世界に冠たる帝国よ永遠たれ   作:ちんすこー

51 / 52
アレクセイは生きている世界線


帝政復古

《統一暦1927年10月下旬 帝政ルーシー 帝都ペトロブルク》

 

異常なまでの狂熱と士気を誇る帝政ルーシー義勇軍の猛攻、そして帝国軍の完全なる包囲によって九〇〇日を待たずして凄惨な兵糧攻めに遭った連邦第二の都市レネングラードは、ついに陥落した。

街の中心から赤旗が引き摺り下ろされ、代わりに双頭の鷲の旗が掲げられたその日、都市の名はかつての帝政時代の誇り高き名前――『ペトロブルク』へと戻された。

 

だが、陥落から僅か一週間しか経っていないペトロブルクの市街地は、依然として死の匂いが色濃く立ち込める瓦礫の山であった。

帝都ベルンの帝国宣伝省は、この歴史的勝利を内外にアピールするため、「街の瓦礫を完全に撤去し、赤軍の残党を掃討し、安全かつ華々しい舞台が整ってから戴冠式とパレードを行うべきだ」と強く主張した。

しかし、新たにこの国の玉座に就く若き皇帝、アレクセイロス三世は、やたらと口出ししたがる帝国の役人たちを冷たく躱し、復興も何も整っていない、飢餓と寒さに震えるこの極寒の廃墟での戴冠式とパレードの開催を強行したのである。

 

「陛下……沿道の警戒は万全ですが、やはり危険です。建物の陰から、未だボリシェヴィキの残党が凶弾を狙っているやもしれません」

 

黒塗りのオープンカーの助手席から、近衛隊長が不安げに振り返る。

だが、後部座席で分厚い軍用外套を羽織り、背筋を真っ直ぐに伸ばして座るアレクセイロスは、穏やかに首を横に振った。

 

「構わん。私の民が飢えと寒さに苦しんでいる今、私一人だけが安全な宮殿の奥でぬくぬくと皇帝の冠を被るなど、許されるはずがない。……少しでも車をゆっくり走らせてくれ。彼らの顔を、しっかりと見ておきたいのだ」

 

車列が、砲撃で穴の空いた大通りをゆっくりと進む。

沿道には、一週間前までレネングラード市民と呼ばれていた人々が集まっていた。だが、彼らの頬は極度の飢餓によってこけ、目は落ち窪み、身を寄せ合う母子の震える表情には、解放者への歓喜など微塵もなかった。

そこにあったのは、凄惨な包囲戦を強要した帝国軍と、その後ろ盾を得てやってきた新たな支配者に対する恐怖と不安、そして圧倒的な諦観といったマイナスの感情ばかりであった。

 

冷たい風の中、アレクセイロスはオープンカーの上で立ち上がり、沿道の民衆へ向けてゆっくりと笑顔で手を振った。

帰ってくるのは、憎悪の籠った視線か、あるいは無関心な沈黙のみ。誰一人として帽子を振って万歳を叫ぶ者などいない。

だが、それでもアレクセイロスは手を振り、穏やかな笑顔を見せることを決してやめなかった。

今この瞬間、凍えきった廃墟の中で、彼が民に対してできる唯一の「奉仕」が、共に痛みを分かち合い、決して逃げ隠れしない指導者の姿を示すことだったからだ。

 

パレードの車列のすぐ後方では、帝政ルーシー義勇軍の兵士たちがトラックの荷台から降り、沿道の市民たちに次々と食糧の配給を行っていた。

配られているのは、ローゼフシルト財閥が供与したレーション・プロトタイプ3――無味乾燥なチョークに微かな大豆の風味が足されただけの、決して美味とは呼べない栄養バーである。だが、土と雪を啜って生き延びてきた市民たちにとって、それは文字通りの命の糧であった。

 

「並んでください。押し合わずとも、食糧は十分にあります。……奥様、毛布もどうぞ」

 

