《統一暦1927年6月中旬 帝都ベルン 皇宮・御前会議室》
帝国の最高意思決定機関である「御前会議」。
皇宮の奥深く、豪奢なシャンデリアと重厚なタペストリーに彩られたその広間には、肺の奥が凍りつくような、極めて重苦しく張り詰めた空気が充満していた。
部屋の最奥、御簾の向こう側に静かに座すのは、帝国の絶対権力者たる皇帝陛下である。そして、その御前を囲むように配置されたマホガニーの長大な円卓には、帝国政府の主要閣僚と各省庁を代表する役人、そして帝国軍参謀本部の最高幹部たちが顔を揃えていた。
議題はただ一つ。一週間後に発動が迫った、ルーシー連邦に対する帝国軍の乾坤一擲の大規模春季攻勢――『青作戦』の最終的な戦略確認ならびに、国家資源の配分調整であった。
「――畏れながら、軍の見解と作戦の全貌をご説明申し上げます」
沈黙を破り、極めて静かで、しかし部屋の隅々にまで通る声が響いた。
参謀局長、ハンス・フォン・ゼートゥーア上級大将である。彼は手元の分厚い書類を開くこともなく、円卓の向かいに座る閣僚たちをその細く鋭い目で見据えながら口を開いた。
「青作戦において、我が帝国軍が掲げる作戦目標は大きく二つ存在いたします。第一に、現在南方に展開している連邦赤軍の野戦部隊に、致命的かつ壊滅的な打撃を与えること。そして第二に、カフカースに広がる巨大な資源地帯を連邦の工業中枢から切り離し、彼らの戦争体制そのものに修復不可能な打撃を与えることであります」
ゼートゥーアの合図で、補佐の将校が背後の巨大な東部戦線全図に指示棒を向け、カフカース地方とヴォルガ河畔の巨大都市を赤鉛筆で囲んだ。
「なお、後者の目標たるカフカース資源地帯については、我が軍による完全な占領が最も望ましいながらも、油井の徹底的な破壊でも、あるいは交通網の分断でも構わないと定義しております。連邦の中枢に南方の血が一滴も流れなくなりさえすれば、手段は問わない所存でございます」
その言葉に、円卓に座っていた大臣の一人が、怪訝そうな顔で手を挙げた。
「ゼートゥーア上級大将。質問よろしいか。今挙げられた二つの目標のうち、軍として最も優先されるのはどちらなのですか? もし前線で選択を迫られる事態に陥った場合の話ですが」
「前者となりましょう」
ゼートゥーアは一秒の猶予も置かずに即答した。
「いかなる状況下においても、敵野戦軍への打撃と殲滅を最優先といたします」
「お待ちいただきたい!」
別の大臣が、身を乗り出して抗議の声を上げた。
「昨年の秋から冬にかけての激戦、そして現在の激しい消耗戦により、我が帝国の資源備蓄も決して余裕があるわけではありません! カフカースの資源地帯という世界有数の宝物庫に手が届くのであれば、何としてでもそれを確保し、我が帝国の戦争体制の強化に充てるべきです! 単なる破壊や分断で終わらせるなど、国益を損なう暴挙ではないですか!」
大臣の正論とも言える主張に、幾人かの参加者が同調するように頷いた。
大戦争が世界規模に拡大した現在、合州国や連合王国の艦隊によって帝国の海外植民地までのシーレンは完全に遮断されている。帝国の巨大な戦争マシーンを動かし続けるためには、各種資源はあればあるだけよかったのだ。
だが、ゼートゥーアの顔に感情の揺らぎは一切なかった。彼はまるで、出来の悪い生徒を諭す老教授のように淡々と答えた。
「閣下方の懸念は、極めて合理的です。無論、我々とて資源は喉から手が出るほど欲しい。……ですが、帝国が今、最も恐れるべきものは資源の枯渇ではありません」
ゼートゥーアは両手を卓上で組み、言葉の重みを乗せるようにゆっくりと語った。
「帝国が最も恐れるべきは、敵がその後方において準備を完全に終わらせ、我が帝国に対して破滅的な大攻を仕掛けてくることです。……諸官もご承知の通り、現在、ルーシー連邦はこれまでの戦いにおいて、開戦前の人口の四割、税収の六割、資源の四割、さらには広大な穀倉地帯を喪失しております。通常の国家であれば、すでに完全に崩壊している状態です」
