転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
結局その後、私はソアナさんの勧めで、娼館で働くことになった。
え、娼館?
と思うかも知れないが、別に娼婦ではない。
そもそも私の年齢だと、カルマンの街ではまだ娼婦になれない。
いわゆる「禿」というやつだ。
娼婦のお世話係の。
禿は日本の遊郭で使われている単語だけど、「カルマン」の街でもそれは使われていた。
なんでも、この世界の日本っぽい国は「カルマン」の街の近くの港湾都市から船に乗って行くことができるらしい。
かなり危険な航海になるそうだけど。
なので、多少なりとも文化が入ってくるのだとか。
剣の里の開祖シンラが、「カルマン」の街周辺に里を開いたのも、これが原因なんだろう。
そんなわけで、私は禿として一時的に娼館でバイトをすることになった。
娼館で働けば裏社会のあれやこれやが入ってくるし、そうでなくとも娼館の人が情報を集めてくれるとかなんとか。
何よりありがたいのは、給金がいいことだ。
「カルマン」の街に来る前に商人を護衛してなかったら、赤字になっちゃう生活送ってたからな。
さて、そういうわけで私は娼館の衣装に着替えて、他の子達と雑用をするわけなんだけど――
「なんかネグリジェみたいな服ですねぇ」
「禿も将来的には娼婦になるわけだからね」
紫のスケスケネグリジェみたいな服に袖を通し、鏡の前でしげしげとそれを眺める私。
隣で、一緒に働くことになったソアナさんが似合ってるよと言ってくれた。
なんでも、ソアナさんがお世話になった女性はここのやり手婆らしい。
ドーナツの作り方を教える代わりにソアナさんも働くことになったんだとか。
「そういうソアナさんは、普通の格好ですけれど」
「私は厨房担当だからねぇ、表に出ないから」
それにしても、とソアナさんは私を感心した様子で見る。
「全然恥ずかしそうじゃないね。こういうの、慣れてるのかい?」
「頓着しないだけですよ。私を見て欲情する殿方は……まぁ、いるのでしょうが。興味はないので」
「顔はいいのに、もったいない」
なにせ前世は男だったわけで。
今の人生は強さを求めることが第一の修羅なわけで。
そういうことに、興味を覚える暇はなかった。
「さてさて、それでは業務開始と参りましょう」
「その年で初めての禿を、そんな事務的に言える人間初めてみたよ」
まぁ、内面も鍛えるのが剣士ですから。
+
さて、仕事自体は別になんてことはなかった。
子どもができることは限られているし、私は将来的にここで娼婦として働くわけでもない。
禿に求められるのは、娼婦の立ち振舞を見て覚えることだろうし。
とはいえ、給金がそれなりに払われているのは、向こうも私を娼館に引き込みたいという意図もあるのだろうけど。
残念ながらその気はないので、給金分の仕事をすることにしよう。
「じゃあ、この洗濯物を運んでおいてちょうだい」
「かしこまりました。……よっと!」
「カグラちゃんすごーい!」
娼婦の姐さんの言いつけで、洗濯物を運ぶ私と他の禿達。
私がその大半を一気に抱えると、周囲の禿から歓声が上がった。
抱えきれなかった――という体で他の禿の分として残した――洗濯物を禿達に持ってもらい。
皆で洗濯場へと移動する。
なんだか、働き始めて数時間も経っていないのに、一瞬で禿達の面倒をみることになってしまった。
まぁ、十二という年齢はまだ娼婦には成れないけれど、もうすぐ娼婦になるギリギリの年齢。
禿の中では必然的に年長者になるんだな。
他にもなんか、禿達は私をヒオリちゃんみたいな目で見てくるけど。
ヒオリちゃんほど長く面倒を見たわけじゃないし、なんでだろう。
「――と、こんなものですかね」
それから色々と雑事をこなしつつ、こっちが禿だというのに声をかけてくる男を躱していく。
ああ、惜しい。
私が娼館の所属じゃなければ、そのまま喧嘩を売ってしまえるのに。
流石に人様の庭で迷惑はかけられない。
我慢我慢……ああでもやっぱり喧嘩したい……
とか、そんな事を考えていたその時。
「おいてめぇ、俺ぁ客だぞ!? ごちゃごちゃ文句いってんじゃねぇ!」
不意に、娼館に響き渡る男の怒号が聞こえた。
――揉め事だ!
