転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
百二 カグラ、野生に帰る
リンカねえさまへ。
お元気にしているでしょうか、ヤーファンを出てから既に半年が経過しようとしています。
アレから私は一度里に顔を出した後、ゆっくりと旅を続けました。
魔境の方は戦況が安定しているとのことで、全体的に急ぐ理由がないからです。
で、ヤーファンの一件から半年が経過したということは、私が旅に出て一年が経過したということです。
いやはや早いもので、もう一年。
ちょうど少し前に、齢も十三になったところです。
一人旅の身空故、特に誰かと祝うわけでもないのですが、その日は少し豪勢な食事にしました。
特に変化があったわけではないのですが、胸の大きさは更に迫力をましています。
一体どこまで成長していくのでしょう、我ながら少し戦々恐々としています。
さて、そんな私ですが、ここ最近は――
野生に、帰っております。
+
私、カグラの朝は早い。
拠点としている洞窟からのそのそと這い出ると、うおおー、と咆哮を上げる。
こうすることで、
とはいえ、昨日辺りにいる魔物は狩り尽くしているので、認識した魔物たちがやってくるのにも時間はかかる。
そこで、やってくる間に朝食他諸々の準備を済ませてから迎撃に出る、というのが現在の習慣となっていた。
洞窟に戻って、一ヶ月ほど前に集落を訪れて買い込んだ食料を、保存用の魔導袋から取り出して食べる。
横着だ。
しかし、魔物退治のついでに動植物を狩ることは、この場所の特性上難しい。
なので定期的に集落まで降りて食料を買い込むしかないのである。
魔物を狩りまくってるおかげで、お金に困ることはないから、これが最善だ。
で、その後は服を着替える。
というのも、胸が大きくなったせいで服が合わなくなってしまったのだ。
里に帰った時に一度更新したのだけど、それでもまだ大きくなってしまって、現在は下に着る長襦袢だけを寝巻きとして使用することにしていた。
代わりの服は……一言でいうと、蛮族。
胸をぎゅっと抑えるバンドと、丈の短い毛皮で作ったショートパンツ。
何故か……普段買い物をしている集落でちょうどいいのがこれしかなくて……ちょっと現代的な蛮族みたいな見た目になってしまった。
まぁ、誰に見せるわけでもないから、問題ない。
そうして準備を整えた私は、早速魔物の狩りに出発した。
「うっひょひょーい!」
たのしー。
魔物を倒すのは楽しい。
すぱすぱと首を切って、一撃のもとに仕留めていく。
それを、目に付く範囲から魔物が殲滅されるまで続けるのだ。
「ひょっひょひょーい!」
なんでこんな事をしているかというと、理由は単純。
幻象の慣らしである。
というのも、幻象にはある欠点があって、その欠点のせいでおいそれと使い心地を試せないのだ。
結果として、ちょうどいい場所が見つかるまで、私は幻象を試すことができなかった。
剣の里ですら――というか、剣の里こそ使うのが躊躇われる場所だったため、本当にフラストレーションが溜まって仕方がなかったのである。
それを今、思う存分発散していた。
「んっへへーい!」
幻象を使用すると、私の身体能力は爆発的に向上する。
そのスペックたるや、狐火にだって引けを取らない。
純粋な能力でいうと幻象は狐火に劣るんだけど、私が使いこなせば事情は変わってくる。
具体的に言うと、幻象のデバフがバフに変換するバグ、アレは私が幻象を握っても使えるのだ。
「ひょひょひょひょひょ!」
たん、たん、たん。
時折、そんな音が森に響く。
それは私が木々を蹴る音だ。
地面を走るよりも、木々を蹴りながら飛び回るほうが鍛錬になるので、そうしている。
木々に触れる時にできるだけ木々に衝撃を与えないようにしつつ、幻象を用いた最高速を維持できるように蹴りつけるのだ。
