「悲しみのダキア」って別に内容悲しくないし、悲しいのは書くことなくて苦しかった作者だけだから。
深夜に投稿するものじゃないな。
《中央暦1924年9月下旬 帝国 北方軍管区司令部》
ダキア平定からわずか数週間。南方のぬるま湯から一転して冷涼な北風が吹き荒れる北方軍管区司令部へと足を踏み入れたターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、重厚な作戦会議室の扉を前に一度だけ呼吸を整えた。
脇に控える副官のヴィーシャが、寒さかあるいは緊迫感からか、心なしか身を縮めている。
重々しい扉を開けると、そこには旧来の軍部が醸し出す重圧感とは一線を画す、洗練された合理性と静かな熱気に満ちた空間が広がっていた。
巨大な作戦卓を囲むのは、北方軍管区司令パウル・フォン・リンデンブルガー元帥をはじめとする軍管区の幕僚たち。そしてその卓の脇に立ち、落ち着いた物腰で作戦図を見下ろしていた男こそ、政財界や軍部に広範な影響力を持ち、そしてターニャが最も警戒する、ローゼフシルト大佐であった。
「……来たか、デグレチャフ少佐。ダキアでの電撃戦、実に見事な手際だったな。出血を最小限に抑えた手腕には感服するよ」
ローゼフシルトは振り返り、ターニャに温かみのある穏やかな笑みを向けた。その声音には旧来の老将が示す権威主義的な高圧さはなく、どこまでも理知的で親しみやすい響きが宿っていた。
「感謝いたします、大佐閣下。第二〇三航空魔導大隊、ただいま到着いたしました。参謀本部の指示に従い、北方戦線の作戦に参加いたします」
ターニャは隙のない敬礼を捧げながら、内心で警戒の網を極限まで張り巡らせていた。
(この男、特におかしなところはない。強いて言うなら思想が過激なことだが……シューゲルとも似たような感じはない。しかし……)
ターニャの頭脳の中で、警報が甲高く鳴り響く。存在Xの息がかかった人間と関わることは、ろくな結果を生まない。だが、軍隊という絶対の階級社会に身を置く以上、命じられた命令を拒絶することは不可能であった。
「諸君、揃ったな。では、これより対レガドニア協商連合に対する大規模攻勢の概要の最終確認する」
ローゼフシルト大佐の手が、作戦卓の上に大きく広げられた北方戦線の地図を示した。そこには帝国軍の青い陣形と、協商連合軍の赤い陣形が描き込まれていた。
「見てもらえば分かる通り、協商連合という国家は非常に厄介な構造をしている。国土は北方に長く、奥へ奥へと縦深が広がっている。おまけに国土を二分するように山脈が走り、厄介な湖が点在し、南部の殆どが森林だ。天然の要塞と言って差し支えない」
ローゼフシルトは指示棒で、協商連合軍の前線中央を強く叩いた。
「協商連合の縦深は奥に広がっていて敵戦略予備はここにある。だからいたずらに戦線を広げても意味がない。下手すると敵戦略予備と敵首脳が北の奥地に逃げ込む可能性もある。そうなると、広大な北方の山岳と極寒の森林で果てしない泥沼に引きずり込まれ、我が軍は莫大な出血を強いられることになるだろう。だからこそ、攻勢の目的は単なる陣地の奪取や包囲ではない。敵の完全なる組織的粉砕だ」
ローゼフシルトはここで場の全体を一瞥すると視線を再び作戦図へと戻し、説明を再開した。
「今回の攻勢では、二段階に分けた縦深攻撃を実施する。まず、前線に配置された第一梯団が、協商連合軍前線の中央部にありったけの火力を叩き込み、巨大な破口を穿つ。第一梯団が穴をあければ、協商連合軍司令部は従来の戦術通り、その破口を塞ごうと後方に控えている戦略予備をその穴めがけて急行、集結させるはずだ」
指示棒が、集結した敵の赤記号を指す。
「そこへ投入されるのが第二梯団だ」
ローゼフシルトの合図とともに、幕僚が別の図面を広げた。そこに記された部隊編成を見たターニャは、密かに眉をひそめた。
(……これは……!)