義勇軍を率いる指揮官、セルゲイ・カボリツキーは、自らも配給の列に立ち、凍える老婆の肩に優しく毛布を掛けていた。

彼の瞳には、一切の狂気はない。ただ、自らが信奉する主君に対する、純粋で絶対的な忠誠心だけが宿っていた。

彼はかつて、共産党への憎悪から過激な行動に走りかねない危うさを秘めていた。だが、『全てのルーシー人は等しく私が奉仕すべき人民である。決して民草を傷つけてはならない』というアレクセイロスの厳命を受け、今や彼は狂信的なまでの紳士として振る舞っていた。生きている本物の皇帝の言葉は、彼にとって神の福音と同義であったのだ。

 

(……私が今、こうして生きて祖国の土を踏み、彼らに奉仕できているのは、ひとえに帝国と、彼の献身があったからだ)

 

手を振りながら、アレクセイロスの脳裏に、遠い過去の血みどろの記憶が蘇ってきた。

 

 

◇

 

 

――統一暦1900年7月。山脈の麓。

 

アレクセイロスは今でも、あの寒々とした館での日々を鮮明に思い出すことができる。

赤軍を名乗るボリシェヴィキの兵士たちによって連行され、厳重に幽閉された館。窓ガラスは白く塗りつぶされ、外の光すらまともに拝めない中、父と母、そして四人の姉たちと身を寄せ合い、ただただ不安な夜を過ごした。

そんな絶望的な状況でも、一家に最後まで付き従い、赤軍兵士の侮蔑に耐えながら給仕をしてくれた使用人たちの忠誠心は、幼いアレクセイロスの胸に深く刻み込まれていた。

 

あの頃の自分は、血友病と少し無茶な遊び(階段をソリで滑り降りるという随分とアグレッシブな遊び)でついた傷で、自力で歩くことすらままならない病弱な少年であった。

帝国の手厚い医療と成長によりある程度克服した今となっては、父に不必要な苦労をかけてしまったと笑い話にできるが、当時は深刻だった。

心の拠り所であったかの怪僧が暗殺されたと知らされた日から、母は半狂乱となり、一日中十字架を握りしめてアレクセイロスの身を神に祈り続けていた。

 

そして、運命の夜が訪れた。

 

「写真撮影を行う。地下室へ移動しろ」

 

真夜中に叩き起こされ、チェーカーの将校にそう告げられた時、大人たちは皆、嫌な予感を感じ取っていたはずだ。だが、皇帝としての矜持を持つ父は何も言わず、歩けない十三歳のアレクセイロスを抱き上げ、静かに地下室への階段を降りた。

 

地下室は、窓一つない狭く息苦しい空間だった。

「椅子を持ってきてくれ」という母の要望で、二つの椅子が用意され、母と、アレクセイロスを抱いた父が座った。姉たちと使用人たちはその背後に並んで立った。

 

誰もいないカメラのレンズを待つ一家の前に現れたのは、写真機ではなく、黒光りする銃口を構えた十数人の処刑隊であった。

 

「ニホライ・ロマノフ。ウラル・ソビエト執行委員会の決定により、貴様ら一族をこの場で処刑する」

 

死刑宣告。

母が悲鳴を上げ、十字架を握りしめて十字を切る。姉のオリガとタチアナが互いに抱き合い、マリアとアナスタシアが怯えて父の背中に隠れる。

父は、アレクセイロスを庇うように強く抱きしめ、処刑隊の将校に向けて「何だ? 今、何と言った?」と問い返そうとした。

 

「撃てッ!」

 

耳を劈く轟音と銃声の乱射が、狭い地下室に響き渡った。

アレクセイロスは、父の腕の中でギュッと目を瞑り、訪れるはずの激痛と死の暗闇を待った。

 

だが、何秒経っても、痛みは来なかった。

代わりに聞こえてきたのは、処刑隊の兵士たちの断末魔の悲鳴と、肉が焼けるような異様な音、そして、コンクリートの壁が粉砕される凄まじい轟音であった。

 

