転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
「……なにもんだ、てめぇ!」
「先に手を出してきたのはそちらです。申し訳ありませんが、正当防衛ですよ」
お互いに噛み合わない言葉をぶつけながら、私は男と向かい合う。
後方の娼婦さんは、いよいよ困惑が頂点に達しているような感じだけど。
眼の前の男は、今の一撃で完全に意識が切り替わっていた。
明らかにこちらを警戒している。
――すごい、隙がない。
強者なら、油断なく正面から構えていれば隙がないのは当然だ。
父上だってそうだし、私もそうだ。
だけどこの男がすごいところは、明らかに衰えまくっただらしない体型をしているにも関わらず。
先ほどまでは戦闘なんてしたこともないような、隙だらけの態勢だったのに。
一瞬で強者の構えを取ってみせたことだ。
おそらく、かなり感覚派の天才だ。
全盛期はあらゆる動作が、洗練された戦士のそれだったのだろう。
「行きますよ――!」
「こいつ……!」
そして、再び踏み込んだ私の拳を、正面から捌いてくる。
こちらの拳は、はっきり言って素人のそれだ。
ただ力だけをぶつける拳。
しかも多重強化は人間相手にやっていい代物ではないのでやっていない。
というか、私の多重強化は剣を握って戦う前提でチューンしているんで、素手だと精度が落ちるのであまり使いたくなかった。
下手すると事故る。
故に、男の天才性を崩すには程遠い。
「そんな見え見えの拳が!」
男の拳を、私も避ける。
私にとって格闘戦は経験の薄いアウェーな舞台だ。
男もそれはあまり変わらないが、天才性で帳消しにしてくる。
対してこちらは格闘戦なら素人でも、対人戦という分野においては鍛錬の成果が物を言っている。
前にも言ったが、私は他人の強さを類推することが好きだ。
今、眼の前の男であれば先程言った通り。
純粋な天才性が男の強さである。
同時に、鍛錬の類はおそらく
剣の素振りすらしたことがないだろう。
冒険者をするうちに自然と体力がついて、魔物と戦ううちに自然とセンスが磨かれた。
そんな人物であることが読み取れる。
実際に正解しているかはともかく、私は確かにそう感じた。
そうした観察は、鍛錬の中でこそ活きてくる。
鍛錬は何も、一人で剣の素振りをすることが全てではない。
他者との稽古、ないしは仕合の中で勘を磨くのも肝要だ。
私はそんな仕合の中で、観察によって得た情報で相手のクセを見抜くのである。
男と私の打ち合いの中で、男は容易に私の拳を弾く。
しかし同時に、相手の攻撃が私を掠めることはない。
「くそ、ちょこまか動きやがって! なぜ当たらねぇ!」
苛立ち紛れに拳を振るう男。
それに対し私は――
「――そこ」
――完璧なカウンターを決める。
「ご、ぐ……!」
男が、みぞおちに叩きこまれた拳を見て、苦しそうに呻く。
一瞬私はこれで終わりかと考える。
だが――
「この、クソ!」
男は、まだ動く!
ああ、ああ――ああ!
やはりこうだ、こうでなくては!
喧嘩だ、喧嘩だ!
血湧き肉躍るような強さのやり取りは、何時いかなる時も。
どのような場面であろうと、面白い!
