転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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九十八 幻象を踏み潰せ

 短剣が宙を舞う。

 あれを壊せば、おそらく私たちの勝利だ。

 六大宿痾、二体目の討伐が敵う。

 これまで誰一人として為し得なかった、二体以上の六大宿痾討伐という称号が手に入る。

 間違いなく、私は最強に近づく。

 だが、ことはそう上手くは進まない。

 なにより――

 

 

『まだだ、甘く見るなよ!』

 

 

 幻象は、即座にもう一度フヅキ様の体を生成し、短剣を握り直す。

 私たちから受けていた傷はどこにもない。

 瘴気も、ほぼ満タンの状態に戻っている!

 

『俺は――無敵だ! 肉体をどれほど損壊させても、即座に元通りに修復できる! 修復すればダメージもすべて元通り!』

「大きく出ましたね!」

『言っておくが、短剣をそう簡単に壊せると思うなよ? 短剣こそが俺の本体であるとお前達だってわかっているはず。本体ということは、六大宿痾相応の強度があるということだ!』

 

 おそらく、私が四重強化で何度も剣を叩きつければ破壊することもできるだろう。

 だが、一撃では無理だ。

 そしてフヅキ様の――というかもとより幻象の戦い方は受け流しに特化している。

 そう簡単に短剣を破壊することはできず、そして短剣の修復速度は早いだろう。

 

『――不可能なんだよ。俺を倒すことなんて!』

 

 ああ全く、それは確かに厄介だ。

 これでは勝ち目なんてほとんど生まれてこないだろう。

 腐っても六大宿痾、その理不尽さは下手したら狐火以上かもしれない。

 というか、狐火がとにかく単純な強さに特化していた分、この搦手は非常に面倒極まりない。

 だけど、どうしてだろう。

 これだけその厄介さがアピールされても、私は――

 

「――しかし、あれですね。これだけすごいすごいとアピールされても――貴方が狐火より強いとは微塵も感じません」

『は――』

 

 ――こいつを”弱い”と感じてしまうのは、きっと。

 そんな無敵っぷりすら”読めていた”からに違いない。

 

「カグラ!」

「ええわかっています――決めに行きますよ!」

 

 私はそこで腰を落とし、刀を構える。

 幻象は警戒を強めていた。

 私の言動が、やつの危機感を煽ったのだろう。

 しかしそれこそ、こちらの思う壺。

 警戒、というのは。

 正しくできているからこそ、意味がある。

 完全に油断している敵を狙うよりも。

 ()()()()()()()()()()と思い込んだ相手の上を行ったほうが――虚を突くという意味では有効だ。

 

「もらった!」

 

 

 直後、私は幻象の認識よりも早く、片手で幻象の首をつかみ、もう片方の手で短剣を掴んでいた。

 

 

『なっ――』

 

 完全に、認識外からの一撃。

 私はそのままの勢いで幻象を地面に叩きつけ、自身の全力でそれを押さえつける。

 短剣を刃のほうから掴んだ手が少し痛いものの、むしろその方が好都合でもあった。

 

『何が、起きて――』

「なにって――全力で貴方を捕まえただけですよ、幻象――!」

 

 ――五重強化。

 神経を研ぎ澄ませ、極限まで集中することでしか今は発動できない、私の奥義。

 先程の戦闘で、どこにそんな時間があったかって言えば、私が魔力の刃を振るってる瞬間だ。

 あの瞬間は腕をブンブンしていただけで、それ以外の部分は全く動かしていない。

 集中するには、大変都合の良い状況だった。

 幻象が私の本当の狙いに気づいていないというのも、それに拍車をかける。

 加えて――

 

「ふふふ、ふふふふふ! ああもう我慢できません、ようやく捕まえましたよ幻象!」

『うわあああ! なんだ、何をするつもりだ! 言っておくが、この状況でお前は俺を壊せないぞ! さっきのバカみたいな身体能力はもう出せないだろう!』

「ええそうですね、そして――貴方に傷つけられたことで()()()()()()()()()()()()()()()()()

『そうだ! こうなれば貴様は俺に魂を吸われ、昏睡する。もうまともに意識を保つことすらできまい! さぁそのまま眠りに――――――――待てよ?」

 

 ああ、ああ、ああ!

 高ぶって高ぶって仕方がない!

 こんなにも興奮する状況、幻象との戦いでは初めてだ!