第二梯団。2個機甲師団、そして機動力を極限まで高めた4個機械化擲弾兵師団を中核とし、総兵力約10万人。配備された戦車及び自走砲等は実に550両におよぶ、完全機械化された巨大な鉄の奔流であった。それに加え北方戦線全域の野戦砲による援護射撃もある。
歩兵の一人ひとりに至るまで全隊員がトラックや装甲兵員輸送車で機動し、野戦重砲や対空砲もすべて自走化・牽引化されている。速度、火力、防護力のすべてを兼ね備えたこの集団は、一度解き放たれれば敵の防衛線を突き破るだけでなく、集結した敵主力そのものをすりつぶし、組織的戦闘能力を完全に無力化するために鍛え上げられた軍団だった。
(第一梯団で敵の前線に破口を開け、そこに集まってきた敵の予備兵力を、後続の第二梯団という重厚な機械化集団の突撃によって連続的、連続波状に破砕する……。これは、西暦世界におけるソ連赤軍の縦深作戦理論の概念そのものではないか……!)
ターニャは冷めた思考でその作戦案を分析していた。
旧来の帝国軍が好む双翼包囲や包囲殲滅ではなく、徹底的な火力と重厚な機甲戦力による連続打撃によって敵の組織構造そのものを粉砕する。軍事史を知るターニャから見れば、これは近代軍事学の必然的な発展形であり、驚くべき新機軸というよりは実に教科書通りの正攻法であった。
(ソ連赤軍が証明してみせた通り、物量と機動力のドクトリンが噛み合えば、縦深を持つ敵を破砕するには最も確実な手法だ)
そしてローゼフシルトは、作戦の最終段階仕上げについて言及した。
「第二梯団が敵戦線に突入し敵の指揮系統が混乱の極みに達したその瞬間、デグレチャフ少佐率いる第二〇三航空魔導大隊を投入する。これはどちらとも明け方に実施する」
「大佐閣下、我々の任務は敵首都オスロドの強襲ですね?」
「その通りだ、少佐。それと、君たちが飛んで行ったら魔導反応でばれて奇襲効果が失われてしまう」
ローゼフシルトは頷き、作戦図の上に飛行ルートを描いた。
「したがって、第二〇三部隊は、敵首都まで輸送機に搭乗してもらう。魔導反応を極限まで遮蔽した状態で敵首都上空まで隠密輸送し、首都オスロドの直上にて空降投下を行う。魔導反応を消したまま直頭上から舞い降りれば、敵の防空網は手も足も出ないはずだ」
(なるほど、魔導反応による事前察知を防ぐための輸送機による隠密空送か。理にかなっている)
「少佐たちが空から降下し、オスロドの防空陣地、および沿岸要塞を重点的に破壊、後方から輸送機に牽引されたグライダー挺身部隊を展開させる。グライダー挺身部隊は首都の中心部、評議会および政府主要施設へ直接降下・強行着陸し、敵首脳陣を即座に拘束、首都全体を制圧する」
「……閣下、一つ確認させてください」
ターニャは静かに挙手した。
「首都強襲の際、協商連合の海洋からの逃亡、あるいは協商連合海軍による反撃の危険性はどう対処されるおつもりでしょうか?」
「それについても準備を整えてある」
ローゼフシルトは笑みを深めた。
「現在、我が軍の大規模な海洋欺瞞作戦が進行中だ。事前に協商連合側の哨戒網に対し、我が海軍の主力部隊が北方の沖合において大規模な着上陸作戦および攻勢準備を進めているかのような偽情報を流し、実際爆撃を実施している。協商連合海軍の警戒は完全に北に釘付けにされている」
ローゼフシルトは胸を張る。
「その隙を突き、徹底した対潜哨戒と航空殲滅戦を実施したルートを通って戦艦2隻を含む艦隊が、首都強襲のタイミングに合わせてオスロド沖へ突入する。ちなみに少佐が沿岸砲台を沈黙させられなかったら彼らは海の藻屑になるからぜひ頑張ってほしい」
「沿岸砲台に戦艦2隻……。海軍がよく動きましたね」
「まあ、私は個人的に彼らと仲が良いんだ。声をかけたら彼らも喜んで作戦に協力してくれたよ」
ここで、作戦卓の頭座に腰掛けていたリンデンブルガー元帥が、顎に手を当てながら問いかけた。
「ローゼフシルト大佐。もし……協商連合の戦略予備が、我々の意図に反して縦深の奥から出てこなかった場合はどうするつもりだね? 前線を破っても、彼らが奥へ引いて戦力を温存すれば、結局は縦深の奥深くへ追いかける羽目になるが」
「もし協商連合軍が前線の破口に対して予備兵力を投入せず、奥へ引きこもる決断をしたならば我々は直ちに大規模な機動戦へと移行します。破口から一気になだれ込み、速やかに敵首都を含む協商連合主要地域を占領します。幸い協商連合の人口、工業中心は南部に集中しているのでこれだけで協商連合は殆ど無力化されます。ただ、この場合的首脳を確保し、停戦が成立しても奥地で多数の協商連合の部隊がゲリラ化する可能性があります」
「なるほど、こちらはあちらがノコノコと前線にやって来ることを祈るしかないわけだ。だが十分許容できるリスクだ」
「では作戦開始は3日後。第一梯団の砲撃を合図とする。全軍、最後の確認をしておくように」
ローゼフシルトのハッキリとした声で作戦会議は終了した。
◇
《中央暦1924年9月下旬 協商連合前線 国境防衛線》
ドォォォォォン!! ズズズズズズズ……!!
