転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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五 刃を抜く

 不意に目を覚ます。

 既に太陽は天高く昇っていて、私は思わずガバっと跳ね起きてしまった。

 そこは里の中央に作られた、雨を凌ぐための天蓋が張られただけの仮設住居。

 寝る時には周囲にいた里の人々が誰もいない。

 私だけが寝過ごしたことになる。

 

 あれから、父上に計画の内容と目的を話し。

 ()()とやっているうちに、身体が限界を迎えてしまったらしい。

 こういう時だけ年齢相応のお子様ボディになるのだから、我ながらわがままなものだ。

 慌てて私は近くに置かれていた自分の服と、一本の()を手にとって天蓋の外へ出た。

 

 外では慌ただしく、里の人達が荷物をまとめている。

 この後、私は宿痾の主を退治しに出かけることとなっていた。

 その結果次第では、里を放棄して近くの街まで住人総出で逃げることになっている。

 これが普通の村ではそうもいかなかっただろう。

 全員が剣の鍛錬に励み、里の一員であるという意識を強く共有していたのがよかった。

 肉体的にも、精神的にもタフな人が多い。

 死人が出ていないというのも、大きな理由ではあるだろうが。

 

「――カグラ」

 

 ふと、二人組の青年に声をかけられる。

 昨日、戦闘の中で私が助けた二人だ。

 傷を負っていた一人も、既に魔術で大半の傷は治すことができたらしい。

 元気に荷物を運んでいた。

 こういうところは、ファンタジー様々だな。

 

「……はい、なんでしょう」

「まずは……昨夜の戦闘、助かった。恩に着る」

 

 正直、少し意外だった。

 もう少し、怖がられるかと思っていたのだ。

 普段から修羅などと呼ばれている私である、その上あの痴態を晒して怯えない人間は少数派だろう。

 

「それと……なんだ」

「……?」

「――美しかった」

 

 んん?

 首を傾げる。

 美しかった? 私が?

 たしかに母上譲りのこの顔は、とても見目麗しいと常々思っているけれど。

 面と向かって言われたのは初めてだ。

 

()()()は」

「……あ、ああ」

 

 なるほど。

 誤解だった、ごめんなさい。

 とはいえ、正直誤解するのも無理はない。

 私の剣が他者にとって美しく見えるなど、考えても見なかったのだ。

 

「それにしても美しい……ですか。なんだか、ピンと来ないですね」

「そうか? 俺はあんなにも自由な剣、初めてみたよ」

 

 自由……そうか、自由なのか、私の剣は。

 なんだか実感がわかないけれど……というか、アレだ。

 

「それに、その……戦いの中の私は、なんといいますか。はしたないでしょう」

「……えっ」

 

 そう言われて、初めて思い至ったという様子で青年二人は顔を見合わせた。

 え? いやだってずっとだらしない笑みを浮かべているし……

 そうして、言われてみれば確かにといった感じで青年たちは視線を逸らす。

 

「あ、あー……い、いや。まぁ……その、なんだ。変なことを言った。申し訳ない」

「こ、こちらこそごめんなさい」

 

 なんだか、全員で気まずい空気になってしまった。

 女性らしい立ち振る舞いというのは、難しい。

 とにかく、こんな事で時間を浪費している暇はない。

 皆は私の勝利を信じて、私が万全の状態で向かえるようこの時間まで寝かせてくれたのに。

 その厚意を無下にするわけには行かない。

 父上に一言告げてから、討伐に向かうこととしよう。

 

 

 +

 

 

 正直、私が宿痾の主を討伐する必要性は確かにあった。

 でも、まさか認められるとは思わなかったのだ。

 まだ十歳になったばかりの子どもが、そんな無茶をするとして。

 大人は絶対に止めるだろう、と思っていたから。

 

 本来なら、そうなのだろう。

 私が”あれ”を使ってみせなければ、何よりこの()がなければ。

 父上は出撃を許さなかったはずだ。

 しかし、そうはならなかった。

 何故か。

 

 この世界において、強さに年齢はあまり関係ないからだ。

 母上は、私と同じ年の頃に六大宿痾と呼ばれる、私が今から討伐する宿痾の主よりも更に強大な宿痾を討伐したらしい。

 剣の里を代表する「七刀」には、今の私と同じくらいの年頃に七刀となった者もいる。

 そういう世界だ。

 そう考えると、里の青年が私を恐れることなく美しいというのも納得できるな。

 だから異世界とは、超常的な力とは、かくも恐ろしく――

 

 ――素晴らしい力なのだ。

 

 はっきり言って、高揚していた。

 これから私は、初めて勝てると断言できない相手と戦う。

 何より”アレ”を実戦で初めて使用するのだ。

 それはつまり、この二年間、私が積み上げてきたものの集大成を見せるときがきたということだった。

 

 強くなるために、鍛錬に傾倒する。

 娯楽に飢えた私が、ようやく見つけた”楽しい”こと。

 かつて憧れた、剣の高みへと至ること。

 その第一歩を、ようやく踏み出す時が来た。

 

 そんな私の進んだ道には、頸だけを刎ね飛ばされた魔物の死体が無数に転がっていた。

 宿痾の主が起こした百鬼夜行により、発生した無数の魔物。

 その多くは、昨夜の夜に討伐された。

 これはその残り香。

 はっきり言って、足を止める理由すらない。

 ただ、鼻歌交じりに斬り殺すには、あまりにもちょうど良すぎる”的”だった。

 

