《統一暦1927年11月末 ヴォルガ河畔 ヨシフグラード市街地上空》
――呪ってやる! 呪ってやるぞ、ジーク・マイヤー・アンドシェル・フォン・ローゼフシルト!!
高度百メートル。鉛色の雲の下、凍てつく冬の空気を切り裂きながら、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐は胸の中で、自らをこの地獄の底へと再び突き落とした上司への憎悪を煮えたぎらせていた。
事の発端は数日前。11月27日。
ドン川東岸のピトムニク近郊において、三個野戦軍という狂気的な数の赤軍を相手に、死に物狂いの遅滞戦闘を完了させた直後のことであった。
疲労困憊で泥と硝煙にまみれ、辛うじてドン川西岸の橋頭堡へと退いたターニャの前に、パリッとした仕立ての良い軍用コートを羽織った戦闘群指揮官、ローゼフシルト中将が姿を現したのだ。
「おめでとう、デグレチャフ大佐。君は准将に内定したよ。それと同時に、君は名実ともに一個師団規模の部隊の指揮官だ。君の献身的な遅滞戦闘を参謀本部は多いに評価しているようだ。そして――」
満面の笑みでそう告げた彼に対し、ターニャの背後では、厄介な参謀長であるエリザーベト少佐と、おそらく事態の重さをよく分かっていない副官のセレブリャコーフがパチパチと無邪気に拍手を送っていた。
確かに、軍人としてのキャリアを考えれば准将への昇進は破格である。だが、ターニャの論理的思考回路は、この過剰なまでの「褒め殺し」染みた賞賛に、強烈な違和感と警鐘を鳴らしていた。
そして、その違和感は、ローゼフシルトが口にした『さて』という接続詞によって最悪の確信へと変わったのである。
「私は悲しい。君たちのような素晴らしい戦闘群から、離れることになるとは……」
ローゼフシルトは、いかにも三文芝居めいた大げさな手振りで目を伏せた。
「デグレチャフ大佐。これが、私の戦闘群指揮官としての「最後」の命令だ」
「……ええ。なんでしょうか」
ターニャは内心の警戒心を最高潮にまで引き上げながら、引き攣った頬で聞き返した。
次の瞬間、ローゼフシルトはターニャの華奢な肩を両手でガシリと掴み、極悪非道な、悪魔のような満面の笑顔で言い放ったのである。
「貴官、および戦闘群所属の魔導部隊の全ては、ただいまよりヨシフグラード背面で包囲下にある友軍援護のため、赤軍の包囲網の内側(ケッセルの底)へ急行せよ。以上だ」
「…………は?」
思考が停止した。
今、何と言った? ヨシフグラード? 包囲網の内側?
つい先程まで、その包囲網の完成を遅らせるために死に物狂いで防波堤になり、ようやく脱出してきたばかりだというのに。そこへ再び、しかも今度は完全に封鎖された包囲網の内側へ「戻れ」というのか!?
絶望で声も出ないターニャに対し、ローゼフシルトは爽やかに続けた。
「安心したまえ。包囲網の突破と友軍の救出は、モンシュタイン大将のドン軍集団がすぐに行ってくれる。君たちの任務は、中から彼らの攻撃に呼応することだ。長くても一週間程度の任務だよ」
(運が良くても悪くてもそうでしょうな!! 一週間もすれば、救出されるか、全滅しているかのどちらかだ!)
