ようやく次のプロットを思いついたので投稿します。
前回のお話では、なかなかに厳しいご指摘をいただきました。
私としても「ちょっと無理があるかな?」と思いながら投稿してしまったのは、思慮が浅かったと言わざるを得ません
ただし、すでに投稿した話を丸ごと削除して書き直すのは何だか違う気がしたので、自分自身で片っ端から調べ直し、一部表現を修正させていただきました。
《中央暦1928年12月 合州国》
天命というものは、実に便利な詭弁である。
他人の土地を欲すれば、それは文明を広げるための崇高な使命となる。海の向こうへ軍隊を送れば、自由を守るための無私の献身となる。そして、その過程で何十万という人間が泥の中で死んだとしても、「神が与えた試練」という欠片も腹の足しにならない、薄っぺらい言葉一つで彼らの墓標は立派に飾り立てられるのだ。
かつて、一つの大陸を西へ西へと強引に押し広げるために使われた原住民狩りのスローガンは、今や大洋を越え、世界そのものを覆うほどに肥大化していた。
合州国の狂気的な繁栄と、その独善的な正義が、世界の隅々まで行き渡ること。
それは、彼らホワイト・カウボーイたちにとって疑う余地のない絶対の未来であった。
ただし、神の御心にも納期という厄介な概念が存在する。
極東の皇国によるパーパラーハーバーへの卑劣な奇襲以来、合州国は、その納期に血を吐くほど苦しめられ続けていた。
鉄はある。石油もある。石炭も、銅も、アルミニウムもある。
国債を喜んで買う頭の軽い愛国的国民がいて、資金を無限に貸し付ける強欲な資本家と銀行があり、働く人間は列車に乗って工業都市へ家畜のように押し寄せてくる。同盟諸国をまとめて相手にしてなお戦い続けられるだけの、バケモノじみた国力がこの巨大な国には確かに存在した。
だが、悲しいことに鉄鉱石を海へ投げ込んだところで戦艦にはならなかったし、銀行の金庫に積まれたドル札の束を飛行場へ運んだところで、爆撃機は飛ばなかった。
船を造るためには、まず船を造るためのバカデカい場所と設備が必要だった。そこで働く人間を集めれば、その家族が住む家と食わせるための膨大なカロリーが必要になる。工場を増設すれば電力が足りなくなり、発電所を造れば、今度はそこへ石炭を運ぶための貨車が不足する。
工作機械を造るための工作機械。ド素人の工員を教えるための熟練工。飛行教官を育てるための飛行教官。
大統領がサインしたただの紙切れが、前線でジャガイモと猿とパスタの頭蓋骨を吹き飛ばせる『暴力』へと変換されるまでには、どうしてもタイムラグという名の致命的な時間が必要だったのである。
その間にも、海では泥船が沈み、空では若きボーイズたちの飛行機が火だるまになって落ちた。
ようやく前線に送り出した戦車は、帝国の様子のおかしい怪物じみた重装甲の前でポンポンと砲弾を弾き返され、爆撃機は、プロペラすらない敵のジェット戦闘機に背後から蹴り落とされた。皇国の狂った練度を持つ戦闘狂の熟練搭乗員たちは、修理を終えたばかりの空母に、挨拶代わりの徹甲爆弾を容赦なく叩き込んでいく。
合州国の将軍たちは、前線へ送る予定だった虎の子の部隊を、敗北の穴を塞ぐためのモルタルとして次々と転用しなければならなかった。
未来の兵力を、今日の戦いに前借りすることはできない。
彼らはその当たり前すぎる物理法則を、若者たちの血と鋼鉄で延々と支払い続けてきたのだ。
だが、中央暦一九二八年が終わろうとする頃。
各地の造船所と軍需工場からワソントンへ届く電文の文面が、劇的に変わり始めた。
『建造遅延』
『納入延期』
『設備未完成』
そうした言い訳と泣き言に占められていた欄へ、全く別の文字が並ぶようになったのである。
『完成』
『検収済み』
『引渡可能』
ホワイトハウスの会議室で、大統領のラーズベルトは、その報告を立ったまま聞いていた。
かつて彼の足を支えていた車椅子は、もうそこにはない。
「最新鋭エセックス級正規空母の就役は、年内で十一隻となります」
海軍の代表が、机上の信じがたい一覧表を指し示した。
「巡洋艦の船体を転用したインディペンデンス級軽空母は十隻。こちらは全艦の引き渡しを完全に終えています」
大型正規空母、十一隻。
それに随伴できる軽空母、十隻。
