作中時間を三年程戻します。
統一暦1925年末。
大平洋の海面が血と重油で染まり、東部戦線のヴォロネジで人類史上最大規模の殲滅戦が繰り広げられる、およそ二年と半年程前のことである。
大戦争という巨大な狂気は、決して欧州の主要国だけの専売特許ではなかった。
列強が激突する大国同士の戦場の陰で、小国たちは自らの意思とは無関係に、超大国たちの巨大なチェス盤の「使い捨てのポーン」として、容赦なく死地へと放り込まれていたのである。
その最も悲惨で、最も理不尽な犠牲となったのが、地中海の東に位置するエラス議会国であった。
◇
《エラス議会国 首都アテナイア 首相官邸》
エーゲ海の温暖な気候とは裏腹に、エラス議会国首相の執務室は、シルドベリアの永久凍土のような凍てつく沈黙に支配されていた。
首相の分厚いマホガニーのデスクの上に、一通の親書が置かれている。
差出人は、海の向こうのアルビオン連合王国政府。すなわち、あのウィンストン・チャーブルからの直筆の書簡であった。
『――親愛なるエラスの友へ。
貴国が古代より育んできた民主主義と自由の精神に、我がアルビオン連合王国は心からの敬意を表します。現在、欧州は野蛮なる帝国の軍靴によって蹂躙され、自由の灯火が消えんとしております。
我々は、貴国がこの歴史的な危機において、暴君の軛を打ち砕くための「聖なる防波堤」として、我が王立海軍と共に立ち上がってくれることを固く信じて疑いません。自由世界を共に守り抜くという、貴国の英雄的な決断を、我が連合王国は諸手を挙げて歓迎する準備が整っております――』
慇懃無礼で、大仰な修辞で飾られた連合王国特有の美しい外交文書。
だが、その実態は、翻訳するまでもなく極めて明白な『対帝国への参戦強要』にして『脅迫状』であった。
「……ふざけるな。断じて否だ」
エラス議会国首相は、その手紙をくしゃくしゃに丸め、暖炉の中へと投げ捨てた。
彼は狂人ではない。地政学的な現実を正しく理解できる、極めてまともな為政者であった。
「現在、帝国はあの強大なフランソワ共和国を一瞬で粉砕し、ダキアを蹂躙し、協商連合を地図から消し去ったバケモノだ。対するアルビオンは、島に引きこもって海から吠えているだけではないか。場末の酒場の飲んだくれですら、『ライミーがいつ膝を折って降伏するか』で賭けをしているというのに!」
今、このタイミングで帝国に喧嘩を売るなど、よく言えば英雄的、悪く言えばただの自殺願望のある馬鹿である。
「書記官! 直ちに連合王国外務省へ返電を打て! 『我が国は、貴国の崇高な理念に共感するものの、厳正なる中立を維持する所存である』と、極めて丁寧に、だが絶対に付け入る隙のない言葉で断りを入れろ!」
首相の迅速な判断。小国が生き残るための、完璧で真っ当な外交的対応である。
そう、彼は正しかった。
正しかったのだが……決断のタイミングが、ほんの少し、いや絶望的に遅すぎたのだ。
相手は、かつて海賊を国策として容認し、三枚舌外交で世界中の民族を騙くらかして世界帝国を築き上げ、目的のためなら身の毛もよだつような非道な手段を息をするように行使する、老練にして邪悪極まりない国家であった。
「し、首相閣下ァァァッ!!」
書記官が返電を打ちに行こうとしたその時、窓際に立っていた国防大臣が、悲鳴のような声を上げて広場を指差した。
「み、港を……! ピレウス港を見てください!」
首相が慌ててバルコニーに飛び出すと、エーゲ海の美しい青い海を真っ黒に染め上げるように、アルビオン連合王国の巨大な東地中海艦隊が、アテナイアの港を完全に封鎖していた。
しかも、戦艦の巨大な主砲群は、海ではなく、エラスの首都の中枢、すなわちこの首相官邸へ向けて、完璧な仰角で照準を合わせているではないか。
