《統一暦1900年》
ルーシー革命に介入した帝国は、一個軍を送り込み、ずいぶん高い授業料を払って帰ってきた。
赤軍は首都と工業地帯を押さえ、その間を走る鉄道も押さえていた。白軍にも兵はいた。銃もあった。おまけに将軍なら、貸してやりたいほどいた。
問題は、隣で戦っている味方が負けたと聞いて、まず喜ぶような将軍が結構な数いたことだ。帝国軍がその穴を埋めて回っているうちに、とうとう帝国軍までサモレンスクへ引き揚げる羽目になった。
結局、ルーシーには赤軍の勝利とともに連邦が生まれた。
国外に逃れた白軍の将軍のうち二人は、ベルンへ着くなり、別々に外務省を訪ねてきたという。用件は奇しくも同じだった。
あいつを逮捕してくれませんか、と。
どちらも丁重にお帰りいただいた帝国外務省だが、ありがたいことに、この二人が揃って頭を下げる相手には、まだ心当たりがあった。退位したルーシー皇帝、ニホライ・ロマノフである。その一家が揃って帝国まで逃げ延びることができたのは、少し前、上からの命令をたいへん都合よく忘れた中尉が一人いたからだった。
サモレンスクへの撤退戦が終わった頃、ローゼフシルトは燃える納屋から負傷兵を一人担ぎ出している。アドルフ・ペルツルという名を知ったのは、本人も頬の傷と疲労を理由に野戦病院へ放り込まれてからだ。喉を焼いて喋れないその兵士は、礼を書いた紙の余白に、窓の向こうの建物を描いてくれた。傾いた煙突が本物より幾らかましに見える。そう言うと、ペルツルは少し笑った。
撤退援護の戦功で銀翼突撃章を受け取った晩、ローゼフシルトは、ようやくリントベルク家への手紙を書いた。娘さんが勇敢だったことなら、もう軍から知らせが行っている。自分が書くのは、彼女が下がるよう勧め、それを退けて留まれと命じたのが誰だったか、ということだった。最期の言葉もそのまま書いた。「あなたと」の四字を書くのに、いちばん時間がかかった。
原隊に戻ったあと、彼の中隊は東方に残された帝国の連絡員を迎えに行った。南の白軍がまだ動かせる列車に便乗し、ウラルの麓まで来た七月、捕らわれのニホライとその家族が、じきに処刑されるという知らせが入った。
本部からは帰ってこいと言われている。伺いを立てて、返事を待って、それから出かけたのでは、間に合うのはせいぜい葬式である。
仕方ないので、ローゼフシルトは本部に黙って、中隊を連れて迎えに行った。兵を動かした以上、帰ってから何を言われても自分が答えるつもりだった。もっとも、まずは帰れればの話だが。
地下室に通された一家と使用人たちは、最後まで、写真を撮るのだと聞かされていた。魔導士たちが踏み込んでその場を制したあとも、ニホライは椅子に座り、歩けない息子を膝に抱いたままでいた。
「帝国からお迎えに上がりました。殿下、私の背中にお乗りください」
皇太子アレクセイロスは素直に頷いたが、父親の上着の釦にかけた指が、どうしても開かなかった。ローゼフシルトは少年の腰を支え、ニホライの手を空けてやった。父親が息子の指を一本ずつ外してくれるのを、屈んで待った。ようやく少年の腕が首に回ったところで立ち上がる。あとでアレクセイロスから、あの時は本当に帝国から迎えが来たのだと思った、と言われた。
まったくである。そう思っていなかったのは、当の帝国くらいのものだ。
西の鉄道は赤く染まり、すでに使えなかった。一行は東へ向かい、半年近くかけてシルドベリアを横断した。初めは部下の方がまだ冗談を言っていた。子供を背負って列車に間に合うたびに、帰国したら帝国鉄道へ就職する、今の働きを見せれば駅長にはなれる、と。しかし秋が過ぎ、雪が降ると、歩けなくなった仲間を置いていかなければならない日が来た。自分たちがここに残ると言った二人が、本当にもう立てないのを、ローゼフシルトは自分の手で確かめた。それから敬礼を返し、子供たちを連れて先へ進んだ。
統一暦1901年の初め、バイタル湖の東で秋津洲皇国軍と合流した時、中隊の魔導士は七人に減っていた。
出迎えた山本五十代海軍大佐は、帝国の若造がごく普通に皇国語で礼を言うので目を丸くした。とはいえ、目の前にいるのは皇帝一家と、半年もまともな飯にありつけなかった連中だ。話を聞くのはまず腹を膨らませてからでいい。いくら博打とサイダーで頭のやられた海軍大佐でも、その程度の思慮はあった。
おかげでローゼフシルトは久しぶりに温かい汁物にありつき、当の山本も、のちに横須賀の料亭で、軍艦の将来について夜更けまで気の合う相手を独り占めできた。双方ともに、なかなか悪くない判断であった。
皇国では大勲位菊花章を授けられた。ニホライからは聖アンドレーイ勲章、帝国からはプール・ル・メリット、連合王国や共和国、合州国でも重たい勲章を貰った。皇国から海を渡り、合州国を鉄道で横切り、さらに太西洋を越えるという、地球を半周する帰り道のあちこちで歓迎された。ベルンに着く頃には、勲章の重みで礼装の左胸だけが下がるほどだった。仕立屋に頼んで、裏地に補強用の布をもう一枚当ててもらったほどである。
