転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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二十一 母の愛と修羅の剣

 ファナちゃんを怖がらせてしまったけれど、毒岩蜥蜴は本当になんてことのない相手だ。

 若干火を嫌がる性質があるので、暖炉のそばで待機してもらって。

 ついでに、魔力で周囲を満たしておいた。

 これなら多少瘴気が流れ込んでも、ファナちゃんが毒にやられる心配はないだろう。

 そして、私は外に出る。

 

「こちらですよ、岩蜥蜴さん」

 

 私達の気配を若干ながら察知しているのだろう、油断なく周囲を見渡している毒岩蜥蜴に声を掛ける。

 即座にばっと飛び退いて、こちらを睨んできた。

 悪くない動きだ。

 とはいえ、動きの速度は鈍い。

 バイバイラットは小型な分俊敏だったし、それ以前では人類の中だと最高峰の速度を誇る暗殺者。

 遅く見えてしまうのは仕方がないけれど。

 

「――――」

 

 で、アレばこそ。

 私は刃を構え、意識を集中させる。

 斬るのだ、岩を。

 旅にでてからは、岩切りの日課は抑えていた。

 道端の岩を切って、周囲をお騒がせしてもいけないし。

 何より、そもそも旅にでても岩を斬らなくていいように、あの四年間岩を切(・)り(・)溜(・)め(・)て(・)きたのだ。

 今はまだ、その余韻がギリギリ残っている。

 それでもこうして、眼の前に斬るべき岩がアレば――

 

「興奮してしまいますね」

 

 ああ、こんな顔。

 ファナちゃんには絶対に見せられないな。

 とろけてしまいそうになる笑みを、抑えきれないこんな顔。

 

 意識を集中させればさせるほど、興奮が抑えられなくなっていく。

 今目の前の獲物を、切りたいという気持ちが高ぶっていく。

 ダメだコレは、ただ敵を斬るのではない。

 これまで私が幾度となく切り続けてきた、愛しい彼を抱きしめるように斬るのだ。

 こんな興奮、この世界に他とない――

 

「――――ッ!」

 

 今だ、と自身の中の何かが告げた。

 そのとおりだ、と私の中の魔力が駆け巡る。

 さぁ斬るのだ、と私の身体が前に出る。

 

 毒岩蜥蜴は反応すらできない。

 斬られたという事実を、認識できたかどうか。

 

 一閃。

 

 駆け抜けざまに振るわれた刃は、確かに蜥蜴の肌を通った。

 肉を断ち、骨を斬り。

 そして駆け抜け通り抜けたのだ。

 私は刀を振るいながら、振り返る。

 毒岩蜥蜴は死後に瘴気を撒き散らす。

 それが自分や、ましてやファナちゃんに降り掛かったらことだ。

 だが、その未来は訪れなかった。

 

「なるほど、毒岩蜥蜴は――死に際に自分の意志で瘴気を撒き散らすのですね」

 

 自分の死に気づけなければ。

 毒を撒き散らすことはできない。

 その事実を私は――両断されながらも私のいた場所を睨み、そして死んでいる蜥蜴を見ながら理解する。

 

 そして同時に――私はあることを思い出していた。

 

 

 +

 

 

 それは、今から八年ほど前のこと。

 私がまだ幼く、前世の記憶を正しく認識できていなかった頃。

 その頃の私は今のファナちゃんのように、死に対して怯えていた。

 理由もわからず見せられていた、前世という悪夢の中で嫌と言うほどそれを経験していたからだ。

 それに加えて、目前に母上の死まで迫っていたのだから。

 当時の私は、異様なほど死に怯える子どもに見えただろう。

 

 今となってはそんな素振りも見せないし、父上も「昔のこと」と思っているだろうが。

 それでも当時の私にとってはとても重大な問題だったし。

 何よりそれに対する母上の答えが、今の私を作り上げたのだ。

 そのことを、私は思い出していた。

 

 ある日、母上は幼い私を連れて里を出た。

 体の調子が良かったから散歩に、という名目だったけど。

 なんとなく、普段と母の雰囲気が違っていた……ような気がする。

 相変わらず細部の記憶はおぼろげだ。

 そんなおぼろげな記憶の中で、はっきりと思い出せたのは――

 

『――カグラは、死ぬのが怖い?』

 

 母上の、そんな問いかけだった。

 もちろん私は怖いと答える。

 母もそれを疑問には思わない。

 もう長い間、母上に死なないでと言い続けていたから、当然だろう。

 

『ん……私は、そうでもない』

 

 どうして、と私が問う。

 

『私が強いから。人としても、剣士としても、貴方よりずっとずっと強いから』

 

 今にしてみれば、なんて物言いだと思うけど。

 当時の私は、それを真剣に聞いていた。

 

『強くなるの、カグラ。強くなれば、死の恐怖なんて簡単に乗り越えられる。それになにより――』

 

 やがて、母上はあるものを見つける。

 魔物だ。

 毒岩蜥蜴。

 一見すればそれは巨大な岩だ、幼い私に蜥蜴と岩の区別はついていなかっただろう。

 

『――思うがままに力を振るうことは、とても楽しい。心が踊る。そんな強さを、貴方も手に入れるの』

 

 母上は私を抱えながら、自身の得物を蜥蜴に向ける。

 

『手足を思うがままに操って、大地を駆けてみるといい。迫りくる敵の剣を、生身で受けてみるといい。何より――』

 

