転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
現在バイバイラットが跋扈している森――とその周辺にある村を百鬼夜行が襲ったのが今から八年前のことだそうだ。
幸いにも宿痾の主が存在しない比較的小規模な百鬼夜行だったため、百鬼夜行自体は港湾都市「ヨース」の冒険者が対処した。
しかし、百鬼夜行が襲った村は全滅、生き残りも「ヨース」への避難を余儀なくされ。
加えて本来なら百鬼夜行が終われば霧散するはずだった瘴気が、バイバイラットの出現により今も森を覆っている。
結果として、村の生き残りは今も帰還を果たせておらず、森自体も半ば放棄されているという。
そんな、なんとも面倒な背景がこの依頼にはあった。
とはいえそれは、私とは関わりのない話。
私はあくまで、森にはびこるバイバイラットを斬って斬って斬りまくるだけだ。
その結果、森を解放することができれば上々といったところ。
「さて、まずはバイバイラットの生態の確認です」
現在私は、件の森までやってきていた。
ここまで私の全力疾走で一日。
結構「ヨース」の街に近い場所で百鬼夜行が発生したのだな、と感じる。
下手したら、「ヨース」にまで被害が出ていたかも知れない。
「……いますねぇ、うじゃうじゃいます」
私の周囲を、無数のネズミが這い回っている。
森の奥には更に濃密な”数”の気配が感じられた。
「下手な魔力強化で突っ込んだら、体中齧られて一瞬で穴開きチーズみたいにされそうですね」
軽く冗談を飛ばしながら、近くを通りかかったバイバイラットを手で掴む。
暴れるそれを、私は森の外へと投げ飛ばした。
合わせて私も森を出る。
迫ってくる他のバイバイラットは、疾討で両断していく。
「そして、瘴気のない場所に放りだしたバイバイラットは――」
瘴気は、森の中だけに充満している。
森の外――森に来るための街道には瘴気はなかった。
そんな場所にバイバイラットを放り出すと――
「消滅する、と。聴いてたとおりですね」
まるで、溶けるように消えていった。
後には討伐証明になる部位すら残らない。
これがバイバイラット増殖のからくりだ。
こいつらは交尾の末に繁殖しているのではない、自分の分身を作るような感じで増殖しているのである。
「そして、こいつらには大本となった二匹のオリジナルがいて、それを倒せば増殖した分身も消える……と。構造としては単純ですね」
問題は、言うほど倒すことは簡単ではないということ。
森の中には数百では足りない数のバイバイラットがいる。
その中から、二匹しかいないオリジナルをどうやって探し出せというのか。
幸い、一匹になったバイバイラットはそれ以降増殖ができなくなるので。
最悪一匹だけでもオリジナルを討伐できれば、バイバイラットの一掃も視野に入るのだが。
まぁ、今のところ成功者は出ていない。
私もオリジナルを倒せるかは微妙なところだ。
なにせ――
+
――斬る。
ただ無心に斬る。
迫りくるバイバイラットを、まとめて。
一振りで複数を切り落とし、返す刀で更に斬る。
時には蹴りを叩き込んで吹き飛ばし、時には手で叩き落とす。
そんな事を、ただただ無心で続けていた。
始めた内は、興奮が勝った。
どれだけ切っても切っても尽きることのない敵の群れ。
襲いかかる無数のラットを、思うがままに蹂躙する快感。
溢れ出る陶酔感に身を委ねながら、無我夢中に剣を振るっていた。
変化したのは、こちらの世界の時間で二時間ほど時が経った頃だろうか。
私の意識は斬ることを楽しむことから、如何に斬るかへとシフトしていた。
どうすれば溢れんばかりのバイバイラットをより効率的に斬ることができるか。
それはさながら、迫りくる魔術を剣で切り落とすときのような。
魔術も使える里の剣士が放つ魔術を、剣で切り落とす訓練をした時を思い出す。
迫りくる無数の弾丸を、いかに効率的に切り落とすか。
自身が生存できるように弾幕の中へ活路を見出すか。
そんな事を考えながら剣を振るっているうちに――段々と意識が戦闘から鍛錬へと移ったのである。
ちょうど、私の集中力は持って二時間なので、一度切れた集中力を気持ちを切り替えてつなぎ直したといったところだ。
そこからは、如何に最適化するかだけを考えながら刀をふるった。
戦闘は楽しい。
心が踊り、ただただ愉快な気持ちになれる。
高揚感に酩酊できる。
鍛錬は違う。
むしろ精神が透き通るように静まっていく。
戦闘を波とするなら、鍛錬は凪だ。
どちらも私にとっては、この世界における数少ない娯楽である。