閣僚たちが静かに息を呑む中、ゼートゥーアの声のトーンが一段低くなった。
「しかし、それでもなお。あの赤い熊は、未だに我が帝国の倍以上の兵力動員能力を保持しているのです。さらに恐るべきことに、ウラル山脈の奥地へ疎開した彼らの重工業地帯は、我々の爆撃の手が届かない安全地帯において、すでに帝国に比類するか、あるいはそれを超える規模の兵器製造能力を再構築しつつあります。……放っておけば、奴らは文字通り泥土から無限に湧き出してくるでしょう」
それは、純粋な国力の比較において、帝国が実は薄氷の上に立っているという残酷な事実の提示であった。
「我々は現在、連邦のみならず、海を隔てた連合王国、さらには理不尽な工業力を持つ合州国との二正面、三正面の決戦にも備えねばなりません。総合的な国力で連合国全体に劣る我が帝国にとって、最大の敵は『時間』です。現在、連邦が最も欲しているのは、帝国から受けた凄まじい被害を回復させるための時間的猶予なのです。もし彼らに半年、いや三ヶ月の完全な休息を与えれば、帝国は連邦に戦争の主導権を明け渡すこととなるでしょう」
ゼートゥーアの言葉に、御前会議室の空気が完全に凍りついた。
「故に、参謀本部はいかなる犠牲を払ってでも、傷ついた赤い熊を巣穴から引きずり出し、彼らの手足に絶え間ない打撃を与え続け、その回復を強引に遅らせる必要があると判断致しました。そのための囮となるのが、連邦の精神的重要拠点である大都市『ヨシフグラード』であり、巨大な油田を含む資源の塊たる『南方カフカース』なのです」
ゼートゥーアの視線が、再び地図に向けられる。
「ここを我が軍が攻撃すれば、傷を癒やしたい連邦軍であっても、国家の存亡を懸けて防衛のために必ず大兵力を前面に押し出さざるを得ない。我々はそこをすり潰す。資源地帯の占領はあくまで副次的な効果に過ぎません。敵の血を流させ続けることこそが、我々が生き残るための唯一の道なのです。……ご理解いただけましたかな?」
「……なるほど。軍の戦略的意図はよく分かった」
宣伝大臣アドルフ・ペルツルが腕を組みながら口を開いた。
「では、その壮大な血流しの儀式のために、軍はどれほどの戦力を投入するつもりかね?」
ゼートゥーアの隣に座っていた参謀本部作戦局長、クルト・フォン・ルーデルドルフ上級大将が、立ち上がって書類を広げた。
「今回の青作戦において、帝国軍が南方に動員する第一線の兵力は以下の通りでございます。将兵一二〇万人。歩兵戦闘車・戦車・自走砲・駆逐戦車を含む装甲戦力六〇〇〇両。各種火砲七〇〇〇門。支援する航空機二五〇〇機」
その数字が読み上げられた瞬間、軍の素人である閣僚たちは顔を見合わせた。
「……待て。ルーデルドルフ上級大将」
ある大臣が、信じられないものを見るような顔で尋ねた。
「我が国の総動員体制の規模からすれば、いささか……いや、極端に少なくないか? 確かに装甲戦力六〇〇〇両というのは壮観だが、東部の天王山に前線兵力一二〇万人とはどういうことだ。対する連邦赤軍は、現在どれほどの兵力を配置しているのだ?」
ルーデルドルフは、極めて事務的に、しかし残酷な数字を口にした。
「現在、我々が南方の前線から縦深の中層あたりまでに確認できている連邦赤軍の戦力は、人員にして一七〇万人以上。戦車および自走砲は五〇〇〇両。火砲一万二〇〇〇門。航空機一八〇〇機です」
「なんだと? 敵の方が多いではないか!」
「最後までお聞きいただきたい」
ルーデルドルフが太い声で冷たく制した。
「これはあくまで前線から中層に張り付いている部隊の数です。我が方の情報部の見立てでは、彼らはさらに後方の予備戦力として、これと同じ規模の野戦軍をもう一つ温存していると考えられます」
「なっ……!?」
「冗談だろう……!?」
会議室に、絶望的なざわめきが広がった。
前線に一七〇万、後方に一七〇万。合計三四〇万人以上の赤軍。
それに対し、攻勢をかける側の帝国軍がたったの一二〇万人。