帝国の方でも迎えの準備は万端だった。生きて帰ったニホライのもとに亡命政府を立て、国境や租界へ逃れた白軍をまとめられる。ヴィルヘルト二世からすれば、親戚一家が一人も欠けずに帰ってきた。外務省は喜び、皇帝は大喜びした。参謀本部でただ一人、中尉の命令違反をどう始末するか考えていた担当者には、あまり楽しくない知らせだったろう。
駅では母がローゼフシルトを抱き締め、すぐに「痛いわねえ、それ」と顔をしかめた。勲章を外してもう一度抱かれると、子供みたいで少し恥ずかしかった。母の肩越しに父がいて、兄たちがいた。皆いるのに、彼の目はまだ後ろの方を捜していた。あの人なら、あんなに人のいる前で抱き締める母を見て、まず間違いなく笑っただろう。
帰国を祝う晩餐会で、ヴィルヘルト二世はローゼフシルトを傍に呼んだ。
「余からも何かやろう。そなた、何が欲しい?」
「では陛下、ベルン中央陸軍大学校に入りとうございます」
「……学校か?そなたはついこの間まで学校にいなかったかね」
まったくもって陛下のおっしゃる通りなのだが、士官学校と陸軍大学校では教えることが違う。
「陛下。私は、八分あれば谷に取り残された兵を連れ出せると考えて、部下にその八分を待たせました。私が谷を飛んで往復するだけなら、時間は足りていたんです」
ところが、帰りには百人以上の歩兵がいた。担架もあった。その担架を担いでいたのも、夜通し歩いて、走るどころではなくなった兵士だった。飛べる中尉一人の八分と、その兵たちの八分がまるで違うことを、彼は、谷を上がってくる列を見てやっと理解したのだ。
「中隊を幾ら速く飛ばしても、先に逃がすべき部隊の順番が決まっていなければ、誰かが最後に取り残されます。私がつく前にもう間違っていたところも、私が行ってから間違えたところも、両方ありました。今度は命令を書くうちに、それが分かるようになりたいのです」
「それで陸大へ行って、いずれは命令を書く側に回りたいと?」
「はい。それに、帝国の偉い連中は何をやっているんだと散々書き散らした論文が、まだ士官学校に残っておりますので」
「ほう」
「いつまでも自分だけ答案を出さずに済ませるのも、少々、具合が悪くなりまして」
陛下はここでようやく笑った。よろしい、推薦状を書いてやろう。ただし、卒業の方まで余に頼みに来るなよ、と。
その晩、斜め向かいの席から一部始終を見ていた令嬢がいた。くすんだ赤っぽい金髪に、茶色の垂れ目、年齢不相応の胸部装甲。英雄と話がしたくてたまらないのに、周りの大人が長々と祝辞を垂れるものだから、口を挟む隙がまるでない。そこで、その令嬢はたいへん手っ取り早い用件を思いついた。
「召し上がらないなら、そちらの焼き洋梨、私にくださいません?」
自分の皿はもう空だった。ローゼフシルトが渡してやると、令嬢は嬉しそうに二皿目を平らげ、きちんと名乗った。マルガレーテ・フォン・ヴァルテンベルク。今度は焼いていないのを半分ずつ食べましょう、とまで約束してから席を立った。晩餐のあいだじゅう勲章について訊いてこなかった相手は、結局、彼女一人だった。
秋、ローゼフシルトは念願の陸大へ入った。演習では列車が足りず、宿舎へ戻ると課題が待ち、教官は皇帝の推薦があろうが容赦なく赤を入れた。ありがたいことである。何かをしていれば日は暮れてくれた。いちばん始末に困ったのは、誰からも仕事を言いつけてもらえない日曜だった。
そんな日曜に、上級生のヴィルヘルト皇太子から、学生結社のメンズーアを見に来ないかと誘われた。剣で互いの顔を斬り、その傷を名誉とする、あの伝統のアレである。よりによって頬に傷のある後輩に、どう思うと聞いてしまったのが、殿下の失敗だった。あの頬に最後に触れてくれた人は、ただ一言、痛そう、と言った。彼には今でも、それがいちばんまっとうな感想に思えた。
「私の傷も、なかなかのものでしょう。欲しい方がいるなら、差し上げたいくらいです」
ここで口を閉じておけば、せいぜい嫌味な新入生で済んだ。ところが彼は、そんなことで男の値打ちが決まるなら塹壕のドブネズミの方がよほど偉い、とご丁寧に付け足した。かくして話は陸大の体育館裏に持ち越され、剣に不慣れな新入生を気遣った皇太子は、素手での決闘をお申し出になった。
これは殿下の二つ目の失敗だった。
騒ぎを聞いた教官が駆けつけると、帝国の次期皇帝が土の上で伸びていた。抱き起こすべきか、動かさない方がいいか。頭を抱えた教官に対し、ようやく目を開けた殿下が真っ先に頼んだのは「父上には黙っていてくれ」だった。これは少々遅かった。父帝はその日のうちに話を聞き、息子の心配をする前に腹を抱えて笑い、その新入生をうちの夕食に連れてこいと言った。
