転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
――温泉にて、名のある登山家達に霊峰の存在を慄かせた後(比喩表現)。
私達は、宿に戻って夕食に舌鼓を打っていた。
温泉街というと、前世の和風な宿をイメージしがちだが、この世界の宿は基本的に中世風ファンタジーである。
一階に食堂があって、二階が宿みたいな。
なので一階で夕飯を食べていたのだが、ふとリンカねえさまがあることを呟く。
「なんか、前より客が減ったわね」
「そうなのですか?」
「昔はもっと賑わってた……っていうか、立地を考えると賑わってないとおかしいのよ」
確かに、この宿は結構な一等地に建っている。
私達以外に食事をしている客がいないというのは、いささか不自然だ。
「宿の娘さんも、なんだか顔が暗かったし……」
「なにかありそうですね」
リンカねえさまと、この宿を切り盛りしている娘さんは顔見知りだそうだ。
なので、顔を合わせたら再会を喜んでいたのだが。
それはそれとして、心ここにあらずといった様子であった。
具体的にこの街にやってきて、私の胸部に視線を向けなかったのは彼女だけである。
と、その時である。
「いい加減、この宿を我々に明け渡さないか!」
なんて、剣呑な叫びが宿の入口から響いてきた。
「――ねえさま」
「……そうね、カグラ」
私とリンカねえさまは、互いに頷き合う。
そう、これは――
「揉め事――」
「喧嘩チャンスですね!」
「違うわよ!!」
なぜ!?
今、宿の入口で起きているのは時代劇的な展開だろう。
それはつまり、乱暴狼藉を働く悪の手先を千切っては投げても許される合図!
今すぐにでもやあやあ我こそは、と突撃したい!
「とりあえず、一旦状況を確かめるべきよ。ないとは思うけど、この宿に非がある可能性だってあるし、仮に向こうが悪くても私達じゃどうにもならないかもしれないわ」
「……まぁ、それはそうなんですけど」
とはいえ、姉さまの言うことは尤もだ。
現状私達は、この宿の状況を何も知らないのだから。
「それなら、具体的に話を聞きに行きましょうよ」
「まぁそうね。……あの子にひどい目遭わせてる奴らの顔、拝んでおこうじゃないの」
まぁ、最終的にこうして、現場に突撃するという選択を私達は取るわけだけど。
リンカねえさまも、この宿に何度か世話になっていることから、色々思うところはあるようだ。
残り少なかった食事を腹に詰め込んでから、私達は宿の入口に向かった。
「そこまでよ」
「そこまでにしてください!」
バァーン、扉を開けて現場に躍り出る二人。
そこではいかにも悪そうな肥え太った商人と、宿で受付をしてくれた女の子がいた。
女の子は顔を青くしていて、商人はすごい剣幕でこちらを睨んでくる。
「何者だ貴様等!」
「この宿の宿泊客ですよ。食事摂っていたら何やら騒がしい声が聞こえてくるじゃありませんか。気になって様子を見に来たわけです」
私の言葉に、ふん、と商人が鼻を鳴らす。
「何のつもりか知らんが、その小娘に肩入れするつもりならやめておけ。我々は正当な要求をしているだけなのだからな」
そう言って、男は後方に待機している複数のチンピラに視線を向ける。
おお、結構な数がいるじゃないか。
これならだいぶ楽しめそうだぞ。
「それ、本当なの?」
「あ、リンカさん……えっと……借金をしているのは、確か……です」
顔見知りのリンカねえさまの質問に、おずおずと娘さんが答える。
なるほど、借金。
よくあるやつだ。
詳しく話を聞いてみると、更にどこかで聞いたような話が飛んで来た。
もともとこの宿は、娘さんとその母親で切り盛りしている宿だったらしい。
それが、母親が病気で倒れてしまい、それを治すために高額な薬をこの男から購入したらしい。
母親は一命をとりとめたものの、未だベッドの上での生活が続いていて。
しかも悪いことに、一人で母の面倒をみながら宿の切り盛りは難しく。
色々とサービスの質などが落ちてしまい、客足が遠のいた結果。
借金の返済が滞ってしまっている、ということだ。
「この宿を明け渡せば、借金を完済するどころかお釣りが来る。その金で何処か別の場所にでも移ればいいと言っているのだ。何も、おかしな提案ではあるまい?」
「おかしな提案ではないかもしれないけどね、弱みにつけ込んで宿を乗っ取ろうってのは悪質じゃないかしら?」
「ふん、別に何も法に背くようなことはしておらん。一介の客にとやかく言われる筋合いはないな」
リンカねえさまの反論も、涼しい顔で商人は受け流してしまう。
