転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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それは一つの、大いなる勘違い

 それから私とリンカねえさまは、人造宿痾の主を止めるために先を急いだ。

 どこに人造宿痾がいるかは、資料の中から地図を見つけられたので迷うことはない。

 あの魔術師が、万が一を考えて宿痾を起動させている可能性は高く。

 急いだほうがいいのは当然だ。

 だから、会話は移動のさなかに行われることとなる。

 

「それで、本当にその方法で子どもたちの魂を解放できるの?」

「理屈としては可能なはずです。問題があるとすれば二つ。一つは当然ながらこの理屈が宿痾に通用するのかという点ですが……」

 

 理論は間違っていないはずだ。

 宿痾の特性と、これまで見てきたものが正解を物語っている。

 それでも、当然ながら不安はあった。

 

「もう一つは、私が”アレ”を成功させられるかどうかです」

「……ねえカグラ、貴方がそこまで無茶をする必要はないのよ」

 

 ぽつり、とリンカねえさまがこぼす。

 足を止めることはなく、視線だけを私は向けた。

 

「確かに子どもたちを犠牲にすると、私の経歴に傷はつく。でも、貴方はそうじゃないわ」

「……まぁ、そうですね」

「ここまで殺さないように立ち回って見せて、貴方が自分の言葉を実行できる力があるのはよくわかった。でもこれはそうじゃないでしょう」

 

 誰も殺さずに、この拠点を制圧してみせる。

 そんなことを、確かに私は言った。

 リンカねえさまに私の意思を見せるために。

 

「これ以上の無茶は、貴方の命とこの街を危険に晒す。人造宿痾の主は――このまま討伐するべきよ」

 

 より大きな犠牲を出さないために、小さな犠牲を許容する。

 諦めてもいいのだと、姉さまは言う。

 それに対し、私は訂正しなくてはならないことがあった。

 

「ごめんなさいねえさま、少しねえさまを誤解させてしまっていたと思います。殺さずに拠点を制圧しようといいだしたのは、そうする必要があったからではないのです」

「……必要があったからじゃない?」

 

 多分、ねえさまは一つ誤解をしている。

 ねえさまは、何やら私が「殺しをすると後戻りができなくなるから殺しをしない」と考えているようだ。

 それは、()()()()()と同じだ。

 ちょうど二年前、里に発生した宿痾の主を討伐した少し後。

 父上からそんな話をされた。

 でも、私が殺しをしない理由はそういう理由じゃない。

 もっと、単純で――

 

 

「私が()()()()()からやっていることなのです」

 

 

 私のやりたいことと、人を殺さないことが関係しているだけなのだ。

 

 

 +

 

 

 ――その頃。

 カグラが剣の里を旅立って、この世界の暦で二ヶ月程度が経とうとしていた。

 剣の里は、カグラがいなくなる前とは少し雰囲気が変わっている。

 元気に飛び回りながら魔物を狩って回る、見目麗しい少女がいなくなったのだ。

 少しだけ、里の雰囲気も落ち着いたものになっていた。

 決して沈んでいるわけではない、いなくなってもカグラは旅先で元気にやっているだろうし。

 里も平和に毎日を過ごしているのだから。

 

 それでも、時折顔に憂いを帯びるものがいた。

 ヒオリである。

 里の子どもたちの中では最もカグラを慕い、最もカグラから師事を受けていた少女。

 ヒオリにとってカグラは大切な存在だ。

 憂いを帯びるのも当然と言えた。

 

「……カグラねえさま」

「また、カグラを思い出してたそがれているみたいだな」

 

 そんなヒオリに声を掛けるものがいた。

 

「里長様!?」

 

 里長、つまりカグラの父だ。

 

「申し訳ありません、こんなんじゃ周りの人を心配させるだけなのに……」

「いいんだ。私もカグラを思い出してたそがれるためにここへ来たからな」

「ええ……」

 

 カグラの父は親バカだった。

 二人がいるのは、里の修練場だ。

 カグラは暇があると常にここへやってきて、修練をしていた。

 百鬼夜行が起きてからは魔物の討伐が主だったため、やってくる頻度は減っていたが。

 それでも朝の日課は必ずここで行うし、一日に一回は顔をだしていたのだ。

 だから、カグラを思い出してたそがれるためには、ここに来るのが一番だった。

 

「……里長様は、カグラねえさまに旅の許可を出して、良かったと思っていますか?」

「思ってはいないぞ。だからこうして後悔しているわけだからな……」

「あ、いえそうではなく。……カグラねえさまは、()()なのですよね?」

 

 ふむ、と父は考えこむように腕を組む。

 ヒオリは続けた。

 

「それを、カグラねえさまは類稀なる精神力で押さえつけている。と、そう思っていましたが」

「例えば?」

「人を殺さないのは、人を殺す味を覚えないため……かと」

「ああ……」

 

