転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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九十二 リンカには気をつけたほうがいい

 ――夕闇が夜に紛れる。

 人の気配が遠ざけられた異質の空間で、私と分身と化したユウコさんが打ち合う。

 

『――わかってるはずっすよ! カグラちゃんじゃアタシに勝てないって!』

「それはやってみなければわかりませんよ!」

 

 先日の戦い、実質的な結果はともかく、私としては負けたようなものだった。

 四重強化を切ってはいないから、実力の上では負けていないのだけど。

 その四重強化を相手に見せないために三重強化で戦って、結局見せてしまうところだったのだ。

 精神的にはかなり敗北感が強い。

 とはいえ、負けたところで死んでいないなら次を勝てばいいのだ。

 なので今度こそ、私は四重を見せずに勝ちきりたい。

 しかし――

 

『こっちは今度こそ出し惜しみなしっす! さぁさぁ! 何時まで持つか見ものっすね!』

 

 本気を出した幻象の分身たるユウコさんは、非常に厄介だ。

 まずそもそも、前回の戦いの段階で私より身体スペックは高かった。

 そこに加えて、影を鞭のように操ってユウコさんは手数を増やしてくる。

 魔力の刃で対応することも可能だけど、体からしか生み出せないと思っていた影の腕は、実際には四方八方から生み出せるものだった。

 お陰で今度は、あちこちから飛んでくる影を相手に回避を強いられることになったのだ。

 これがなかなか、やりにくい。

 一番厄介なのが――

 

『影だけでなく、アタシも行くっすよ!』

 

 ユウコさんが直接襲いかかってくるということだ。

 無数の影の腕を、ユウコさんはすり抜けてくる。

 本体なのだから当然と言えば当然だが、だいぶ理不尽だ。

 おかげでスペックでこちらを上回るユウコさんの攻撃を捌きながら、影の腕も相手しなくてはならない。

 こちらの手数は刀と魔力の刃だけ。

 どう考えても、防戦一方にならざるを得ない!

 

「……っ! いくら他の強者に嫉妬したからといって、宿痾の主に操られ人様に迷惑をかけるのはいかがなものかと思いますよ!」

『カグラちゃんならわかってくれるんじゃないっすか!? 置いていかれる苦しみを! 結果のでない絶望を!』

 

 ユウコさんがどうしてこうなったのか。

 細かい理由はわからないけれど、なんとなく察せられる物はある。

 幻象のデバフは精神に影響するもの。

 そしてそれによって心の闇を増幅させられているのが今のユウコさん。

 才能のない自分に対する絶望を、幻象によって増幅させられてしまっている。

 まぁ、よくある話といえあよくある話。

 そして、簡単に答えを出すこともできない、難しい話だ。

 

「私は努力をしました。努力が楽しかったからですよ。成果を出すのが楽しかったからです。絶望も苦しみも、私にはわかりません」

『……そうっすよね、カグラちゃんもいつの間にかあっち側に言っちゃったんすよね』

 

 私には、そもそも他者を羨む感情はない。

 自分が強くなれるかどうか、それが私の判断基準だ。

 強くなれないからつまらない、強く慣れるから楽しい。

 それ以外を基準に、他者と自分を比較したことはないのである。

 何にせよ――

 

「このまま防戦一方では、埒が明きませんね!」

『そうっすよ! 防戦一方のまま、敗北するのがお似合いっす!』

「――であれば、戦い方を変えましょうか!」

 

 言って、私は地面を蹴った。

 一瞬だけ脚力に強化の比重を寄せて、迫りくる影の腕を魔力の刃で弾く。

 ユウコさん本体は、疾討で攻撃を反らして対処。

 結果、私の体は上空に浮かび上がる。

 

『無防備っすよ! 足場もない場所で、アタシの影は躱せないっす!』

「――足場がなければ、そうでしょうね」

 

 空中は身動きが取れない。

 このまま影が無数に迫れば、それを回避する手段もないはずだ。

 だから、私のしていることは一見無茶。

 故にユウコさんは、影の腕を伸ばす。

 しかし――

 

「でも、あるではないですか。足場なら、()()に」

 

 言って、私は――()()()を蹴った。

 迫りくる、無数の腕の一つを蹴って宙を舞う。

 それ以外の影を躱し、弾き、空中に擬似的な足場を作り出すのだ。

 そのまま私は、更に上へと飛び上がる。

 