開戦前からある旧来の空母を含まない、というより、旧来の空母の大部分はすでに大平洋の海底か修理ドックの中であった。それらを除いた純粋な『新しい建造計画だけで吐き出された数字』であった。
もちろん、二十一隻が今この瞬間、全て同じ海域で実戦投入できるという意味ではない。損傷してドック入りしている艦もあれば、新兵の慣熟訓練中の艦もある。ただ鉄の箱に艦載機を載せただけで、戦争という高度な殺し合いが始められるわけではなかった。
それでも、少し前までたった数隻の空母をどうやり繰りするかで頭を抱え、胃に穴を開けていた海軍にとって、その数字は、戦争の前提条件そのものを根底からひっくり返すだけの意味を持っていた。
「大平洋へ回せば、こちらが足りなくなる。こちらへ回せば、大平洋で島を失う。……そのふざけた綱渡りを、ようやく終わらせられるわけだな」
「全ての要求を満たせるわけではありません。しかし、もはや一隻の損傷で、方面全体の作戦を泣く泣く中止する必要はなくなります」
海軍の代表は、慎重に答えた。
ラーズベルトは、その慎重さを咎めなかった。
軍拡の種は、あの忌まわしい奇襲を受ける以前からすでに蒔かれていたのだ。帝国の異常な膨張に危機感を覚えた議会は、両大洋で同時に戦える無敵の海軍を求め、主力艦艇の建造と造船設備の拡張に天文学的な巨費を投じていた。そこへ、開戦後の追加発注と、優先順位など知ったことかと言わんばかりの狂気的な資材配分が重なったのである。
造船所では、船体の一部が何百キロも離れた別の工場で組み立てられ、鉄道でブロックごと運ばれてきた。大砲と機関、電装品と装甲板の納入を律儀に待っていては、船台がいつまでも塞がってしまう。そのために、工場同士の工程まで軍が力技で握り潰し、足りない部品のために完成間近の艦が昼寝する時間を極限まで削り取った。
早期に拡張しておいた設備と、その徹底した暴力的なスケジュール調整が、主力艦の就役をおよそ半年も前へ引きずり出していたのである。
しかも、海軍が手にしつつあるものは、空母だけではない。
基準排水量四万五〇〇〇トン級。四〇・六センチ砲九門を備え、三〇ノットを超える非常識な速力で空母に随伴する、アイオワ級高速戦艦が四隻。
ノースカロライナ級三隻、サウスダコタ級四隻と合わせ、新世代の高速戦艦は建造累計十一隻に達していた。
皇国が持つらしい巨大戦艦を、同じ大きさの船で一隻ずつ馬鹿正直に相手にする必要などないのだ。合州国海軍が求めているのは、空母の盾となり、夜戦の海を照らし、必要ならば敵の海岸を更地にするまで砲撃できる艦隊である。そのための高速戦艦を、複数の機動部隊へ同時に湯水のように配れるようになったことこそが重要だった。
巡洋艦の一覧も、もはや紙一枚では収まらない。
クリーブランド級軽巡洋艦は十五隻。ボルティモア級重巡洋艦は四隻。それに防空を重視した軽巡洋艦群が加わり、新鋭巡洋艦だけで二十数隻が建造されている。
それらを取り巻く使い捨ての盾である駆逐艦は、フレッチャー級だけで二百隻に迫る建造枠を与えられ、その大半が、すでに船台を離れていた。後続の新型駆逐艦も引き渡しが始まり、船団護衛用の小型艦に至っては、数百隻単位の発注が次々と実物へ変わっていく。
軍艦を失うたびに、隣の戦場から泣きついて軍艦を借りてくる。
その惨めな貧乏人のやり繰りを、合州国はようやく、生産という最も彼らが愛し、得意とする力技で終わらせようとしていた。
「護衛空母についても説明を頼む」
ラーズベルトの言葉に、別の担当者が資料を開いた。
「カサブランカ級は五十五隻の計画です。年内までに五十隻以上が完成し、残りも順次引き渡されます」
五十五隻。
他国であれば数隻を保有するだけでも大国の仲間入りを自負できる「空母」という艦種を、彼らは、全く同じ設計図でハンバーガーを作るように五十五隻も造っていた。
無論、エセックス級と同じ代物ではない。速度は鈍亀のように遅く、装甲も紙切れのように薄い。搭載機数も三十機に満たず、皇国の機動部隊と正面から殴り合えば、艦長が神への祈りを唱え終える前に海の底へ沈みかねない粗製濫造品だ。
だが、輸送船団の上空へ戦闘機を浮かべておくには十分であり、一部例外を除く大多数のUボートを追い回す航空機の発進台にもなる。前線へ補充機を運び、上陸部隊の頭上に爆弾を落とし、本来なら大型空母を拘束していた面倒な雑用を全て肩代わりできた。