さらに、街の目抜き通りには、すでに上陸した連合王国の海兵隊と装甲車が展開し、エラス軍の駐屯地と政府機関を物理的に包囲・制圧し始めている。
「な……ななな、何の真似だ、これは!?」
パニックに陥る首相の背後で、執務室の扉が乱暴に蹴り開けられた。
ステッキを持ち、優雅なサヴィル・ロウ仕立てのスーツを着こなした連合王国大使が、海兵隊の銃剣に守られながら、満面の、それはもう悪魔のように美しい笑顔で入室してきた。
「素晴らしい!!」
大使は、部屋に入るなり、まるでオペラ歌手のように両手を広げて大声で叫んだ。
「世界中に打電しろ! エラスの偉大なる国民と政府は、帝国という世界の敵に対し、我が連合王国と共に立ち上がると覚悟を決めた! 彼らこそ、古代から続く真の英雄である!!……とね」
「ま、待て! 我々はそんなこと一言も……」
「おっと、首相閣下。歴史的な英雄的決断の瞬間に、無粋な口答えは不要ですぞ」
大使はステッキの先で首相の胸を小突き、海兵隊員がチャキッと小銃のボルトを引く音を響かせた。
それは「お前たちが英雄的決断(自殺)をしないのであれば、今ここで首都を砲撃して灰にするぞ」という、極めて分かりやすい物理的な説得であった。
連合王国が、同盟国になるかもしれない国に対して、なぜここまで強引で非道な手段に出たのか。
理由は極めてシンプルであり、かつアルビオンらしい身の毛もよだつ合理性に満ちていた。
エラスを生贄にして、帝国軍の南下と快進撃を少しでも遅らせるためである。エラスの国民が何十万人死のうが、なんだったらこの世からエラスという概念が消えようが、アルビオンの島に火の粉が届くまでの時間を数ヶ月稼げるのであれば、極めて安い取引なのだ。
「さあ、首相。笑顔で私と握手をしてください。明日のロンディウム・タイムズの一面を飾る、記念すべき一枚ですからね」
銃口を突きつけられ、完全に首根っこを抑え込まれたエラス議会国政府に、もはや『否』と叫ぶ権利など、どこにも残されていなかった。
こうして、エラス議会国は、連合王国の輝かしい「英雄(という名の使い捨ての馬鹿)」に認定され、帝国という巨大な肉挽き機の中へと強制的に放り込まれたのである。
◇
エラスが連合王国によって無理やり帝国への宣戦布告をさせられたという事実は、帝国の参謀本部でも即座に共有された。
「……ライミーの紅茶野郎どもめ。相変わらず、他人の血で時間を稼ぐことにかけては天才的だな」
参謀本部の作戦室で、戦務参謀次長ゼートゥーア大将中将(当時)は忌々しげに葉巻の火を押し潰した。
帝国軍主力がフランソワを陥落させた今、南のバルカン半島からエラス軍が北上してくれば、帝国の南の脇腹を脅かされることになる。
「ゼートゥーア閣下。エラス軍を迎え撃つため、我が軍の精鋭をバルカンへ派遣しますか?」
「莫迦を言え。そんな辺境に主力師団を回す余裕などない。連合王国の狙いはまさにそれなのだからな。……毒をもって毒を制す。バルカンの蓋には、バルカンの国を使えばいい」
ゼートゥーアの冷徹な視線が、バルカン半島の中央に位置する巨大な国家――『スラブニア連合』へと向けられた。
スラブニア連合。
それは、帝国の南方を塞ぐように位置する、バルカン半島の覇者にして、文字通りの悪魔的合体国家であった。
この国は、大きく分けて二つの主要国家から構成されている。
一つは、バルカンのプロシアの異名を持ち、強力な軍隊と好戦的な気風を誇る『ブルガール第三王国』。
もう一つは、南スラブ民族の盟主を自任し、強烈な民族主義とプライドを持つ『セルブ共和体』である。
帝国は、ただちに老将アウグスト・フォン・マーケンダ大将率いる強力な軍団を、スラブニア連合の国境線にズラリと並べた。そして、外交特使を通じて、極めてシンプルかつ暴力的な二択を突きつけた。