『くっ……この!』

「そしてこうすると――今度はユウコさんは本体で手出しができなくなりますね」

『……ッ!』

 

 理屈としてはこうだ。

 影の腕は私を攻撃してくる。

 つまり、私にふれることができるということだ。

 そして逆に、私が影の腕にふれることも可能。

 であれば、それを足場にすればいい。

 しかしユウコさんにはそれができない。

 あの影の腕を、ユウコさんはすり抜けるから。

 

『……なら、地上で待ち受ければいいだけのことっす!』

 

 そして当然。

 ユウコさんは対策を取ってくる。

 しかし――これこそが私の狙いだ。

 

「距離さえ稼げれば、後はこっちのものですよ」

 

 待ち受けるということは、影の腕で私を攻撃しなくなるということ。

 完全に私が空中でフリーになるということ。

 で、あれば。

 今ならば、大量の魔力の刃を遠慮なく連射できる!

 

「それ、それ!」

『この……!』

 

 無数の刃が、ユウコさんの動きを止める。

 身体スペックでは敵わなくとも、魔力の刃を連射する状況にさえ持ち込めればこちらがユウコさんを圧倒するのも不可能じゃない。

 

『魔力バカ……! やっぱカグラちゃんもそっち側っすね!』

「あいにくと、魔力総量はユウコさんとそう変わりません。この魔力の刃は技術によるもの……です!」

 

 そのまま私は、魔力でユウコさんを釘付けにしたまま斬りかかる。

 落下の速度しか加速する要因がないので、あまり速度はつかないけれど。

 それでも、身動きの取れない状況で受けるには、得物である短剣を使うしかない。

 刃と刃が拮抗する。

 

「らぁ!」

『くっ!』

 

 私が、腕力に強化の比重を寄せて、ユウコさんを圧倒する。

 そのまま――追撃。

 刀を振るう速度がこれまでとは段違いになり、ユウコさんは完全に防戦一方だ。

 

『こんな速度……どこから!』

「さぁ、どこからでしょうね!」

 

 身体強化の比重を寄せるというのは、高等技術だ。

 ユウコさんは、その概念を知らないのである。

 

『どうして……アタシの方がスペックは上のはずなのに!』

 

 ――先日の戦闘から比べて、ユウコさんは本来の実力をフルに発揮している。

 だから本当なら、ユウコさんが私より強いはずなのだ。

 なのに現状は、私のほうがユウコさんを圧倒している。

 何故か。

 理由は二つ、一つはユウコさんの手札がすべて透けたこと。

 もうこれ以上、ユウコさんは何か新しい手を打つことができない。

 そしてもう一つは――

 

「――ユウコさんが正体を晒したからですよ。今の貴方は得体のしれない幻象の分身ではなく、幻象によって力を与えられたユウコさんでしかありません』

『そんなの……っ!』

「私の刀をさばくのに精一杯で、影を使えていませんよね? 人の思考で影を操っていると私が理解したことで、そうなるようにこちらが動いたのです」

『……っ!』

 

 これが、本能で動く獣であると判断して分身と戦っていたら、こんな()()()方法は取れないだろう。

 今の私は完全に身体強化を攻撃に寄せている。

 今ここで、背中から私を突き刺せば戦闘は終わるのだ。

 それくらい、私は脆いのである。

 だけど、その隙をユウコさんはつけない。

 故に――

 

「それに、もし仮にここで影を動かしても、また空中へ逃げてもう一度同じことをするだけです」

『……!』

「敵とは、未知であるほど強いのですよ!」

 

 ――私は、ユウコさんの短剣を力任せに弾く。

 先日と同じように。

 あのときは、不意のタイミングで奇襲を受けた。

 しかし今度は――

 

『こ、の!』

「同じ手は、二度通用しません!」

 

 周囲から飛び出した影の腕を、魔力をまとわせた刃で吹き飛ばす。

 そしてそのまま踏み込み――

 

「だ、っらあ!」

 

 飛び膝蹴りをユウコさんに叩き込み、そのまま地面に押し倒す。

 

『が、あ……!』

「私の……勝ちです」

 

 マウントをとって宣言すれば、ユウコさんは反撃することなく――私から視線をそらした。

 

 

 +

 

 

「なるほど、本体はあの短剣の方ということですか」

「……そうっすね」

 