意を決してアレクセイロスがそっと目を開くと――地下室は硝煙と土煙に満たされていた。

そして、自分たちに銃口を向けていたはずの赤軍兵士たちは、全員が首の骨を折られるか、胸を弾丸で撃ち抜かれて血の海に沈んでいた。

 

その死体の中心。

壁に開いた大穴から突入してきたと思われる、数人の迷彩服を着た男たちが立っていた。

その先頭に立つ男。少年と青年のちょうど境目のような年齢――おそらく十五歳程度の、鋭い目つきの男が、血濡れた短機関銃を下げて立っていた。

 

男は、震える皇帝一家を振り返り、何かの祈りのような、あるいは自らへの暗示のような、意味不明な言葉をボソボソと呟いた。

 

「冷静に。摂政は耐えている。アレクセイは生きている。……」

 

後になって、ライヒ語に堪能な姉から教えてもらって初めて意味が分かった言葉だが、当時のアレクセイロスには何かの呪文のようにしか聞こえなかった。教えてもらった後でも意味はよく分からなかったが。

 

男は、ひどく暗く、鉄仮面のように感情のない表情のまま、口を開いた。

 

「ドーブライ・ヴェーチェル。……我々は、味方です」

 

発音の怪しい、酷く拙いルーシー語であった。

名乗るところによれば、彼はフォン・ローゼフシルト家の三男、ジーク・マイヤーであり帝国ルーシー内戦介入軍の属す魔導中尉で、極秘の指令を受けて皇室一家を救出しに来た、帝国の航空魔導中隊の指揮官であるらしいことが分かった。

なお、さらに後でわかったことだが、彼は情勢悪化から撤退を開始していた介入軍から離れ、独断専行で救出に来たらしい。極秘の指令だとかはすべて自身たちを安心させるための嘘だったのだ。

 

そして、彼ら魔導中隊は館にいる警備兵を蹴散らしていった。

館からの脱出は、これから始まる地獄の逃走劇のほんの序章に過ぎなかった。

すでに赤軍の権力基盤が完成しつつある西部への脱出は自殺行為であった。ローゼフシルト中尉は、広大な大地を東へ向かい、大陸を横断してウラシオスクから海へ出るシルドべリア打通ルートを選択した。

 

そこからの半年間は、幼いアレクセイロスの心に一生消えない思い出と、逞しさを刻み込んだ。

チェーカーの追跡部隊の執拗な捜索を躱し、行く先々で孤立して戦う白軍の残党の手も借りながら、一行は泥と雪の中を進んだ。ある時は凍える馬に乗り、ある時は赤軍の補給列車を夜襲して強奪し、それに乗り込んで移動した。

列車の貨物室――石炭や藁の匂いが充満する薄暗い空間は、本来であれば皇室に連なる身が乗るような場所ではなかった。だが、追っ手の銃声に怯える逃避行の中では、その揺れる硬い床の上が、不思議と一番落ち着いて深く眠れる安全な揺りかごであった。

 

列車の旅は、アムスク*1の手前で赤軍の装甲列車による臨検に遭い、あっけなく終わりを告げた。

そこからは、再び歩きと馬による絶望的な逃避行となった。クルスヤスク*2の森林地帯に差し掛かる頃には、赤軍の精鋭の追撃部隊が完全に彼らの尻尾を捉えていた。

 

激しい銃撃戦と空中戦。

その夜、ローゼフシルト中尉の顔は、普段の鉄仮面からは想像もつかないほどに苦悶に満ちていた。

現在の中将としての彼が持つ、冷徹だがジョークを好み躱す掴みどころのない性格とは違い、当時の彼は極めて暗く、過去を深く引きずっているような危うさを持っていた。部下を失う決断をする度に、彼は酷く苦しそうな曇った顔を見せた。

 