締めた方はというと、予想していたほど気は晴れなかった。顔を洗って時計を見れば、まだ昼飯まで一時間半もある。部屋に戻って、二行書いたところで放ってあったリントベルク家への二通目の手紙を出すしかなくなった。皇太子をぶん殴る方が、よほど簡単だった。
もっとも、腕の痛みの引いた殿下が、今度は狩りに誘ってくれた。そのうちアレクセイロスもついてくるようになり、二人の皇太子と、のちに財界の皇帝と呼ばれる男の奇妙な付き合いが始まった。三帝同盟だなどと呼んでいたが、当時の三人にできた共同声明といえば、撃ち損じた鹿はたぶん向こうの森へ逃げた、というくらいのものである。まあ、なんだかんだで皇帝一家と親しくなったのだから、結果オーライだった。
それより、彼にはもっと差し迫った悩みがあった。ヴァルテンベルク家の令嬢が、どういうわけか、彼の行くところに片っ端から現れるのである。
陸大の正門を出ると、マルガレーテが散歩していた。次の日もいた。では裏門から出ればどうか。目ざとい小さな女の子が、彼の顔を見るなり向こうへ駆け出した。
「お姉様!今日はこちらですわ!」
両方の門に一人ずつ。なるほど、妹のいる女は強い。
そうまでして何をしたいのかと聞いたら、あなたと劇場に行きたいのだという。慰問でもお祝いの会でもないのか、と確かめた彼に、彼女は心底不思議そうな顔をした。
「お芝居を見るのに、ほかに何のご用が要りますの?」
もっともだった。芝居はさほど面白くなかったが、帰り道、ひどい台詞を二人で思い出すのは面白かった。翌週、両方の門に誰もいなかった日は、少しがっかりした。裏門まで確かめに行ったことは、本人には黙っておいた。
ところで、マルガレーテにとって、これが初恋というわけではない。夏に会った音楽学生にも、その前に来た外交官の息子にも恋をした。そして恋をするたびに、たいへん頼りになる侍女に相談してきた。
「あなた、どうしてそんなに何でもご存じなの?」
「本でございますよ、お嬢様」
人の心の動きに詳しくなれる本だというから、マルガレーテは哲学書の類だと思っていた。しかし、相手の名を紙に書き、林檎の皮と一緒に枕の下へ入れれば次の舞踏会に誘われる、なんてことが本当に哲学書に書いてあるのなら、帝国の出版業は一体どうなっているのか。
助言はどれもたいへん参考になった。なお、これまでの成功率は驚異の〇パーセントである。
さて、その侍女が今回の相談で知ったのは、お嬢様の意中の相手が今や自分から裏門まで会いに来るくせに、その先へはちっとも進もうとしない、ということだった。裏門の件は、外出できなかった姉の代わりに見張っていた妹から漏れていた。いい働きだ。小遣いをやる甲斐がある。
侍女は少し考え、ご両親には誰の入れ知恵か絶対に明かさないと約束させてから、愛用の本の最後の章を開いた。東洋秘伝の房中術、とある。帝国の出版社は、どうやら東洋にも一言詫びておいた方がいい。
何を吹き込まれたかは、二人の秘密である。ひとつ確かなのは、マルガレーテが本を返しながら「明日じゃ駄目かしら」と言い、三分ほど考えた末に「やっぱり今日にするわ」と言い直したことだ。
その晩、彼女はローゼフシルトのもとへ夜這いに出かけた。首尾のほどは、翌朝、ヴァルテンベルク家の玄関で、顔色のひどく悪い中尉が娘と一緒に呼び鈴を鳴らしていたことから察していただきたい。勲章の重みで礼装が伸びるほどの男でも、胸部装甲が厚い美少女に押しかけられれば、ひと晩で陥落する。傷心していようと男というのも案外、単純なものである。
「お父様。私から伺ったんですのよ」
「それは分かった。今、お父さんが話を聞きたいのは、その横にいる人の方でね」
すっかり素面に戻ったローゼフシルトは、せめて家からここまでもう少し距離があれば、ましな挨拶を考えられたのに、と思った。昨夜飲んだのは紅茶だけである。人間、酒を一滴も飲まなくたって、翌朝になって頭を抱えるくらいには浮かれられるものだ。
ここまでして責任を取らなかったら、いくら多数の勲章を持ち皇帝一家と仲が良くとも、明日には他の貴族に血祭りにあげられバトル海の魚の餌にされる。
進退窮まったローゼフシルトに取れる手段は一つしかなかった。
「申し訳ありません。お嬢さんと一夜を共にしました。私が引き留めました。……マルガレーテさんと、結婚させてください」
「その最後のは、私に尋ねる前に、娘に言ったかね?」
言っていない。見れば隣の令嬢も、今それを初めて聞いたという顔をしている。二人して、たいへん大事な手順を一つ飛ばしていた。
「マルガレーテ。私と結婚してくれるか」
「はい。……よかった。そこから先は、本にも書いていませんでしたから」
「本?」
侍女の名誉のために言っておくと、お嬢様は約束を守った。もっとも、黙って紅茶を飲んでいた子爵夫人が「私の頃の版でも、そこで終わりでしたわ」と言ったので、あの家でいちばん事情を知らなかったのは、どうやら子爵だったらしい。