 鋭く、細い。

 糸のような刀だ。

 疾討のそれとは違う、また別の美しい波紋。

 下手に振るえば、剣の方が折れてしまいそうなしなやかさで母上は――

 

 

『斬りたいと思うものを、斬るといい』

 

 

 一刀のもとに、”岩”を両断した。

 

 ああ、きっと。

 それが私の始まりだったのだ。

 強くなれと母上に諭され。

 強さを間近で見せられた。

 その時に、私は憧れでおかしくなってしまったのだろう。

 

 でも、残念ながら私は幼さゆえにその時の記憶を忘れてしまった。

 というよりも、母上はそれを見越して幼い私を諭したのではないだろうか。

 その後私は前世の記憶を完全に思い出し、異世界の環境に退屈を覚えるようになった。

 無論、母上は私の前世の記憶については知らないだろうけど。

 私が将来、今の生活に退屈を覚えることくらいは把握していたはずだ。

 それくらいは、天才の母上なら見透かしていたはずだ。

 だからこそ、おぼろげなうちに憧れを植え付け、それを父の剣で目覚めさせたのだとしたら。

 

 ああ、本当に――

 

 

 母上には、感謝以外の言葉がない。

 

 

 それがなければ、私はこんな素晴らしい世界を知らずに一生を終えていた。

 娘にやる教育としてはどうかと思うが、私個人としては全く以てありがたい教育である。

 結果として、今の強さを求める私が出来上がったのだから。

 

 とはいえ、思い出したのはここまでだ。

 この後たしか、私はもう少し母上に何かを言われた覚えがある。

 でも、そこまでは残念ながら覚えていない。

 いつか思い出せたら、嬉しいな。

 

 

 +

 

 

「――故に母上は言ったのです。私に強くなれ、と」

「……だからカグラさんは、そんなに強くなれたんですか? 私には無理そうです。母のことを思い出すと、あの地獄のような魔物の群れのことを思い出してしまいます」

 

 それから私とファナちゃんは、お互いのことを訥々と語り合った。

 その中で、思い出した母上との過去を、ファナちゃんに話す。

 途中、母上の教えにファナちゃんがドン引きしたりもしたが、それ以外は穏やかに話が進んだ。

 

「確かにそれはつらい記憶です。でも、つらい記憶を乗り越えるために強くなる必要はありません。強くなったことで、結果としてつらい記憶を乗り越えるのです」

「できるでしょうか……」

「できますよ。それに、何も強さとは物理的なものだけではありませんよ」

 

 そうなのですか? と首を傾げるファナちゃん。

 

「私からすれば、こうして母の死と向き合おうとしているファナちゃんは、十分に強いです」

「それは……なんだか実感が湧きません」

「仕方のないことですよ、向き合って受け入れて、そうして少しずつ前に進んでいくものなのですから。こういうものは」

 

 結局のところ、受け入れることは忘れることだ。

 私の場合、死の恐れを克服した原因も、すっかり忘れていたくらいだし。

 いずれは忘却が悲しみを癒やしてくれる。

 そんな話をしながら、私とファナちゃんの夜は更けていく。

 

 それからは、いろいろな話をした。

 ファナちゃんは趣味で楽器をやっている、とか。

 バイバイラットと瘴気だけを魔力で吹き飛ばせたのは、魔力が人間の魂から生み出されるもので、物理的なものではないから、とか。

 そんな話をしながら、私達は墓参りを終えたのだ。

 

 

 +

 

 

「という話があったんですよ……もふ」

「ほーん」

「もふ、もふ」

 

 後日、私はソアナさんにこのことを話していた。

 場所は「ヨース」の街でソアナさんが開いている露店。

 店へあそびに行ったら、試作のドーナツを試食させてやるからここ最近の冒険話を聞かせてくれ、と言われて話したのだ。

 ファナちゃんに関してはある程度ぼかして、プライバシーに配慮しつつ。

 簡単な概略を語った。

 

「カグラって結構面倒見がいいよねぇ、そういうのは母親の影響? 父親の影響? ほれ」

「もふ、もふふもふもふ」

 

 質問と同時に、次のドーナツを与えられてしまった。

 答えようにも喋れない。

 頬を膨らませて、もっくもっくと甘いドーナツっぽいお菓子を咀嚼する。

 

「ごくん。質問とドーナツはどっちか一つにしてください」

「あはは、なんか面白くってつい。それで?」

「父上の影響ですね。母上は典型的な七刀で、変人でしたから」

 

 でなければ、私を諭すのに「自分は強いから」なんて言って剣を振って見せないのだ。

 正直、そこら辺は母上の影響を受けてしまった自覚はある。

 「カグラは母親似だなぁ」なんて苦い顔をしていた父上の顔を思い出す。

 そんなふうに過去に浸っていると――

 

「それで? 続きは?」

 

 なんて、ソアナさんに促される。

 といっても、もう話すことはない。

 

「え? これで終わりですけど?」

「えっ」

「えっ」

 

 なんでそんな驚いた顔するんですか!?

 もくっ(餌付けされる音)。

 

「か、カグラのことだからてっきり、この後もう一つ落ちがあるとおもったんだけど」

「もふふもふもふもっふー(人のことを何だと思ってるんですかー)!」

 

 失礼なソアナさんである、と文句を言おうとしたが。

 「これまでの自分を顧みてみなよ」と言われて顧みて……私は黙ってドーナツの味を堪能するのだった。

 




カグラに餌付けする話を単話で入れたかったんですが尺がなかったので、ここに入りました。
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