今までパンター枠で登場していたハインツ戦車の本当の名前はグライフでした。
グライフという名前が登場するのは本当に初期の方だけで、それ以降はなぜかずっとハインツです。
多くの読者の皆様を困惑させてしまいましたことを、深くお詫び申し上げます。
つきましては数日中を目途に全て修正させていただきます。
《統一暦1928年3月上旬 帝都ベルン 地下大本営》
分厚いコンクリートと鉛の壁に覆われた、帝都の地下数十メートルに位置する極秘の円形会議室。
そこは、通常の参謀本部の将官すら立ち入ることを許されない、帝国の最奥にして最も暗い意志が決定される場所であった。
円卓の中心に座すのは、帝冠を戴いたばかりの若き皇帝、ヴィルヘルト三世。その顔には、父王の死を悼む悲哀よりも、抑えきれない激しい憤怒の炎が燃え盛っていた。
「……野蛮なボリシェヴィキの豚どもめ。父上の国葬の最中でありながら、いささかの配慮も騎士道精神もなく、我が帝国の威信を汚すべく大規模な攻勢をかけてくるとは。この屈辱、我が家名にかけて絶対に許すわけにはいかん」
新たな皇帝の低く震える声が、会議室に響き渡った。
もともと強烈な反共主義者であったヴィルヘルト三世にとって、赤軍のこのタイミングでの攻勢は、単なる軍事行動ではなく、帝国皇室と亡き父への明白な冒涜であった。
皇帝は円卓を強く叩き、居並ぶ帝国の最高指導層――ゼートゥーア元帥、ルーデルドルフ元帥、ペルツル宰相、そして無二の親友であるローゼフシルトを鋭く見据えた。
「私は決断した。これより、ラグナロク委員会第二から第四委員会を正式に招集する。我が国が総力を挙げて完成させたあの戦略兵器をもって、ルーシー連邦の全ての主要都市と野戦軍を一人残らず死の灰で染め上げる『オペレーション・ゲヘナ』の発動を委員会に上申せよ」
皇帝の放った強烈な言葉に、会議室の空気が一瞬にして凍りついた。
『ラグナロク委員会』。それは、核兵器などの戦略大量破壊兵器の運用を最終判断するため、軍や政府の指揮系統から完全に切り離された非人道的・超法規的組織である。ゼートゥーアやローゼフシルトら帝国の重鎮でさえも、この委員会には表向き名を連ねていない。
『オペレーション・ゲヘナ』とは、その委員会が策定した対ルーシー連邦用の核及び化学、生物兵器による無制限攻撃計画の名称であった。
この皇帝の早急すぎる決断に対し、参謀次長ゼートゥーア元帥は、表情には出さないものの、内心で思わず苦笑を漏らしていた。
(……血気盛んなのは結構だが、いささか大局が見えておられない。国家の命運を左右する究極の戦略兵器を、個人的な怒りや、これ程度の局地的な危機でポンポンと使ってしまっては、兵器としての政治的価値と抑止力が損なわれるというものだ)
ゼートゥーアがやんわりと諫めの言葉を紡ごうとしたその時、皇帝の隣に座るローゼフシルトが静かに口を開いた。
「陛下の御怒り、ごもっともでございます。私とて、出来ることなら明日にでも、あの赤いダニどもを巣穴ごと消し去りたいと思っております。……ですが陛下、ゲヘナの全面発動には、現実的な問題がいくつか存在いたします」
「問題だと? なんだ、ジ、……ローゼフシルト大将」
「第一に、在庫が足りません」
ローゼフシルトは手元の革張りのファイルを開いた。
「シュパーヤ大臣の尽力により超高純度黒鉛減速炉は稼働しておりますが、現在の帝国はラグナロクの決行に向けて全力で製造に取り掛かっている最中であり、連邦という広大すぎる大地の全土を死の灰で染め上げるには、いささか絶対数が不足しております」
皇帝は渋い顔をして舌打ちをした。ローゼフシルトはさらに言葉を継ぐ。
「第二に、政治的問題です。我が帝国は現在、ルーシーの正統なる血を引くアレクセイロス三世陛下を戴く帝政ルーシーと同盟を結んでおります。彼らは将来的に、我々が赤軍を駆逐した後の広大な領土を統治する予定の者たち。その同盟国の領土(予定地)へ無差別に核兵器や化学兵器を落とし、数百年草木も生えない汚染地帯に変えてしまえば、彼らの心証を致命的に損ね、戦後の統治に重大な支障をきたします」