二人はその年のうちに結婚した。マルガレーテはヘレーネのことを忘れてくれとは言わなかったし、彼が一人でいたい晩をいちいち付き合って暗く過ごすような娘でもなかった。居間の隣から本を読んで笑う声が聞こえてきて、そのうち彼も、何がそんなに面白いのか覗きに行くようになった。
一九〇三年の初め、長女エリザーベトが、男児との双子として生まれた。ようやく寝かしつけた子どもを揺らさないよう、夫婦で長椅子に並んで一緒にうとうとした朝がある。目が覚めて、もう一時間もこうしていたのかと驚いた。昔は、日曜のたった一時間半があれほど長かったというのに。
◇
《統一暦1913年 合州国》
世界恐慌の震源地となった合州国は、その十数年前には、世界でいちばん景気よく工場が建つ国だった。そこにはちゃんとした理由がある。
西部開拓で育った産業が、そろって国外にも商売を広げていたのである。西へ鉄道が延びれば、開墾された農地から小麦が運ばれる。その大量の小麦を安く港まで運べるようになると、欧州にまで買い手がつく。小麦だけではない。農地を拓くのに使った農機具も、穀物を港で積み出す機械も、広大な国内市場のおかげで、大量に、しかも安く造る術をすでに覚えていた。今度はそちらにも国外から注文が来た。輸出が伸び、工場を増やした会社は実際に利益を増やし、株主には配当を出した。合州国の産業に大いに期待した初期の投資家には、ちゃんとそうするだけの理由があったのだ。
そこへ海の向こうから、金の出し手までやって来た。発端は統一暦一八九九年に遡る。あの時ベルンとパリースィの銀行は、ルーシーへの融資を競った挙句、仲よく大損をした。慌てた欧州の資産家は、残った財産の預け先を探した。海の向こうに、国土が広く、資源があり、鉄道はとっくに開通していて、利払い日に革命が起きて政府が消える心配も当面なさそうな国がある。ルーシー鉄道債でひどい目を見た連中にしてみれば、最後の一点だけでも十分魅力的だった。
合州国の政府も、開拓と輸出を支えるため長らく低金利を歓迎し、準備銀行は市中の銀行に安く資金を供給していた。国内で安く借りられる上、欧州からも資本が入る。その金で設備が増え、所得が伸び、輸出はますます盛んになった。ところが、新しい工場に機械を据えつけるには何か月もかかるのに対し、すでに値上がりしている株なら、今日買って明日にも値上がり分を頂戴できる。好況が長引くにつれて、工場を増やす金より、すでにある工場の株を買う金の方が、よほど速く増え始めた。
株が上がれば、それを担保に前より多く借りられる。その借金でまた株を買えば、株はますます上がる。初めは工業の将来性を見込んだ資本家が中心だった相場に、気づけば、近所で儲けた人を一人くらい知っている、というだけの一般市民まで株を買いに来るようになった。企業の利益が前年を下回っても、金融街のザ・ストリートでは新高値がついた。これが合州国の繁栄の末期だった。
統一暦1913年十月の木曜日、数日前から弱含んでいた市場へ、朝から売りが殺到した。後にいう「暗黒の木曜日」である。
借金で買った株が値下がりすれば、証券会社は客に担保の不足分を現金で入れるよう求める。入れられない客の分は、株を売って回収する。その売りで相場が下がると、昨日までは余裕のあった別の客まで担保不足になる。あれほど調子よく株価を押し上げていた信用取引が、そっくり逆に働き始めたのだ。おまけに、約定した取引を順番に紙テープへ打ち出す相場の印字機が、膨れ上がった出来高に追いつけず、みるみる遅れた。地方の証券会社からすれば、今こうして見ている株価が、実のところ何十分前のものかも怪しい。そんな時に限って、本当はいま幾らなんだと客からの電話がひっきりなしにかかってきた。
昼過ぎ、東部の大銀行と、鉄鋼や石油に大きな持分を持つメレン財閥が動いた。取引所中が顔を知っている男が製鉄株の立会場まで歩いていき、直前についた値より高い値段で、ごっそり買うと申し出た。他の主力株にも、同じように大口の買い注文が並んだ。金額もさることながら、あの連中が自分の名を出して買うというのがよく効いた。朝方あれほど売りたがった者が注文を取り消し、今のうちに拾おうという買い手まで戻ってきた。木曜の引けには、朝の下落のかなりの部分が取り返されている。金曜も一息つき、土曜の短い立会もどうにか乗り切った。
さて、金融街の名士たちが日曜の新聞で、大丈夫だ、我が国の産業は健全だと請け合っている間に、何が起きていたか。
全国の証券会社から、週明けまでに追加の保証金を入れろという通知が届いていたのである。
記事を読んで安心したところで、月曜に用意できる現金は増えてくれない。木曜に銀行団が持ち直させたのは主力株の値段であって、すでに損をした客の財布の中までは面倒を見ていなかった。月曜の朝、支払いに間に合わなかった客の株がまとめて処分された。銀行団にも預金の引き出しに応じ、企業の手形を落とすという本業がある。国内の上場株を端から全部、昨日の値段で買い取るような真似は、いかにメレン家でもできない。