魔導中隊のうち、二人の隊員が被弾し、歩けなくなっていた。

『中尉殿。我々はもう走れません。我々が殿を務めます』

隊員たちが覚悟を決めた顔でそう告げた時、ローゼフシルト中尉は唇から血が出るほど強く噛み締め、深く、暗く沈んだ瞳で彼らに敬礼を返した。

その二人の捨て身の遅滞戦闘のおかげで、一行は辛うじて追っ手を巻くことができたのだ。

 

その二日後の夜。

まる一日、休むことなく歩けないアレクセイロスを背負ったり、姉たちの手を引いて走り続けていた十人の魔導中隊の面々と一家が、深い森の中でようやく地面に倒れ込み、泥のように眠っていた時のことだ。

 

アレクセイロスは、疲れ果てているはずなのに一人だけ起きて不寝番をしているローゼフシルト中尉の隣に座り、ずっと胸の奥につかえていた疑問を口にした。

 

「……なぜですか、中尉」

 

アレクセイロスは、アルビオンの言葉で尋ねた。

 

「なぜ、貴方たちは……見ず知らずの我々のために、ここまでして、助けようとしてくれるのですか?」

 

薪がパチリと爆ぜた。

ローゼフシルト中尉は、アレクセイロスの問いに対し、自らの右頬に刻まれた真新しい傷跡をグローブ越しの指で軽く撫でた。

 

「……かつての、私の大切な仲間の願いのためかな」

 

彼は、燃える炎を見つめながら、ひどく自嘲気味に、まるで遠い過去の自分自身を冷笑するような、深い諦念の混じった顔で笑った。

 

「あの人が血を吐きながら最期に遺した言葉……それは私の生涯の目標だ。必ず完遂せねばならない」

 

彼が言われた言葉が一体何だったのか、アレクセイロスにはわからない。だが、彼が逃れられぬ重い宿業に突き動かされていることだけは、当時の幼いアレクセイロスにも、その悲痛な横顔から痛いほどに伝わってきた。

 

「生きてくれ、アレクセイロス。君たちは生きねばならない。我々が這いつくばってでも生かしてみせる」

 

その後も、逃避行は苛烈を極めた。

赤軍の待ち伏せ、白軍同士の内ゲバの巻き添え。その最中で、中隊の面々は一人、また一人と敵弾に倒れ、帰らぬ人となっていった。彼がその度に浮かべる曇った顔を、アレクセイロスは決して忘れることはないだろう。

 

最後には、たった七人まで減ってしまった魔導中隊は、バイタル湖の東でついに極東まで進出していた秋津洲皇国軍の先遣隊と奇跡的な合流を果たし、地獄の旅路を終えたのである。

 

その後、皇室一家は合州国を経由し世界を半周したのち、帝国へと亡命した。

帝国政府はロマノフの正統なる後継者たる彼らを手厚くもてなそうとしたが、両親の質素な教育方針と、シルドべリアの地獄の逃避行で文字通り野生味すら帯びるようになった四人の姉弟たちは、豪華な宮殿の暮らしにむしろ酷い違和感を覚えていた。

 

その後、ローゼフシルト中尉が帝国に到着して間もなく帝国の子爵家の令嬢と結婚したという報せを聞いた時。あの逃避行で彼に淡い恋心を抱いていた姉たちが、部屋に引きこもって随分と残念そうにしていたのを思い出し、今でもアレクセイロスは一人で吹き出してしまうのだった。

 

 

◇

 

 

「――陛下。冬宮前広場に到着いたしました」

 

近衛隊長の声で、アレクセイロスは回想から現実へと引き戻された。

車列は、ペトロブルクの中心、かつて冬宮殿と呼ばれた宮殿の前の広場へと滑り込んだ。

広場には、何万という市民が集まっていた。だが、それは新たな皇帝を祝福するためというよりは、「次に自分たちの支配者となるらしい人物を、期待はせずともとりあえず一目見る必要があるだろう」という、曖昧な義務感や不安から集まっただけの群衆であった。

 