『帝国軍の進軍ルートと、エラスに対する防波堤としての役割を果たせ。さもなくば、明日から貴国は地図から消滅する』
もちろん、スラブニア連合に拒否権などあるわけがない。
拒否すれば、その日のうちにマーケンダの機甲部隊が雪崩れ込み、国会議事堂から便所の紙の銘柄に至るまで、全てを帝国人が決めることになるのだから。彼らに残された選択肢は、早くヤーと言うか、数万人の死者を出してから遅くヤーと言うかの違いだけであった。
結果として、スラブニア連合は帝国の恫喝に屈し、同盟国陣営への参加を表明した。
「よし。これでバルカンの南の蓋は完全に閉じた。エラスの侵攻はスラブニアに受け止めさせ、我が軍は東への準備に専念できる」
帝国軍の参謀たちは、この単純な恫喝外交の成功に安堵の息を漏らした。
なお、帝国の南方を塞ぐ「蓋」の候補としては、他にイルドア王国が存在していたが……彼らは南方大陸の戦線において、パスタを茹でて撤退の足を引っ張るという目も当てられない醜態を晒しており、「イルドアを頼るくらいなら、案山子を並べた方がマシだ」というゼートゥーアの鶴の一声によって早々に候補から除外されていた。だからこそ、バルカンのプロシアと呼ばれる精強なブルガール軍を抱えるスラブニア連合が選ばれたのである。
だが。
帝国の参謀本部という論理的な天才たちの集団は、一つ重大な要素を甘く見ていた。
悪辣非道にして、この世の悪という悪を詰め込んだ巨悪。
地獄のサタンですら、彼らのやり口を見れば「もう少し手加減してはどうか」とドン引きし、吐き気を催すほどの三枚舌を持つ紅茶野郎たち――アルビオン連合王国の策略の底知れなさを。
◇
「帝国が、スラブニアを恫喝して陣営に引き込んだ? ……フッ。ハハハハハ!」
ロンディウムのSIS本部。
その報告を受けた情報局長サー・アーサー・シンクレアは、珍しく声を上げて笑った。
「帝国は、巨大な大砲の作り方と、戦車の走らせ方については世界一だ。だが、人間の『業』というものをまるで理解していないと見る。あのような幼稚で、紅茶を飲ませたゼロ歳児でも思いつきそうな単純な解決策に出てくるとは……全く予想通りだ」
連合王国は、初めからエラス軍の侵攻だけで帝国の主力が引き付けられるなどとは微塵も思っていなかった。
彼らの真の目的は、帝国がエラスを止めるために『スラブニア連合を無理やり自陣営に引き込むこと』そのものにあったのだ。
スラブニア連合。
この国は、外から見れば一つの巨大な連合国家に見えるが、その内部は一歩足を踏み入れれば爆発する、文字通りの致死量の火薬庫であった。
まず、二大巨頭であるブルガールとセルブの仲が致命的に悪い。
帝国からの陣営引き込みの要求が来た際も、親帝国寄りのブルガール側は「強大な帝国と手を結べば、長年の敵であるエラスを叩き潰せる!」と二つ返事で了承しようとした。
しかし、セルブ側は猛反発した。「ふざけるな! 帝国は我が南スラブの同胞が住む土地を支配している憎き敵だ! そんな奴らの軍門に降るなど、セルブの誇りが許さん!」と、国会で掴み合いの乱闘騒ぎを起こしたのである。
さらに、このスラブニア連合の内部構造は、二大巨頭の対立だけに留まらない。そこには、神も見放したようなてんやわんやの有象無象の民族がひしめき合っていたのだ。
中東から迷い込んだのかと錯覚するような、頭にターバンを巻き、ラクダ乗りの教えを頑なに信じ、クリスチャンのセルブ人と事あるごとに血みどろの抗争を繰り広げる意味不明な連中。
別にあの偉大な大王の出身地というわけでもないのに、勝手に世界を征服した王国の名前を名乗り、エラス人を本気でブチギレさせている歴史泥棒にしてキチガイ民族。