「……ではどうするのだ。私と帝国の顔に泥を塗ったあの虫ケラどもを、無傷で歩かせろとでも言うのか」
不満を隠せない皇帝に対し、ローゼフシルトは不敵な、そして悪魔的な笑みを浮かべた。
「無論、そのような生温い対応はいたしません。連邦に鉄槌を下したいという陛下の御意志は、我々OKWの総意でもあります」
(可能であるのならば連邦は早々に退場してもらった方が都合がいい。新大陸の怪物と一緒に相手にするには荷が重すぎる。今回の件は……まあ、不都合も大きいが、それ以上に実利がある)
ローゼフシルトは立ち上がり、円卓の中央に置かれた東部戦線の巨大な作戦図を指し示した。
「これら様々な要素を考慮し、作戦を大幅に変更・縮小した上で委員会に上申いたします。オペレーション・ゲヘナ及び各種作戦の予備段階として、各種戦術的データの収集を目的とした実験的軍事行動――『ラグナロク演習』を立案いたします」
「演習、だと?」
「はい。目標は、ヴォロネジ周辺に誘引した膨大な赤軍を、迅速かつ低被害での殲滅と、戦略兵器の実戦における運用データの収集です。ただし、我々はこの兵器を可能な限り秘匿し、連合国による同兵器の開発を少しでも遅らせるようにします」
その冷酷なまでの合理性と破壊のビジョンに、ゼートゥーアとルーデルドルフは深く頷き、皇帝ヴィルヘルト三世もまた、その怒りの矛先を完璧に満たす提案に満足げに玉座に深く腰を下ろした。
その後開かれた秘密裏のラグナロク委員会は、この限定的な戦略兵器の投入を満場一致で許可した。
だが、この作戦の決行には、もう一つの儀式が必要であった。
帝政ルーシーの皇帝、アレクセイロス三世の許可である。
別室に招かれたアレクセイロス三世は、ローゼフシルトからこの兵器の持つ「放射能」という見えない毒と、土地を汚染する破壊力についての概略を聞かされると、顔面を蒼白にして激しく机を叩いた。
「断じて許可できない! いかにボリシェヴィキの支配下にあるとはいえ、そこは我が愛する祖国の大地であり、そこに住むのは罪なきルーシーの民だ! その大地を汚染し、同胞を毒の炎で焼き尽くすなど、皇帝として絶対に認めるわけにはいかない!」
「……お気持ちは分かります、アレクセイロス陛下」
ローゼフシルトは、激昂するルーシーの守護者に対し、親友であることも忘れるような一切の感情を交えない氷のような声で応じた。
「ですが、現実を見据えていただきたい。もしこの兵器の使用を拒み、戦争がさらに数年、数十年と長引けばどうなるか。その間に、ボリシェヴィキの過酷な支配下で飢えと粛清によって殺される貴方の同胞の数は、この作戦で犠牲になる人間の数を遥かに、圧倒的に上回るのですよ。……一部の大地の汚染を許して迅速に祖国を解放するか。それとも、大地の清らかさを守るために同胞が緩やかに絶滅していくのを黙って見届けるか。……皇帝としての決断を、お願いいたします」
ローゼフシルトの提示した、あまりにも救いのないトロッコ問題。
アレクセイロス三世は血が滲むほど唇を噛み締め、右手で目を覆い静かに上を仰いだ。そして数分の沈黙の後、途轍もなく渋々、震える手で作戦の同意書にサインをしたのである。
こうして、ラグナロク演習の法的・道義的ハードルは全てクリアされた。
◇
《統一暦1928年6月上旬 東部戦線南翼 サラマンダー戦闘群司令部》
「大隊長殿! OKWから手配されていた『防護服』の受け取りと、各員への配布が完了いたしました!」
ヴォロネジの防衛線から一ヶ月前に続いて数十キロも後方へと部隊を下げるという、不可解な撤退行軍を終えたばかりの天幕。
副官のセレブリャコーフ中尉が、両手で抱えきれないほどの分厚いゴム引きのスーツと、異様に巨大なフィルターのついたガスマスクを机の上にドサリと置いた。
その不気味な装備を見つめながら、ターニャ・フォン・デグレチャフ准将の思考は、わずか三十六時間前のあの瞬間へとフラッシュバックしていた。
三十六時間前。
ターニャを含むヴォロネジ周辺の部隊の元に、OKWから突然下された『直ちに後方へ撤退せよ』という狂気的な一斉命令。