 

『――貴様、なぜ俺の侵食に抵抗しない?』

「あはぁ――」

 

 わかる、自分の中から何かが幻象へ向けて”削ぎ落とされていく”のが。

 魔力を使って、これを妨害することはできるだろう。

 この現象が瘴気によって起こされているからだ。

 でも、しない。

 私は抵抗せずに幻象の侵食を受け入れる。

 なぜなら――

 

『ま、さか――』

 

 幻象も気づいたようだ。

 今まさに私の”情報”が幻象に流れ込んでいるわけだから、当然だろう。

 そう、私は――

 

 

「このまま貴方を、私の情報で塗りつぶしてあげます!」

 

 

『や、』

 

 フヅキ様に変化した幻象の顔が、険しく歪む。

 腕に力がこもる。

 私の手のから脱出するべく、暴れようとしているのだ。

 

『やめろおおおおおおおおおおおお!』

「無駄ですよおおおおおおおおおっ!」

 

 幻象は私の魂を侵食しようとしてくる、結果としてそれには対象の精神を狂わせるデバフ効果が伴う。

 それはすなわち、幻象のデバフ空間の効果を受けているのと同じ状況が発生するのだ。

 そして私は、デバフをバフに変えられる。

 だから今、こうして暴れている幻象と私の腕力は――互角!

 

「最初から言ったではないですか、一つになりましょう、と!」

『最初から! 最初からこれが狙いだったのか!? こんな、こんなイカれた方法で俺を攻略するつもりだったと!?』

「あはははは! もっともっと、私から奪ってください! その分、貴方の中を私で染め上げて差し上げます!」

 

 実際には、これを考えたのはリンカねえさまと合流してからだ。

 というか、元になったのはリンカねえさまの考えである。

 幻象が武器であることから、その本質を見抜いたリンカねえさまが思いついた策。

 それを私が形にしているに過ぎない。

 私を利用しろ、とはよく言ったものだ。

 とはいえ、そのことを口にするつもりはない。

 誤解してくれるなら、その方が好都合。

 

『だ、だが! 一介の人間に俺の意識を食い潰せるとおもうなよ! 俺は長い年月を生き、多くの魂を取り込んできた! その情報量は、一介の人間が受け止めきれるものではない!』

 

 ああ、たしかにそうだ。

 今まさに、私はとんでもない意識の渦に飲み込まれようとしている。

 幻象という存在が重ねてきた年月、その中で取り込んできた者たちの重み。

 それらが、私を食いつぶしてくる。

 ああ、私は――カグラ。

 カグラ、本当に?

 私は幻象? 違う、そうではない。

 であれば、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は――――

 

「カグラ!」

 

 ――カグラ。

 リンカねえさまの声と、私の中から呼びかけてくる”私”の声に、意識を取り戻す。

 ああそうだ、私は――

 

「そうですね、確かに普通の人間なら、受け止めきれるはずはないでしょう」

『な、何を――』

「でもあいにくと、私は普通ではないものでして」

 

 なにせ私には――前世の記憶という、とんでもない特大のバグがあるのだから。

 そしてそのバグが、デバフをバフに変える一助となっているのだから。

 

『ぐ、おお、バカな……ありえない……人に、こんな……こんな意志の力が!』

「――人ではないからかもしれません」

 

 短剣から、無数の黒い影が浮かんでくる。

 それはきっと、私という存在が飽和することで、中に閉じ込めておけなくなった魂だ。

 ユウコさんや、襲撃されて昏睡している人たちの魂も、そこにあるだろう。

 幻象は、精一杯の抵抗とばかりに、空にナイフを浮かべた。

 これで自分が乗っ取られる前に私が死ねば、逃げられると考えたのか。

 しかし、甘い。

 

「させるわけないでしょ」

 

 リンカねえさまが、弓をどこからか取り出してナイフを矢で撃ち落とした。

 これで、詰み。

 

『人で、は……ないなら、なんだ――――貴様は!』

 

 私は、それに返す。

 

 

「修羅、と呼ばれています」

 

 

 天衣無縫の修羅、と。

 かくして幻象は私という意思によって飲み込まれ――消滅した。

 

 

 +

 

 

 周囲に闇と沈黙が満ちる。

 未だ月は天高く登り、私たちを煌々と照らしていた。

 魔力で強化された視力には、月の光ですら少しまぶしいかもしれないな。

 実際には、眩しいと感じる器官も強化されるから、そんなことは全然ないんだけど。

 

「ふう」

 