「三倍だぞ……! 我々は、三倍の兵力を持つ防衛陣地に対して、正面から殴りかかろうというのか! なぜ軍はそれしか兵力を出さない! 本国や他の戦線から、歩兵をもっと搔き集められないのか!」
激高する閣僚たちに対し、ゼートゥーアは静かに目を伏せ、末席に座っていた一人の佐官を指名した。
「ウーガ中佐。……閣下方に対し、後方勤務の専門家たる君の口から、『なぜこれ以上兵力を出すことが不可能なのか』、その現実を説明したまえ」
指名された鉄道部・兵站統括局のウーガ中佐は立ち上がって閣僚たちに向かって一礼した。彼は幾多の無理難題な輸送計画をこなしてきた極めて優秀な兵站将校であり、その顔には深い疲労の色が刻まれていた。
「はっ。……閣下方。結論から申し上げますと、『これ以上の兵力を東部の最前線に維持・投射することは、物理的にも兵站的にも完全に不可能』であります」
ウーガ中佐は、淡々とした口調で説明を始めた。
「今回の青作戦に投入される一二〇万人の将兵、および六〇〇〇両の装甲部隊の最大の特徴は、『可能な限り全てが機械化されている』という点にあります。歩兵は徒歩や馬車ではなく、大量の軍用トラックや装甲ハーフトラック、最新の歩兵戦闘車に搭乗して移動します。これにより、我が軍は有史以来、地球上のいかなる軍隊も成し得なかった圧倒的な戦術的機動力を獲得しました。……しかし」
ウーガは手元の資料を一枚めくった。
「内燃機関で動く機械化部隊が、一日に消費する燃料、弾薬、潤滑油、そして激しい損耗による予備部品の要求量は、これまでの徒歩歩兵主体の軍隊とは文字通り桁が違います。
現在の帝国の誇る工業生産力は、武人の蛮勇での消耗を差し引きしても、軍需省の尽力もあって兵器自体の生産は十分に追いついております。ですが、最大の問題は、『それをどうやって数千キロ彼方の前線まで運ぶか』なのです」
「ルーシーの大地は、我々が知る文明的なインフラという概念が死滅しております。まともな舗装道路は存在せず、春の雪解けや雨が降れば、全てを飲み込む泥の海と化します。頼みの綱の鉄道も、連邦は我が国と軌間が異なるため、全てを帝国の規格に敷き直すか、国境で荷物を一つ一つ積み替えねばならず、恐ろしいほどのタイムロスが発生しています。さらに、前線が東へ数百キロ、数千キロと伸びれば伸びるほど、それを輸送するトラック自身が大量の燃料を消費してしまい、前線に届く物資は幾何級数的に目減りしていくのです」
ウーガは深く息を吐き、最後通牒のように告げた。
「現在の一二〇万人という数は、我が帝国の兵站網が、ルーシーの劣悪なインフラ環境下において攻勢に必要な弾薬と燃料を送り届け、それを維持できる限界値なのです。もしこれ以上、歩兵の数を二〇〇万、三〇〇万と増やせばどうなるか。……前線に到着する前に全軍の燃料と食糧が尽き、補給線が完全に破綻し、戦車はただの鉄の棺桶となって停止するでしょう。これが、厳然たる兵站の物理的限界です」
圧倒的な機械化と速度を手に入れた代償。それは「補給線の極端な脆弱化」と「展開兵力の限界」であった。
「……よく分かった。物理的に運べないものは仕方がない。説明感謝する、ウーガ中佐」
ペルツルが労いの言葉をかけると、ウーガ中佐は一礼して席に戻った。
「兵力で三倍の劣勢。それを補うのが、機械化された速度というわけだな。だが、具体的にどうやってその膨大な赤軍を削り取るつもりだ?」
ペルツルの問いに、再びルーデルドルフが立ち上がった。
「諸官にご理解いただきたいのは、今攻勢において最も重要なのは先程おっしゃられた速度であるということです。もし我々の進撃が遅ければ、赤軍は無傷のまま後退を続け、我が方はただ無駄に兵站を伸ばして疲弊するだけとなります」
ルーデルドルフは、新たな編成表を閣僚たちに提示した。
「その速度と柔軟性を極限まで高めるため、我が軍は今回、既存の装甲軍集団や装甲軍という巨大すぎる組織の枠組みを解体いたしました。戦車は師団、ものによっては連隊や大隊以下の規模にまで細分化され、機械化歩兵部隊の隷下に組み込まれます」