高価な艦を必要な場所へ集中させるための、圧倒的に安価な艦。
その安価な艦を、頭のおかしい量で用意する。
合州国の海軍力は、もはや一番大きな船の砲口の太さや、職人芸の練度だけで測れる次元の代物ではなくなっていた。
「……随分と、船が増えるものだな」
閣僚の一人が、半ば呆れたように、いや、自分たちの引き起こした魔法にドン引きしたように呟く。
海事委員会の担当者は、そこで初めて、微かに笑った。
「船の話でしたら、こちらもご覧ください」
机に置かれた異常な数字は、それまでの主力艦の会話を、まるで子供のお遊戯のように見せた。
海事委員会の建造計画による、その年の引渡船舶は二千百隻余。
貨物船、油槽船、兵員輸送船、各種の補助船を含む載貨重量の合計は、およそ二千百二十万トン。
乾貨物輸送用の標準的なリバティ船だけでも、一年間に千三百五十隻余りが引き渡されていたのである。
これは、一度に運んだ荷物の重さではない。
新しい船が積める貨物や、航海に必要な燃料などの『重量枠』であった。その船は、荷を下ろせば、もう一度荷物を積むことができる。
最初は何か月もかかっていた標準貨物船の建造は、工場ごとに部材を先行生産して自動車のように溶接する方式が定着すると、起工から引き渡しまで平均四十日前後にまで狂気的に縮まっていた。
一隻が四十日なら、四十日に一隻しか出てこない、という話ではない。
多数の造船所の、無数の船台で、それぞれ違う段階の船が同時に造られている。ある船へ竜骨を据え付けている時、隣では機関を載せ、別の船台では完成した船が海へ滑り落ちていく。
なお余談だが、このリバティ船の起工から進水までの最短記録は四日と半日程度であり、受け渡し含めても八日以内に終わらせるという、もはや物理法則を無視したようなことすらしている。
造船所の進水を告げる汽笛は、国家的な祝祭の日にだけ鳴る特別なものではなく、工場のチャイムと同じ日常の騒音と化していた。
そして、その船には、大砲や戦車だけが積まれるわけではない。
工作機械。巨大なクレーン。給油設備。移動修理工場。飛行場の舗装に使う穴あきの鋼板。発電機。洗濯設備。野戦病院。
合州国は、軍隊が戦うために必要なインフラを、丸ごとひっぺがして国の外へ運び出そうとしていたのだ。
「航空機の年間受領数は、九万四千機を超えます」
今度は、陸軍航空軍の担当者が平然と口を開いた。
「練習機と輸送機を含む全軍向けの合計です。来年は十万六千機規模を見込んでいます。ただし、生産の重点は、機数だけでなく、大型機と新型機への転換に置かれます」
九万四千機。その数字の向こうには、飛行機を造る以外の泥臭い仕事も山ほどあった。
予備の発動機を造り、交換用のプロペラを造り、無線機を造る。チンパンジーでも扱えるようにマニュアルを書き、飛行学校へ無尽蔵の燃料を送り、事故を起こした機体を調べる。
合州国が取り戻しつつあった力は、飛行場へ新品の飛行機を並べるだけの見掛け倒しのものではなかった。損傷した機体を修理し、精神をすり減らした搭乗員をローテーションで交代させ、昨日と全く同じ規模の部隊を明日も飛ばし続けるための真の持続力である。
ラーズベルトは、窓際へ歩いた。
庭の向こうに、冬のワソントンの重たい空が広がっている。
「ようやく、約束を果たせる」
その言葉を、一部を除く大多数の担当者たちは、国民に対する約束だと理解した。
祖国を守るという約束。パーパラーハーバーの犠牲者に報いるという約束。海の向こうで血を流す同盟国を見捨てないという約束。
ラーズベルトが、そのどれよりも重く考えている憎き相手の国名を、ここでわざわざ口にする必要はないと思った。
ただ、彼は自分の両足で床を踏みしめ、机へ戻ると、新しい巨大な輸送計画へ迷いなく署名した。
インクが乾く暇もなく、その紙は次の担当者へバケツリレーのように渡されていった。
◇
《同月 合州国陸軍航空軍 試験飛行場》
ガーチッス・ロメイ少将は、辞令を一度だけ読み、机へ放り投げた。
欧州戦略航空軍司令官。
翌年の航空攻勢に備え、在欧爆撃部隊を再編し、その中核となる新型機の配備と作戦を統括する。
小難しく書かれている仕事を丁寧に言い換えれば、これまで敵の空でゴミのように叩き落とされてきた合州国の爆撃機を、今度こそ向こうの工場のど真ん中まで届けろ、というただそれだけのことだった。
