転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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序章 天衣無縫の修羅
一 天衣無縫の修羅


 異世界に転生したことへの私の感情は、娯楽が失われたことへの失望だった。

 いわゆる異世界転生といえば、チートで無双し周囲からチヤホヤされ。

 前世の鬱屈とした状況を、抜け出すのが醍醐味だ。

 しかし実際、私は別に前世の生活に不満を覚えてはいなかった。

 

 そりゃあ仕事は面倒くさいし、決して何か周囲に自分の価値を認めさせるような生活はしていなかったが。

 だとしても、毎日ソシャゲやSNSで時間を無駄にする生活が、私にとっての幸福だったのだ。

 

 たしかに、死んだ後にもう一度人生を与えられたことは幸運だった。

 しかもTS転生で、絶世の美貌を手に入れられたのは嬉しくないわけではない。

 だけどそれならそもそも死にたくなんてなかったし。

 この美貌も、周囲の嫉妬や肌の手入れを思えば面倒の方が多い。

 

 はっきり言って、私の人生は空虚なものだった。

 剣の里と呼ばれる山奥に生まれ、ろくな娯楽もない生活。

 周囲の子どもたちとは話が合わないし、大人は私を変な子どもだと思って遠ざけるし。

 楽しいことなんて、ほとんど無かったのだ。

 

 

 だけどそんな生活は、私が剣を手にしたことで一変した。

 

 

 この世界はファンタジー世界だ、やろうと思えば人間が岩を簡単に斬り裂くことができる。

 人が人とは思えない尋常ならざる力を発揮する。

 そんな状況に、私は不覚にもハマってしまった。

 

 だって考えてみてほしいのだけど、前世では創作の中でしかありえなかったような超常的なパワーを、実際に振るうことができるのだ。

 なにより身体が自分の思うがままに動く感覚は、前世の運動不足な我が身では体験しようがないものだった。

 

 もっと言えば、強くなることそのものが私は楽しくて仕方がなかった。

 ゲームでプレイヤーキャラを強くする興奮。

 それによって強敵を打ち破るカタルシス。

 前世では絶対できない体験は、娯楽に飢えていた私にとって劇物だったのだ。

 

 しかし、そうやって強さを求めていると。

 周囲からはなんだこいつ、みたいな目で見られるようになる。

 元々は、自己主張が薄く空虚な生活を送っていた身だ。

 不可思議に思うものもいるだろう。

 とはいえ、なんだ。

 

 天衣無縫の修羅、というのは――

 

 ――なんとも仰々しすぎる表現ではないだろうか。

 

 

 +

 

 

 朝の日課となっている滝行を終えて、私は軽く髪の水気を布で拭き取った。

 滝壺の中央には、今も勢いよく水が流れ落ちてきているが、川辺は実に静かなものだ。

 私の、分不相応な容姿もしっかりと水面に映る。

 

 今年で十になったばかりの身体は、小柄だが少しだけ女性的な発育がうかがえる。

 細く透き通るような白髪と、赤い瞳はまるで自分が人ではないかのようだが。

 中身はただの前世がオタクな一般人だ。

 肌襦袢のような白い服は濡れて肌に張り付いており、これが私でなければなんだかいけないものをみているようだ。

 さっさと魔力で水を吹き飛ばし、上に服を羽織ろう。

 

 身だしなみを整えると、次に私は近くに置いてあった刀のような剣を手に、森の奥に入り込む。

 そこには、先日山奥から持ってきた大きな石が置かれていた。

 滝行をしてから、この石を“斬る”ところまでが私の基本的なルーチンだ。

 魔力の操作は常日頃の鍛錬によって熟練度が上がっていく。

 練度を上げるための鍛錬は昼にするので、これは昨日までの“勘”を忘れないための作業と言えるだろう。

 

 まぁ実際には、私は一人でゆっくり水浴びや湯浴みがしたいのに。

 なんか私がやってくると、周囲が私をじっと見てくるせいで落ち着いて水浴びができないので。

 こうして、人のいない時間帯に水浴びをしつつ、今日の予定を考えているだけなのだが。

 なお岩を斬るのは、単純に異世界の超人的なパワーを振るうのが楽しいからだ。

 それ以上でもなければ、それ以下でもない。

 まさか、人を斬ったりするわけにもいかないしね。

 

「――」

 