そうして、瘴気を放つ魔物をレーダー(アホ毛ゆんゆん)で察知しつつ、飛びかかっていく。
「ミツケタァ――――!」
絶叫とともに、見つけたのは以前倒したことのある魔物だった。
ポンくん、ラリスのダンジョン表層のボス。
当時でもリンカねえさまと二人がかりで難なく倒せた敵ではあるが――
一閃。
私は駆け抜けざまにポンくんを真っ二つにすると、そのまま次の獲物に向かって飛んでいく。
一撃必殺だった。
この半年、私は五重強化に関しても磨きをかけている。
以前の四重強化のような、直線的な動きであれば戦闘に組み込めるくらいまで練度を上げていた。
そう、こうして森の木々を蹴っ飛ばしながら移動しているのも、五重強化を実戦で使うため。
ココに加えて幻象によるバフ諸々も加われば――もはやちょっとした大型魔物なんて歯牙にも欠ける必要がないくらいになっていたのだ。
「いやそれにしても、最高ですねぇこの場所は!」
続く魔物も切り捨てて、更に別の魔物も一刀両断。
それはもう、ハイペースに魔物を処理していく。
特筆すべきは、その魔物のほとんどがポンくん並のヤバい魔物であるということ。
いや、一撃で処理してはいるけれど、本当に強いのだ。
何だったら昔戦った、宿痾の鬼と同じくらい強いやつもちょっと混じっている。
最低でも、ラリスで二つ名を持つくらいの上位冒険者が必要なレベルの魔物がいるそこは――一言でいうと、こう呼ばれていた。
「魔境というのは、ほんっとうに最高の狩り場です!」
魔境。
二体の六大宿痾が作り出した地獄。
とはいえ周囲の環境は、木々の生い茂る森林だ。
人の手が入っていない、中々ヤバい環境ではあるものの、地獄という感じはしない。
しかしそれは私がいる場所が、魔境の本当に端の方だからというのも大きい。
中心に向かえば向かうほど、瘴気に満ちた毒々しい場所へと変貌していくという。
というか、まぁ。
かれこれ二ヶ月ほどここで蛮族をしているけれど、魔物が一切途切れないくらいにはヤバい場所だ。
「その分、いくらでも狩り放題なのだから、私としてはありがたいですけど……ねっ!」
更に一閃。
どう考えても宿痾の主級の魔物が、ほとんど手応えもなく両断されるのは、我ながら成長を実感できてしょうがない。
強くなるというのは、最高の娯楽だ。
自分の成長を実感できることほど、この世界で楽しいことはない。
いや本当に、強さを求めることに目覚められてよかった。
アレだけ退屈だった世界が、こんなにも彩りに満ちるのだから。
それはそれとして――
「流石にこれ以上は、成長も見込めそうにないですね」
――この二ヶ月で取り組んでいた、五重強化の安定と幻象バフを受けた状態での立ち回りに関する鍛錬も、限界が見えてきてしまっていた。
前者は、直線的な動きはできるようになったけど、相変わらず安定使用には程遠い。
後者はそもそも、強くなった自分の動きになれるだけなので、割と早々に身につけることができてしまっていた。
五重強化がうまく扱えないのを言い訳に、二ヶ月ひたすら剣を振るっていたけれど、流石にこれが限界だ。
私が魔境にやってきた理由は、六大宿痾の討伐。
そうと決まれば、この場所を移動しよう。
辺りの魔物を討伐し終えて、私はそう決意した。
何より最近は、魔物の討伐スピードが上がりすぎて、半日で魔物が殲滅できてしまっていたからな。
そろそろ、討伐していない時間の暇で、私自身が限界を迎えそうだ。
「…………ん?」
そんな時だった、不意に、私の感覚器官があるものを探知した。
うにょーん、うにょーん(揺れるアホ毛)。
それは、なんというか……こう、えっと。
大量の人間だった。
すぅー……はぁー……
ええとそれって、あの、なんというか……
やばくない?