「おめでとうございます、少将」
「まだ何もめでたくはない」
ロメイは、心にもない祝いの言葉を述べた参謀へ、別の分厚い報告書を差し出した。
「こちらの方は、読んだか」
帰還した搭乗員への聞き取り。損傷機の調査記録。そして、帰ってこなかった機体の一覧。
敵のジェット戦闘機の攻撃は、警報を聞いて機銃を向けた頃にはすでに終わっている。鈍足の護衛機は全く追いつけず、爆撃機の機銃手は、機影を捉えるより先に隣の味方機がバラバラに砕けるのを見る。
高射砲も、昔のように、爆発の黒煙から少し離れていればやり過ごせるというものではなかった。直撃すらしていない砲弾が機体の傍らで自動的に破裂し、翼と胴体に無数の穴を穿つ。
電波近接信管。
合州国が海戦で皇国に味わわせたテクノロジーを、敵国は自国上空へ飛んでくる爆撃機に対して全く同じように味わわせていたのである。
「大編隊を組めば互いを十字砲火で守れる。高度を上げれば高射砲の弾は届きにくい。頑丈な機体なら帰ってこられる。……全部、程度の問題だ」
ロメイは、葉巻を灰皿の縁へ乱暴に押しつけた。
「限度を越えれば、頑丈な棺桶が編隊を組んで飛んでいるだけになる」
部屋が静まり返った。
彼はその沈黙を切り裂くように、上衣を取って立ち上がる。
「見せてもらおうか。今度のおもちゃを」
格納庫の前には、銀灰色の巨大な四発機が鎮座していた。
滑らかな円形断面の胴体。長く伸びた巨大な主翼。前輪式の降着装置。その機首は、これまでの爆撃機のように、銃座と風防を無骨に継ぎ足した不格好な顔をしていない。
機体の下では、厚い作業着を着た整備員が、外された点検板を抱えて慌ただしく走っていた。
B30A戦略爆撃機。
愛称、『ピースメーカー』。
平和をもたらす者。その平和を受け取る側に、受領を拒否する権利は一切用意されていなかった。酷い押し売りである。
「開発の出発点は、大平洋での作戦を想定した超長距離爆撃機でした」
主任技師が、巨大な翼の下で説明を始めた。
「ですが、かの敵国を相手にする以上、航続距離だけを伸ばしても生還率は上がりません。アルビオン連合王国から敵の主要工業地帯へ余裕で往復できることを前提に、機体規模と搭載燃料を見直し、高空性能、乗員の作業環境、防御火器、そして電子装備に重量を振り向けています」
何もかもを、魔法のように一から発明したわけではない。
与圧室も、排気タービン過給機も、遠隔操作式の銃塔も、それぞれ地道に研究と試験が続けられてきた技術である。それらをばらばらの将来計画の中に眠らせず、今、絶対に必要な一機へ力技でまとめ上げたのだ。
そのために、機体会社だけではなく、電機メーカー、発動機メーカー、計器メーカーの技師たちが、同じ会議室へ軟禁状態で押し込められていた。
彼らが持ち寄ったのは、帝国の誰かの未来のチート記憶ではない。風洞試験の膨大な記録と、壊れた試作品の残骸と、何度も書き直された図面だけだった。
「乗員が、マイナス数十度の氷点下の空気と酸素不足に何時間も耐えながら照準する必要はなくなります。防御銃座も、射手が直接極寒の銃塔へ潜り込む方式から、電気機械式の照準計算装置を介した遠隔操作へ移行しました」
技師が指差した銃塔が、地上試験のために滑らかに旋回する。
「敵が速いからこそ、射手の腕や勘だけで偏差を見積もらせるわけにはいきません。照準点から算出した修正を各銃塔へ瞬時に送り、複数の銃座で同じ目標を自動で追尾できます」
「それで、時速九百キロの敵を確実に叩き落とせるのか?」
「確実とは申せません」
主任技師は、嘘をつかずにはっきりと答えた。
「追尾できない角度もあります。機体の陰もあります。近距離を超高速で横切られれば、銃塔の旋回が物理的に間に合わないこともあります。それでも、今まで撃つ機会すら失ってサンドバッグにされていた攻撃に、撃ち返す機会を作れます」
ロメイは、そこで初めて、小さく頷いた。
続いて示されたのは、機銃でも爆弾でもない、無骨な金属の箱であった。
電波妨害装置。受信機。敵の電波を記録するための機材。既存の爆撃機でも試験されていた装備を、新しい機体の電源と搭載区画に合わせて整理したものである。
「これを積めば、あのクソッたれの近接信管は働かなくなるのか?」