この手の商人にしては、宿を明け渡す際の金をきっちり払うつもりがあるのは意外だが。
まあ、残念ながらこいつが宿を乗っ取るために裏で工作していないわけじゃないのだけど。
「――ええまぁ、貴方がこの宿の客を減らすために工作をしていなければ、その通りなのでしょうけどね」
いいながら、私は一歩前に出る。
宿屋の娘さんを守るためにも、この後の殺陣でリンカねえさまに獲物を取られないためにも。
「工作? バカをいうな。これは正当な取引だ」
「そうですか? 後ろの連中が、この店を利用しようとする客を妨害していたのは事実のようですが」
「ありえん。どこに証拠があるというのだ」
何を言っているんだと、商人が私を睨む。
ちらりと視線を胸にむけてから、改めて何をいっているんだと胡散臭そうな視線を向けてきた。
私はそれを気にせず、後ろにいる男たちに視線を向けていく。
一人ひとり、軽く観察して――見つけた。
「彼が、私達を引き留めようとしているの、気づいていましたよ?」
「ああ!?」
――当たりだ、男の感情に驚愕が混じったことから確信する。
「ずいぶん遠くから見ていたようですが、剣の里の旅装を見て引き留めるのを諦めたようですね」
「な、何いってんだ、てめぇ!」
「服のポケットに、そちらの商人からもらった指示のメモが入っていますよね? それを見せていただいてもいいですか?」
「な――」
私の指摘に、男が顔面を蒼白にさせる。
どころか、この場にいる誰もが理解できないといった様子で私を見た。
私だけが、男に悠々と近づくと。
メモの入ったポケットを指差す。
「そのポケットです、見せていただけますよね?」
「あ、あ、あ……」
どうやら、返事できる精神状態じゃなさそうだ。
なら、と怯える男のポケットに手を突っ込んで――私は、そこから一枚の紙片を取り出した。
「指示の内容を覚えられなくて、こうしてメモを取ったのですね。殊勝な心がけですが、こんなところまで持ってくるべきではありませんでした」
「あ、ちょ――」
「お、おい! どういうことだ! メモは残すなと言ったはずだぞ!」
そこで商人がボロを出す。
私が、この状況の全てを把握していると、
「やはり、この宿に対しての工作を色々やっていたみたいですね」
「貴様……!」
私は、一旦リンカねえさまと宿の娘さんの元へと戻る。
驚いた様子で、ねえさまが問いかけてきた。
「い、一体いつの間に見抜いたの?」
「いつの間に、ですか。そうですねぇ――」
私は、薄く笑みを浮かべながら――
「今、この場で、です」
そう、言った。
「はあ?」
「人間観察ですよ。相手の行動や視線、声の調子から考えていることを読み取るのです」
今回の場合、私は商人の後ろで待機している男たちの様子から、工作が行われているのを読み取った。
そこから男たちにブラフみたいにふっかけて、情報を抜き取っていったのである。
「アンタの人読みの精度が異常なのはわかってたつもりだけど、そんなことまでできるの?」
「強者相手だと、向こうもここまで隙を晒しません。こういった一山いくらの手合にしか、効果がありませんよ」
「そりゃまあ、そうでしょうけど。にしても、あの男がこっちを様子見してたのなんて、私でも気づかなかったわよ。魔力感知の精度もおかしいでしょ」
「まぁまぁ、そんなことより――」
そこで一旦話を打ち切る。
なにせ、たった今からここは戦場になるのだ。
「ぐ……だが、貴様らの口を塞げば、証拠など残らん! お前たち、囚えた後は好きにしていい、やってしまえ!」
「ええ、でも剣の里の女ですぜ?」
「いいからやれぇ! これは命令だぁ!」
……このパターンで、部下がためらうの初めてみた。
ともあれ、命令されてしまえば向こうも従わざるを得ないようだ。
なんだか大変失礼なことを言われているが。
「喧嘩ですねぇ!」
「ああもう、やってやろうじゃない! ……貴方は、私の後ろに隠れててね」
「は、はい」
嬉々として私は飛び出して、チンピラたちを刈り取りにいった。
時代劇の殺陣だぁ!
なお、私達が捕縛した商人はその後も余罪がわらわらと飛び出して。
妨害を受けなくなった宿屋の娘さんは、再び宿を繁盛させることとなる。
――そして、何故かこの時の私の大暴れは後に「暴れデカパイ将軍」などと呼ばれて、語り草になるのだが。
その将軍って称号は一体どこから飛び出したんだ!
黄門様は別の意味になっちゃうので将軍の方になりました。
評価いただきありがとうございます、デカパイが育った結果がこれだよ!