バルカンの険しい山奥に引きこもり、「世界一の怠け者」というステレオタイプを地で行きながら、いざ武器を持たせると異常に好戦的になる戦闘狂の民族。
そしてその他諸々。
一つの国の中に、言語も宗教も歴史認識も全く違う、互いに殺し合いたくてウズウズしている民族が、無理やり一つの鍋に押し込められている状態。それがスラブニア連合の真実であった。
このような、着火剤とニトログリセリンでできたような国に、アルビオン連合王国が目を付けないわけがなかった。
連合王国は、バーラトに始まり、中東、南方大陸、その他世界中のあらゆる場所で、民族間の対立を煽り、分断統治を行ってきた『炎上のプロフェッショナル』である。
時には、存在しない人種的差異や民族的対立すらも、学者の論文とプロパガンダを用いてゼロから創造し、隣人同士を殺し合わせるという、もはや邪悪な創造神の領域に達した技術を持っている。
そんな連合王国にとって、バルカン半島の民族対立など、赤ん坊に与える知育玩具よりも簡単な遊び場であった。
しかも、その導火線が、帝国領内の中欧地域まで直接繋がっているとなれば、やらない理由は一つもなかった。
「エラスを焚きつけ、帝国がスラブニアを陣営に引き込んだ……。全ての舞台は整った」
アーサー卿は、バルカン半島の地図に置かれたチェスの駒を、冷たい指先で弾き飛ばした。
「火をつけたまえ。バルカン全土を、帝国の手には負えない地獄の底へと叩き落としてやるのだ」
◇
スラブニア連合が、帝国の恫喝によって正式に同盟国陣営への参加文書に調印した、まさにその日の夜。
首都ベオグラニアにおいて、連合王国情報部の工作員から莫大な資金と武器を受け取っていたセルブ急進派の軍人たちが、一斉にクーデターを決行した。
彼らは政府の要人を暗殺し、「ブルガールの売国奴どもを殺せ! 帝国に魂を売るな!」と叫び、全土で武装蜂起したのである。
帝国陣営に参加した瞬間。
スラブニア連合は、文字通り空中分解した。
親帝国のブルガール軍と、反帝国のセルブ軍が正面から激突。
さらに、この混乱に乗じて、「今こそ独立の時だ!」とラクダ乗りの教えを信じる武装勢力が蜂起し、キチガイ民族が勝手に国境線を線引きして独立を宣言し、怠け者民族が山から下りてきて手当たり次第に略奪を始める。
ブルガールが掌握している地域以外は、瞬く間に「誰が敵で誰が味方かも分からない」、地獄のような内戦状態へと突入した。
さらに最悪なことに、連合王国の手引きにより、この内戦の炎は国境を越え、帝国が直接支配しているバルカン領内へも飛び火した。帝国領内のスラブ系住民たちが、セルブの反乱に呼応して次々とパルチザン化し、帝国の補給線や鉄道網を破壊し始めたのである。
「ライミーのクソ野郎ども!! 謀りおったな!!」
帝都ベルンの参謀本部で、ルーデルドルフ中将(当時)は机を叩き割らんばかりの勢いで激怒した。
帝国の南方を守るための『安全な蓋』を手に入れたつもりが、手に入れた瞬間にその蓋が『巨大な爆弾』となって爆発し、帝国の南の脇腹を内側から食い破り始めたのだ。
そして、スラブニア連合が内戦で完全に麻痺し、帝国が鎮圧の対応に追われて大混乱に陥っている、この完璧すぎるタイミングで。
「進め! 我らこそが古代の英雄の末裔なり! 悪の帝国とその手先ブルガールを討て!」
南の国境から、連合王国の脅迫によって腹を括ったエラス議会国の主力軍が、大挙してスラブニア(ブルガール領)への侵攻を開始したのである。
◇
《統一暦1926年初頭 バルカン半島南部 ブルガール=エラス国境地帯》
かくして、アルビオンの悪辣な脚本により、バルカンの泥濘の地で、二つの小国による凄惨な代理戦争が幕を開けた。
エラス軍の侵攻を真っ向から受け止めたのは、スラブニア連合の中で唯一、帝国側に残って軍の体裁を保っていたブルガール軍であった。