前線がさらに後退を命じられるという事態に、「さらに撤退するのか!? あの男の考えがいよいよ分からない……」と困惑していたターニャの元へ、戦闘群参謀長のエリザーベト少佐が、一枚の電報を持って駆け込んできたのだ。
『准将閣下。父から閣下へ直接渡すようにと、優先回線で暗号電報が届いております』
エリザーベトから恭しく手渡された電報。そこには、軍事用語など一切使われていない、極めてふざけた、ジョークのような短い文章が綴られていた。
【愛しき猟犬へ。ここ数日のうちに、そちらの戦区では日差しが極めて強くなる予報とのことだ。重度の日焼けを防ぐため、十分に距離をとって撤退してくれたまえ。追伸:絶対に、直接フラッシュを見ないように】
その文章を読んだ瞬間、ターニャの全身の毛穴が全開になり、驚愕で目を見開いた。
日差しが強くなる。日焼け。フラッシュ。
西暦の記憶を持つ彼女にとって、それが何を意味する隠語であるかなど、一秒も考えずとも理解できた。
(……核兵器か!? あの男は、ついにこの世界で原子爆弾を完成させ、コミーを焼き尽くすつもりか!!)
ターニャは電報を握りつぶし、血走った目で周囲の幕僚たちに怒鳴り散らした。
『OKWの命令は絶対だ! いますぐ全軍に荷物をまとめさせろ! 一秒でも早く、一ミリでも遠くへ逃げるぞ!!』
――そして、現在。
回想から現実へと戻ったターニャは、ヴィーシャが持ってきた自身の「特注の小さいサイズの防護服」を持ち上げた。
分厚い特殊なゴムシートが編み込まれているのか、信じられないほど重い。そしてふと隣を見ると、ヴィーシャが自分用の標準サイズの防護服を胸の前で当てている。その防護服は一般的なサイズなのに対し、ターニャのものは体型に合わせて特注された小さなものだった。
「…………」
ターニャは、ヴィーシャの一般的な防護服と自分の小さな防護服を見比べ、チッと舌打ちをして極めて不機嫌そうに顔を顰めた。
「大隊長殿……? サイズが合いませんでしたか?」
「いや。配慮が完璧すぎて腹が立っているだけだ。……それより、後方から到着したという部隊の配置は済んだか?」
「はい。中央から派遣されてきた『観測隊』の皆さんは、我々の陣地のさらに後方の高台に、巨大なパラボラアンテナや、見たこともない測定機材を展開しています。……それと、もう一つ『特別砲兵群』と名乗る部隊も到着していますよ」
ヴィーシャの報告を聞き、ターニャは天幕の外を忌々しげに睨みつけた。
観測隊がパラボラアンテナを立てているのは分かる。これからヴォロネジの上空で起こる「世界の終わり」のデータとEMPの波形を記録するためだろう。
だが、問題は観測隊とは別に到着していた『特別砲兵群』であった。彼らはやたらと口径のでかい大砲と大量のロケット砲を引っ提げてやってきた。加えて大量のボンベと奇妙な投射器を並べていた。彼らは間違いなく、化学兵器(毒ガス等)を専門に扱うガス攻撃部隊であった。ターニャは公式には知らされていないが、その異様な装備を見れば何となく察しがつく。
(……我々が風上に数キロも後退させられたのは、単にアレの爆風から逃れるためだけではない。ガス攻撃の際のバックドラフトを防ぐための、絶対的な緩衝地帯を作るためでもあったというわけか)
さらにターニャを呆れさせていたのは、OKWから全軍に下達された、奇妙極まりない防護プロトコルであった。
『――作戦開始の数分前、全前線部隊は戦車のアンテナを完全に格納し、全電子機器の電源を完全に切断すること。さらに、通信機などの精密機器は支給された金属箱(ファラデーケージ)へ密閉せよ』
帝国軍の高度なデータリンクや弾道計算機(FCS)は精密機械であるため、とあるものから守る必要があった。だが、帝国の将兵たちは、なぜ一時的に通信の目と耳を完全に塞がなければならないのか、その意味をよく理解せぬまま、ただ「OKWの厳命」として忠実に金属箱への収納作業を行っていた。
(……ろくでもないだろうな。観測隊が安全な場所から計測計を眺めている間、我々はこの重いゴム服を着て、毒ガスと放射能の恐怖に怯えながら突撃させられる羽目になるのだからな)