「――何があったんですか?」
「うわ、一体どこから来たんだい」
ソアナさんが、心配そうに一人の娼婦とそれを怒鳴る男を物陰から見ていた。
私は迅速かつ気取られないようやってきて、ソアナさんの隣に並ぶ。
「まぁまぁお気になさらず。あの男の人を怒らせてしまったんですか」
「怒らせた……じゃなくて勝手に怒った感じだね」
いかにも乱暴そうな男だ。
身長は百八十くらい、でっぷり太っているが体つき自体はがっしりしている。
見た感じ、今は衰えているけど昔は強かったんじゃないか?
「あいつは確か、元は有名な冒険者だったんだよ。ダンジョンのある街で一山当てて、引退してからは放蕩三昧さ。この娼館にはよく来るんだけど、とにかく乱暴だってみんな迷惑してる」
「お詳しいですね」
「こちとら商人だからね」
何にしても、乱暴な男性は娼婦さんの胸ぐらを掴み上げて罵声を浴びせている。
半ば恐喝まがいのやり取りだが、誰も止めたりはしないのだろうか。
「アレであの男、なかなかずる賢くってね。どれだけ脅しつけても手は出さないんだよ。今みたいに胸ぐら掴むくらいがせいぜい。それくらいなら、高い金払ってるんだからっていう向こうの言い分が通っちゃうの」
「厄介ですねえ」
「これで、用心棒の類でも居ればいいんだろうけどね。直接間に割って入るわけじゃなくても、ここで声をかけてあの男をたしなめられれば収まるんだけど」
残念ながら、他の娼婦やソアナさんではそうもいかないらしい。
やり手婆なら窘められるかもしれないけど、今は手が離せないらしくここにはいない。
――――ふむ。
「あの男にあの方が言い返せないのは、お金を払ってサービスをしてる立場だから……ってことですよね」
「ん、ああ。まぁ、そうなるかね?」
「やり手婆や用心棒がそれを窘められるのは、お金をもらってる立場じゃないから、ってことですか」
「一応そうなるね。そもそも娼館ってのは、建前上は女と男の出会い宿でさ。あの二人はたまたま一時的な恋愛関係になってるだけなんだよ」
その理屈、ファンタジー世界でも有効なんだ。
と思いつつ、それなら問題ないだろうということで、私は――
「じゃあ、禿があの二人を止めるために割ってはいってもいい、ということになるんですね」
彼らの元へ向かうことにした。
「――は?」
思わずあっけに取られた様子のソアナさんを置いて、私は二人の元へと向かう。
「すいません、姐さんが困っているので、やめていただけませんか?」
「ああ?」
男が、こちらを怪訝そうな目で見てくる。
どうして声をかけられたのかすら、一瞬理解が追いついていない感じだ。
私はその間に、娼婦を男から引き剥がし、間に立つ。
「な、てめぇ……!」
「姐さんが嫌がっていますので、これ以上は」
「俺はその女を金で買ったんだよ! だったら俺には、そいつを好きにする権利がある!」
困惑する娼婦さんを他所に、男はヒートアップしていく。
自分以外の誰かが、自分の思い通りにならないのが耐えられないという顔だ。
このまま話を続けていけば、遅かれ早かれ私に手を出そうとするはずだ。
「ちょ、ちょっと……ダメだよ。この人に逆らっちゃ」
「大丈夫ですから、安心してください。あ、それとなんですが。これ持っててもらえます?」
「え? あ、うん……剣!?」
いきなり割って入ってきて、困惑しているはずなのに私に声をかけてくれた娼婦さんに、あるものを手渡す。
いつの間にか私の手の中にあった妖刀――疾討だ。
戦いの気配を感じて、荷物の中から飛んできたらしい。
けどダメだよ、今回はただの喧嘩だから、殺しちゃダメだから。
大人しくしてなさいって、後でいっぱい魔物殺して上げるから!
「くそ、ナマ言ってんじゃねぇぞ……ガキがぁ!」
そうこうしていると、男が私に向かって拳を振るってくる。
怯える娼婦さん、自分の優位を疑っていない男。
そして私は――
男の懐に入り込むと、カウンター気味に拳を叩き込んだ。
「ぐ、お……」
男は数歩下がって、しかし倒れない。
かつて有力冒険者だったという話は本当のようだ。
さぁ、喧嘩だ喧嘩!
楽しい喧嘩を始めよう!
TS転生者に、スケスケ娼婦ネグリジェを着せたいだけの人生だった……
なおカグラはTS転生者であると同時に天然系美少女でもあるので動じません。