内心、そう想いながら、私はどうするべきか思考を巡らせた。
+
――どーもなんないですわ。
軍隊は、変わらずこっちへ向かってきている。
別の場所を目指しているということはなさそうで、明らかに私がいるエリアを一直線に目指しているのだ。
どうしよう、どうしよう。
しかし軍隊は位置的に、もう完全にこの場所がどういう場所かを理解しているだろう。
実際、あきらか前進の勢いが止まったし。
そして彼らは、きっとこういうやり取りをしていることだろう。
「なんて瘴気だ。ここにかの六大宿痾”幻象”がいるのか」
――と。
はい。
そりゃそうですよね、私は幻象の意識を塗りつぶして完全に道具としているけれど、幻象が退治されたわけではない。
どころか、瘴気は未だ健在で、魔術なんかで探知すればそこに幻象がいるというのがモロバレレベル。
これこそが、以前リンカねえさまに語った魔境だと幻象が使いにくい理由。
というかもっというと
漏れ出す瘴気に、デバフ空間に、色々とねぇ……周りに悪影響なんですよねぇ……
魔境は、いろんな冒険者や各国の兵士が協働して魔物を押さえつける場所。
多対多が基本の場所なので、幻象のあれやこれや――特にデバフが非常にマイナスとなる。
これが、六大宿痾との戦いであれば問題ないんですけどね。
どうせその場に立ち会えるのは、七刀のお歴々くらいなものなのですから。
というか――
「……手紙は、手紙はどうなりましたか!? 送ったはずですよね!?」
この状況は予見できていた状況だ。
幻象を魔境で使えば、その圧倒的な瘴気から軍隊が動く。
それを避けるために、事前に父様の方から手紙を出してもらう手筈になっている。
なのにどうしてこんなことに?
政治力の高い父様がしくじるとは思えない。
じゃあ一体、どうなっているんだ?
とにかく、まずは気配をできるだけ消して偵察に出よう。
幻象を鞘にしまって瘴気の噴出を抑えると、私は急ぎつつも可能な限り隠密を意識して現場へと急行した。
そこで私を待ち受けていたのは――
「――って、宿痾教徒じゃないですかっ!」
思わず聞こえない程度の声音で、叫んでしまった。
宿痾教団に所属する、狂信者達だ。
以前見た、教団のマークが入ったローブを着込んだ集団。
中には鎧姿のヤツもいて、用心深く周囲を観察している。
宿痾教団といえば、このあたりを拠点とする宿痾の主を信奉する連中だ。
考えてみればこれは自然なことだろう。
宿痾教団はここで私が活動していることなんて、全く知らない。
むしろ、知られないように魔境防衛を行う者たち――なんか正式な呼び名があるらしいけど、なんだったかな――も考えるはずだ。
宿痾教団は、宿痾を信奉する以上膨大な量の瘴気を無視できない。
敵が現れたら戦いたいので私も無視できない。
ぶつかるしかない、この二つ。
というわけで、そういうことならこれは私に対するご褒美だ。
二ヶ月ものあいだ、一区画の魔物を殲滅しまくったことは彼らにとっても結構な助けになっているはず。
そのご褒美として、こんな素敵な贈り物をくれるなんて。
「ああ、なんていい人たちなんでしょう――!」
「誰だ!?」
私の叫びに、宿痾教徒が反応する。
一斉に、こちらへ武器が向けられた。
「ひひ、これはこれはご丁寧にありがとうございます!」
「出てこい、名を名乗れ……!」
「名乗るほどのものではございません! あなた達をこれから美味しくいただく者です!」
「な――」
その瞬間、私は幻象を抜き放った。
最近の私は、疾討と幻象の二刀流に凝っている。
疾討からは激しい嫉妬が幻象に向けられている上、私にもそれが呪いとして降りかかりそうだけど、個人的にはその方が興奮するので大歓迎だ。
困難困難、もっと困難がほしいです!
そのために――
「さぁ、まずはあなた達を平らげてさしあげましょ――」
幻象のデバフ空間を起動したら、一瞬にして教徒は全滅した。
「ええ――――」
幻象のデバフは圧倒的だ、やましい感情があれば即座にそれが増幅して身動きが取れなくなる。
でも、宿痾教徒なんだからなんかしら対策をとっていて然るべきじゃないか!?