――最終的に私は、剣に魔力をまとわせて放つことでまとめてバイバイラットを吹き飛ばす方法に行き着いた。
結局、ラットは軽いのだ。
勢いよく発生させた魔力でふっとばすと、面白いくらい吹っ飛んでいく。
その衝突時のダメージで、身体が保てなくなってしまうくらい脆いのもいい。
私が考えうる限りでは、この方法が一番楽だ。
――やがて、四時間。
自分が保てる集中力の限界まで
周囲にはまだまだ無数のバイバイラット。
これ以上相手にしていても切りが無いので、そのまま森の外へと離脱した。
「ダメですね、切っても切ってもキリがありません。そもそも、切っている最中にもバイバイラットが増殖してしまうのは致命的です」
やはり、私もバイバイラットを切り捨てることはできなかった。
これまで何人かの冒険者が、この森を取り戻すためにバイバイラットに挑んだという。
結果は言うまでもなく、今までバイバイラットのオリジナルを倒せたものはいない。
勢い勇んでここまでやってきたわけだが、私もその一人になってしまったわけだ。
加えて言えば――
「そもそもオリジナルを切ったのかどうか、確認することはできませんでしたね」
今私が切ったバイバイラットの中に、オリジナルがいたかどうかは解らなかった。
私がオリジナルを倒せない理由がこれだ。
戦闘に集中しすぎて、討伐部位をラットが落としたか確認できないのである。
いやはや、戦闘が楽しすぎるのも考えものだ。
ともかく、バイバイラットの討伐に関しては諦めるほかはない。
剣の里を出て、多くの魔物と戦って来たけれど。
倒すことのできなかった魔物はこれが初めてだ。
ひどく、残念な気持ちはある。
「さて、それではバイバイラットを駆逐するとしましょうか」
が、それはそれとして。
バイバイラットを直接討伐することはできないが、事件を解決することはできる。
具体的には最後に開発した、バイバイラットをまとめて魔力で薙ぎ払う方法だ。
これ、実は魔力で風圧を発生して薙ぎ払っているわけではない。
魔力は魔物の力の根源である、瘴気の侵入を防ぐことができる。
魔力と名がついている割に、瘴気とは水と油の関係にあるのだ。
これ、多分なにかしら理由があるんだろうけど、私はそこまで興味がないので調べていない。
ともかく。
私が魔力でラットを薙ぎ払ったのは風を発生させたからではなく、魔力と瘴気の反発作用を利用してのものだ。
ということさえ解ってもらえればいい。
つまり、瘴気を魔力で吹き飛ばしてしまえばいいのだ。
そう――
「――この森を覆う瘴気を、私が吹き飛ばせばいいのです」
刀を中段に構える、薙ぎ払って風を生むようなフォーム。
実際には風を生むのではなく、魔力を放出する感じだが、イメージの上では大事な要素だ。
そして、剣に魔力を練り込んでいく。
練り込んだ魔力を、更に魔力で包み込む。
多重強化の要領で、どんどん魔力を圧縮重ねがけしていった。
この魔力を一気に開放すると、圧縮された分がすごい勢いで放出される。
これを利用して魔力を森に叩き込むのだ。
二重、三重。
それでもまだ、森全体の瘴気を払うには――足りない。
別に一度で全てを払う必要はないのだけど。
やるからには、全力を尽くしたい。
ならば――
「……四重」
少しだけ呼吸を整えてから、更に魔力を重ねる。
途端に、それまで完全に制御が利いていた魔力がじゃじゃ馬のように暴れ出す。
どういうわけか、魔力は四重に重ねがけすると一気に制御が難しくなるのだ。
五重となると、今のところ強化を成功させられた回数は数回程度。
そもそもまず四重をマスターしてからと考えているので、試行回数が少ないというのもあるが。
何にせよ、落ち着いて意識を集中させれば四重自体は成功させることができる。
後はこれを呼吸と同じくらい当たり前にこなせれば、実戦にも投入できるのだが。
「参ります」
何かしら、キッカケは必要だ。
けれども今はこれでいい。
私は練り上げられた魔力を開放し――刃を振るった。
直後一瞬の間、時間が止まったような気がした。
魔力が時間すらも飲み干すように放たれ、森を覆っていく。
木々を揺らすことはなく、その間に蔓延る瘴気を払う。
やがて後には何も残らず――バイバイラット達は溶けるように消えていく。
かくして八年森を覆い続けた瘴気は、私の一振りによって霧散した。
なお、その後衰弱したバイバイラット二匹を討伐し討伐証明部位を持ち帰ると、受付のお姉さんに討伐部位を三度見された。
そんなに驚かなくても……
しれっとやってますが、これまでのカグラの所業の中では一番やべーことしてます。