地平線を揺るがす地鳴りのような砲声が、北方の大地に轟いた。
帝国軍が前線の主要突破軸に集中配備した八百門の重砲群が一斉に火を噴く。厳密に計算された射撃諸元に基づき、協商連合の強固な国境陣地へと容赦のない榴弾の雨が降り注いだ。砲撃は作戦の速度を鑑み非常に短時間のものだったが、重砲群はその代わりに砲身が赤熱し使い物にならなくなるほど猛烈に砲弾を叩き込んだ。
さらに、上空からは空軍機の群れが乱舞し地上にいるあらゆる目標に向かって爆弾を投下していた。
ギィィィィィィィィィィィィン―――!!
特有の威嚇用サイレン、いわゆる悪魔のラッパが空を切り裂き、協商連合兵たちの精神を鋭く苛む機体もその中にはあった。急降下する機体から放たれた大型爆弾が正確に敵のトーチカや司令部壕に着弾し、黒煙と土煙を吹き上げさせた。
第一梯団が、猛烈な砲爆撃の直後に突撃を開始。協商連合軍の前線陣地の中央に、文字通り巨大な破口を穿ち分断した。
戦線が突破された時点で国境付近での防衛に固執する協商連合軍は、ローゼフシルトの計算通りに動いた。
縦深の奥深くに配置されていた戦略予備、増援部隊、さらには航空魔導部隊に至るまで、あらゆる主力が開けられた穴を埋めるべく一斉に殺到したのである。
「……カモが集まったな」
後方の野戦幕舎で、ローゼフシルト大佐は懐中時計の蓋をパチンと閉じた。
「第二梯団を動かせ」
2個機甲師団の550両におよぶ戦車群が、地雷原が処理された破口から凄まじいエンジン音を響かせてなだれ込む。その後ろには、トラックやハーフトラックに分乗した4個機械化擲弾兵師団の兵士10万人が、整然たる隊列を組んで怒涛の勢いで押し寄せた。
「な、なんだあれは!? 敵の増援か!?」
破口を塞ごうと集結していた協商連合軍の主力は、正面から飛び込んできた第二梯団とそれを支援する大量の砲の圧倒的火力を真っ向から浴びることとなった。
ズドォォン! ズドォォン!