 私が幻象を倒しても、フヅキ様は消えなかった。

 というか、分身だったフヅキ様が本物に入れ替わったのだろう。

 幻象を侵食した今ならわかる、これは本物のフヅキ様だ。

 息はあって、命に別状はなさそう。

 なら、フヅキ様なら大丈夫。

 なにせ七刀だからな、人間としての耐久性は常人とは段違いだ。

 

「しかし――これが六大宿痾を”侵食”した感覚ですかぁ」

「大丈夫、カグラ。変な感じはしない?」

 

 私はフヅキ様から離れるように立ち上がり、少し体を振るう。

 ぼよんぼよん。

 うん、特に違和感はなく、いつも通りだ。

 

「問題なさそうです。むしろ、調子がいいくらいですね」

「待って、一つ大きな変化があるわ」

「と、いいますと」

 

 言いながら、真剣にこっちを見てくるリンカねえさま。

 それに、私はなんだなんだと視線を向ける。

 ぼよん。

 

「――胸が大きくなってるわ」

「いや、気のせい――――気のせいで済ませられる程度ですが、でかくなってますね」

 

 確かに。

 本当にちょっとだけど胸がでかくなっている!

 いやもうこれほぼ誤差じゃないですか?

 どででででかーん、がどでででででかーんになっただけですよ。

 多分私の場合、普通の成長でももう少し大きくなりますよ?

 

「まぁ、それはいいんですよ。とにかく幻象を取り込んでも、特に問題はなさそうです」

「それはなんとも、六大宿痾が一人の人間に取り込まれるって、すごい話ね……」

 

 いいながら、私は疾討を何回か素振りしてみる。

 体の感覚に大きな変化はない、しかし体の内側に普段とは別の力が渦巻いているのがわかるのだ。

 これが――瘴気。

 現在の私は、私の魔力で瘴気を袋詰めしているような状態にある。

 幻象という器の中に溜まっていた瘴気を、幻象という器そのものを汚染して私に染め上げることで、中の瘴気を器を通して操れるようになったのだ。

 

「とはいえ、危険な力です。器の中にある分には無害ですけれど、器から取り出す際に扱い方を間違えれば、命に関わりますね」

「いいじゃない、そういうリスクのある武具、私は好きよ」

 

 そして、その核を成すのが、この短剣。

 私の手の中に収まった、元は幻象の核だった代物。

 これを媒介に、中の瘴気を操って幻象がやった分身作成や、デバフ空間などを再現できるだろう。

 ただ、流石に私自身を短剣の中に格納して、分身だけで行動……みたいなことはできないだろうな。

 あれは分身の体を瘴気で構成していたからできたことで。

 人間がやろうとすると瘴気に直接触れることになる。

 どう考えても汚染されて、そのまま死んでしまうだろう。

 

「あとは、私の場合武器としては使えませんね。疾討に呪われてしまいます」

「ええほんと……もったいない」

 

 その時、ふと私はリンカねえさまの様子がおかしいことに気づいた。

 なんだか、ちょっと視線が怖い。

 まるで何か大きな覚悟を決めたかのような、そんな瞳。

 ああ、要するに――

 

「ごめんなさいね、カグラ」

 

 

 リンカねえさまは、私になにか”針”のようなものを突き刺した。

 

 

「あ、ぐ……!」

 

 途端に、私の体を覆っていた”魔力”が霧散していく。

 羽のように軽かった体が、石のように重みを感じるようになったのだ。

 これは――

 

「ねえ、さま……」

「魔解きの縫い針、ちゃんとカグラにも効果があるのね。少し不安だったけど……成功してよかったわ」

 

 リンカねえさまは、笑みを浮かべながら。

 私に向けて手を伸ばす。

 その手は――

 

「これ、もらっていくわね」

 

 ()()()()()()()()()

 私はなんとか抵抗しようとするけれど、魔力による身体強化ができないのでは抵抗しようがない。

 リンカねえさまは、そっと幻象を私の手から抜き取った。

 

「――考えたのよ」

「それは……」

「色々と。本当に、色々考えた」

 

 数歩歩き去って、幻象をくるくると弄びながらリンカねえさまはこぼす。

 

「これからのこと、今の自分のこと、ナティラリアのこと、カグラのこと。里のこと、――これまでのこと」

 

 リンカねえさまには、いろいろな悩みがあって。

 先ほど、私はそれに少しだけ触れたばかりだ。

 でも、それは本当に少しだけ、表層を撫でただけにすぎない。

 本当は――リンカねえさまは、もっともっといろんなことを、考えていたのだろう。

 