それは、先のモスコー攻略戦や各所の遅滞戦闘で、その圧倒的有用性が証明されたカンプフグルッペ方式の、全軍規模での量産化であった。
「攻勢の後半に必ず実施されるであろう連邦の反転攻勢を封じ込めるには、敵野戦軍の確実な殲滅が必要です。ですが、数十万人規模の大規模な包囲陣を形成しようとすれば、移動に時間がかかる上、圧倒的多数の敵の中に突出すれば、我が軍の側面が極端に伸びてしまい、逆に包囲され危険が跳ね上がる。故に、我々は巨大な包囲陣ではなく、師団、旅団、連隊、大隊以下の小規模な戦闘団を無数に機動させ、敵の防衛線を食い破り、背後に回り込んで小規模な包囲殲滅を何百回、何千回と繰り返します。……一撃で首を刎ねる巨大な鉈ではなく、鋭利なやすりで敵の肉を削り落とし続ける戦術です」
これに合わせ、南方では大規模な軍政の変換が行われ、前線司令部の権限が大幅に強化されていた。本部の許可を待たずとも、現地の指揮官の裁量で即座に包囲と撃滅を判断させるためである。
「作戦の第一段階においては、一ヶ月以内にヴォルガ河畔の『ヨシフグラード』までの進撃を完了させ。第二段階で、ヨシフグラードを一週間で陥落させ。その後、二ヶ月後にはカスピ海沿岸の『アスタラハニ』まで打通し、南方の資源地帯を完全に分断。その後、半年以上をかけて南方全域を平定する。これが、青作戦のタイムテーブルです」
ルーデルドルフが流れるような説明を終えたが、作戦の前提条件に一つ問題があることを、情報に明るい閣僚が見逃さなかった。
「しかし、ルーデルドルフ上級大将。我々も報告を受けているが、この青作戦に先駆けて、軍はドニャツク周辺で大規模な攻勢を仕掛け、赤軍の主力を誘引して撃滅し、本番の攻勢を楽にしようとしていたのではなかったか?」
「……ええ」
ルーデルドルフの顔が、わずかに苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「我が方の誘引策に対し、赤軍は全く乗ってきませんでした。彼らは微動だにせず陣地を固守しており、現状、赤軍の防壁は万全の状況にあります」
つまり、帝国軍は一歩目からのスタートではなく、ゼロ歩目から、三倍の敵が待ち構える分厚いコンクリートと肉の壁に、頭から突っ込まねばならないということだ。
重苦しい空気が漂う中、内務省の役人が、震える声で手を挙げた。
「……我々は、連邦との開戦を通して、すでに六〇万人という取り返しのつかない数の臣民を戦死という形で失っている。……教えていただきたい。今回のこの巨大な作戦で、我々はさらにどれほどの戦死者を計上することになるのですか?」
その問いに対し、ゼートゥーアの隣に控えていた、エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐が、書類に目を落としたまま、極めて重く、沈痛な声で答えた。
「参謀本部の見立てでは……この作戦全体を通して、少なくとも一〇万人以上が新たに戦死する見込みです。……負傷者を含めれば、その数はさらに膨れ上がるでしょう」
一〇万人。
数字としては単純だが、それは一〇万の家庭から父親や息子が永遠に消え去るという、血も凍るような代償であった。御前会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。
その重い沈黙を破ったのは、宣伝大臣アドルフ・ペルツルであった。
「……吾輩は宣伝大臣として、そしてかつてルーシー革命の介入軍に一兵卒として参加した身として問いたい。だからこそ、ルーシー人の防衛戦におけるあの異常なまでの精強さを、骨の髄まで知っている」
ペルツルは、静かに、しかし凄まじい重圧を放つ声で語り始めた。