ターニャは、これから始まるこの世の地獄を想像し、深い溜息を吐くのであった。
◇
《同日 サラトフ上空》
ラグナロク演習の第一撃。その標的となったのは、ヴォロネジのさらに東、交通の要衝であるサラトフであった。
その日、サラトフの空は高く澄み渡っていた。
この日までの数週間、帝国空軍の爆撃機部隊は、ヴォロネジからこのサラトフに至るまでの都市という都市に対し、執拗な絨毯爆撃を繰り返し、それを完全に常態化させていた。
赤軍の対空砲火部隊にとって、空襲警報のサイレンはすでに日常の一部と化していた。そして彼らは、帝国の爆撃隊の行動に一つの『明確なルーティン』があることを見出していたのだ。
大編隊による猛烈な爆撃が終わり、空襲警報が解除された数時間後。必ず、数機の戦闘機を護衛につけた『一機のペガサス輸送機』が、高高度を悠々と飛来し、被害状況を写真偵察していくのである。
「また来やがったな、帝国の写真屋め」
「放っておけ。弾の無駄だ。あいつらは爆弾を落とした後の街を撮影しに来ているだけの、無害な偵察機だ」
赤軍の対空砲手たちは、上空を飛ぶ四発の黒い輸送機を見上げながら、煙草を吹かして嘲笑っていた。連日の爆撃で疲弊している彼らにとって、実害のない写真偵察機に対して貴重な対空砲弾を消費し、陣地の位置を暴露する理由はどこにもなかったのだ。
赤軍は次第に、爆撃後のペガサス輸送機は「無害」であると思い込み、迎撃を完全にやめてしまっていた。
だが、今日その上空を飛んでいたペガサスは、写真機など積んでいなかった。
特殊な改装を施され、内部に投下用のレールを増設されたその機体の内部には、人類が作り出した最も冒涜的な兵器が、太いワイヤーで繋がれていた。
この兵器の起爆メカニズムは、西暦世界においても極めて高度な技術を要する『ブースト型:ツーポイント・インプロージョン方式』であった。
通常の原爆が、プルトニウムの球体を周囲三百六十度から三十個以上の爆縮レンズで均等に圧縮するという、極めて複雑で巨大な構造を必要とするのに対し、この爆弾は両端に配置されたわずか「二つ」の起爆装置が同時に点火する。そこから発生した爆轟波は、特殊な形状の爆縮レンズを通過することで完全に均等な球状の衝撃波へと変化し、中心のプルトニウム・ピットを圧縮する。
さらに、ピットの中心部にある空洞には、重水素と三重水素の混合ガスが封入されていた。爆縮によって超臨界状態に達した直後、その超高温と超高圧が「核融合反応」を引き起こし、発生した膨大な高速中性子がプルトニウムの核分裂を爆発的に加速(ブースト)させる。本来なら核分裂しきれずに四散してしまうプルトニウムを限界まで燃やし尽くし、通常の数倍以上の破壊力を引き出す悪魔の錬金術であった。
『目標、サラトフ市街中心部、照準に捉えました』
『ロス! フルスロットルで退避しろ!』
機体後部のリア・ランプドアが開き、異形の巨大爆弾がサラトフの空へと静かに滑り落ちた。
高度二千メートル。気圧信管とレーダー高度計が、設定された起爆高度を感知した。
点火から起爆まで、わずか数百万分の一秒。
――――閃光。
今日、赤軍の油断は「最悪の結果」として顕現した。
音よりも早く、サラトフの上空に『二つ目の太陽』が生まれた。
数百万度の火球が空を飲み込み、強烈な熱線が地上に到達した瞬間、サラトフの市街地を歩いていた人間、建物、鉄道網、そのすべてが一瞬にして蒸発し、黒い影だけが地面に焼き付けられた。
直後に襲いかかった超音速の爆風は、残された瓦礫を木端微塵に粉砕し、巨大なキノコ雲が、全てを死の灰に変えながら成層圏へと立ち上っていった。
交通の要衝サラトフは、一瞬にしてこの世から完全に消滅したのである。
◇
《同時刻 キーウ近郊 帝国軍極秘ロケット発射基地》
サラトフへの第一撃と完全に時を同じくして、ヴォロネジの西方、キーウの郊外においても、ラグナロク演習のもう一つの、そして赤軍に最大の麻痺をもたらすフェーズが進行していた。
