転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
ただ、強くなるために刃を振るう。
眼の前の強者に、私こそが最強なのだと証明するために。
此度の相手は、ここまで長く共に歩んできたリンカねえさま。
幻象という、リンカねえさまを最強へ押し上げる”武具”を手にし、私の前に立ちはだかった。
その実力は、まさしく本物。
ただ強いだけなら、フヅキ様に憑依していた時の幻象本体のように――私には勝てない。
それくらい、幻象は私と相性がいい。
だっていうのにリンカねえさまがそれを手に取っただけで、容易にその相性はひっくり返る。
「あっっははははははは!」
『あっっははははははは!』
「狂気のねえさま自力バイノーラルッ!!」
「何言ってるか!」
『ぜんっぜんわかんないわ!』
私の眼の前には、
どちらも、一見すると寸分たがわず本物のねえさまだ。
さっきの影ねえさまとはわけが違う。
これがなにかといえば、幻象の能力を使用した状態で生み出した分身と、本体のリンカねえさまが同時に動くという芸当だ。
「さぁさぁ、対応してみなさい!」
『全然受けきれてないわよ! 地上での動きのキレはどうしたのかしら!』
2つの体を一つの意識で動かす、まさに曲芸。
片方のリンカねえさまが私に斬りかかり、私がそれを捌いているところにもう一人のリンカねえさまが襲いかかってくる。
たまらず距離を取ろうにも、ここは狭い宿痾教徒の拠点の通路。
逃げ場らしい逃げ場はない。
なんとか直撃だけは避けて、頬を刃がかすめつつ最初に切りかかってきたねえさまの横を抜ける。
二つのリンカねえさまの動きはほぼ同レベル。
要するに、散々言っていたリンカねえさまとフヅキ様が同時に襲いかかってきたら勝てないというアレを、リンカねえさまは一人で実践しているのだ。
「むちゃくちゃ過ぎますよ! 幾ら無数の武器を自在に操れるからって、自分の体も武器みたいに操ってるんですか!?」
『正解よ! っていうか、意外だけどカグラはこういう芸当できないのねぇ!』
「流石にここまで変態じゃありません!」
「――失礼言ってくれるじゃない!」
いっ!?
私は思わず瞠目する。
二人のうち片方のリンカねえさまが、逃げている私の前に先回りしてきたのだ。
通路のルートを完璧に把握しているのだろう。
宿痾教徒の拠点に罠ははっていない。
だが、事前に正確なマップを脳内に用意したリンカねえさまは、土地勘のない私を容易に追い詰めるのだ。
罠はいらない、とリンカねえさまは言った。
確かに必要ない。
罠がなくとも、リンカねえさまは私を宿痾教徒の拠点を利用して追い詰められる。
ああもう、本当に厄介だ!
「いくわよっ!」
「っ!」
リンカねえさまの手には二振りの武器。
片方は槍、もう片方はこれ……チャクラム? この世界にも存在するのか……
本体とも言える幻象は鞘にしまって腰にある。
ぶっちゃけ短剣としてしか使えない幻象は、武器として使うより腰に引っ掛けてギミックだけを使ったほうが安全だ。
手放すと効果が失われてしまうし、下手に破壊されたら二度と使えなくなるし。
それはそれとして、リンカねえさまの身体スペックはとんでもなく向上している。
流石に二人同時操作がまだまだ慣れていないのか、フヅキ様が憑依していた頃の幻象よりもスペックは低いとは言え、四重強化の私は優に上回っている。
私とフヅキ様の実力は、デバフ空間込で同レベルだからな。
デバフ空間なしだと、どうしても私は幻象に勝てない。
当然、今のリンカねえさまにも、だ。
「もらったぁ!」
「っぐ!」
槍とチャクラムの連撃で、一気に追い詰められる。
二つの得物を相手に、一つを凌ぐのが私の限界。
その間にもう一つの得物が私を追い詰めて、いつの間にか致命的な隙を晒してしまう。
「んのおっ!」
そこをなんとか、私は魔力の刃を飛ばしてリンカねえさまを弾くことで無理やり避ける。
幻象の影響を受けている今のリンカねえさまには、魔力の刃が有効なのだ。
ただ、影ねえさまと違ってちょっとの魔力では少しのけぞる程度の効果しか得られない。
致命的な一撃を何とか躱し、距離を取り――
『もう一人いるの、忘れないでちょうだい!』
――もう一人のねえさまが、更に二つ武器を追加して襲いかかる。
ああもう、本当に厄介極まりない。
こんな一方的な戦闘とも言えない戦闘を、数分続けているのが今の私たちだ。
だが、どっちにしろ直ぐに限界はくるだろう。
今の私ではリンカねえさまの”攻め”は崩せない。
せめて、地形的な有利がある程度緩和される開けた空間に出ないことには、戦闘を成立させることすらできないのだ。
といっても、戦闘をコントロールしているリンカねえさまが、それを許すはずもないのだけど。
「さぁどうするつもり、カグラ。あと数分もしないうちに、アンタは詰むわよ」
「……だったら!」
だからこそ、手を打つ。
私だって、この状況で何も新しい手札を用意せずにやってきたわけじゃない。