参謀の質問に、電波担当の技師が首を横に振った。
「そのような魔法の保証はできません。我々がまず狙うのは、地上の捜索と射撃管制レーダーです。敵が正確にこちらを捉え、砲弾を寄せるための条件を悪くする。すでに機体の近くまで飛んできた砲弾を、全部不発に変えるようなオカルト装置ではありません」
金属片を散布してレーダー画面を乱す方法も、決して万能ではない。
敵が使用する電波を調べ、装置を合わせ、結果を持ち帰って改良しなければならない。敵も馬鹿ではない、いつまでも同じやり方で妨害を受け続けるとは限らないのだ。
「必要なのは、鉄の箱だけではないな」
「はい。受信記録を読む人間と、部隊へ修正を返す組織が必要です」
「人員の要求を出せ。飛行機を失ってから、その理由を調べる部署が足りないなどと言われても困る」
ロメイはそう言って、巨大な機体を見上げた。
この巨体であっても、敵の空が安全になるわけではない。機関砲に当たれば壊れ、燃料に火がつけば燃える。与圧室を破片が貫けば、そこで働く人間は、結局、酸素マスクに命を預けることになる。
それでも、改められる部分は、全て改める。
生還できる確率をコンマ数パーセントずつ積み上げることが、何百機という部隊になった時、次の出撃を支える搭乗員の数を劇的に変えるのだ。
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【合州国陸軍航空軍 高高度戦略爆撃機 B30A『ピースメーカー』諸元表】
・用途:高高度戦略爆撃機
・乗員:10名
・全長/全幅:28.8m/41.2m
・翼面積:153㎡
・重量:自重29,800kg/標準全備52,000kg/最大離陸61,500kg
・発動機:排気タービン過給機付きR3350空冷星型18気筒×4基
・出力:離昇2,200馬力×4基
・最大速度:595km/h(高度9,000m・軽荷状態)
・作戦巡航速度:440~470km/h
・常用作戦高度:8,000~10,000m
・実用上昇限度:11,800m(軽荷状態)
・爆装:通常6,000kg/最大9,000kg(近距離任務)
・戦闘行動半径:約1,400km(爆装6,000kg・帰還予備燃料を含む標準計画値)
・最大航続距離:約5,800km(爆装なしの回送時)
・防御武装:12.7mm連装遠隔銃塔4基、尾部20mm連装機関砲1基
・主要装備:前後与圧室、中央射撃管制装置、防漏燃料タンク、消火装置、無線航法装置
・特殊装備:一部の先導機に地表捜索レーダー。電波戦仕様機は妨害・受信装備の重量分だけ爆装を減少
[概要]
敵国の放つ強力な防空網をすり潰すために開発された、合州国が誇る戦略爆撃機。
高高度において敵のVT信管やレーダーを無効化するための『電波妨害(ジャミング)装置』を組み込める柔軟なペイロードを持ち、与圧室と遠隔操作銃塔によって乗員の生存性を極限まで高めている。最大9トンの爆弾搭載量は、文字通り一つの街を一夜にして灰に変える力を持つ、資本主義の暴力の結晶である。
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「発動機の交換予定は?」
諸元の説明を聞き終えたロメイが、最初に尋ねたのはそれだった。主任技師の表情が、僅かに険しくなる。
「後列のシリンダーの冷却と、排気系統の不具合が残っています。量産初期の機体には、改修を施した部品を順次――」
「順次ではなく、部隊ごとの予定を確実に出せ。飛行機だけ先に送って、海の向こうで整備兵に発明をさせるな」
初期量産機は、すでに百機に届こうとしていた。
翌年に入れば、月に百機を超える引き渡しへ移行する狂気の計画である。だが、その数字に浮かれて、未完成の装備をそのまま戦場へ送り込めば、焼けた発動機と搭乗員の遺品が増えるだけだった。
技師は、抱えていた資料に、短く書き込んだ。
「承知しました」
「それと、護衛機だ」
格納庫の反対側から、別の機体が牽き出されてきた。
二基の大きな空冷発動機。細くまとめられた中央胴体。機首に集中した機関砲。翼の下には、長距離飛行用の増槽が吊られている。
P74A『センチネル』。
敵本土へ向かう爆撃機を、途中で燃料切れで見捨てないために造られた、新型の長距離護衛戦闘機だった。