その日の急落が、翌朝には新しい強制売却を呼んだ。「悲劇の火曜日」である。値を下げれば買い手がつく銘柄は、まだましだった。買い手がつかず、まともな値段さえつけられない銘柄まで現れた。木曜には名乗りを上げるだけで取引所中の注目を集めた銀行家も、この日ばかりは、自分を呼ぶ声がする方を振り返りたくなかっただろう。
株式の時価総額が減ったからといって、同じ額の紙幣が銀行の金庫から煙になって消えたわけではない。厄介なのは、その値段なら返せると思って借りた金が、元の額で残っていることだ。
合州国の銀行は担保を売っても取り戻せなかった貸付の損を抱え、手元の現金を確保するため、国外への短期融資の回収と、新しい貸付の打ち切りを始めた。国外の買い手が代金を用意できなくなれば、合州国の輸出工場にも注文の取り消しが返ってきた。株価が急落するのに一週間もかからなかったが、こちらの仕事がなくなるまでには数週間、失われた仕事が戻るには何年もかかった。
欧州がこの恐慌に巻き込まれた経緯は、ローゼフシルトが前世で習ったものと少し違う。この世界ではまだ欧州を焼く大戦が起きていない。敗戦国が賠償金を払うために合州国から金を借り、その融資を引き揚げられて倒れる、といった関係はそもそも存在しなかった。代わりにあったのが、ルーシー革命以来、十四年かけて積み上がった合州国証券と、それを担保に海の両側で貸し借りされた短期の金だった。ベルンもパリースィも、今回は被害を受けた客であると同時に、国内の取引先から金を取り立てる側に回った。
欧州の工場は、売れなくなったうえに、次の給料日までのつなぎの金まで借りられなくなったのである。
穀物や資源を輸出していた国には価格の下落が響いた。
同じ額の外債の利払いに、前年より多くの小麦を船に積まねばならない。連合王国は積荷そのものが減って、海運と貿易金融の両方で打撃を受けた。皇国は輸出減と信用危機が重なり地獄を見た。反対に、帝政時代の債務を踏み倒して外国の資本を追い出したルーシー連邦は、銀行同士の貸し借りが少なかった分、直接の傷は浅かった。
もっとも、工作機械を買うための外貨は、連邦も穀物を売って稼いでいる。党の新聞が資本主義の崩壊を祝っている隣で、貿易の担当者は、去年と同じ輸入代金を払うのに、あと何トンの小麦を積めばいいか、計算し直していた。西部の農民は、空腹を紛らわせるために土まで口にするほどの悪夢の中にいた。どうにもお祝いに加わる気にはなれなかっただろう。
それぞれの国が自国の産業を守ろうと関税を上げると、今度はまだ金のある国へも物を売りにくくなった。輸出も内需も減り、売れない工場は給料と雇用を削り、そのために国内の買い物までいっそう減る。これで、株を一枚も持っていない人間にまで不況が行き渡った。
例えば、ベルンの旋盤工の家で、古い足踏みミシンを買い替えるつもりでいたとする。父親の工場が週に二日休みになれば、母親は新しいミシンの注文を取り消して、古いミシンの革ベルトをもう一度だけ繕って使うだろう。一軒の家としてはごく普通のやりくりである。では、同じように買い替えを延ばす家が十万軒あったらどうか。ミシン工場では十万台分の注文が消え、そこで働く職工もまた、来週から二日休んでくれと言われてしまうのだ。
この、なんとも景気の悪い一件で、生涯使い切れないほどの大金を稼いだ帝国人がいた。もちろん我らがローゼフシルトである。
話は九年前、統一暦1904年に戻る。無事、陛下に卒業のお世話までお願いせずに済んだローゼフシルトは、大尉に昇進し、合州国駐在を希望した。希望を通してやったゼートゥーアが、出発を前に若い大尉に聞いた。
「君が調べたいのは、合州国の陸軍かね、それとも工場かね?」
「両方ですよ。陸軍が昨日何両の貨車を持っていたかなら、ベルンにいても分かります。足りないと分かった日に、あと何両造れるか。これはちょっと、工場を見てみませんと」
「そうか。それで、工場を見るだけで済むのかね?」
よく人を見ている上官であった。
赴任して間もなく、増水で鉄橋を流されたという鉄道会社へ出かけたことがある。帝国なら、橋桁を造るために、まず製鉄所の順番待ちから始めるところだ。ところが川岸にはもう新しい橋桁が届いていた。どこの工場がこんなに早く造ったのだと驚いたら、うちの鉄橋はたいてい同じ寸法だから、前から何組か造って倉庫に置いてあるんですよ、という返事だった。
ローゼフシルトはたいへん感心した。ベルンにはきちんと報告書を送ったし、自分ではその橋桁を造った会社の決算書も取り寄せた。大尉に他意はあった。大いにあったのである。