「介入戦争初期、中世の城砦であるブラスト城砦に籠るルーシー赤軍を排除する時のことを覚えているか。圧倒的優位に立っていたはずの我が帝国軍は、あの城砦の数千の籠城兵を殺し尽くすために二〇〇〇人以上の兵士を死なせ、実に二週間もの間、足を止められた。……退路を断たれ、死を覚悟したルーシー人の抵抗は、悪魔すらも辟易するほどに頑強だ。
今作戦において、帝国軍はその三倍もの赤軍と対峙し、彼らの精神的支柱である大都市と資源地帯を奪いに行くわけだが……。参謀本部よ、先程述べられた作戦目標は、どの程度達成されると真剣にお考えか?」
大衆の心理と前線の狂気を知るペルツルからの、極めて冷酷で本質的な問い。
これに対し、作戦の立案者であるルーデルドルフ上級大将は、一切の虚飾を排して、堂々と答えた。
「はっきりと申し上げましょう。……作戦目標の『半分』も達成できれば、良い方かと考えております」
「なっ……!?」
「半分だと!? 貴様ら、最初から目標を完遂できないと分かっていて、この計画を立てたのか!?」
御前会議室が、今日一番の騒然とした空気に包まれた。閣僚たちが一斉に席を立ち上がり、参謀本部に向けて怒号を浴びせる。
だが、ルーデルドルフは全く動じず、大声でその怒号をねじ伏せた。
「静粛に!続きを聞き給え、閣下方!!」
ルーデルドルフは両手を卓上につき、獣のような鋭い眼光で周囲を睥睨した。
「確かに、戦略的において主導権を握っているのは、我々帝国でしょう。帝国は自らの戦略目標に照らし合わせ、自分の『攻撃したい時に』『したいだけ』『したい所に』戦力を集中して攻勢をかけることができる。これは戦争において、非常に大きな優位です。
ですが! 戦術的に見れば、我が軍は連邦赤軍に対して著しく戦力で劣勢であり、局地的な決定権は、常に敵に握られ続けることになります。この圧倒的な数と地の利の不利を抱えた状況において、前線の野戦軍を全て殲滅し、なおかつ数千キロ先の南方の資源地帯の遮断までを完全にやり遂げるのは、軍事常識に照らし合わせて『極めて困難』と言わざるを得ません!」
「……大量の人死にを出し、無謀な目標の半分も達成されれば御の字だと言う。それでも、軍は攻勢を行うべきだと?」
ペルツルは、信じられないものを見るような目でルーデルドルフを見据え、唸るように言った。
「ええ、行うべきです!」
ルーデルドルフは、一切の迷いなく断言した。
「我々が戦略的な主導権を握り続け、絶え間なく連邦に出血を強要し続けることができるのなら。彼らに立ち直る時間を与えず、その巨大な戦争機構を空回りさせ続けることができるのなら……。十万の死という代償すらも、国家の存亡という天秤に掛ければ、十分許容出来ましょう!」
ルーデルドルフの言葉は、冷酷な軍事合理性の極みであった。
自分たちが出血多量で倒れる前に、敵の血をさらに大量に流させ続ける。国力的な劣勢に立たされている帝国はこれ以外の選択肢が存在しないのだ。
「……狂っているな。この戦争は」
ペルツルは深くため息をつき、そして、ゆっくりと目を閉じて天を仰いだ。
誰もが、ルーデルドルフの狂気的な論理と、冷酷な数字の前に反論の言葉を見つけられなかった。
静寂の中、御簾の奥から、衣擦れの音が微かに響いた。
それは、皇帝陛下からの無言の裁可であった。
「……異議なしと認める。これより、全軍に『青作戦』の最終準備を下達せよ。帝国の勝利のために」
皇帝陛下の静かな宣言とともに、帝国一二〇万の将兵をルーシーの泥濘と血の海へと投じる死の歯車が、重々しい音を立てて完全に噛み合った。
大戦争の第二幕を飾る、巨大な春季大攻勢の火蓋が、いよいよ切って落とされようとしていた。
東部戦線で史実をモデルに書けるのは多分青作戦が最後かな。
やっぱり東部戦線の南部で攻勢を行おうとすると補給がきついね。
帝国の国力は単純に史実ドイツの三倍程度で生産力はそれ以上を想定してるけど、連邦のモデルのソ連はざっと史実ドイツの四倍の生産力を持ってたんだよな。
純粋な国力では帝国の方が高くても兵力の練成では連邦の方が上という感じかな。