「ジェットではないのだな」
ロメイの言葉に、戦闘機側の技師が、苦い顔で頷いた。
「我が国でも研究は進んでいます。ですが、現段階では、敵地深くまで爆撃機を護衛し、戦闘を行って帰還するための航続力と、部隊で維持できる信頼性を満たせません」
敵と同じ形の飛行機を造れば、敵と同じ戦争ができるわけではない。
自国の飛行場から迎撃に上がるだけの機体と、海峡を越え、爆撃機について行く機体とでは、求められる仕事の質が根底から違っていた。
そこで彼らは、量産と整備の経験を積んだ大出力のレシプロ発動機に、高空性能を維持するための過給機を力技で組み合わせた。
速度だけのために燃料を減らすことも、航続距離だけのために武装を削ることもできない。その無理を通すために単発を諦め、二基の発動機と大きな翼へ莫大な代金を支払ったのである。
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【合州国陸軍航空軍 高高度長距離護衛戦闘機 P74A『センチネル』諸元表】
・用途:高高度・長距離護衛戦闘機
・乗員:1名
・全長/全幅:13.9m/16.8m
・翼面積:38.6㎡
・重量:自重6,100kg/標準全備9,400kg/最大離陸11,200kg
・発動機:排気タービン過給機付きR2800改・空冷星型18気筒×2基
・出力:離昇2,100馬力/短時間緊急2,400馬力、各2基
・最大速度:745km/h(高度8,500m・増槽投棄後・緊急出力)
・巡航速度:約475km/h
・実用上昇限度:約12,300m
・護衛行動半径:約1,200km(増槽使用・敵地での戦闘20分と帰還予備燃料を織り込む)
・最大航続距離:約4,100km(増槽使用の回送時)
・武装:機首20mm機関砲4門
・主要装備:与圧操縦室、ジャイロ照準器、防漏燃料タンク、VHF無線、無線航法装置
[概要]
敵のジェット戦闘機から爆撃機を護衛するために極限までチューンナップされた、双発のレシプロ戦闘機。ジェットエンジン開発の遅れを既存のレシプロ技術とターボチャージャーでカバーし、高度八千メートル以上においても七百キロ台後半の最高速度を叩き出す。連合王国から敵本土の奥深くまで余裕で随伴できる航続距離を持ち、爆撃機を守り抜く。
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ロメイは、最高速度の数字を指で叩いた。
「ファルケどころかコメートにも追いつけん」
「はい」
「ならば、追いかけ回して勝つための機体として使わなければいい」
傍らにいた護衛部隊の指揮官が、顔を上げる。
「こいつの仕事は爆撃機を守ることだ。敵が速いなら、こちらが撃てる位置へ来る時間は極端に短い。その短い時間に仕事をする訓練をしろ。編隊を置き去りにして、追いつけもしない敵を追っていたなどという馬鹿な報告は、聞きたくないのでね」
大口径機関砲も、照準器も、長い航続距離も、それぞれが無敵を約束するものではなかった。
それでも、帰りの燃料を心配して途中で引き返す護衛機より、最後まで残る護衛機がいる方がよい。敵を撃ち落とせなくとも、攻撃を中断させれば、その一瞬に救われる爆撃機がある。
合州国は、敵国の異常な先進性を、まだ全て完全に埋め合わせたわけではなかった。
だが、相手の強さを分析し、自分たちの持つ技術を組み合わせ、対抗手段を実物にするだけの力は、確かにあった。
試験飛行を終えた別の四発機が、滑走路へ降りてくる。
車輪が接地し、白い煙が短く上がった。
ロメイはその機体を見送り、参謀へ向き直った。
「飛行機は揃えられる。人も訓練できる。残る問題は、何に向かって飛ばすかだ」
手元の資料には、敵の都市と工業地域が記されている。
工場の屋根だけが、その国の軍隊を動かしているのではない。電力があり、燃料があり、原料が運び込まれ、完成品が送り出される。兵器が兵器として働くようになるまでには、幾つもの泥臭い仕事が必要だった。
「連中に、造った物を使わせるな。壊した物を直させるな。直したと思った時には、また瓦礫の山をプレゼントしてやれ」
参謀のペンが、紙の上を走った。
「連中は、我々が何度失敗しても同じやり方で飛んでくると舐め切っているかもしれん。……それなら、覚え直してもらおう」