 剣を構えて、意識を集中させる。

 自分のうちに流れる魔力を自覚して、それを少しずつ両手に乗せる。

 実戦では、そんな悠長なことはしていられないのだけど。

 自分の中にある力が高まっていく感覚に、言葉にできない高揚感を覚えるのだ。

 それを何度でも体感していたくて、こうやって魔力の流れを確かめている。

 やがて、魔力が手に集まったのを確認すると、私はゆっくりと剣を振り上げた。

 大事なことは、狙ったもの“だけ”を斬ること。

 不用意に力を込めすぎて、地面をえぐったり環境を破壊するのはよくない。

 というか、二年くらいやってきて身にしみてるけど、そうやって無駄に破壊の規模を大きくするとそれだけ魔力を消費してしまう。

 

「……はっ!」

 

 振り下ろした剣が、石を真っ二つにする。

 見れば、切断された石の断面は非常に滑らかで、私の剣が適切な力で石を斬り裂いたことが解る。

 斬った瞬間の手応え、溜めた力を解放した時の感覚。

 どれをとっても、満足の行く結果だった。

 

 

 +

 

 

 集落の方に戻ると、なんだか私への視線がいつもより痛い。

 自宅に帰って父上の下へ向かえば、開口一番。

 

「カグラ――昨日の夜は何をしていた?」

 

 の一言。

 カグラというのは私の名前。

 この世界の普通の人間は、西洋風の横文字なのだが。

 私が暮らす剣の里の人たちだけは、なぜだか和風っぽい名前だ。

 里を作った人が、海を越えてやってきた人だったというのが理由らしい。

 海の国には和風っぽい国があるのだろうか。

 

 そして父はなんというか、偉そうな人だ。

 里の偉い立場の人間なのだから、偉そうにするのは当然かも知れないけれど。

 威厳を保ちたいからそうしているだけなのを、娘の私は知っていた。

 

「金剛狼を狩っていました」

「……そうか」

 

 父の問いかけは、別に私を責めようとしているわけではない。

 少なくとも、夜中に出かけたことを生まれて一度だって叱られたことはないのだ。

 多分、そういうことを始めたのは私が剣に目覚めてからなので。

 諦められているだけなのだろうが。

 保護者として、何をしていたかは知らないといけないのだろう。

 

「以前から、金剛狼の討伐には何度か挑戦していたのですが、どうにもあの硬い毛皮を突破することができないでいたのです」

「カグラの年で、金剛狼を狩るのは無茶だ。絶対的に、毛皮を切断するための魔力が足りないのだから」

「そうですね、ですがそれに甘えてばかりではいられません。昨夜、私は思いついたのです」

 

 金剛狼は、名前の通り金剛石のような硬い毛皮を身にまとった魔物だ。

 本来はもっと遠くの山奥に生息しているのだが、たまに縄張り争いに負けた狼が里の近くまでやってくる。

 本来なら里の大人が数人がかりで討伐する魔物だが、私は最近この魔物を狩ろうと躍起になっていた。

 

「書物で知りました。金剛狼は毛皮こそ硬いですが、中身はそこまでではない……と。であれば、斬るのではなく叩くべきです。中を刺激し、破壊しないと」

「それは……カグラはよく勉強しているな」

「ありがとうございます。ですので、剣の耐久性を魔力で強化し、とにかく叩きました。夜に飛び出したのはこの事を思いついてしまい、居ても立っても居られなかったのです」

「そ、そうか……」

 

 ああ、また父上が引いている……

 違うのだ、私はただ思いついた攻略法を試さないと眠れないほど、興奮していただけなのだ。

 だってずっと悩んでいた問題の解決法を、ようやく見つけたのだから。

 そして何より、その攻略法を考える事以外に、この世界にろくな娯楽がないのだから。

 

 だから私は、決して修羅なんかじゃない。

 この娯楽が少ない世界で、娯楽に飢えているだけの普通の転生者だ。

 たしかにちょっと、一つのことに夢中になると他に意識が向かないきらいはあるけれど。

 私は決して――天衣無縫の修羅なんかじゃない。

 

「それで、その……父上」

「なんだ?」

「……撲殺した金剛狼の血抜きをしたいのですが、刃が通らず。里の者に助けを求めたいのですが」

「それならもうすでに、手配済みだ。まったく、朝起きたら里の入口に金剛狼の死体が捨ててあった時は、一体何事かと思ったぞ」

 

 ……ああ。

 うん、だから、アレだ。

 私は多分、天衣無縫の修羅なんかじゃない、と……思う。




何やら物騒な呼び方をされるTS転生者が、切った張ったを繰り返す剣術活劇……みたいな感じです。
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