戦車の主砲が至近距離から連射され、機械化擲弾兵の重機関銃と自走砲の打撃が、集結して身動きの取れなくなった協商連合軍をすりつぶしていく。
これは華麗な包囲戦ではない。徹底的な連続打撃による組織の破砕であった。
協商連合軍は指揮系統を即座に破砕され、連隊、大隊単位の組織的抵抗力を完全に奪われていった。数万の兵士たちはすりつぶされ、後方の縦深陣地へ逃げ込む余地すら与えられず、ただの混乱した群衆へと成り下がったのである。
「敵戦略予備はもはや崩壊しました!」
指揮所が完成に湧く中ローゼフシルトはオスロドから送られてきた情報に頬を緩めていた。
「デグレチャフ少佐がどうやらやってくれたらしい」
◇
少し時間は戻る
《同日 協商連合首都オスロド上空》
高度7000メートル。極寒の風が吹き荒れる上空を、帝国軍の輸送機数機が静かに飛行していた。
機内の暗がりの中で、第二〇三航空魔導大隊の隊員たちが静かに術式宝珠と武装の点検を行っている。
「大隊長殿、間もなくオスロドの上空です」
副官ヴィーシャがひそひそ声で報告する。
「良し。全員、降下準備。魔導力の展開は降下開始後、高度2000を割ってからだ。それまでは絶対に術式を使うな」
ターニャの冷徹な命令が飛ぶ。
緑色のランプが点滅し、輸送機の後部ハッチが重々しく開いた。眼下には、自軍の主力が今まさに壊滅しつつあることを理解してない、静まり返っている協商連合の首都オスロドの夜景が広がっていた。
「降下!」
ターニャを先頭に、二〇三部隊の隊員たちが次々と漆黒の空へと踊り出た。
フリーフォールで急降下し、高度2000メートルに達した瞬間、一斉に演算宝珠へ魔導力を注入!
ブワッ!!
「全機、狙撃術式! 敵の防空砲台および沿岸砲台を沈黙させろ!」
突如として空中に現れた強大な魔導反応に、オスロドの防空隊はパニックを起こした。だが、彼らが対空砲の引き金を引くより早く、ターニャたちの精密な狙撃術式が防空陣地や沿岸砲台を瞬く間に吹き飛ばしていった。
ズドォォォン!!
首都の通信と防空網が完全に沈黙し太陽の灯が市街を照らし始めた時、上空から滑空してきた数拾機のグライダー群が、オスロドの市街地へと吸い込まれるように降下してきた。
ガラガラガラッ!
グライダーは中央広場や評議会の前庭、公園などの開けた場所に次々と強行着陸を果たす。機体が停止すると同時に、扉が勢いよく開き、完全武装した帝国軍の空挺兵たちが飛び出してきた。
飛び出した空挺兵たちは集合も行わず小隊ごとに作戦行動を開始、それぞれが事前に定められていら目標を次々に制圧していった。
評議会室の扉が破られ、帝国兵がなだれ込んだ時、協商連合の閣僚たちはただ唖然と腰を抜かしていた。
さらにその時、オスロドの沖合から重厚な砲声が響き渡った。
ドォォォォン!!
大規模な海洋欺瞞作戦によって北方の警戒へ釣られていた協商連合海軍をあざ笑うかのように、西方のフィヨルドを迂回してきた帝国海軍の戦艦2隻が港のすぐ目前に現れ、威嚇射撃を放ったのだ。
巨大な水柱が港外に立ち上り、港湾警備隊や残存部隊の戦意は完全に打ち砕かれた。
空からは魔導大隊とグライダー空挺部隊、海からは超弩級戦艦の主砲。完璧に退路を塞がれた協商連合首都オスロドは、わずか数時間の作戦で無駄な血を流すこともなく完全占領されたのである。
なお、自分達が到着した時点で殆ど制圧が終了していたことを知った海軍は激怒し、駆逐艦でタグボートを脅して戦艦を接岸させ武装した水兵で港湾施設を占領し武勲とする一幕もあった。
◇
《中央暦1924年10月上旬 協商連合首都オスロド 評議会ビル》
冷たい秋雨がしとしとと降るオスロドの評議会ビル前広場。
国旗掲揚台からは協商連合の国旗が降ろされ、帝国の黒い鷲の軍旗が静かに掲げられていた。
ビルの一室にて、協商連合の首相が、震える手で降伏文書に署名を行っていた。
卓の向かい側に座るのは、帝国側代表。その横には穏やかな笑みをたたえたローゼフシルト大佐。そしてその傍らに立つ、幼くも隙のない姿勢を保つターニャ・フォン・デグレチャフ少佐であった。
「……これで、協商連合全土の武装解除が速やかに進むことを期待します」
帝国側代表は署名された文書を検分し、丁寧なお辞儀とともに書類を受け取った。
協商連合の全面降伏。
北方戦線の完全なる終結である。
(……勝った。あっけなく……)
ターニャは胸中で静かに溜め息をついた。
ターニャは隣に立つローゼフシルトの横顔を盗み見た。
男の表情には、旧来の将校のような尊大な態度もなければ、シューゲルのような狂信的な危うさもない。ただ、約束された成果を順調に回収した実業家のような、落ち着いた合理性が漂っていた。
(……待てよ? 彼は意外とまともなやつで、実は私と同じように存在Xの戯れでこの世界に飛ばされたのかも知れない)
ターニャの頭脳の中で、仮説が急速に組み替わっていく。
(もしそうなら、この男は危険な存在どころか、私にとって最高の同志であり頼れる上司になり得る! 無謀な精神論を振りかざさず、圧倒的な火力と準備を整えてから戦わせ、かつ国際法や成果を正当に評価してくれる。ローゼフシルトの傘下にい続けることができれば、私は無用な消耗戦を避け、安全で快適な参謀・教育職へと足がかりを築けるのではないか!?)