ターニャが内心で血の涙を流してツッコミを入れていると、ローゼフシルトはさらに追い打ちをかけた。
「それとも、包囲網の中への「移動手段」の心配かな? なら大丈夫だ。我々が用意した頑丈な爆撃機の爆弾槽が空いているらしい。そこに詰めて乗って行ってもらい給え」
航空魔導士を爆弾扱いで爆弾槽に詰め込み、対空砲火の嵐の中を敵地のど真ん中へ投下する。
前世の安全基準を根本から否定する、まさに狂気の沙汰であった。
――そして現在。
その屈辱的かつ命懸けの「空中投下」を何とか生き延び、包囲下のヨシフグラード市街へ舞い降りたターニャは、行き場のない怒りの全てを、眼下の赤軍へとぶつけていた。
「第一中隊、私に続け! あの瓦礫の影から撃ってくる赤トンボどもを叩き落とせ!」
ターニャの号令とともに、第二〇三航空魔導大隊の精鋭たちが空を舞う。
標的は、上空から市街地の友軍陣地へ執拗に機銃掃射を仕掛けてくる、連邦のIl-2対地攻撃機の編隊である。ターニャは演算宝珠を赤熱させ、敵機をパイロット諸共地獄へ落とした。
『ウラーッ! 突撃しろ!!』
眼下では、赤軍のKV-1重戦車が、その背中に無数のタンクデサントを乗せて瓦礫の山を突き進んでくるのが見えた。
「コミーは何処からともなく湧いてくるものなのか! まとめてあの世へ直送してやる! 爆裂術式を食らわせてやれ!!」
ターニャが放った爆裂術式が、KV-1のエンジン後部へ直撃する。
凄まじい爆発が起こり、分厚い装甲を誇る重戦車は一瞬で炎に包まれ、背に乗っていたタンクデサントたちは悲鳴を上げる間もなく四散し、文字通り黒焦げの肉片となって空を舞った。
「大隊長殿! 右翼の工場の廃墟から、敵の魔導小隊が上昇してきます!」
「ヴァイス少佐、グランツ大尉! 各個撃破など面倒だ、小隊単位でまとめて吹き飛ばせ!」
「は、はっ!!」
ターニャは指示を出しながら、自らも急降下する。
彼女の眼差しは、半壊した百貨店の三階部分、わずかな窓の隙間からこちらを狙う赤軍の狙撃兵の銃口を捉えていた。
「陰からコソコソと……目障りだ!」
ターニャは銃冠に銃剣を形成し、魔力を込めて百貨店の壁面を斬りつけた。
物理的な破壊力を極限まで高められた刃は、コンクリートの壁を豆腐のように切り裂き、建物そのものの構造を破壊する。轟音と共に崩れ落ちる百貨店。内部に潜んでいた狙撃兵たちは、建物ごと潰され、瓦礫と鉄筋が織りなす悲惨な前衛芸術の一部と化した。
「……今日の大佐殿は、いつも以上に荒れておられるな」
「ああ。中将閣下のあの一件以来、大隊長殿の周りだけ気温が五度は低い気がする。我々も下手を打てば、あの前衛芸術の飾りにされかねんぞ……」
ターニャの後ろを飛びながら、ヴァイスやグランツたち部下の面々は、獅子奮迅の働きで赤軍を血祭りに上げていく小柄な上官の背中を見て、ヒソヒソと通信機越しに戦慄していた。
だが、この激怒した幼女の皮を被った化物による大暴れは、ヨシフグラードの包囲網を縮小しようと攻勢を強めていた赤軍に甚大な被害を与え、結果として包囲下の帝国軍十万人の寿命を、確実に延ばすことに成功していたのである。
◇
《同時刻 ドン川周辺 S字突出部》
ターニャの魔導部隊がヨシフグラードのケッセルの内側で大暴れし、赤軍の注意を引きつけているその裏で。
ドン川流域のS字突出部では、いよいよ帝国の救援作戦冬の嵐と、連邦の包囲殲滅作戦ウラヌスの、総力を挙げた大激突が開始されようとしていた。
連邦赤軍の総指揮官ワーシレフスキーは、モンシュタイン率いるドン軍集団が西岸からヨシフグラードへ向けて進撃してくることを察知し、彼らの後方を脅かし、可能であれば包囲殲滅するための冷酷な決断を下した。
『――S字突出部の北部から、「敵前渡河」を実施せよ』
北部での渡河作戦。それは、待ち構える帝国軍の機関銃陣地の真正面から、氷の浮く川を渡るという自殺行為に等しい命令であった。
だが、赤軍はそれを本気で成功させるつもりがあるかのように、猛烈な準備を行った。
渡河予定地の僅か数キロの範囲に、実に五〇〇〇門もの砲門を集中。そこから丸一日、24時間ぶっ通しで狂気的な集中砲火を浴びせ続けたのである。対岸の地形は完全に変わり、雪は黒い泥土と化し、木々は一本残らず消し飛んだ。