帝国軍は二ヶ月前から、このキーウ郊外の広大な一帯から住民を徹底的に追い出し、何重もの鉄条網と対空陣地で囲まれた完全な無人地帯を作り上げていた。その中心に建設されていたのは、コンクリートで固められた巨大な発射台と、それを支える無数のガントリークレーンからなる大規模なロケット基地であった。
そこに直立していたのは、かつてターニャたちを弾頭に乗せて打ち上げたロケットをさらに巨大化させた、帝国航空宇宙技術の結晶――『A22ロケット(2段式弾道ミサイル)』であった。
地下の堅牢な発射管制室では、白衣を着た技術者たちと軍服の将校たちが、無数の計器盤とランプの点滅を血走った目で見つめながら、慌ただしく交信を続けていた。
『――酸化剤および燃料の充填、一〇〇パーセント完了!』
『三基のA22ロケット、ジャイロスコープの回転正常。誘導波リンク、安定しています』
『目標座標、ヴォロネジ周辺。起爆高度、高度八万メートルに設定完了。ツーポイント・インプロージョン起爆信管、アーミングを確認』
管制室のスピーカーから、カウントダウンが響き始める。
『……ドライ、ツヴァイ、アインス。――主エンジン、イグニッション!』
大地が割れるような轟音と、視界を白く染め上げる猛烈な閃光が発射台を包み込んだ。
何百トンもの推進力が生み出す暴力的な炎を吹き出しながら、三基の巨大な鋼鉄の矢がゆっくりと上昇を開始し、青空を切り裂きながら成層圏へと向かって真っ直ぐに昇っていった。
『高度三〇キロを通過! 第一段ロケット、燃焼終了。……分離確認! 第二段エンジン、点火!』
『弾道軌道、正常。目標上空への到達まで、残り一八〇秒!』
宇宙空間の入り口、高度八〇キロメートル。そこは、空気が極端に希薄であり、地上からは決して目視できない漆黒の世界である。
その絶対の静寂の中へ、三つの弾頭が音もなく到達した。
ヴォロネジを取り囲む巨大な三角地帯の、まさに天頂に位置する宇宙空間。
そこで、三つの『ラグナロクの火』が同時に炸裂した。
真空中での核爆発は、地上のような巨大なキノコ雲や強烈な爆風を生み出さない。
その代わり、爆発の全エネルギーは強烈な「ガンマ線」や「X線」となって、地球の方向へ向かって全方位に光の速度で放たれた。
この大量のガンマ線が、高度数十キロの成層圏の薄い大気分子に激突する。ここで発生したのがコンプトン散乱と呼ばれる物理現象であった。ガンマ線が空気分子から電子を暴力的に弾き飛ばし、その無数の高エネルギー電子が地球の磁場に捉えられ、一斉に運動を開始する。
これにより発生したのは、人類がこれまでに経験したことのない、超高出力の『高高度電磁パルス(HEMP)』であった。
ナノ秒単位の強力な電磁波の津波が、空から地上へ向かって、ヴォロネジ周辺に展開する赤軍の頭上へ一瞬にして降り注いだのである。
「……なんだ? 今、空が一瞬、青白く光らなかったか?」
ヴォロネジの前面に展開していた赤軍の戦車長が、ハッチから身を乗り出して空を見上げた。地上にいる彼らには、爆発音も熱線も一切届かなかった。
だが、次の瞬間。
彼が首にかけていた通信用のヘッドセットから、「バチッ!」という破裂音とともに火花が噴き出し、鼓膜を破るようなノイズが鳴り響いた。
「ぐわぁっ!? 通信手! 無線機がショートしたぞ!」
アイドリング音を轟かせていたT-34やIS-3の群れにおいて、車内の照明や無線の配線がショートして火花を吹き、驚いた操縦手たちがパニックに陥り次々と急ブレーキを踏んで車両を停止させた。また、ガソリンエンジンで動く後方の補給トラック群は点火コイルを焼かれて完全に沈黙した。
幸いにも、ディーゼルエンジンという完全な機械式動力を持つ戦車そのものは、無傷のまま息を吹き返すことに成功した。
この時の赤軍の通信網は、前代未聞の電子攻撃により実に6割近くが沈黙状態となった。
たとえ通信網が四割生き残っていようとも、前線が未曾有の大混乱に陥ったことには変わりなかった。
無線の通じない部隊がパニックに陥る中、その混乱の極みにある赤軍の陣地へ向けて、帝国軍の風上の緩衝地帯に配置された特別砲兵群から、無数の投射器が火を噴いた。
ヒュルルルルル……!