いやむしろ、教徒的にはデバフで乙る方が光栄なことなのか?
というか、アレだ。
宿痾教徒になる人たちは色々と抱えてるものがあるだろうから、メンタル面はぶっちゃけ一般人より弱いのかも知れない。
「まぁ、やってることがアレなので同情はしませんが……せめて、生きたまま捕えて引き渡しましょう」
一応、今回の目的は幻象ありで、人を殺さず加減して制圧できるかを試すためのものだった。
結果として、幻象のデバフが圧倒的過ぎてむしろ普通にやるより楽勝という結果になったが。
まぁ何にしても、とりあえずこいつらを縛り上げて、その後のことは終わってから考えよう。
と、考えたその時――
「おや――」
一人の甲冑姿の女性が立ち上がった。
フルフェイスのヘルメットで顔を覆っているから、中身は拝めないものの体つきから女性であるということはすぐに分かる。
そのまま無言で剣を引き抜いて、私に向けて構えてみせた。
「――気合の入った人もいるじゃないですか!」
「……っ!」
結果、私と甲冑は即座に激突した。
相手はシンプルな西洋剣の使い手、七刀に変な人しかいないせいでこういう普通のロングソードの敵と戦う経験ってほとんどないんだよな。
ラリスで何度かやったくらいだ。
現在の私は、四重強化+幻象のデバフ空間という構成で戦っている。
五重と幻象の身体強化はそれぞれ切り札として取っておくのだ。
人類の上限はシドウ様だから、シドウ様相手にもこの組み合わせで十分互角なので、それ以上を求める必要はない。
強くなったなあ(しみじみ)。
「うわっと」
戦闘中に強くなった自分に酔いしれる、専門用語でこれを慢心と言います。
上段から振り下ろした刃を普通にいなされてしまった。
というか、フヅキ様よろしくかなりの技巧で受け流されたのである。
そのまま反撃を受けるが、こちらは二刀流。
幻象で受け止めれば、何ら問題なく対応できるのだ。
「……っ」
「ちょっとした苛立ちを感じます……よ!」
しかし、普通無理な態勢で短剣を使って反撃を受け止めると、こっちが不利になる。
なのに私と甲冑には基礎スペックの差があるから、難なく受け止めた上に私の方から反撃ができてしまうのだ。
続けて振るった疾討に、甲冑は無理せず交代を選択した。
「いいですね、巧い」
そこから、しばらく剣戟を行う。
私の技量が低いのも相まって、戦闘自体は成立していた。
スペック差は明確にこちらが上であることから、変な力は使っていなさそうだ。
だが、宿痾教徒にしては明らかに――
剣の腕が良すぎるのだ。
こういう相手との戦いを、私は何度か経験していた。
そこで私は、行動を起こす。
「――――そこっ!」
一瞬だけ、どうしても発生してしまう攻撃の間隙を縫って、幻象のバフを解放した。
突如として鋭さを増した刃に、さすがの甲冑も対応はできないらしい。
何とか致命傷は避けようとするものの、私の狙いまでは防ぐことができなかった。
ようするに――兜を吹っ飛ばしたのである。
出てきた顔は、見知らぬ女性のものだった。
癖のある青髪の女性。
長い髪をシニヨンでまとめて、兜の中に収めていたらしい。
背丈はそこそこ高く、スタイルもいい。
それだけ聞くと絶世の美女って感じだけど、爛々と輝く強い意思に満ちた瞳と三日月のような笑みは、彼女が只者でないことを私に伝えてくる。
「……いいねぇ、実にいい。興味深いよ!」
「それはどうも、ご丁寧に」
見知らぬ、とはいってもそれは直接面識がないというだけのこと。
特徴だけは、聞き及んでいた。
「しかし、なにゆえこんなところで、しかもよりによって宿痾教徒に混じっているのです?」
私はその名を、呼びかける。
「――アルケ様」
七刀が一人、この魔境を守護する二人の剣士の片割れ。
錬金剣士アルケが、そこにいた。
というわけで第七章です。
魔境編は三章構成ウホ。