彼が合州国で最初に儲けたのは、まだ工場の稼ぎが株価に追いついていた頃だ。元手は十五の頃にルーシー相場で作った十四万マルク余り。電力会社を買うのに、去年は幾ら配当したかという数字だけでは決めなかった。あと何軒に電気を売れるか。収入が増える前に発電機を買い替える必要はないか。十年先の一ドルに今日の一ドルと同じ値はつけず、金利も引いたあとにどのくらい残るか、好況なら、不況なら、と紙の上で勘定した。
前世の大学院でやった仕事が、まさか帝国の陸軍大尉になって役に立つとは、人生(二回)、何があるか分からない。
ある地方の小さな電力会社をまとめた時には、欧州から出資者を募り、彼自身も金を入れた。発電所を相互に繋ぎ、夜にも電気を使う工場と契約を結んで、同じ発電機で昼夜にわたって稼ぐ。引受けの報酬は一部を現金で、残りをあらかじめ決めた値で新株を買える権利で貰った。
工場が栄えれば事業から配当が入るうえに、新株を安く買って売る分も彼の取り分になった。これを何年も繰り返し、よその資本家から預かる金も、それを増やして受け取る報酬も、桁が変わっていった。
腕一本と元手十四万で、国の予算と張り合える額までひと跳び、なんて景気のいい嘘をつく必要はなかった。よその金も働いてくれたのである。
一九〇九年、少佐になってベルンへ帰った頃には、もう大口の売買を任せられる支配人が合州国にいた。こちらの仕事が一段落したので、ローゼフシルトは帝都でちょっとした有名人になっているという戦友を訪ねた。
アドルフ・ペルツルである。
酒場で政府への不満をぶちまけて、社会主義者と間違われた。従って再会の場所は、あまり景気のよくない話だが、警察の留置場だった。
誤解を解いてやり、近所の安カフェまで来てペルツルはようやく、右頬の傷に見覚えがあると気がついた。ところが懐かしい中尉は少佐になっていて、まずい珈琲に一口もつけずに、妙な就職を世話してくれたのである。
「政治家にならないか、アドルフ。君が腹を立てている理由を聞いていただけで、向こうの席の三人がさっきからこっちを見ている。私が同じ話をしたところで、とうに新聞の続きを読んでるよ」
演壇と資金はこちらで用意する。腹を立てた人間を集め、その腹立ちを当人よりうまく言葉にするのは、ペルツルの仕事だ。
ローゼフシルトが彼に政治活動を勧め、財布を開いたのはこの時である。九年前の病院で建物を描いてもらった折には、帰ったらまた絵を描くといいと、本当にそう思って言っただけだった。
彼の認識ではアドルフという名前で芸大を二浪していて、喉をやられている奴は総じてダークサイドの人間なのだ。
自分の手の届かない範囲で大戦争を始めて、帝国を破滅させられるのは流石に困る。
そうやって人に仕事を押しつけ、自分は楽をする予定だったのだが、どうも予定どおりにはいかない。一九一二年の冬には、丸一年も口説き続けた末に、ようやくポルシェを財閥の自動車部門へ連れてきた。
なお、この手法は彼が現在の妻にやられたモノと全く同じだったりする。だから戦争は無くならないのだ。
その頃、合州国からは、そろそろ妙な手紙が来るようになっていた。貨車の注文は減った。農機具代金の回収は遅れている。どちらの会社の株価も、大変喜ばしいことに、また最高値を更新したそうである。
「……誰がそんな値段をつけたんだ。私が買った時にも説明書が要った会社だぞ」
彼は株を順に売って現金を残し、とくに借金で事業を広げてきた会社の株を減らした。
製鉄、貨車、鉄橋と、一見別々の三社の帳簿から同じ鉄道会社の名が出てくれば、あそこの発注が止まれば三つとも駄目になる、とまとめて数えた。
さらに、ここ何年も値動きの荒い株にまで、電灯会社の堅い株と同じ程度の料金で、決まった値段で売れる権利を付けてくれる商会があった。ありがたく利用させてもらい、手数料も承知のうえで、売買の多い銘柄の株は借りられるようにしておいた。
もっとも、高すぎる株が明日にも下がるという理屈はどこにもない。実際、最初に買った権利のなかには、株が上がったまま期限が来て、払った金が丸ごと消えたものもあった。その程度で退場しては話にならない。もうひと夏上がっても追加の保証金を払えるだけの現金を、彼はむしろ退屈になるくらい残していた。
現地の支配人に渡した指示には、いつ暴落するかは書かれていなかった。知っていたら、値下がりを待つうちに、わざわざ契約を期限切れにしたりはしない。代わりに書いたのは、ひどく下げた日、もし東部の大銀行が揃って買いに出たら、という条件だった。銀行も株を持ち、それを担保に貸し込んでいる。
前世と家名や日付が違ったくらいで、自分の金を守りたくなくなる銀行家は、まずいないだろう。
「一つだけ伺います。そういう買いが出たら、いちどベルンへ打電いたしましょうか」
「結構。私の返事を待つうちに、向こうが昼飯に行ってしまう」
かくして暗黒の木曜日、メレン家らが買い支えに入ると、ザ・ストリートではベルンの少佐に代わって支配人が動いた。