彼は新しい葉巻を一息吸い煙を吐き出した。
「工場群に対する精密爆撃などという取って付けたような騎士道精神はもはや不要の長物だ。帝国という国家を動かす、人、モノ、工場。これら全てを焼き払う。奴らを、石器時代に戻してやれ」
◇
《中央暦1928年末 連合王国西岸》
ジョージ・ミラー伍長が、アルビオン連合王国について最初に抱いた感想は、「クソ寒い」というものだった。
雨は細かく、風は嫌がらせのように湿っている。故郷の冬も寒かったが、ここの寒さは毛布の下まで入り込んでくるようで、どうにも性質が悪い。
彼は肩に掛けた荷物を持ち直し、前を進む兵士の背中について、輸送船の舷梯を降りた。
「止まるな! 荷物を落としたら拾え! 拾ったら歩け!」
岸壁の憲兵が、犬を追い立てるように同じ言葉を繰り返している。遠い異国の島へ来ても、軍隊のクソッタレな命令には大した違いがないらしい。
桟橋には、合州国兵が蟻のようにあふれていた。
歩兵。工兵。通信兵。衛生兵。見たこともない部隊章をつけた整備員。小銃よりも分厚い書類鞄を大事そうに抱える士官。
ミラーたちの輸送船が吐き出した人間を、待機していた軍用列車とトラックが、次々と内陸へ吸い上げていく。
隣の岸壁では、巨大なクレーンが木箱を吊っていた。
さらにその向こうには、別の輸送船が接岸を待っている。沖には護衛艦の黒い艦影が見え、その外側にも、まだ地平線を埋め尽くすほどの船がいた。
「おい。あれ、全部俺たちの荷物か?」
同じ分隊の兵士が、ミラーの肩をつついた。
「誰かが歯ブラシを余計に持ってきたんだろうよ」
ミラーの気の抜けた返事に、近くの兵士が笑った。
ミラー自身も笑いながら、クレーンの下を通っていく荷物へ目をやる。
『洗濯設備』と書かれた箱。製パン用の機材。自動車修理用の工具。折り畳まれたベッド。
冗談で言ったつもりだったが、本当に、身の回りの物を全て持ってきたらしい。
この紅茶野郎の島へ流れ込んでいるのは、敵を撃つ人間だけではなかった。
何十万という兵士を寝かせ、食わせ、病気を治し、靴を直し、服を洗う人間がいる。軍用列車を動かす鉄道兵がいて、港で荷を扱う部隊があり、会計を処理する部署まで船で渡ってくる。
金融帝国などとぬかして弱体化した連合王国のちっぽけな労働力と設備だけに頼れば、海岸へ上がる前に、国そのものが合州国の兵站の重みに押し潰されてしまうからだ。
すでに八十万を超える合州国の将兵が、この島に集まりつつあった。
翌年に向けた集結計画は、百五十万規模へと膨れ上がっている。
それほどの人間を海へ投げ出す準備は、兵士に上陸用舟艇の乗り方を教えるだけでは済まない。軍隊が海峡へ到達するまでに、港湾、鉄道、道路、倉庫、宿営地が、一つにつながっていなければならなかった。
そのために、アルビオンの地図は強引に書き換えられていた。
牧草地の一部が車両集積場となる。農場へ続いていた道が拡幅され、道路脇には軍用車両の退避場所が設けられる。貴族の屋敷は接収されて司令部となり、村の近くに兵舎が増え、駅では旅客列車の間へ、貨物列車が何本も差し込まれた。
それでも、足りないものは毎日のように見つかった。
岸壁の事務所では、連合王国の港湾将校が、合州国側の輸送参謀へ紙を突きつけていた。
「昨夜の時点で、今日の入港予定は六隻だったはずです」
「天候の関係で、後続の到着が早まりました」
「四隻もか?」
「ええ」
「船を並べる場所は何とかなる。だが、貨車は畑から湧いてこないぞ!」
合州国の参謀は、疲れた目をこすった。彼にも、分かっている。
船が来ることと、船の中身を使えるようになることは、別の仕事だった。
「受け入れが詰まっている貨物は、別港への振り分けを申請しています。今夜の荷揚げには、こちらの作業隊を追加で出します」
「その作業隊の宿舎も、食事も要るんだ」
「食事はこちらで用意します。宿舎は……」
参謀は窓の外を見た。冷たい雨が降っている。
「陸揚げした資材を内陸へ送るのが先ですね」
「やっと話が通じた」
連合王国の将校は椅子へ腰を下ろし、冷めた紅茶を飲み干した。
それから、二人は時刻表を挟んで、使える時間と場所を数え始めた。押し寄せる物量を、本当に敵の頭をカチ割れる暴力へ変えるには、こうした泥臭い机の上の争いを、何千回、何万回と片づけなければならなかった。