+
――昔から男は、何でも自分の思うがままにできる力があった。
他者より圧倒的に恵まれたフィジカル。
学ぶことすらなく、身体強化を自在に施せる魔力操作技術。
何もかもが、男の人生を才能という形で支えていた。
歯車が狂い始めたのは、冒険者として良くも悪くも名が売れてきた頃か。
周囲の人間は男を優秀な冒険者と称えるが、同時に協調性のなさからパーティに誘うことはしなかった。
やがて孤立し、孤独になっていった男は――ある時、もうこれ以上働く必要がないほどの宝をダンジョンで見つけた。
それを売り払って、男は冒険者をやめた。
もうこれ以上、労働するのも馬鹿らしいくらいの金が手元に転がり込んできたからだ。
そこから目に見えて、男は堕落していった。
日がな一日酒と煙草で時間を潰し、時折思い立って娼館へ通う毎日。
男が孤立していたことも相まって、止めるものは誰もいない。
みるみるうちに、男は衰えていった。
――もしも、男の心境を理解できる仲間がいたならば、こんなことにはならなかっただろう。
だが男は傲慢で、心境なんて一度として吐露したこともない。
そして今も、自身のプライド故に他者へ助けを求められずがんじがらめになっている。
――そんな時だ、禿を名乗る良くわからない女と殴り合いに発展したのは。
最初に見たときは完全に油断していたため理解できなかったが、今は違う。
なんだ、この怪物は。
年の頃は禿の格好をしているのだから、おそらく十二程度。
だというのに、ありえないほど精密な魔力操作精度はなんだ。
衰えたとは言え、何十年も魔力制御を行ってきた男とさほど遜色のない代物だ。
だが、男には解る。
これがこの禿の、天才性によるものではないということが。
鍛錬だ。
この女は、純粋かつ狂気的なまでの鍛錬によって、ここまで至っている。
それを狂っていると――怪物と呼ばずなんというのか。
「クソが! てめぇみてぇなやつが……なんでいきなりこんなところに現れるんだよ!」
「まぁ、概ね偶然ではありますが……」
「こんな偶然あって堪るか!」
こちらの攻撃は当たらない。
鈍った勘が、あちらの対人戦技術に追いつけていないのだ。
あちらの格闘戦に対する技術は、今の自分よりも更に劣っているというのに!
「感謝しますよ、外の世界でこんなにも強い戦士に出会えるとは!」
「俺が……強いだと!?」
このザマを見てか!?
男は内心で毒づく。
かつての全盛期ならともかく、今の自分がとても強いなんて言えないことは解っている。
自分がダメになってしまったことくらい、男が一番自覚している。
なのに――
「強いでしょう、貴方は。でなければいきなり殴り合いに発展して、こうも立派に戦えませんよ!」
「それが……何だってんだよ!」
「私がいいたいのは――」
禿が懐に入り込む。
躱せない、またあの拳が飛んでくる――
「こんな、誰もが落ちぶれる境遇で。それでもまだ、戦士であるのですから!」
――ことはなかった。
男の動きが止まったからだ。
直撃する寸前で、禿も拳を寸止めしている。
その表情は、ここまで結構な時間行った殴り合いに満足したのか、とても晴々としたものだった。
怖い。
「誰もが……落ちぶれる?」
「聞きましたよ。働く必要のない金を手に入れて、働かなくなったと。そりゃあそうなれば落ちぶれるでしょう。やることがなくなり、人生が虚無になってしまうんです」
そうだ。
男の今の人生は、まさに禿が口にした通りだ。
だがどうして、的確に禿がその状況を理解できる?
「まーそれは……昔取った杵柄といいますか。貴方のような状況を耳にしたことがあるといいますか」
単純に、禿――カグラが前世の情報化社会において、そういう事例を情報として聞いたことがあるからだ。
たいして、この世界はそういった事例に対する理解がまだまだ薄い。
陥っている自分ですら、どうしてそうなっているのか理解できないくらいには。
「そこでどうでしょう。これは私の見立てですが、貴方はこれまでの人生で一度もやってきたことがなく、かつ効果を実感できそうなことなら、興味を持つと思うんです」
「それは……」
確かに、効果が実感できるならやってみる価値はあるだろう。
だが男は怠惰な人間で、ちょっとの成果程度では効果を実感できないはずだ。
この禿の言うような”一度もやったことがないこと”など存在するのだろうか。
「――鍛錬ですよ」
その瞬間。
男は一瞬で理解した。
確かにそれは、やったことがない。
何より、今まさに目の前の禿が幼いながらにして衰えた自分を圧倒するほどの実力を見せつけた。
その根底にあるものが鍛錬であると、男は理解していた。
「鍛えれば、かつてのような実力を取り戻せるのか!?」
「感覚で物事を掴むことが巧いようですから、私なんかよりずっと簡単に上達すると思いますよ」
それから男は、先程までの鬱憤や怒りなど忘れて、禿の話に聞き入った。
これまで理解者のいなかった男を、初めて理解してくれる人間が現れたのだ。
どれほど価値のある出来事か、わからない男ではない。
そして二人は、困惑したまま立ち尽くしている男が買った娼婦や。
猫目と呆れ顔で二人を物陰から眺めるソアナの前で。
ひたすら鍛錬談義をしたあげく――後からやってきたやり手婆に二人まとめて説教された。
人情噺()もあります。