大手の製鉄株が戻ったところへ、上昇中にまだ売り切っていなかった手持ちの現物を、大口のままぶつけた。つられて業績に見合わないほど値を戻した銘柄には、あらかじめ借りておいた株を次々に浴びせた。借りた株ならあとで同じ株数を買って返せばいい。木曜には百ドルで引き取る買い手がいる。それも、向こうから名乗り出て、取引所の真ん中に立ってくれているのだ。これほど親切な相手もそういない。
金曜と土曜にも、値が戻って買い注文が厚くなったところで売りを重ねた。片っ端から投げればいいわけではない。自分で値段を押し下げた末に安く売るくらいなら、売り残してでも待つ。そして、銀行団の支えが追いつかなくなった月曜の終盤から、少しずつ買い戻しに回った。
悲劇の火曜日、先週は百ドルをつけた株が六十ドル台でもごろごろしていた。今度はそちらを拾って、借りた分を返した。誰もが売りたがっていたからこそ、自分の大口の買いで値を跳ね上げずに済んだのである。
火曜の夕刻、ベルンへ送った決済報告の最後には、支配人の私信がついていた。
『当方一同健在。来年分ノ休暇モ本年中ニ頂戴シタシ』
最終的な利益は、好況のあいだに株を売り、引受けの報酬や新株の権利から受け取った分が、およそ八千六百万マルク。秋の値下がりを利用した取引では、借株の費用や期限切れにした権利の代金まで引いたあとで、さらに五千七百万マルクを稼いだ。共同出資者には各々の取り分を返して、彼の側に残った利益だけで、合わせて一億四千三百万マルク余りである。
十五で十四万マルク稼いだ時には、不安になった父から、桁を間違えていないかという電報が来た。今度はマルガレーテがじかに帳面を持って説明に行った。義父は眼鏡を替えてもう一度数字を読んだあと、嫁に一つだけ訊ねたという。
「それで、あの子はこれで少しは休めるのかね?」
現地の支配人たちには、休暇も賞与も出た。父のいう「あの子」だけは、これからいよいよ忙しくなった。
というのも、帝国の景気を戻すには、どれだけ金を儲けたところで、彼一人が大いに贅沢するぐらいではまるで足りなかったからだ。
国内には働き手も、製鉄所も、余った鋼材もある。どれも余っているのに、注文が来ないので、工場は動かすほど損が出る。そこへローゼフシルトは、どうせ数年のうちに要る橋や発電所の注文を国が今出してしまえばいい、と話を持ち込んだ。
持ち込まれたのは、昔は体育館の裏で転がされ、今や肩を並べて鹿を追う仲になった、あの皇太子である。
「工場を一つ動かす程度なら、君が自分で買ってしまえばいいだろう」
「ええ。実はもう幾つか買いました」
「……君はいつもそうだな。それで、いま私に見せている地図の、どこからが国の仕事だ?」
「端から端までです、殿下」
殿下が地図を畳み直す手を止めた。帝国の西の炭鉱から東の工業地帯まで、道路と線路と電線が引いてあった。いかに安く買った製鉄所でも、国中の橋を勝手に架けて代金を受け取れるわけではない。
少佐が工場を買って職工を繋ぎ留める。政府は国債と予算で何年分かの工事を約束し、発注を受けた会社が給料を払う。恐慌が過ぎたあとには造った道路も線路もそのまま使える。危うく失業するところだった人間を将来の納税者のままにしておけると考えれば、大蔵官僚にも賛成してくれる者はいた。
こうして皇帝の後押しを得て、一九一三年、第一次四カ年計画が動き出した。帝国が整備したのは軍需工場ばかりではない。製鉄所と発電所を増やし、港と鉄道の荷役設備を揃え、規格を合わせた荷箱を、船から貨車へ中身を出さずに積み替えられるようにした。
かつて合州国の川岸で、同じ寸法の橋桁が最初から用意してあるのを見て感心した男が、今度は自分の国で、同じことをずっと大きな規模でやったのだ。のちに動員された将兵も、その荷箱で届く飯を食うことになる。
翌一九一四年、財閥の調査団が皇国の勢力圏で大油田を掘り当てた。帝国には欧州の外にも油と販路が欲しい事情があり、皇国にはせっかくの油を掘り、精製し、買ってくれる相手が要る。皇国が帝国の関税圏へ加わり、欧州中で売り先を取り合っていた時期に、帝国は極東との商売を広げることができた。加えて、大平洋の軍縮条約を呑まされ、不満を抱えてベルンに立ち寄った山本五十代との話が、大平洋に限った両国の安全保障同盟にまで発展した。十三年前に一緒に飯を食ったのは、両国の外務省が考えていたよりも幾らか有意義だったようである。
一方、急に図体の大きくなった財閥の内側は、なかなかに酷いものだった。同じ部品を三つの会社が少しずつ寸法を変えて造っている。帝国中に規格を揃えろと言って回っている本人の会社がこれでは、さすがに格好がつかない。一九一五年、ペルツルに紹介されたアルバート・シュパーヤに白羽の矢を立てた。ポルシェ博士を口説き落とすのには丸一年かかったが、こちらは酒を飲みながら話すうち、一晩で署名まで済んだ。