幻象を手にしたリンカねえさまは、狐火よりも強いかもしれないのだ。
そのことを加味したうえで、私は私の武器――意外性を活かすべく、行動する。
具体的には、懐から在るものを取り出した。
――武具だ。
「みてください、リンカねえさま!」
「な、それは……」
『アルカネイアの剣!? まさか本物!?』
アルカネイアの剣、まぁ一言でいうと昔アルカネイアって人が使っていた魔法の剣。
通常時は小さくなっているのだが、魔力を通すと巨大化するという持ち運びやすいのが魅力な武器。
懐に入れて起きやすいってことだ。
これを私がどこから手に入れたかと言えば――
「もらったんですよ、ナティラリア様から!」
『な、ナティラリア――!』
「この、裏切り者!」
「今です!」
リンカねえさまの意識が逸れた瞬間、私は二人のねえさまの横を駆け抜けて逃走する。
『「しまった!」』
2人分の声が唱和して、私は急いで開けた場所へ向かう。
正直、拠点のマップなんて殆ど覚えてないけれど、たしかこっちに合体宿痾がいたはずだ。
そんなうろ覚えの記憶は、どうやらギリギリ正確だったようで。
私はなんとか、開けた空間にたどり着く。
破壊されたあとの試験管が、かつての激戦を思い起こさせた。
「やってくれたわね……カグラ! 人を性欲で惑わせるなんて!」
「合ってるけど最悪な言い回しやめてもらえます!?」
『まぁでもカグラ的には、これで立地的な有利は若干薄くなったって感じかしら?』
リンカねえさまは範囲殲滅力が低いから、狭い場所のほうが強い。
対する私は機動力が高いから、広い場所のほうが強い。
だから、先程よりはまだ戦闘になる可能性は高いはずだ。
それでも絶望的なまでのスペック差と、二対一による数のフリはいかんともしがたいけれど。
何にしたって、私は諦めるつもりなんてない。
「参りますよ、リンカねえさま。ここから、反撃開始です!」
そうして、私は疾討を構えて意識を集中させる。
さぁ、ここから――
「残念だけど」
『カグラに反撃の機会は――ない』
その時だった。
不意に、体から力が抜けていく。
「な、これ、は――」
「幻象が生み出すことの出来る、他者の精神の弱い部分を突く結界。カグラの場合は心に傷なんて何も無いから弱体化なんてしないし、どころか逆に強化すらさせてしまう」
『けど、だったら――その効果を反転させればいいのではない?』
ようするに、ここは――強い心を持つ人間ほど弱体化し――弱い心を持つ人間ほど強化される空間。
反転デバフ空間とでも呼ぶのが、正しいだろうか。
「言うまでもないけれど、
『さて、それじゃあ。――カグラ、アンタに反撃の機会なんて訪れるかしらね』
「……ちょっと、流石に怪しいかもしれませんね」
本当に、どうしたものかな、この状況……!
+
――状況は芳しくない。
反転デバフ空間により、私の身体能力は著しく低下している。
流石に魔解きの縫い針を使われた時ほどではないけれど、胸が重い。
そして迫りくるリンカねえさまは、私より早い。
機動力で撹乱して、なんとかニ対一を避けるのが私の目的なのに、それすら敵わないなんて。
んでもって――
「――イチ」
「っ!」
迫るリンカねえさまの動きを人読みでなんとか防ぐ。
シンプルな長剣二刀流で迫ってくるねえさま。
その一撃目をギリギリで”逸らす”つもりが、腕にとんでもないしびれが走った。
折れているのでは? と思ってしまうような痛み。
だが、それにかまっている暇はない。
『――ニイ』
「っだああ!?」
突如として走った悪寒に従って体を動かす。
背後から、もう一人のリンカねえさまが長剣を突き出していた。
それを、私は背を反らしてギリギリで避けたのだ。
しかし、ここまで。
「――サン!」
「っぐぅ、ああああっ!」
更に放たれたリンカねえさまの長剣を防ぎきれず、疾討が弾け飛ぶ。
同時に私の体も、ごろごろと地面を転がった。
普通であれば、武器を吹き飛ばされればそれだけでチェックメイト。
私の場合は疾討を即座に手元に戻せるし、そもそも疾討に引っ付いたまま吹っ飛ぶことも可能だったけど――
『「ここまでね」』
どっちにしても、これで終いだ。
私がこの状況で、リンカねえさまに対抗できないということが一瞬で証明されてしまった。
要するに、私の負け。
完敗である。
「はぁ……はぁ、リンカ、ねえさま……」
「あまりムリに動かない方がいいわよ、この空間はムリに動こうと思ったほうが体力を持っていくんだから」
「幻象……ちゃんと相手をすると本当に厄介極まりないんですね……」
『まぁどっちにしても――私の勝ちよ、カグラ』
二人のリンカねえさまが、同時に剣を私の首に当てる。
四本の刃が、私を囲むようにして向けられた。
この状況をひっくり返すことは――どう考えても不可能だ。
でも。
「……まだ、です。リンカねえさまは私を殺しませんでした。生きているんだから……まだ負けてません!」