ターニャの胸に、かつてない希望の光が差し込んできた。
「デグレチャフ少佐」
ローゼフシルトが書類を鞄に収めながら、優しくターニャに声をかけた。
「はっ! ローゼフシルト閣下!」
ターニャは背筋をピシッと伸ばし、完璧な敬礼と心からの敬意(と強い媚び)を込めた眼光を向けた。
「君と二〇三航空魔導大隊の手際、真に見事だったよ。無用な流血を避け、法に則って整然と首都を制圧してくれた。ゼートゥーア中将が君の能力を高く買っている理由が、身をもって理解できたよ」
「勿体ないお言葉であります、閣下! すべては大佐閣下の綿密かつ隙のない素晴らしい作戦計画と、完璧な補給・準備の賜物であります! 私どもはただ、閣下の示された合理的な指針に従って全力を尽くしたに過ぎません!」
(そうだ! もっと私を評価しろ! そして『君のような有能な人材は私の手元に置いて参謀として使いたい』と言ってくれ!!)
ターニャは心の中で必死に祈った。
しかし、ローゼフシルトが浮べた爽やかな笑みとともに発した次の言葉は、ターニャの希望を瞬時に粉砕した。
「協商連合が降伏したことで、我が帝国の北方の安全は完全に確保された。これで参謀本部は、全戦力を西部戦線に集中できると喜んでいるよ」
ローゼフシルトは親しみやすくターニャの小さな肩をポンポンと叩いた。
「ゼートゥーア中将とルーデルドルフ中将から直々に強い要請があってね。北方戦線を電撃的に終わらせた君と二〇三航空魔導大隊には、速やかに西方戦線へ復帰してもらい、西部大反攻の先鋒として働いてほしいそうだ」
「……はい?」
ターニャの思考回路が完全に停止した。
「すでに君たちの移動用列車と、西方への補給手配は私が最優先で済ませておいた。君のような英雄が前線に立つことで、西方軍の士気も大いに上がるだろう。……健闘を祈っているよ、デグレチャフ少佐」
「……あ、ありがたき……幸せに……ございます……閣下……」
ターニャは顔面の引きつりを抑えることができず、痙攣しそうな口唇でかろうじて言葉を絞り出した。
(嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??)
ターニャの脳内で、凄絶な叫びがこだました。
(協商連合を電撃的に倒したら、間髪入れずにあの地獄の西方戦線へ即時逆戻り!? 労働基準法はどうなった!? 有給休暇は!? 成果を上げれば上げるほど次の死地に送られるとか、どんな悪魔のブラック企業だこの帝国軍はー!!)
ローゼフシルトの手際が良すぎたこと、そして補給の手配が完璧すぎたことが、皮肉にもターニャを最速で地獄の西方戦線へと送り出すロジスティクスを完成させてしまっていたのだ。
窓の外では、勝利を祝う帝国兵たちの歓声と、暗い顔をした協商連合国民の無言の怨嗟だけが空しく響いていた。
共和国の頑強な抵抗。
そして、その裏でほくそ笑んでいるであろう存在Xの理不尽な影。
無神論者ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐の、安全で快適な後方勤務を求めた戦いは、協商連合の破滅を経てもなお、さらなる混沌と過労の渦の中へと続いていくのであった。
というわけで典型的な縦深攻勢でした。
本当は冷戦期赤軍よろしく全縦深同時攻撃をしたかったけど、現実味が無かったからやめた。
はい、この帝国、後部ハッチのついた輸送機を実用化してます。
次話で現時点の帝国兵器の解説挟もうと思います。