転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
街道の途中にある、旅人が夜を明かすための場所で私達は野宿をしていた。
火の番として私が外に出て、周囲を警戒しながら静かに魔力の鍛錬をしている。
石をぶつけ合わせる方法は人のいるところや夜に鍛錬をするのには向かない。
なのでこういう時は、純粋に身体強化の練度を上げるのが一番だ。
具体的には、多重強化をより効果の高いものにする。
多重強化の一番手っ取り早い強化方法はなにか。
そう、重ねがけする枚数を増やすことだ。
二重から三重、そして四重へと。
今の私ができる多重強化の回数は三重。
一応、四重にもできるのだけど確実にできるとは言えない。
どんな状況でも反射的に発動させて、百パーセント絶対に成功できなければ習得したとは言えないだろう。
なので、今日も多重強化の練度を上げるため、一人モクモクと自分の”内”と戦っていたのだが――
「――ん」
ふと、気配を感じた。
遠くから、こちらを観察している気配。
多重強化で感覚を強化して、初めて感じられるようになったものだ。
それだけ、隠密がしっかりしているということ。
――多分、刺客だろうな。
そう当たりをつけて、私は立ち上がる。
愛刀疾討を手に、視線を気配の方に向けた。
無論、これによって私が気配の主に気づいたことを、向こうも気づくだろう。
だが問題ない、こっちが先に気づいた所で不意打ちを仕掛けられるわけでもなし。
気づいたことを向こうに知らせた所で、向こうが手を打てるほど近い場所にいるでもなし。
「行きますか」
結果的に、これは私の宣戦布告になる。
向こうはそれを受けざるを得ず、私が場所を変えたら、それに応じるだろう。
この場を戦場にするわけにも行かないのだ。
他に戦力がいて、私が場所を変えてる隙にソアナさん達が狙われる可能性については問題ない。
気配は一つだけだ、断言できる。
なにせ、多重強化で気配探知をしてるから。
もし仮にそれを掻い潜って、不意打ちを打てる人間がいるなら。
そもそも私にはどうしようもない。
というわけで、長々語ったけど。
――迎撃だぁ。
心躍る感覚を抑えながら、私は気配の下へと飛びかかっていった。
+
激しくがなり合う剣と剣。
私の振るう疾討は、美しい刃紋が特徴的な曲刀。
対するは、ほとんどナイフと言っていいショートソード――二振り。
刀を振るう侍と、双刀の暗殺者。
もはやそれは、浪漫と浪漫のぶつかりあいだ。
あまりにも心が踊りすぎて、顔がニヤついていけない。
だが、今はそれを抑えることすら惜しい。
迫りくる刃を、刀で弾く。
するとその直後、ほとんど同時にもう一振りが喉元に迫る。
ギリギリで身体を捻って回避しつつ、無理やりな体勢で踏み込む。
けれども向こうは深入りを徹底的に避ける。
私が踏み込んだ途端距離を取り、双刀とは別の短剣を牽制として放ってきた。
それを刃で弾く。
――毒が塗られている。
直感的に、そう理解した。
狙いは牽制だが、侮っているとかすめただけでこちらの動きを止めてくる。
魔力による身体強化で、毒の回りを遅くすることはできるが、それでも若干のデバフにはなるだろう。
すなわち刺客は、手数と毒でこちらをジワジワと追い詰めてくるタイプだ。
ああ、素晴らしい。
こちらは多重強化をしている。
そのため、純粋に刃と刃をぶつければ圧倒するのはこちらだ。
しかし、向こうは極限まで身体強化を速度に振っている。
スピードだけなら、今の私と同等というのだから恐ろしい。
そして、スピードと手数と毒により少しずつダメージを蓄積させていけば。
私とて、安全とはいい難いだろう。
なんて――なんて上質な
私のこれまでの人生で、人との殺し合いの経験は数えるほど。
言うまでもなく、これはその中で最も芳醇で、濃厚で、そしてかみごたえのある戦闘だ。
喰らいたい――喰らいつくしてしまいたい――!
迫る手数を捌く。
双刀を、短剣を、時には蹴り――ナイフと鉄板が仕込まれた厚いブーツによるものだ――が同時に迫る。
四方から、八方から、至近から、遠距離から。
呼吸ごとに刺客の立ち位置が変化する。
無限に手札が変化する。
それを、捌く。
――捌く、捌く、捌く。
ただただ無我夢中に、じゃらしに夢中になった猫のように。
眼の前のそれを、捌き弾き飛ばしていく!
無限にも覚える時間。
刹那にしか感じられない感覚。
永遠に続いてほしいと思えるようなそれは、やがて私に一つの変化を与える。
不意に、
その刺客の
相手が放つ剣の軌道、投げられる短剣の位置、それらが組み合わさって完成する戦術という名の一つの絵画。
ああ――美しい。
私は、これが見たかったのだ。
かつて母上が言っていた。
人間が築き上げた武は、それそのものが一つの芸術であるのだと。
父上であれば、純粋な研鑽と類まれなる戦術眼によって築き上げられた策士の剣。
ダグスさんであれば、才能だけで武を成立させるという荒業をやってのけた感性の剣。
母上であれば――
どれも、その人の人生が色濃く反映された、人間という名の芸術だ。
それを思い描きながら、自分の強さを磨く。
こんなにも楽しいこと、この世界には他にないんじゃないか?