港から内陸へ向かう列車の窓越しに、ミラーは、暗い畑の向こうに並ぶ飛行機を見た。
細い機影ではない。巨大な主翼と、四つの発動機を持つ機体が、間隔を空けて不気味なほど大量に駐機している。
その周囲では、投光器を遮光した整備区域に人影が動き、燃料車がゆっくりと進んでいた。
「あれが新しい爆撃機か」
誰かが呟いた。
別の兵士が、故郷で読んだ新聞の話を始めた。今度の飛行機なら敵の本土奥地まで行ける。敵の新型機にも対抗できる。これだけの軍隊を揃えれば、もう負けるはずがない。
ミラーは、それに相槌を打ちながら、胸ポケットの手紙に触れた。
母親は、今、軍需工場で働いている。
以前は忙しい店を手伝う程度だった人間が、機械の音の中で交替勤務を続け、手紙には、聞いたこともない部品の名前を書くようになっていた。父親は、納めた部品が検査で戻された話を書いていた。町の工場では、形が似ていればよいと思っていた連中が、軍の検査官にしこたま怒鳴られたらしい。
息子がどこの国で戦うのかは教えられなくとも、息子たちが使う物に手を抜けば、人が死ぬ。
そのことだけは、工場の誰もが理解するようになった、と。
故郷の人間は、皆、少しずつ違う仕事をしていた。
叔父は造船所へ移り、近所の娘は航空機工場で働き、学校の先輩は飛行教官になった。
ミラーが知っている小さな町は、遠い国で始まった戦争を、もはや新聞の上だけで眺めてはいなかった。
彼は、母親の手紙をしまった。帰った時には、ちゃんと礼を言わなければならない。そのためにも、まず、五体満足で生きて帰る必要があった。
列車が、別の軍用列車とすれ違う。
無蓋貨車に積まれた車両の列が、車窓を流れた。
次の貨車にも車両があり、その次にも、さらにその次にも、同じような車両が積まれている。
「……どれだけ持ってきたんだ、俺たちは」
ミラーの呟きに、誰も答えなかった。
その全てが一つの戦場へ向かうわけではない。合州国は、大平洋にも軍を送り、南方にも部隊を残し、連邦への援助も続けていた。
敵の攻撃によって、途中で失われる船も、目的地へ届かない荷物もある。
それでも、次の船団が出港する。
戦場で要求された物を造り、造った物を運び、壊れた物の代わりを送り出す。その終わりのない循環が、ついに、各地の戦場へ届く規模で回り始めていた。
この巨大な国は、天才や異才が一度の会戦で魔法のように歴史を変えるのを、黙って待つつもりなどなかった。
彼らは敗北を数えた。
失われた船を数え、帰らなかった飛行機を数え、不足する兵器と、育てるべき人間を数えた。
そして、その数字を、次の発注書へ容赦なく書き込み、イカレタ勢いで物質的に埋め立てていった。
中央暦一九二八年、最後の夜。
連合王国の港では、新年を迎える汽笛に混じって、クレーンの作動音が響き続けていた。
大西洋の向こうでも、工場の照明は消えなかった。
夜勤の工員が持ち場を離れる前に、次の工員が機械の前へ立つ。交替の間に交わされる短い新年の挨拶を、稼働し続ける設備の音が呑み込んでいく。
一九二九年。
帝国が持ち込んだ未来の戦争へ、合州国は、自らが持ち得る現在の全てを叩きつけようとしていた。
神の名を掲げた演説も、勝利を約束する新聞記事も、海の向こうへは届いていた。
だが、この冬、アルビオンの岸壁へ届き始めたものは、それらとは物理的な重さが違った。
鋼鉄の船体。
油の詰まったドラム缶。
靴音を響かせて舷梯を降りる、終わりの見えない若き兵士たちの列。
明白な天命。
合州国は、その独善的な言葉に、世界を殴り倒すための『絶対的な重量』を与え始めていたのである。
というわけで航続距離を殺して防御性能に振ったB29でした。
これがピースメーカーとかもうわっかんねえな。
ローゼフシルトの過去話いる?
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前世まで赤裸々に見せろ!おら!!
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転生してからの話あくしろ
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男に興味ねぇからさっさと話進めろや!