両軍の戦力は、小国同士とはいえ、決して侮れるものではなかった。
エラス軍は、かつて大アナトリア戦争において、連合王国やフランソワ共和国といった大国に便乗し、瀕死の病人を袋叩きにして広大な領土を獲得した経験を持つ。その後、アナトリアの奥地から立ち上がったとある大英雄による第二次アナトリア戦争において、小アジアから海へと叩き出されるまでの数年間、地獄のようなゲリラ戦と泥沼の撤退戦を経験してきた、血みどろの実戦経験を持つ精鋭たちであった。
対するブルガール軍もまた、バルカンのプロシアと呼ばれるほどの高度な規律と強力な砲兵火力を持ち、過去二度にわたるバルカン戦争で周辺国と激戦を繰り広げてきた、筋金入りの軍事大国である。
「撃て! エラスのオリーブ食いどもを一歩も通すな!!」
「突撃! ブルガールの裏切り者どもをヨーグルトに沈めろ!!」
バルカンの急峻な山岳地帯と、雪解け水で泥濘と化した平原において、両軍の激突はまさにライン戦線の塹壕戦を彷彿とさせる、悲惨極まりない消耗戦となった。
ブルガールの要塞化された重機関銃陣地に対し、エラス軍は山岳歩兵による執拗な浸透戦術で挑む。大砲の弾が尽きれば、銃剣とスコップによる泥まみれの白兵戦が繰り広げられた。
最初の二ヶ月間、戦線は数キロ進んでは押し返されるという一進一退の膠着状態に陥り、バルカンの大地は両国兵士の血で赤黒く染め上げられていった。
だが、この小国同士の誇りを賭けた激戦も、超大国の本気の暴力の前には、あまりにもあっけない結末を迎えることとなる。
「……バルカンの馬鹿どもめ。いつまで子供の喧嘩に我々を付き合わせる気だ」
泥沼の膠着状態が続く戦線に、地鳴りのようなキャタピラ音を響かせて現れたのは、帝国の老将マーケンダ大将率いる機甲軍団であった。
パルチザンの妨害を蹴散らし、強行軍でようやく到着した帝国の本隊である。
「正面から突破する。蹂躙せよ」
マーケンダの無慈悲な命令一つで、勝負は決した。
エラス軍の勇猛な山岳歩兵も、旧式の大砲も、帝国の最新鋭中戦車グライフの分厚い装甲と、航空魔導士による空からの精密爆撃の前には、紙くず同然であった。
「ば、バケモノだ! 帝国の戦車には弾が通じない!」
「空から魔法撃ちが降ってくるぞ! 逃げろ!!」
アナトリアを生き抜いたエラスの精鋭たちは、魔導と科学が融合した帝国の機動戦術の前に、わずか数日で戦線を完全に崩壊させられ、首都アテナイアに向けて背を向けて敗走を開始した。
そして、エラスの首都アテナイアがマーケンダの軍団によって陥落しようとしていた、まさにその時。
彼らをそそのかし、帝国への生贄として突き飛ばした張本人であるアルビオン連合王国の紳士たちは、とんでもない火事場泥棒を働いていた。
ピレウス港に停泊していた連合王国の艦隊。
その甲板には、エラス政府の要人や避難民ではなく、巨大な大理石の彫刻や、神殿から剥ぎ取られたレリーフ、博物館から持ち出された数々の金銀財宝が、クレーンで次々と積み込まれていたのである。
「お、おい! 何をしている! それは我が国の国宝だぞ! なぜ船に積んでいるんだ!」
傷つき、敗走してきたエラスの役人が、連合王国の大使に血相を変えて詰め寄った。
しかし、ステッキを持った連合王国大使は、どこまでも優雅に、そして悪びれる様子もなく微笑んで答えた。
「落ち着きたまえ、エラスの友よ。これは略奪ではない。帝国の野蛮な軍靴から、エラスの偉大なる文化遺産を『保護』しているのだよ。我が国の連合……もとい、王立博物館の安全な地下金庫で、大切に保管して差し上げようという、我々の心からの善意なのだ」
「泥棒! 貴様らはただの泥棒だ! 返せ!!」
「おや、時間が来たようだ。では、エラスの英雄たちよ、帝国軍相手に最後まで健闘を祈る! グッドラック!」
