転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
私が初めて魔物を斬った時、感じたのは嫌悪ではなく高揚だった。
前世では、動物すら殺したことのないような平凡な人生を送っていながら。
どうしてか、私は魔物を斬ったその感触に魅入られてしまったのだ。
しかし同時に、不思議に思うことがある。
どうして私はここまで剣に魅入られてしまったのだろう。
理由は明らかだ、この世界には娯楽が少なすぎる。
強くなることしか、私にはやることがなかったのだ。
でもそれは継続の理由であって、魅入られた理由じゃない。
魔物をためらうことなく斬れるようになった理由でもない。
私が剣を手に取ったキッカケは、もっと別のところにあったはずだ。
それは、そう。
最初のキッカケは、父が岩を斬ってみせたときだったと思う。
あの時確かに、私はこの世界の前世では考えられないような身体能力に憧れた。
どうしようもない胸の高鳴りを覚えて、あんな風になりたいと思ったのだ。
しかし、自分で岩を斬っても、思ったようには斬れなかった。
父は言う、それは魔力を使い始めた頃なら当然のことなのだ、と。
七刀のような理外の天才達とは違うのだ、と。
だけど私は諦めたくなかった。
ならば、その時の諦めたくない気持ちが剣に魅入られた理由なのか、といえば。
それは少し違う気がする。
結局私が鍛錬を楽しく感じるようになったのは、その後の強くなっていくという実感が原因で。
剣が自分の思うがままに振るわれることが、楽しくてしかたがなかったからだ。
では、そもそもその剣を自分の思うがままに振るいたいという感情は、どこで覚えたのだ?
覚えていない理由は、きっと幼さだ。
幼い頃の私は、まだ前世の記憶も今の自分の自我も曖昧で。
当時のことを、あまり覚えていない。
であれば、ああ――
私は果たして、幼い頃に。
一体何を、見たのだろうか――
+
父上に、背丈の数倍はある巨大なイノシシが襲いかかっていた。
私はそれに向かって飛びかかり、急所になりうる脳天に剣を突き刺す。
獲ったという感覚、イノシシはそれから少し暴れまわり、やがて倒れた。
「カグラ!?」
困惑する父をよそに、私は父上の周囲の魔物を一気に斬り捨てていく。
上位種のゴブリン、若い金剛狼、他にも様々な魔物。
父上と肩を並べて話をする余裕を作るには、周囲の魔物が多すぎた。
それに、困惑していた父上も、今はそんな事をしている場合ではないと気を取り直す。
そうして二人で魔物を斬り捨てていると、ようやく波が落ち着いた。
だが、困ったことが一つ。
「カグラ、なぜここに来た!?」
「中央から魔物の気配を探っていたのですが、父上の周囲だけ魔物が多いように見受けられまして」
「気配を……? いや、その話は本当か。……やけに魔物の数が多いと思っていたが、そのせいか」
はい、と頷く。
なお、困ったことは父に詰問されることではない。
無茶をしている自覚はあるので、叱咤の一つは覚悟の上だ。
「それと、父上」
「なんだ?」
「……先程から、無理に使っていたせいで、剣がダメになってしまいました」
「…………ああ」
私が、ボロボロになった剣を父に見せる。
私の使っている剣は、里で作られた量産品だ。
数を相手に大立ち回りをしていると、そのうち使えなくなってしまう。
父上も、アレだけ暴れればそうなるなといった顔をして納得してくれた。
こんなことなら、中央の広場から予備の刀を持ってくるべきだった。
「……そうだな。私の剣を使え」
「いいのですか?」
「ただの量産品よりはずっと頑丈だ。それに、先程の戦闘を見ていて解った。……ここはカグラ一人で十分だろう。私が刀を取りに行く」
少しだけためらうようにして、父上は言った。
その言葉には、
実際、先程の大立ち回りで私が倒した魔物の数は、父上よりも多かった。
老いて衰えたとはいえ、かつては七刀候補にまで昇り詰めた父上を既に超えているとは。
「その後は、中央から全体の状況を窺い、魔物を押し返せそうなところから順に押し返していく。カグラもここが終わったら、手近なところから攻めてくれ」
「わかりました」