寒風が吹きすさぶ中、アレクセイロスは車のドアを開け、堂々たる足取りで、宮殿のバルコニーに特設された演壇へと階段を上った。

 

演壇の中央には、赤軍の迫害を逃れて長らく帝国に亡命していた東方正教会の高位司祭が、豪奢な祭服に身を包んで待機していた。彼の両手には、ロマノフの正統なる血筋を示す、眩いばかりの宝石に彩られた重厚な帝冠が捧げ持たれている。

廃墟と化した死の街の風景と、バルコニーの上の煌びやかな儀式のコントラストは、あまりにも異様であった。

 

司祭の荘厳な祈りの詠唱が広場に響き渡る。

アレクセイロスは群衆の面前で静かに膝をつき、頭を垂れた。

聖油の香りが漂う中、司祭の震える手が、重々しい帝冠を若き皇帝の頭上へと静かに乗せた。

 

「神の恩寵によりて、全ルーシーの皇帝たるアレクセイロス・ニコラエヴィチ・ロマノフに祝福を」

 

アレクセイロスが立ち上がると、演壇の脇には、帝国宣伝省の役人が用意した『帝国と皇帝陛下の慈悲に感謝し、共産主義の悪を討つ』という趣旨の、プロパガンダ丸出しの演説原稿が置かれていた。

アレクセイロスはそれを一瞥すると、無造作に手に取り、市民の目の前でビリビリと真っ二つに破り捨てた。

宣伝省の役人が青ざめるのをよそに、アレクセイロスはマイクの前に立ち、彼自身の魂の言葉を、広場の群衆に向けて放った。

 

「ペトロブルクの市民よ。ルーシーの同胞たちよ。……私は、アレクセイロス・ニコラエヴィチ・ロマノフ。この凍える大地の歴史において、神より帝冠を授けられし正統なる後継者である」

 

広場が静まり返る。帝権神授説という古き伝統の肯定。市民の中には、やはり旧体制の復活かと、落胆の溜息を漏らす者もいた。

だが、アレクセイロスの言葉はそこでは終わらなかった。

 

「だが! この帝冠が意味するものは、決して無謬の権力や、貴族たちのための特権ではない。帝冠とは、このルーシーの地に生きる全ての民に対する『無限の責任』であり、身命を賭して皆の幸福を守り抜くという『奉仕の証』である!」

 

アレクセイロスの若く、力強い声が、拡声器を通して廃墟の街に響き渡る。

 

「皆は今、戦争で疲弊し、つい一週間前まで飢餓の危機に怯え、夫や息子を失い、絶望の淵にある。長きにわたる戦いと、包囲戦によって家族を奪われ、家を焼かれた。共産党の圧政に苦しみ、そして今、我が同盟国である帝国の武力によってこの街は解放された。君たちの中には、私を帝国の傀儡だと嘲笑う者もいるだろう。……だが、それでも構わない」

 

アレクセイロスは、自らの胸に強く拳を当てた。

 

「私が帝国に庇護されようとも、私の魂は常に、泥と雪に塗れたルーシーの民と共にある! 私は忘れない。凍えるシルドベリアの貨車の中で毛布を被せてくれた無骨な農夫を! 祖国を想い、名もなき森の中で死んでいった者たちの無念を!

私は、神に誓う! この凍てついた血の大地を、万民が豊かで、自由で、平等に生きられる場所へと必ず作り変える! 私は、君たちのただ一人の奉仕者として、絶対に君たちを裏切らない!!」

 

静寂。

数十秒の沈黙の後、広場の一角から、ボチボチと疎らな拍手が起こった。

それは次第に波紋のように広がり、やがて広場全体を揺るがす万雷の拍手と『ウラー(万歳)』の歓声へと変わっていった。

 

民衆は馬鹿ではない。その歓声の大半は、若く活力に溢れる新たなリーダーの言葉に、とりあえず縋ってみようという「無責任な期待」から来るものであった。

だが、アレクセイロスはその重圧を、重い帝冠と共に皇帝としての矜持をもって甘受した。

 