そして、砲撃が止んだ直後。
「ウラーッ!」の咆哮とともに、無数の赤軍兵士たちが粗末なボートやイカダ、あるいは氷海を泳いでドン川を渡り始めた。
『敵の渡河を確認! 撃てェッ!!』
だが、帝国軍は甘くなかった。
彼らは赤軍の狂気的な準備砲撃から渡河位置を完全に特定しており、砲撃を耐え抜いた後方陣地から、渡河真っ最中の赤軍へ向けて猛烈な十字砲火と重砲の雨を降らせた。
川面で次々と爆発が起こり、ボートは木端微塵に粉砕され、赤軍兵士たちは文字通り「消し炭」となって極寒の川底へと沈んでいった。ドン川の北部は、数万の兵士の血で赤黒く染まった。
しかし。
ワーシレフスキーにとって、この北部での凄惨な失敗は計算通りであった。
彼が数万の同胞の命を対価にして行ったこの狂気の渡河作戦は、帝国軍の予備兵力と視線を北部に釘付けにするための、壮大極まりないマスキロフカに過ぎなかったのである。
連邦の狙いは変わらず、S字突出部の北側にある帝国軍の突出部を包囲することであったが、そのための本命の渡河地点は、北部ではなく南部であった。
北部の強行渡河から半日後。帝国軍の警戒が薄れた南部において、赤軍の主力部隊による真の渡河作戦が開始された。
南部に配備されていた帝国軍の機関銃陣地は、押し寄せる赤軍兵士を薙ぎ払い、文字通り物言わぬ肉片を山のように量産した。だが、赤軍は死体の山を乗り越え、ついに南部の渡河を成功させた。
これにより、S字突出部の帝国軍は背後を脅かされ、逆に包囲される危機に陥ったかに見えた。
だが、ここで戦局は予想外の反転を見せる。
S字の底にあたるカラチ=ナ=ドヌの橋頭堡から、ヨシフグラードの救出へ向けて攻撃を開始していたエーリッヒ・フォン・モンシュタイン率いるドン軍集団の主力が、赤軍の想定を遥かに上回る異常な速度で、包囲網の外殻を突破し始めたのである。
結果として、南部に渡河して帝国軍の背後を脅かそうとしていた赤軍の部隊は、逆に自らの背後を凄まじい勢いで突き進んでくるドン軍集団によって脅かされるという、致命的な事態に陥ってしまったのだ。
◇
《同時刻 オクチャブリスキー周辺》
ドン軍集団の先鋒として、赤軍の防衛線を紙のように引き裂いて進撃していたのは。
指揮官(ローゼフシルト)は司令部に入り浸り、実質的な野戦指揮官(ターニャ)と魔導部隊を丸ごと包囲網の中へ引き抜かれた、残された者たち――サラマンダー戦闘群の装甲部隊であった。
現在は、参謀長であるエリザーベト・エドゥアルド・フォン・ローゼフシルト少佐が前線指揮を執っているこの部隊は、配備されている戦車の様子のおかしい性能によって、戦場の常識を完全に破壊していた。
それが如実に露わとなったのが、オクチャブリスキー周辺で勃発した大規模な戦車戦である。
赤軍は、ドン軍集団による突破の穴埋めのために急遽三個軍を投入。さらに、先鋒で暴れ回っているたかだか一個師団規模に過ぎないサラマンダー戦闘群の足を止めるためだけに、無傷の一個戦車軍――T-34やKV-1からなる戦車四〇〇両を正面からぶち込んだのである。
だが、その結果は、赤軍にとって理解不能な悪夢であった。
『敵戦車群、距離一二〇〇! 各車、行進間射撃、テー!』
エリザーベトの甲高い号令とともに、雪原を時速四〇キロ近い高速で疾走するサラマンダー戦闘群の戦車が、次々と火を噴いた。
接敵から僅か二時間後。
赤軍の一個戦車軍四〇〇両のうち、実に『半数』の二〇〇両が、一方的なアウトレンジからの精密砲撃によって撃ち抜かれ、砲塔を吹き飛ばされてスクラップと化していた。
そして、さらに二時間後。
残りの二〇〇両も、接近戦に持ち込もうとしたところを分厚い複合装甲に全て弾き返され、次々と装弾筒付徹甲弾の餌食となり、赤軍の誇る一個戦車軍はこの世から完全に消滅したのである。
この、わずか四時間で四〇〇両の敵戦車を一方的に殲滅するという摩訶不思議な現象を演出したのが。
ローゼフシルト財閥傘下フォルクスワーゲンと帝国軍が極秘裏に研究・製造した、帝国軍の次世代主力戦車――R-1『リンドヴルム』であった。
◇
リンドヴルムの設計思想は、当時の戦車の常識から数十年先を行くオーパーツの塊であった。