 短剣が弾き飛ばされたからか、ユウコさんの体がゆっくりともとに戻っていく。

 最終的に、完全に体から影は消え、元のユウコさんになった。

 とはいえ――

 

「……魔力が乱されていますね」

「そうっす……力を与えられた代償ってやつっすね。……バカな女っす」

「なに、死ぬわけではありません。幻象本体を倒せばすべて解決するでしょう」

 

 ユウコさんは、先日襲われた人のように魔力を乱されていた。

 このままだと、意識を失って目覚めなくなるだろう。

 とはいえそれも、幻象を倒すまでの辛抱だ。

 

「別に、起こさなくてもいいっすよ。人を襲って、幻象に魂を捧げてたのは事実っす」

「でも、殺しては居ないんでしょう? お咎めなしとはいかないでしょうが、そこまでひどいことにはならないでしょう」

 

 おそらくユウコさんは、あの短剣を誰かに与えられたのだ。

 結果として、おかしくなってしまった。

 それならば情状酌量の余地は十分にある。

 問題はそれを、誰に与えられたのか……という話なのだけど。

 

「それでユウコさんは、あの短剣の本来の持ち主に覚えはありますか?」

「ないっす。……誰かから与えられたのは間違いないっすけど、その顔を思い出せないんすよ」

「まぁ、そうでしょうね」

 

 そこは、もう少し考える必要があるということだ。

 今すぐに結論を出すものではないだろう。

 

「……ずっと疑問だったんすよ。カグラちゃんはどうしてそんなに努力できるんすか?」

「一つは、強烈な憧憬です。そしてもう一つが、――退屈だったからですよ」

「退屈?」

「里での暮らしは、鍛錬以外にすることがないでしょう。娯楽に飢えた私にとって、強くなることはあの小さな世界で唯一の娯楽でした」

 

 そして今、旅に出て世界を広げても、本質は変わらない。

 娯楽に飢えているのだ。

 強さを求めて、修羅へと至ってしまうほどに。

 

「でもそれだけで、あんなに頑張れるものなんすか?」

「……それを才能と言ってしまえばそこまでなのですけれど」

 

 私には努力の才能がある。

 それ以外の才能はなくても、それ以外を埋められるほどの。

 でも、それだとユウコさんは納得しないだろう。

 だから敢えて才能以外の言葉を選ぶとしたら――

 

 

「それこそが、私にとって”何だってする”ための手段だったのでしょう。人それぞれなんですよ、強くなるための手段って」

 

 

 なんて、ユウコさんがその答えに満足するかはわからないけど。

 

「……じゃあ、アタシが強くなるための手段って……なんだったんすかね?」

「それは――起きたら、一から考えてみるのがいいでしょう」

「……うす」

 

 少なくとも、こんな誰かに”頼る”ような方法ではないはずだ。

 

「……ご迷惑おかけしたっす、カグラちゃん」

「いえ、いいんですよ。――では、良い夢を」

 

 最後に、そう言葉を残してユウコさんは眠りに落ちた。

 

 ――さて。

 あとに残るのは、あの怪しげな短剣だけだ。

 私はユウコさんにローブをかけてから、立ち上がる。

 何が待ち受けているのやら。

 そうやって視線を短剣に向けると――

 

 

「――驚いたね、まさかこのような結果が待っているとは」

 

 

 ふと、声をかけられた。

 声の主は――

 

「フヅキ様」

「――純粋な実力という天秤は、君に対して傾かないだろうと考えていた。それは決して僕の観察不足というわけではなく、純然たる事実によるものだ。けれども君はその観察を覆した。これは運命が君に味方したということでもあり、君が運命を掴んだということでも在る」

「ええと……ありがとうございます?」

「…………」

 

 フヅキ様は、私の返事に何も語らなかった。

 いや、なにか言ってくださいよ!