エラス人の絶叫を背に、連合王国の艦隊は、戦場から逃げ出すどさくさに紛れて、エラスの歴史的な至宝を根こそぎ略奪し、悠々と霧の彼方へ帰っていったのである。
彼らが「保護」した美術品が、再びエラスの大地に戻ってくる日が来るのかどうかは、神のみぞ知るという、極めてアルビオンらしい結末であった。
◇
こうして、エラス議会国は帝国の軍門に降り、バルカンの南端は制圧された。
だが、それはバルカン半島の平定を意味するものでは決してなかった。
むしろ、本当の地獄はここから始まったのである。
連合王国がばら撒いた大量の武器と資金、そして帝国とブルガールに対する民族的な憎悪は、スラブニア連合の崩壊した領土と帝国領バルカンの全域において、無数のパルチザンを生み出した。
彼らは正規軍ではない。昼間は農民の顔をして畑を耕し、夜になれば森から這い出してきて、帝国の補給列車を爆破し、見回りの兵士の喉を切り裂く。
帝国軍がいかに強力な戦車を持っていようとも、険しいディナル・アルプス山脈の複雑な地形に逃げ込むゲリラたちを完全に捕捉することは不可能であった。
結果として、帝国は対連邦戦に向けて温存しておくべき虎の子の精鋭部隊や、貴重な機甲師団の一部までも、この「バルカンの泥沼」の治安維持とパルチザン討伐のために投入して駆け回る羽目に陥ったのである。参謀本部の目論見は見事に外れ、アルビオンの描いた「帝国の足を引っ張る」という戦略的目標は、これ以上ないほど完璧に達成されたのであった。
さらに、このパルチザンたちを束ね上げる、極めて厄介な指導者が現れようとしていた。
「同志たちよ! 今こそ帝国主義と民族の憎悪を乗り越え、立ち上がれ! 我々の手で、我々の国を取り戻すのだ!」
バルカンの奥地で、民族の壁を越えてパルチザンたちを惹きつける、チートじみたカリスマ性を持った共産主義の指導者。
彼は天性の演説能力とゲリラ戦の才能を持ち、分裂していたバルカンの抵抗組織を一つにまとめ上げ、帝国の巨大な脅威となりつつあった。
だが。
彼がバルカンの英雄として完全に覚醒する前に。
「――見つけたぞ。あの男だけは、絶対に、絶対に放置してはならない。あのようなチート野郎はさっさと退場してもらうに限る」
前世の歴史知識を持つ帝国の怪物、ローゼフシルト准将(当時)の眼が、その存在を完璧に捕捉していた。
「ハイドラー。国家保安警察を直ちに動かせ。あの男の首を、いかなる犠牲を払っても物理的に切断しろ」
ローゼフシルトの厳命を受けたハイドラーの暗殺部隊が、バルカンの山奥へと放たれた。
歴史の表舞台に出るはずだった大英雄は、数ヶ月後、そのカリスマ性を発揮する前に、寝床を急襲した帝国特殊部隊によって蜂の巣にされ、歴史の闇へと無慈悲に葬り去られたのである。
「ふぅ……。危ないところだった。敵側の英雄は、早めに摘み取るに限る」
ローゼフシルトが安堵の息を漏らした裏側で。
バルカン半島はその後も終戦まで、誰が味方で誰が敵かも分からない、血と憎悪が渦巻く終わりのないゲリラ戦の舞台として、兵士たちの命を無為に飲み込み続けるのであった。
サタンの知育玩具は、帝国にとって、あまりにも高くつく代償となったのである。
ブリカスはゴミ。
だけど最近はフラカスやベルカスの悪行も表沙汰になってきて、相対的にマシだと言われてるけど、自分はこれはブリカスによる高度な隠蔽工作だと思ってる。
大戦前夜の世界にチトー能力を持って転生した俺は労働者の理想郷を作る!!みたいな、なろう小説あってもいいと思うんだけどな……絶対おもろいやん
ローゼフシルトの過去話いる?
-
前世まで赤裸々に見せろ!おら!!
-
転生してからの話あくしろ
-
男に興味ねぇからさっさと話進めろや!