父上に襲いかかっていた魔物の大群を捌き切ったことで、状況は里側有利に傾くだろう。
このまま行けば、遠からず魔物を対処しきれるはずだ。
「ただ、一つだけ」
「はい」
「カグラはまだ幼い、魔力の総量に関してはどうしても我々に劣る。くれぐれも、無茶はしないようにな」
「解っています、父上」
魔力の総量は、基本的に年を経る事に増えていく。
使えば使うほど増えていくのだから、当然のことだ。
故に、まだ使い始めて二年の私は、どうしても魔力総量が足りない。
先ほど剣をダメにしたのも、あの数を相手するために、囲まれないよう身体強化を優先した結果。
剣に通す魔力が少なくなってしまったことが原因にある。
一応、対策がなくはないのだが――ちらりと剣を抜いて考える。
この剣では、
じゃあ、やっぱり魔力総量には気をつけないといけない。
「なにかあれば、そこに魔導火矢がある。それを打ち上げて知らせるのだ」
「はい」
……弓矢を扱ったことはないのだけど、まぁ。
大丈夫だろう、多分。
そうして父は、この場を去っていった。
残るは、既に数を多く減らした魔物の群れ。
先程の会話の間も、蹴り飛ばしたりだめになった剣で無理やり斬ったりして、数を減らしていた。
残る数は、あまり多くない。
これなら、そう時間もかからないだろう。
「――――ふふ」
ふと、口元から笑みがこぼれる。
既に激しい戦闘で周囲の家屋がボロボロになり、被害は零とはいかなくなっている。
そんな不謹慎な状況でありながらも、笑みは止まらない。
ああ私は――この世界に生まれ落ちた時から、修羅と成り果てていたのかも知れないな。
+
斬る。
迫りくる魔物を、駆け抜けざまに首を斬り落とす。
斬る。
両方向から迫ってくる魔物を、片方を斬り飛ばしてもう片方にぶつける。
斬る。
周囲に魔物がいなくなったことを確認し、次の場所へと向かう。
そんなことを、ただ無心に繰り返す。
父上から預けられた刃は、無銘の量産品よりも圧倒的に手に馴染んだ。
思う通りの弧を描いて、相手の喉元に食らいつくそれが面白くてたまらない。
迫りくる魔物を斬り捨てる度に、飛び散る血しぶきが美しく思えてならない。
斬っても斬っても尽きぬ魔物の波に、興奮が抑えきれない。
ああこれだ。
これが私の求めていたものだ。
強くなることで、何かを斬る力を手に入れた。
殺す力を手に入れた。
それを存分に振るうことが、私がここにいる意義なのだ。
前世の己が警鐘を鳴らす。
それは、修羅を越えて悪鬼へと堕ちる道だ、と。
解っていると私は返す。
私にだって、譲れないものくらいある。
眼の前に、新たな魔物の群れ。
だがそれ以上に、目に入ったのはそれと戦う里の大人だった。
一人の大人が、もう一人を庇っている。
戦いの中で怪我をしたのだろう、庇われているもう一人はもう戦えそうにない。
どころか、このまま放置していたら命に関わる。
――それは、ダメだ。
私は魔力で施した身体強化を更に強め、一息に魔物へ飛びかかり――斬り裂く。
着地し、剣から血を払う。
そして――
「――カグ、ラ?」
こちらを驚愕の瞳で見つめる、大人たちを見た。
「大丈夫ですか?」
生きている、よかった。
人が死ぬのは、とてもよくない。
前世の己が言っている。
――もう、あんなふうに誰かが死ぬのはゴメンだ、と。
前世の自分が、将来を夢見ながら不慮の事故でこの世を去ったように。
母上が、幼い頃にこの世を去ったように。
人は死ぬ、簡単に死ぬ。
だからダメだと、己は言う。
私もそうだと、強く同意する。
「……あり、がとう」
怪我をしていた方の大人が、そう告げて意識を失った。
もう一人が意識を失った彼の名前を叫びながら、けれども安堵した様子で息を漏らす。
「ここは、私が引き受けます。中央で父上が指揮を執っていますので。後のことは父上に」
「……わかった」
大人たちが去っていく。
――これでいい。
これで、ただ殺し合いに集中できる。
ああ、やはり。
私はどうしようもなく修羅なのだろうか、と。
迫りくる魔物に刃を向けて、どこか他人事のように考えていた。
剣の練習たのしーガールではありますが、魔物修羅ガールでもあります。