そう思ってしまうくらい、私は強さを求めていた。
今相対するのは、双刀と毒使いの刺客。
厳しい鍛錬で積み上げてきたのだろう。
自身の技術に対する深いプライドが感じられる。
なにせここまで私との戦闘で、一度として自身の勝利を疑っていないのだ。
どれだけ私が強かろうと、一撃を当てれば動きが狂う。
そこから崩してみせると、本気で考えている。
なればこそ、私もそれに応えなくてはならない。
相手の持つ技術の全てを超えて見せる。
――否、超えたくて仕方がないのだ!
迫りくる短剣を躱しながら接近する。
途中、一瞬だけ掠める刃を、
結果刃は私の皮膚を通さず、毒は回らない。
そこで初めて、刺客は動揺した。
そのまま、刀を振るう。
一振り、二振り。
二度の刃で、双剣をどちらも弾き飛ばした。
それでもなお、刺客は諦めていない。
無理矢理に放ったケリと、足先から鋭く生えた刀身が私を狙う。
その刃を私は――
先ほど肌で刃を受けたときに、毒の量は計算済み。
この程度なら、噛んで口に含んでも身体強化すれば問題ない。
刃を噛みちぎる際の勢いで、刺客は吹っ飛んでいく。
何度も跳ねるように転がるものだから、少し命の心配をしてしまった。
慌てて駆け寄ると、息も絶え絶えといった様子で足を押さえている。
ちょっと骨とかやばいことになっているかもしれないが、死んでないなら大丈夫だろう。
母上との約束は守った。
「……見事」
「そちらこそ、とても有意義な戦闘でした」
「……殺せ」
潔く、刺客はそう言って目を伏せた。
でも私は首を横に振る。
「殺しませんよ? もう意味がないですから」
「俺を殺さないことで、敵を増やしてまた襲撃を受けるためか?」
人を殺さないということは、敵を増やすことだとダグスさんも言っていた。
なるほど確かに、それは魅力的な話だ。
またこの人が私を襲撃してくれるなら、それは私にとって望外の喜びだ。
とはいえ――
「いいえ。貴方を殺しても殺さなくても。敵が減るわけではないでしょう。貴方を雇った組織は健在なのですから」
「であればなぜ――」
「殺しには、たとえ正当防衛だったとしても代償が伴います。だったらそれを、自分で背負う理由もないでしょう」
母上は、宿痾の主を殺したことで瘴気の毒を浴びた。
そうでなくとも、人を殺せば恨みを買う。
それによってこの刺客の縁者が私を復讐しにくるかもしれない。
ならば戦いを求めるものとして、この男を殺すべきなのかと言えば、私にとってはそうじゃないのだ。
それは、人の道ではないと、前世の己と母上が言っている。
ならば――
「法に委ねればいいのです。このまま衛兵に突き出し、沙汰を任せます」
「……綺麗事だな」
「綺麗事だろうと、なんだろうと。それが道理というものです」
ゆえにこそ、私は言う。
「――人の命は、人が決めるものではありません」
ダグスさんに問われた時は上手く答えが出せなかったけれど。
こうして実際にその状況に陥って、答えを出してみれば。
案外すんなりと、私は私の道理を受け入れられた。
何事も、口に出してみるものだ。
「それに、こうして貴方を活かせば情報を手に入れることができます」
「話すわけがないだろう」
「別に全てを話す必要はありません。貴方の雇い主を確認する程度でいいのです」
「ふん、そんなものわざわざ確認する必要はない」
確かに、この人がどこの刺客か、なんて解りきっている。
しかし、確認することに意味があるのだ。
私はこの人の癖を概ね見抜いている、その事をこの人は気づいていないだろうから。
こっそり情報を抜き取ればいい。
「まぁまぁそう言わず、貴方を雇った港湾都市を拠点とする犯罪組織について教えて下さい」
というわけで私は、雇い主について確認する。
すると――――
一瞬、
あっ、これ犯罪組織がこの人を雇ったわけじゃないな?
「…………」
「…………」
沈黙が広がる。
そういえば、と思い出す。
今回護衛している商人一家は酷い嫌がらせを受けて「カルマン」の街にやってきたのだった。
つまり――
「……貴方の雇い主は私の雇い主である商人一家を、嫌がらせしていた商人?」
「…………せめて」
そんな私の言葉に、
「せめて、そのくらいは正しい認識の奴に負けたかった……」
刺客の人は、ぐったりとうなだれるのだった。
ごめんなさい……
突然でてきて突然退場する、多分カグラと七刀を除くと人類トップクラスに強い無名の刺客さんです。
今後もこんな感じのモブ強者がでてきたりでてこなかったりしそうですね。