 それは、里の人間の共通認識だった。

 カグラは剣鬼だ、人を殺せばその味を覚える。

 里の中であれば周りの人間と環境で抑制できるが、旅に出ることを許せば抑えることはできないのではないか、と。

 

「……すまない。子どもたちには難しい話だろうと、説明はしていなかったんだ。君はもう、そのことを理解できるくらい利発になっていたんだな」

「えっと、ありがとうございます?」

「あはは、君が旅に出られる日も近いだろう」

 

 冗談交じりに零してから、父は続ける。

 

「確かにカグラは剣鬼だ。……剣鬼だった、というのが正しいかな。生まれてすぐは――幼い頃のカグラは確かに剣鬼に堕ちうる危うさがあった」

「なるほど……」

「と、私の妻が言っていた。私は正直よくわからないがね」

「ええ……」

 

 カグラが剣鬼になるかもしれない、と言い出したのは里長の妻。

 つまりカグラの母だ。

 彼女はこの里始まって以来、最も才能に恵まれた剣士と言われている。

 そんな彼女の才能が、直感的にカグラの剣鬼としての側面を見抜いたのだという。

 

「ただ、私がカグラを切ることが忍びないと思ったのだろう、妻は一計を案じた」

「何をしたのですか?」

「カグラに、()()()()()()憧れを与えたんだ」

 

 当時四歳くらいだったカグラを連れ出し、眼の前で魔物を切ってみせたのだという。

 剣鬼は強さに憧れを抱く。

 人以外を斬る強さを強烈に植え付ければ、カグラの剣鬼としてのあり方を抑えられるかもしれない。

 実際それは、うまく行ったように思えた。

 カグラは人を斬ることではなく、岩を斬り、魔物を斬ることを生きがいとした。

 

「本来の計画だと、幼い頃に一度憧れを植え付けてから、それを忘れることで”飢え”を感じさせてより強い執着を人以外に向くようにしたかったらしいな」

「カグラねえさまのお母様って……その……」

「あはは。まぁ、勝手な人だし、傍若無人な天才ではあったけど。思いやりはある人だよ。なにせこの計画も私に相談せずに実行したくらいだ」

 

 ええ……とちょっとヒオリは引いた。

 

「ただ、どうやらカグラには、妻にも想像できない何かが宿っていたらしい」

「想像できない何か?」

「さぁ、それがなにかはわからないけれど、悪いものではない」

 

 なんでも、それがカグラに旅の許可をだした原因らしい。

 とはいえヒオリに、それが何であるかはてんで見当もつかないのだ。

 父は、それがわかっているので答えを教える。

 一言で言えば、とても単純なものだった。

 

 

「――ヒオリは、カグラが自分のことを()()()()()()()()()()()()()を見たことがあるかい?」

 

 

 それは、剣鬼という存在を理解しているヒオリたち里の人間にとって。

 ある意味盲点と言えるものだった。

 

 

 +

 

 

 ――カグラの言葉に、リンカは先程のソアナとの会話を思い出す。

 ソアナは一言、こういった。

 

 

『私、カグラが自分のことを剣鬼って言ったこと、一度も聞いたことないんだよ』

 

 

 それは、そうだろう。

 剣鬼とは里における禁忌だ。

 自分を剣鬼などと吹聴する里の人間はいない。

 ただ――続けてソアナはこうも言った。

 

『どころか、その剣鬼って単語自体初耳だ。人を切ることに快楽を覚える? ――それって、()()()()()()()()んじゃないか?』

 

 ――剣の里の人間にとって。

 嬉々として何かを切ろうとする存在は、剣鬼と同義だ。

 だけど、剣鬼は基本里の外に出ない。

 存在さえ知られることはない。

 ならば、里の外の人間にとって、剣鬼という存在がイマイチピンと来ないのは当然で。

 何より、里の人間が本人たちのイメージとは違って怪物扱いを受けていることを、リンカも知ってはいた。

 つまり、そんなに剣の里のイメージと、カグラに対するイメージは、外の人間からすればさほど変わらないのだ。

 

『確かにカグラはおかしなことばっかりするけど、私にとっちゃ……ちょっと……いやかなり……とんでもなく変な隣人でしかないよ』

 

 だから、もしかしたら。

 

「リンカねえさま。私が人を殺さないのは、倫理的にそうするべきだからというのもあります。人を殺したくないって、普通の感情ですよね?」

 

 リンカは、――剣の里は、大きな勘違いをしていたのではないか。

 殺したくないと思うから、「殺さないようにしたい」。

 そんなの、リンカだって持っていて当然の感情だ。

 ()()()()()()()()()()()()持っていて当然の感情だ。

 

「そしてもう一つ、私にとってはこちらのほうが重要なのですが。殺したくない理由がもう一つあります」

 

 やがて、カグラとリンカは人造宿痾の主が待つ部屋へとたどり着く。

 

「それは――」

 

 カグラはそこで、リンカに答えを明かそうとしていた。




クライマックス直前の真面目な回です(くもりなきまなこ)
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