『それは宿痾の主を相手にした時に使う言葉よ。流石に大事な妹分の命を奪ったりするわけないじゃない』
「……」
「だから貴方が使うべき言葉は――”次は負けない”、よ」
ああ、本当に。
全く持ってそのとおり。
そもそもこの戦いに勝てる見込みなんて、最初からなかった。
土台無茶な話だったのだ、六大宿痾に一人で――しかも本来の幻象より強くなった幻象に勝つなんて。
だからねえさまの言う通り、ここで私がやることは勝負ではなく挑戦。
どうせ、ねえさまとはこれからだって戦えるのだから。
一度負けても、次があると信じてまた戦えばいい。
そう、そうするべきだったんだ。
だと、しても――
「あいにくと、負けるつもりはありません」
「……へえ?」
私は、疾討を支えに立ち上がる。
「私が目指すのは、最強です。最強とはすなわち、最も強く
『なら、どうするつもり?』
「無論――――
そう言って私は、在るものを取り出した。
先程見せた、アルカネイアの剣。
リンカねえさまの視線が、そちらへ向けられる。
それを手にした私は、もう片方の手で疾討に力を込め、宣言する。
「降参してください。さもなくば、この剣を今すぐこの場で破壊します」
――人質を取った。
「……は?」
『…………は?』
「おお、ガチで何言ってるかわからなくて、ニ回”は?”と思考した結果、二人のリンカねえさまからそれぞれ時間さで、”は?”が飛び出しています」
「いやいやいやいや」
『それはいくらなんでも……ないでしょ!」
いいながら、二人のリンカねえさまは数歩後ろに後退する。
「人様には迷惑かけない……でしょ!?」
「おやおや、この剣は私がナティラリア様から授かったものです。どうするかは私の勝手ですよ。それに――本当に壊すとは限りません。壊さなければ、迷惑にはなりませんよね」
『っぐ……この!』
「おおっと、近づいてはダメですよ。私の手が滑ってしまうかもしれません。そのまま、そのままそこでステイですからね」
アルカネイアの剣が破壊されないか、それはもう不安で仕方ないのだろう。
リンカねえさまは、うろたえながらも私の言う通りに後ろへ下がる。
――これで、準備はできた。
剣を人質に取るのは、本来保険の策だったのだ。
本来は、もっと別の方法でリンカねえさまを倒すつもりだった。
それを軌道修正するために、こんな外道の策を打ったのである。
では、ここからどうするのか。
答えははっきりしている。
「――もらった!」
私は、五重強化でリンカねえさまの後方に回り込み、一撃でリンカねえさまを昏倒させた。
「なっ――」
『カグラ――ッ!』
昏倒させるのは、
どちらが本物かは、声を聞けば一目瞭然。
そして人間は、不意を打ってしまえばどれほど強者だろうと、確実に意識を刈り取れる。
宿痾の主にはない弱点だ。
今回、リンカねえさまを倒すための方法は、これしかないと私は考えていた。
フヅキ様のアドバイスを受けて、そう考えたのだ。
リンカねえさまが人間であることによって発生する弱点を突く。
それもこれも、五重強化あっての戦法である。
なにせ五重強化にはとんでもない集中が必要だ。
リンカねえさまの反転デバフ空間は私の精神の高揚をデバフに転化している。
だから、集中によって邪念を払う必要のある五重強化なら、そのデバフは意味をなさない。
実力で勝利するという意味でも、これ以上の方法なんて考えられなかった。
『……なるほど、私が幻象の弱体化を利用することは、想定済みだったわけね。反転させるとは思ってなかったみたいだけど、五重強化中ならそもそも弱体化の影響を受けないから問題ない、と』
「そっちも大概理不尽ですね、本体の意識を奪っても分体の方がそのまま動くのですか」
私の側には、私が昏倒させたリンカねえさまが倒れ込んでいる。
しかし、もう一人のリンカねえさまは未だ健在。
それもそうだろう、本来は本体が行動することのほうがイレギュラーなんだから。
ようするに、片方昏倒させたところで、もう片方のリンカねえさまには普通に勝たないと行けないのである。
『戦力は半減、かなりの大打撃だわ。でも――まだ私の優位は揺らがない』
「そうですね。本体のリンカねえさま以外のすべての手札が、今のリンカねえさまには無傷で残っているのですから」
反転デバフ空間も、幻象の影響を受けたリンカねえさまも未だ健在。
要するに今の私は、そもそも戦闘にならない状況だった差を、ギリギリ戦闘が成立する”かもしれない”差にまで埋めたのだ。
もともと、反転デバフ空間なしでも、私はリンカねえさまと戦えていなかった。
それでどうやって、ここから私は巻き返すのか?
答えは、最初から決まっている。
「やってやりますよ、どんな不利な状況だって、負けが決まっていたって、私は何が何でもそれをひっくり返すのですから!」
これまで、私はずっとそうしてきた。
ついさっきも、そうやって窮地を脱したように。
これからも、きっとそうする。
それが、私が最強になるということなのだから――!
次回決着です。