転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
今の、一日に一度はどこかしらで魔物と出くわすような
護衛もなしで旅に出るのはあまりにも無茶だ。
どれだけ貧乏な商人や旅人だろうと、冒険者を護衛に雇うのが普通。
そんな状況で、男とその一家は護衛を雇うことができなかった。
理由は、妨害。
男のことを目の敵にするとある商人が根回しをして、男が護衛を雇えないようにしてしまったのだ。
仕方なく男は護衛をなしに家族を連れて街を出た。
目指すは、大規模商業都市「カルマン」。
カルマンの街は、その大きさから男を妨害する商売敵も影響力を発揮できない。
あそこでなら、再び商売ができる。
そういう思いで、決死の逃避行に男と一家は出たのだが――
結果として、その逃避行は失敗に終わった。
あと数日。
もう少しで商業都市にたどり着くという所で魔物の大群に襲われた。
現在、大陸のそこかしこで魔物の大量発生が報告されている。
護衛なしで旅ができないのはこれが理由だが、救いがないわけではない。
魔物の発生件数は多くても、出くわす魔物の強さは大したことがないのだ。
特に、このあたりは二年前に発生した百鬼夜行の影響で、強力な魔物は大半が剣の里と呼ばれる山奥の里を襲っているという。
それに賭けて男は商業都市を目指したのだが――後ちょっとのところで失敗してしまった。
開けた草原、周囲に頼れそうな馬車や冒険者の姿はない。
まさに万事休す。
現在、魔物たちはこちらをゆっくりと包囲して、いつでも襲いかかれる態勢にある。
じっくりと追い詰めるために、襲いかかってこないのか。
はたまた、こちらを精神的にいたぶるために襲ってこないのか。
魔物は知性が低い、もう既にこちらが詰んでいることに気付かず前者の理由で襲いかかってこない可能性は高い。
だが、どうしても男には後者の理由で魔物たちが自分たちをせせら笑っているようにしか思えなかった。
既に子どもと妻は、この状況を理解して馬車の中で声を押し殺して泣いている。
男はなんとか家族に弱いところは見せられないと気丈に振る舞っているが、内心は既に限界だ。
はたして、この硬直が一体どれほど続くのか。
魔物が諦めて、この場を去ってくれないだろうか。
そんなことばかり考えていた。
そんな時である。
数匹の魔物が、馬車に向かって飛び出してきたのは。
いよいよか、男は覚悟を決める。
その直後――
魔物の頭部が、突如として飛来した何かによって撃ち抜かれ四散した。
何が起こっているのか、男は理解できず。
撃ち抜いた”小石”はそのまま地面に転がり、コマのように回転している。
突如として発生したその殺戮に、魔物達は慌てて馬車へ走り出す。
状況は、まだ何も改善していない――
「大丈夫ですか」
――わけでは、なかった。
不意に馬車の前に
恐ろしいほど、美しい少女だった。
年のころは十半ばか、透き通るような白髪と赤目。
そして、驚くほど整った顔立ち。
人間でないとすら思えるような少女は、剣の里の剣士が着用する伝統的な旅装に身を包み。
髪を首元で一本にまとめていた。
剣の里。
このあたりに住む人間で、その名前を知らぬものはいない。
大陸で名を轟かせる剣士は、多くがこの里の出身だという。
あるものは、そこを剣に生き、剣に全てを捧げる者たちの里という。
あるものは、優秀な剣士を輩出することに特化した、特殊な養成機関という。
あるものは、異国からやってきた開祖を旗頭に大陸中で傭兵や冒険者をする集団という。
評価は様々だが、何よりも特徴的なのはその名前と装いだ。
異国で使われる名前を付け、異国の装いに身を包んだ彼らはとにかく目立つ。
目立つがゆえに名を知られ、名を知られているが故に、実力を評価されている。
そんな剣の里が二年前、百鬼夜行を退けた。
以来、このあたりでは魔物の出現が増加している。