その最大の特徴は、ローゼフシルトのどこから来たか分からない知識によってもたらされたFFレイアウトである。巨大なV型12気筒ターボチャージャー・ディーゼルエンジンを車体前方に配置することで、万が一敵の砲弾が装甲を貫通しても、分厚い鉄の塊であるエンジンが第二の盾となり、後方の戦闘室にいる乗員の命を確実に守り抜く。
装甲は、特殊セラミックと樹脂を鋼鉄で挟み込んだ複合積層装甲を採用。これにより、赤軍の徹甲弾や成形炸薬弾の威力を物理的に拡散させ、完全に無力化した。
攻撃面においては、従来の戦車砲を遥かに凌駕する55口径の120ミリ高初速ライフル砲を搭載。
そして、この戦車を真の怪物たらしめているのが、技術を前倒しで実用化したトランジスタ素子によるアナログ弾道計算機とジャイロ・スタビライザーであった。
これによりリンドヴルムは、激しく揺れる雪原を疾走しながらでも、一.五キロ先の敵戦車を時速二十キロの速度で三十から四十%の確率で撃ち抜く行進間射撃を可能としたのである。
さらには、車体後部に巨大なクラムシェル・ドアを備え、戦闘中の迅速な弾薬補給や、随伴する装甲擲弾兵の車内収容すら可能としていた。
機関銃以外の全てがこの戦車を最強にするためだけに専用設計された、兵站の悪夢にして無敵の兵器。
この鋼鉄の飛竜が先陣を切るドン軍集団の重装甲の楔は、赤い津波を真っ二つに引き裂きながら、包囲下のヨシフグラードへ向けて、確実な死と救済の足音を響かせて進撃していた。
【フォルクスワーゲン製 次世代主力戦車(MBT) R-1『リンドヴルム』性能諸元表】
■ 基本性能
・全長:10.8 m(砲身含む) / 車体長:7.6 m
・全幅:3.7 m
・全高:2.4 m
・全備重量:約 55 t
・乗員:4名(車長、砲手、操縦手、装填手)
■ 機関・駆動系
・懸架方式:フォルクスワーゲン式 独立油気圧(ハイドロニューマチック)サスペンション
・機関部(エンジン配置):車体前方配置(フロントエンジン・フロントドライブ:FF方式)
・発動機:フォルクスワーゲン製 『R-TD1200』水冷V型12気筒ターボチャージャー・ディーゼルエンジン
・最大出力:1,200 馬力(出力荷重比:21.8 馬力/t)
・最高速度:65 km/h(整地) / 45 km/h(不整地)
■ 武装
・主砲:55口径 120mm高初速ライフル砲 ×1門
(※弾種:装弾筒付徹甲弾APDS、対戦車榴弾HEAT、粘着榴弾HESH対応)
(※艦載砲技術を応用した半自動装填補助装置搭載)
・副武装:7.92mm 同軸機関銃 ×1、車長用対空機関銃 ×1(※既存の汎用品)
■ 装甲・防御
・車体・砲塔前面:複合積層装甲(表面硬化鋼板+特殊セラミック材+ショック吸収樹脂のサンドイッチ構造)
・防御思想:極端な避弾経始(傾斜装甲)に加え、車体前方に配置された巨大なエンジンブロックそのものを「乗員を守るための装甲板」として利用する生存性極振り設計。
■ 特殊装備・搭載技術
・トランジスタ式・アナログ弾道計算機:黎明期の固体素子(ゲルマニウム・トランジスタ)を用いた射撃統制システム。気温、風向き、目標の移動速度を自動計算して照準に補正を掛ける。
・主砲二軸安定装置(スタビライザー):精密ジャイロスコープと油圧サーボにより、走行中の揺れを相殺。時速20kmでの行進間射撃を可能とする。
・車体後部クラムシェル・ドア:エンジン前方配置の恩恵により、車体後部に巨大な観音開きのハッチを装備。乗員の安全な脱出、迅速な弾薬補給、歩兵数名の車内収容が可能。
自分の考えた最強の戦車を書く時が一番楽しい。
歴史逆行系で技術レベルが1920年以降ならほぼ確実にでてくるトランジスタ君。
こちらでもしっかり出ます。
ローゼフシルトの過去話いる?
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前世まで赤裸々に見せろ!おら!!
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転生してからの話あくしろ
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男に興味ねぇからさっさと話進めろや!