掲げ、残存した国民党の組織も、なし崩し的に南京の皇国傀儡政権へと降伏、あるいは合流する形となった。
「大勝利だ! 重慶を占領したぞ!」
意気揚々と重慶の中心部へ乗り込み、降伏した国民党軍の残存幹部を尋問した皇国軍の将校は、そこで初めて「信じられない事実」を耳にすることとなった。
『お前たちの落とした悪魔の爆弾で、指導者も、将軍たちも、皆まとめて塵になったのだ! これで満足か!』
「…………は?」
尋問官は、ポカンと口を開けた。
その報告が無線で大本営に届いた瞬間、皇国の首脳陣は歓喜するどころか、全員が椅子から転げ落ちんばかりに仰天した。
「ばっ、馬鹿な!? 無誘導の自由落下だぞ!? あんなもの、万に一つも当たるはずがないだろうが!!」
「し、指導者を殺してしまって、誰と講和条約を結ぶつもりだ!? 傀儡政権と結んでも、国際社会は絶対に認めんぞ!!」
「わざとではない! 我々は脅すつもりだっただけで、本当に殺す気など微塵もなかったのだ!! 誤解だ!!」
何年にもわたって皇国の血を吸い尽くしてきた泥沼の戦争は、たった一発の「偶然命中した無誘導爆弾」と、現場の「行き当たりばったりの大攻勢」によって、極めてあっけなく終結してしまったのである。
だが、皇国首脳部が真っ青になって弁明を考えようとした時には、すでに手遅れであった。
「野蛮な極東の猿どもが、文明のルールを破壊した!!」
「宣戦布告なき虐殺! 一国の元首と文民を、警告もなく大量破壊兵器で消し飛ばすとは何事か!」
全世界の主要メディア、とりわけ合州国の新聞各紙は、この皇国のやり方を「人類史上かつてない卑劣で非人道的な暗殺」として、狂ったようなトーンで糾弾し始めたのである。
戦場において、前線で軍隊同士が殺し合うのは戦争のルールである。しかし、首都の奥深くに隠れた一国の指導者を、なんの通告もなく空からの超破壊兵器で「塵一つ残さず蒸発させる」という行為は、世界中の為政者たちの根源的な恐怖に火をつけた。
そして、最大の輸出相手であり、皇国の経済の命綱であった超大国合州国の怒りは凄まじかった。
合州国大統領は、国民感情をくみ取り皇国に対する「輸出入の全面禁止」および「在米資産の完全凍結」を即座に議会へ叩きつけた。
資源には困っていなくとも、最大の市場を失えば皇国経済は即死する。皇国は泥沼の戦争を終わらせた代償として、全世界からの非難を一身に浴び、国際社会における完全なる「孤立」という、さらなる深い絶望の淵へと突き落とされたのである。
◇
《同時期 ルーシー連邦 モスコー クレムリン宮殿》
「……困りましたね。極東の同志たちが、なんとも不運な事故に巻き込まれてしまったようだ」
分厚いカーテンが引かれた、温かな暖炉の火が揺れる執務室。
ルーシー連邦の絶対的指導者、同志書記長ヨシフ・ジュガシヴィリは、ソファに深く腰掛け、熱い紅茶をすすりながら、極めて優しく、温和な声でそう呟いた。
その丸みを帯びた顔には、まるで近所の気の良いおじさんのような、親しみやすい笑みが浮かんでいる。
だが、その黒曜石のような瞳の奥には、一切の光が宿っていなかった。腹の中には、極北の永久凍土よりも冷たく、そしてドロドロとした真っ黒な野心が渦巻いている。
「同志書記長。合州国の怒りは頂点に達しております。彼らの世論は、皇国という野蛮な国を今すぐ武力で制裁すべきだという声で埋め尽くされています」
薄暗い部屋の隅に立つ、内務人民委員部の長官ロリヤが報告する。
「それは実に悲しいことですね。平和を愛する我々としては、これ以上の流血は避けたいところですが……」
ジュガシヴィリは、ゆっくりとパイプに火をつけ、紫煙をくゆらせた。
「合州国の正義感というものは、時に暴走しますから。我々が少しだけ、彼らの『正しい怒り』を背中から優しく押してあげるのはどうでしょうか。合州国の中枢にいる我が連邦の友人たちに、少しばかり働きかけてもらいたい」
ジュガシヴィリの優しい声音の裏で、世界を地獄へ突き落とす大謀略が静かに動き始めていた。
「あらゆる手段を使って、合州国に『皇国への最後通牒』を突きつけさせるのです。皇国が絶対に受け入れられない、そうですね……彼らの誇りを完膚なきまでに踏みにじるような、屈辱的な要求が良いですね」
「はっ。……しかし、同志書記長。皇国をそこまで追い詰めれば、彼らは窮鼠となって、必ず合州国を攻撃します。極東の戦争が、大平洋全域へと拡大してしまいますが」
「だからこそ、素晴らしいじゃないか」
ジュガシヴィリは、パイプを優しく灰皿に置き、地球儀の大平洋の部分を慈しむように撫でた。
「思い出してください。あの帝国と皇国の間には、『大平洋安全保障条約』という同盟が結ばれているのですよ。どちらかの大平洋領域が第三国から攻撃された場合、もう一方は自動的に参戦するというものです」
ジュガシヴィリの優しげな顔が、ふと、悪魔のような冷酷な笑みへと歪んだ。
「輸出先を絶たれ、経済が首を吊る寸前で、誇りさえ貶された皇国は、暴発して必ず合州国を攻撃する。そうなれば、合州国は報復として皇国を攻撃する。……するとどうでしょう? 条約に基づき、帝国は合州国に対して『宣戦布告』をせざるを得なくなるのです」
大平洋平和条約は防衛条約ではない、これは双方が「貴国が先制攻撃したのだから我々は参戦しない」という言い訳を封じるためであった。
資本主義の豚どもと、帝国主義の野犬どもを、極東の猿を導火線にして互いに殺し合わせる。
帝国が合州国と戦争状態に入れば、あの大陸の帝国主義者どもの無尽蔵の国力と生産力は、大陸と大洋の二正面へと完全に分散される。
連邦の流す血は、劇的に減少する。
「急いでください。新大陸の友人たちに指令を出すのです。合州国の世論に火をつけなさい。極東の惨劇を、人類への冒涜だと声高に叫ばせるのです」
ジュガシヴィリは、再び紅茶のカップを手に取り、優しく微笑んだ。
「彼らの正義感という名の傲慢さを、最大限に利用させてもらいましょう」
「御意のままに、同志書記長」
ロリヤが音もなく部屋を退室すると、ジュガシヴィリは一人、地球儀の極東を見つめながら静かに紅茶をすすった。
偶然が生み出した、たった一発の不細工な滑空爆弾。そして、行き当たりばったりな皇国軍の無自覚な大攻勢。
それが世界を、完全に後戻りのきかない破滅の連鎖へと引きずり込んだ。
極東の泥沼から抜け出した皇国を待っていたのは、安息ではなく、超大国との戦争という、国家の完全なる崩壊を賭けた絶望的な死闘の始まりだったのである。
ヨシフおじちゃんは学がなくて世界地図が読めない、だから独ソ戦を地球儀を使って指揮してた。なんて言われることもあるけど、彼は普通に読書家で正教会の神学校にいたこともある(退学したけど)知識人なのでそれはあり得ないと思いますね。