 

「まずは、おめでとう。君は運命の中から光を見つけ出し、さまよえる魂を導いた。その導きは称賛されるべきものであり、素晴らしいものだ」

 

 どうやらフヅキ様は、私とユウコさんの戦いを見ていたらしい。

 先日も、私に危険が迫った時助けに来てくれたし、私を見守ってくれているのかもしれない。

 

「しかし、だからこそわかっただろう。影に潜む者は虚ろなる刃に身を任せ、深淵にその身を捧げた者たちだ。君が闇に身を委ねる気がないのなら、あまり彼等とかかわらないほうがいい」

「ええと……後のことは自分に任せろ、と?」

「そういった側面を、僕は否定しないだろう」

 

 フヅキ様は幻象の専門家だ。

 ナティラリア様たちが言っていた、「倒した後に、本体へ戻る痕跡を追う」方法も熟知しているだろう。

 幻象を追うのは、フヅキ様に任せるべきだ。

 というか、今のところ私の探知に幻象の本体らしき存在は引っかかっていない。

 おそらく、幻象とユウコさんのつながりは、私の探知では見抜けないタイプなのだ。

 「ラリス」のダンジョンでシドウ様が使った探知が私の探知と種類が違ったように。

 なので、私に幻象を追いかけることはどちらにせよ、できない。

 

「であれば私はナティラリア様へ報告に向かいましょう。ユウコさんのことも、こちらにお任せいただければ」

「そうしてもらえると、きっと何事も良い方向へ転がっていく可能性が高まるだろう。これは僕の希望ではなく、純粋な予測としてね。ああ、そうだ」

 

 

 ふと、何やらフヅキ様が数歩歩いてから振り返って――

 

 

「――リンカには気をつけたほうがいい」

 

 

 そう、私に告げる。

 ――リンカねえさまが?

 

「今日、君はリンカと直接言葉をかわしたかい? 交わしたのであれば、違和感は感じなかったかな?」

「いえ、リンカねえさまは忙しそうにしていますから、今日も私は一人でしたけれど」

「――であれば、疑問に思うべきだ。今回の件、幻象の問題が発生したのは君とリンカがこの街にやってきてからだよ」

 

 …………ふーむ。

 

「それ、私も怪しくないですか?」

「幻象は、人の心の闇を突く。それは今まさに、ユウコくんで君も実感したはずだ。であればこそ、君には関係のない話だと、わかるだろう? 君は、今の人生に全く不満がないはずだ」

「まぁ、強くなるのは楽しくて仕方がないですけど」

 

 言うて、不満がないわけではないぞ。

 やっぱり娯楽が少ないのは不満だし、それが私の強くなりたいという欲求の原動力なんだから。

 とはいえ、私が闇落ちしそうかって言われたら――まぁ、ないですよね。

 

「そのうえで、リンカが危うい立場であることも、キミは知っているはず」

「……」

 

 いいながら、数歩先に進むフヅキ様。

 確かにリンカねえさまは七刀の中では間違いなく最弱で、そのことに思うところがあるみたいだけれど。

 じゃあ、闇落ちしてしまうほどか、というのはどうなのか。

 正直、わからない。

 私とリンカねえさまの付き合いはそこまで”長い”というわけではないのだ。

 一緒に旅をするようになって、ようやく深い付き合いをするようになった程度。

 だからこそ、フヅキ様の言葉を私は否定できない。

 

 ただ、一つ。

 それでも私には言えることがある。

 それは――

 

 

 いや、フヅキ様の方が怪しいですけど……

 

 

 それだけだった。

 いや、だって、ねぇ。

 なんか、急にリンカねえさまの話をし始めてから、言ってることが明瞭になったし。

 なによりさっきから、私に話をしながらある方向に歩み続けている。

 その先にあるのは――

 

「であれば、なおのこと私はナティラリア様に報告しなくてはなりません。そのために――」

 

 私はそこで、一旦話を切り上げてユウコさんを担ぐ。

 そしてたったった、とフヅキ様の横を通り抜け。

 

「――こちらは、王宮に持ち帰って調査してもらいますね」

「……!」

 

 フヅキ様が拾おうとしていた、幻象の分身である短剣を拾い上げた。

 すると、明確にフヅキ様が目を見開く。

 同時。

 

「……ん?」

 

 なんか、ぞわっとする感覚が私の中に入ってこようとする。

 結果――

 

 

「ぶえっっくしょおおおおい!」

 

 

 私の盛大なくしゃみによって、それは鼻からどこかに吹っ飛んでいった。

 

「……大丈夫かい?」

「……夜も寒いので、失礼しますね。ずびび」

「あっ、ちょ、まっ――」

 

 止めるフヅキ様を振り切って、私はナイフとユウコさんを回収して王宮に急ぐのだった。

 つったかたったったー。

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