「剣の里に生まれて、七刀になって。でも、周りの七刀やカグラには全然届かなくて。異大陸に行きたいという夢も、下手したらかなってなかったかもしれない。貴方と初めて出会ったとき、宿痾教徒の拠点を攻めたとき。もしもあそこで被害が出てたら、きっと私の異大陸行きは認められなかったわ」

「……」

「でも、アンタがいてくれたから、私は首の皮一枚つながったわ、カグラ。あの時からずっと、私考えてたのよ。――貴方を超えるにはどうすればいいか」

 

 それは、これまでにも何度も聞いてきた話だ。

 リンカねえさまは、決して私を超えることを諦めていない。

 私に勝てるよう、常に方法を考えてきていた。

 でも、今までと今で、素振りが全く違うのは――

 

「そして、思いついたわ。貴方を超える方法」

 

 ――答えを、手にしたからだろう。

 

「幻象を使う。だってこいつは武具だもの。私は武具大典のリンカ。勝つために強くなる方法は、より強い武具を手に入れること。これほど簡単な答えがある?」

「……ないですね」

「でも、方法は単純じゃなかったわ。まず、私じゃどうやってもアンタと違って幻象を侵食できない。だからアンタにあの方法を提案して――侵食してもらった。そして幻象の意識さえ侵食してしまえば」

 

 リンカねえさまは、短剣を構える。

 すると、周囲に無数のリンカねえさまの”影”が生まれた。

 ――操っている、幻象という武具を。

 そして影の手には、()()()()()()()()()()()()

 ああ、なるほど――相性が良すぎるな、リンカねえさまと、幻象。

 

「――こうして、私も幻象を武具として扱える」

「……なるほど」

「ねえカグラ。貴方が言ったのよ? カグラを利用して強くなれって。そして、本当にそのとおり私は強くなったの」

「人様に迷惑はかけない方法であれば、という条件はつきますけどね」

「あら、それなら――」

 

 リンカねえさまは、二イっと悪役っぽく笑みを浮かべて。

 

 

「何も問題ないわね」

「ええそうですね! 今めっちゃ興奮してます! うっひょおおおおお! めちゃつよリンカねえさまだあああああああ!」

 

 

 そして私も大興奮で笑みを浮かべた。

 はい。

 

「いいですね、さいっこうですねそれ! 幻象持ちリンカねえさまとか、間違いなくシドウ様よりつよいですよ!」

「どころか、今の私なら狐火にだって負ける気しないわ! うふふふふふ! 最強、これこそが最強なのよカグラ!」

「いいですねえいいですねえ! 私今のリンカねえさまとめっっっっっちゃ戦いたいです!」

 

 おひょー!

 興奮してきましたぁ!

 そうこなくっちゃリンカねえさま! 焚き付けたかいがあるというものです!

 

「――魔解きの縫い針は、一時間もすれば効果が切れるわ。そしたら、万全の体制を整えて私のもとに来なさい」

「場所は?」

「あそこにしましょう。――宿痾教徒の拠点跡地。今はもう調査も終わって、中はすっからかんになってるから」

 

 かつて、私とリンカねえさまが襲撃した、ヨースの地下にある宿痾教徒の拠点。

 あそこは色々と結界があるから、中で暴れても人様に迷惑をかけることはない。

 ちょっと条件がリンカねえさま有利になるけど、それもまた一興。

 

「じゃあ、フヅキのことは頼んだわよ」

「……ぶっちゃけ、幻象を渡せって言われたら渡したんですけど。あえて奪う形にしたのは、フヅキ様の相手をしたくないからですか、リンカねえさま?」

「――また会いましょう、じゃあねカグラ」

「あ、逃げた!」

 

 あとはまぁ、幻象を奪った形にしたうえで私に勝てば、幻象を自分のものにできるから、とか。

 そういう理由。

 流石に奪われた上で戦いに負けたなら、それは私の不徳だからな。

 でも勝ったら返してもらいますからね!

 何にしても、リンカねえさまは行ってしまった。

 あとに残るのはフヅキ様と――

 

「それにしても……デカパイって、こんなに重たかったんですねぇ」

 

 なんてことを呑気にかんがえながら、これからに思いを馳せる私であった。




というわけで幻象戦は決着しましたが、リンカねえさまとバトります。
うっひょおおおおおお!
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