(今は、ただの期待でいい。最初の段階である期待を背負うことは出来た。次は私の行動によって、彼らの期待に応え、真の皇帝として認めさせよう)

 

アレクセイロスは、決意を固くして、歓声に応えて何度も深く頭を下げた。

 

 

◇

 

 

スピーチを終え、バルコニーの奥の控室へと下がったアレクセイロスを待っていたのは、軍服姿のローゼフシルト中将であった。

 

「素晴らしい演説でしたよ、陛下」

 

ローゼフシルトは、誰にも聞こえない声で、からかうようにライヒの言葉で言った。

 

「宣伝省のアドルフが聞いたら、顔を真っ赤にして卒倒しそうなほど、見事な原稿破りでした」

「よしてくれ、ジーク」

 

アレクセイロスは、ライヒ語で苦笑しながらローゼフシルトの肩を叩いた。

 

「君の前では、ただのアリョーシャでいい。それに、私は君から教わったことを言っただけだ。……為政者は、民の奉仕者でなければならないと」

「私はそんな立派なこと、教えた覚えはありませんがね」

 

ローゼフシルトは肩を竦めた。その胸元には、アレクセイロスの父ニホライから授与された帝政ルーシーの最高勲章『聖アンドレイ勲章』が誇らしげに輝いていた。

 

部屋に置かれている豪華な振り子時計がチクタクと時間を刻んでいる。

 

「ところでジーク。君が私たちを助けた時に言った言葉の意味をそろそろ教えてもらっても?」

 

彼は顎を撫で、目線が左上を向く。

困った時はよくこうすることをアレクセイロスは知っていた。

 

「……おっと、もうそろそろ11時だ」

 

彼は誤魔化すように懐中時計を見た。

 

「もっと昔話に花を咲かせたいところですが、残念ながら時間がありません。私はすぐに、南の戦線へ向かわねばならない」

「南へ? ヨシフグラード……ヴォルガグラードの戦線が膠着しているとは聞いているが……」

「ええ。ですが、真の問題はそこではないのです。……凍りついた大地が、そろそろ崩れ落ちる。赤軍の、巨大な大反攻に備えねばなりません。これを止めに行かねば、帝国軍は南で完全に消滅します」

 

少しお茶らけていたローゼフシルトの眼差しはいつの間にか、あの館の地下室で見た時と同じ、極めて冷徹で、未来の悲劇を見透かしているかのような色を帯びていた。

 

「どうかご無事で、アリョーシャ。ペトロブルクの復興を頼みます」

「君も、武運を祈っているよ、ジーク」

 

短く敬礼を交わすと、ローゼフシルトは軍用コートを翻し、疾風のように控室を後にした。

赤軍の怒涛の大反攻を食い止めるため、地獄の南部戦線へとすっ飛んでいくかつての命の恩人の背中へ向けて、アレクセイロス三世は、少し苦笑しながらいつまでも手を振り続けるのであった。

*1:
オムスク

*2:
クラスノヤルスク




やっぱアレクセイはロシアの救世主だってはっきりわかんだね(TNO並感)




設置されているアンケートですが分かりづらいようなので注意を書いておこうと思います。

今まで他人視点でのローゼフシルトの過去のチラ見せはあっても大胆な露出はなかったので、それをどうするか?というアンケートのつもりです。
③が今まで通りのチラ見せで、①と②が今までと違い、ローゼフシルトを深堀する話。
①がそれを前世までさか戻って書く。②が前世は書かず、転生以降の活動について書く。
と理解していただければ幸いです。

もし書く場合は①の場合は3話を予定していて、②の場合はそれよりも一話少ない予定です。増えても、もう一話程度で済むと思います。

ローゼフシルトの過去話いる?

  • 前世まで赤裸々に見せろ!おら!!
  • 転生してからの話あくしろ
  • 男に興味ねぇからさっさと話進めろや!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。