「これが昨晩の勘定ですの?まあ、契約まで一晩で?」
「一年通って口説くよりは安いよ」
「そうですわね。私もそう思いますわ」
マルガレーテにたいへんいい笑顔で同意されたので、この件に関しては、これ以上何も言わないでおくことにした。
一九一八年にはポルシェ博士が手がけた国民車が形になった。
一九一九年、陸軍中佐のローゼフシルトは航空機の開発に関わり、その後、大佐として北方軍管区へ移ると、今度は私費で図書館とカフェを造った。鉄道も自動車も大いに結構だが、勤めの帰りに旨い珈琲を一杯飲めるというのは、彼にとってそれらと同じくらい切実な問題である。
統一暦一九二三年六月には、そのカフェでターニャ・フォン・デグレチャフと向かい合うことになる。
あの日の彼は、帝国がこれから何をやるつもりか、帝国の軍民一千万人が代価であっても自分はその支払いに署名する、とまで話した。士官学校の閲覧室で、帝国が勝利して賠償金と土地を取れば、隣国は次の機会にそれを取り返そうとする、とヘレーネに言ったことは覚えていた。だから彼が考えたのは、講和を結んだあと、負けた側も帝国との商売を続ける方が暮らしが立つようにすることだった。石炭を買い、製品を鉄道で運び、外国へ売って代金を受け取る。そういう毎日の仕事の間に、帝国と手を切ってもう一度戦争を始める余地をなくしてしまう。
それを望まない相手にはどうするのか。そこまで考えないほど、もう彼は若くはなかった。力ずくでも付き合わせるつもりだった。人に生き方を決められるのがあれほど嫌だった男が、いまやよその国の明日まで自分で決める気でいる。随分遠くまで来たものである。
◇
《統一暦1929年1月中旬 帝国西部 ケルシュ大聖堂》
控室の外で、椅子を動かす音がした。次いで、石の床を箒が掃いていく。
ターニャが懐中時計を見ると、乗るつもりでいた列車はもう出たあとだった。まあいい。次の便には食堂車がつく。怪しげなサンドイッチを駅で買って急いで頬張るくらいなら、話を最後まで聞いた方がましである。
「それで、少将。聞きたかったのは、こんな話でよかったのかね?」
「ご夫人の妹君が裏門を張っておられたことまでは、さすがに想定しておりませんでしたが。私が伺いたかったのは、あと一つです」
今月一日付で上級大将になり、十日付で西部方面総司令官に就いた男が、向かいで続きを待っていた。
「ヘレーネ少尉は、皆が家へ帰れて、そのあとも家にいられるようにしてほしい、とおっしゃった。そこから先、欧州を帝国の下に置くというのは、どなたのご判断です?」
「私だよ。あの人と、占領する炭鉱の数まで相談した覚えはないね。もしあと五分話せたとして、そんなことを聞くのに使いはしなかったよ」
「では、一千万人の支払いに署名するとおっしゃったのも」
「私だ。あの人に払わせては、勘定が合わんだろう」
なるほど。これで、誰に何を言えばいいかは分かった。死者との約束というやつは、幕僚会議に当人を呼んで、そこの一項だけ考え直していただけませんか、とやるわけにいかない。目の前の上官が自分で決めた方針なら、もう少しましな見積もりを持って、その机へ行ける。
「同じ条件で講和できて、支払いを減らせる案がありましたら、閣下はお聞きになりますか」
「もちろんだ。あるのか?」
「ありましたら、と申し上げました。案を一本お持ちするたびに休暇を一週間頂けるなら、探し甲斐も出てまいりますが」
「その休暇が済んでも皆を家にいさせる方法を考えろと言われてね。こちらは三十年近くも提出が遅れているんだ。君が仕上げてくれるかい?」
ターニャはさっさと軍帽を手に取った。列車をもう一本遅らせた上に未提出の宿題まで貰って帰るつもりはない。
身廊へ戻ると、朝の川霧はもう晴れていた。聖母の衣を透かしてきた瑠璃色の光が、今は長椅子の背に落ちている。側廊の献灯台では、小さな女の子が爪先立ちして、どうにか隣の火を借りようとしていた。ローゼフシルトは足を止め、今朝自分で立てた蝋燭を、子供の手が届くところまで傾けてやった。
火が移り、女の子は両手で灯を囲って母親のところへ戻った。ターニャもそろそろ出口へ向かおうとして、そういえば、と振り返った。
「閣下。ひとつだけ。妹君の裏門の見張りには、結局、どなたがお金を?」
「私だよ。二人がかりで私を捕まえておいて、費用は私に請求するんだ。しかも裏門は遠いから割増だそうだぞ。どう思うね、少将」
「妥当な請求でしょう。明日は何時に正門を出ると、閣下から一言お伝えになれば、そもそも見張りは要りません」
「少将。それでは私の方も会いたがっていると、あの子に分かってしまうじゃないか」
「なるほど。でしたら必要経費ですな」
彼は何か言い返そうとして、先に自分が笑ってしまった。
二人の頭上で昼の鐘が鳴った。側廊には、朝の半分ほどの高さになった蝋燭が、まだ灯っていた。
ほのぼの終わり。
さあ、総力戦の続きをしようか。