とはいえこれは、別に剣の里に原因があるわけではないのだが。
何にせよその出で立ちと容姿から、眼の前の少女を異質であると、男が感じるには十分だった。
男は、少女の問いに答えられない。
助けが来てくれたことは、あまりにも幸運だ。
だが、少女の異質さと、それまで男が感じていた恐怖と絶望が相まって。
答えと呼べる答えを、男が持ち合わせていないのである。
とはいえ、少女にとって状況は明白だった。
「よかった、
一体どのようにして、こちらに死者がいないことを察知したのか。
男にはさっぱり解らなかった。
とはいえ、今はそんな事を気にしている場合ではない。
魔物たちはすでにこちらへ迫ってきているのだ。
そんな状況で、少女はこちらに視線を向けて呑気にしている。
結果、魔物は勢いよく少女へ襲いかかり――
「あ、あぶない!」
男が、叫ぶ。
直後――
「いえ、この程度。なんてことはないですよ」
少女は、襲いかかる魔物――ゴブリンの頸を一瞬で切り飛ばした。
ほとんど、予備動作もなく。
恐らく、腰の刀を抜いたのだろうが。
その軌跡は疎か、抜いた瞬間すら男にはわからない。
「では、改めて名乗りましょうか」
とにかく、そこからは蹂躙だった。
迫りくる魔物を、少女はなかば瞬殺で蹴散らしていく。
ゴブリン、狼型魔獣、スライム、他にも様々な魔物がいる。
それらを全て一刀両断――
「我が名はカグラ。流派は森羅。もう二度と聞くことはないでしょうが、お見知りおきを」
やがて、アレだけいた魔物はついに姿を消した。
広い街道の中で、流石にこれ以上魔物が現れることはないだろう。
男も、少女――カグラも。
肩から力を抜いている。
とはいえ、両者の感情はまったく別のものだったが。
なにせ恐怖からいまだ抜け出しきれていない男と違い、カグラは――
――カグラは、笑みを浮かべているのだから。
ぺろりと、口元についた返り血を彼女は舐め取る。
いっそ妖艶に思えるその動作に、男は更に現実感を失ってしまいそうだ。
「おっとっと、ご無事で何よりです。改めまして、カグラと申します」
そうしてカグラは、視線を男に向ける。
思わず息を呑んでしまいそうになるが、彼女が剣を鞘に納めたのを見て正気に返った。
「あ、ああ。すまない、本当にたすかった」
「いえいえ。それにしても……護衛を雇っていないのですか?」
怪訝そうなカグラの言葉。
どうやら、カグラは男の事情を知らないようだ。
もともと剣の里は、依頼されないかぎり外の世界の事情に介入することはない。
幼い見た目からして、里を出てきたばかりだろう彼女が知らないのも無理はないことだった。
眼の前の少女は、あまりに異質で、そして恐ろしかった。
魔物をアレほど容易に屠る姿に恐怖しなかったといえば嘘になる。
笑みを浮かべて嬉々として殺し回る姿にドン引きしなかったといえば嘘になる。
だが、それでも――
きっと、この魔物より恐ろしい、修羅とでも呼ぶべき少女との出会いは――千載一遇の好機。
男は事情を話し、カグラを護衛として雇いたいと頼むことにした。
「ふむ、それは大変でしたね。無論、お受けしますよ。なにせ、目的地は同じなものですから」
そうして、話を聞いたカグラの反応はあまりに穏当なものだった。
先程までの、異様な雰囲気などどこへ行ってしまったのか。
こうしてみれば、実に気立ての良い少女と言えるだろう。
それから話をすればするほど、アレは彼女の一側面でしかないのではないかと男は思うようになった。
結果、男とその一家は、カグラを護衛に招いて商業都市「カルマン」を目指すこととなる。
わけ、なのだが。
男は気付かなかった。
彼の子どもがこっそりカグラの戦闘を馬車から覗き見ており、何か大事な物がネジ曲がってしまったことに――――
里に戻ってきた冒険者視点の話は挟みそこねたので、そのうち挟めたら挟みます。
あと冒険者を等級制にしました。