空気を切り裂く不気味な音とともに降り注いだのは、炸裂弾ではない。
着弾と同時に、強烈なアンモニア臭が噴き出す、大量の『毒ガス弾』であった。
「ガ、ガスだぁぁぁッ!!」
「マスクを着けろ! 早く!!」
通信網を絶たれた一部の部隊や、何が起きているのかも理解できずに右往左往していた赤軍兵士たちは、突如として発生した高濃度の窒息地帯の真ん中に取り残された。
戦車のハッチを閉めても、毒ガスは容赦なく吸気口から侵入してくる。兵士たちは喉を掻きむしり、痙攣して失禁しながら次々と泥濘の中に倒れ伏していった。
EMPによる半身不随と、化学兵器による地獄の窒息地帯。
ヴォルガ川以西の南方に展開する赤軍部隊は、帝国軍の巧妙に計算された二重の罠の中に閉じ込められ、組織的な反撃能力を著しく削がれた状態へと追い込まれたのである。
◇
《同時刻 連邦臨時首都カイベジェフ スタフカ》
「どういうことだ! ヴォロネジ方面の前線で何が起きている!!」
カイベジェフの重厚な地下司令部。赤軍最高司令部代理、ゲオルギー・ジェーコブ元帥は、通信機の受話器を机に叩きつけ、怒号を飛ばしていた。
数時間前まで、ヴォロネジを起点とし、次なる攻勢の準備を整えつつあったはずの百万以上の大軍。その前線の様子が、突如として不可解な状態に陥ったのだ。
「わ、分かりません! カラチ方面の南部戦区との通信は途絶! 一部有線と無線が繋がりません!」
「北部のエレツ方面からは報告が多数入っています! 『空が一瞬青白く光った直後、一部の通信機が火を噴いた』『謎の毒ガス攻撃を受けている』『前線が極度の混乱状態にあり、組織的な行動が不可能』とのことです!」
通信将校と参謀の報告を聞き、ジェーコブは目を剥き、その場に立ち尽くした。
さらに、別の参謀が血相を変えて飛び込んでくる。
「ジェーコブ元帥! サラトフ方面の観測所から緊急入電!……サ、サラトフの市街地が、謎の攻撃で消滅したとのこと!!」
「なんだと……!? サラトフが消滅しただと!?」
交通の要衝サラトフの消滅、多くの部隊との通信途絶、ヴォロネジ全域での大混乱と不可解なガス攻撃。そして帝国軍の不気味なまでの計画的撤退。
その絶望的なパズルが頭の中で組み合わさった瞬間、ジェーコブの背筋に、氷のような悪寒が走った。
(……通信の分断。後方の遮断。そして、帝国軍の不自然な撤退……)
それは、彼が、赤軍が経験した凄惨な記憶。
三百万の野戦軍が巨大な袋の中に閉じ込められ、指揮系統を失ったまま粉砕された……ヴァルシャワでの大包囲の悪夢であった。
「……また、やられたのか……!?」
ジェーコブ元帥は、血の気が引いた顔で震える手で机の角を掴んだ。
ヴォロネジに翻った赤旗は、勝利の証などではなかった。それは、帝国軍が周到に用意した、史上最大最悪の死の檻へと赤軍主力をおびき寄せるための、ただの撒き餌に過ぎなかったのだ。
カイベジェフの地下司令部に、死のような静寂が落ちる。
通信機の虚しいノイズと、西から届く断片的な悲鳴だけが、これから始まる赤軍の凄惨な死闘を予言するように、ジリジリと響き続けていた。
安心してください!連邦はまだ戦えます!!(暗黒微笑)
ここから始まる恋(大戦車戦)もあるんだな~って
今回使用したのは史実のナチも大量に製造したタブンです。
サリンも考えましたがやめときました。
それと今回の核兵器は水素爆弾ではなくブースト型原子爆弾というやつです。
ローゼフシルトの過去話いる?
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前世まで赤裸々に見せろ!おら!!
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転生してからの話あくしろ
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男に興味ねぇからさっさと話進めろや!