「――ついた」

 

 やがて、濃密な気配に足を止める。

 まだ、姿は見えない。

 だが、確かに瘴気はそこにある。

 瘴気は人にとって有害だ。

 吸いすぎれば命に関わる。

 基本的には、魔力で身体を覆えば問題はないが、あまりにも多くの瘴気を浴びてはいけない。

 母のように、長く生きられなくなってしまう。

 無論、私も覚悟は決めていた。

 

「進みましょう」

 

 そうして私は、瘴気の中へと足を踏み入れる。

 身体を駆け巡る魔力の上から、おぞましい何かが駆け巡るのが解った。

 人を根本的に拒絶する何か。

 この世界の、人類の敵。

 それが今――

 

 眼の前にいる。

 

 それは鬼だった。

 巨大な、三メートル程度の鬼。

 一つ目で、筋肉質のゴツゴツとした黒い肌。

 周囲を瘴気の霧が覆い、辺りは昼間のはずなのに薄暗い。

 森の木々をなぎ倒し、急造された空間の中に、そいつは立っている。

 そしてその鬼の隣には――剣があった。

 

 無骨な、剣としてはあまりにも雑な剣。

 剣の鍛造に関しては素人な私も、あの剣がただ剣の形をしているだけだ、というのは解る。

 だが、剣だ。

 この鬼もまた、剣士である。

 

 ああ、なんだ。

 ――剣士なのか、そうか。

 先ほど、里の青年たちにはしたないと言ったにも関わらず。

 私の口元の笑みは、抑えられそうにない。

 

『――――』

 

 私の存在に気付き、鬼が剣を手に取る。

 もともと、瘴気の中に踏み入った時点で、向こうはこちらを把握していた。

 私の切り札は距離を無視できないので、こうなることは想定済みだ。

 だからこそ、向こうは警戒しながらも悠然としていた。

 そして私も、臆することなく立っている。

 

 そして、私は――自身が手にする”刀”へと添えられていた。

 

 

 +

 

 

 ――それを父に見せられた時、私の全身に得も言われぬ感覚が駆け巡った。

 

「――これが、この剣の里の開祖が使っていたという、異国の剣だ」

「…………これが」

 

 私は父上に計画を話した夜。

 父上からあるものを見せられていた。

 里から運び出された貴重な家財の中に、一際大事に保管されている箱。

 その中には、里の人間が代々受け継いできた、この里の至宝が納められている。

 

 箱を開き、父上は私にあることを促す。

 

「持ってみなさい」

「――」

「……カグラ?」

「あ、は、はい……失礼します」

 

 良いのか、とは聞かない。

 そのやり取りは既に済ませていた。

 何より私は今、眼の前にある”それ”に、どうしようもなく目を奪われていた。

 

「何百年も前のものだが、保存の魔術によって劣化は一切していない。何より、この剣に使われた異国の特別な鋼は、今も剣の切れ味を最高のものに保っているという」

「手入れの一つもなく、ですか」

「そうだ。そういうものなのだ。なにせこの剣は――」

 

 その剣は、あまりにも鮮烈に私の前に現れた。

 

 恐らく、この世界の漆に該当する塗料が塗られた鞘。

 重く、ゴツゴツとした鍔に、柄。

 保存魔術によって劣化することなく、布の柄巻は美しいままだ。

 ずしりと、刃の重みがのしかかる。

 そんなこの剣、否――刀は。

 

「――呪われている」

 

 妖刀だ。

 断言できる。

 なにせこんなにも、この妖刀は私を吸い寄せている。

 

「だが、幸いにもこの剣の最も厄介な呪いは、使うものを選ぶという点に限られる。後は、使用者と認めたものの側へ、離れようとも一晩経てば現れること」

「それだけ聞くと……便利ですね? 劣化せず、取り上げられても戻って来る。それでいて命を奪う類の呪を持っていないとは」

「まぁ、だからこそ開祖もこれを自身の得物としたのだろうしな。ただ――」

 

 父上は、少しだけ不安そうに続けた。

 

「開祖亡き後、この剣を抜いたものは一人としていない」

 

 そう、そうなのだ。

 私の計画――というか切り札には、どうしても頑丈な剣が必要だ。

 なにせ私のそれは、一度振るえば生半な剣であれば即座に()()()()()()()()故。

 現在、この里にその条件を満たせる刃はこれしかない。

 これを抜けなければ、そもそも私の計画はご破産だ。

 すごすごと、里を放棄して決死の逃避行を図るしかないだろう。

 

「七刀の方々ですら、ですか?」

「そうだ。どういうわけか、七刀はこの剣に嫌われている。曰く――この剣は、天に与えられたものが振るう剣ではない、と」

「……母上の言葉ですか」

 

 父上が頷く。

 らしい言葉だな、と思いながらも。

 それだと果たして、私は剣を抜けるだろうかと疑問に思う。

 なにせ私は二度目の生を謳歌する身、まさしく天に命を与えられた存在だ。

 とはいえ――私にはもう、この刀以外の全てが目に入らない。

 魅入られていた。

 強さに魅入られた、あのときのように。

 

「父上、この刀の銘は?」

「刀……そうだな、この刀の銘は――」

 

 ああ、父の言葉がすっと胸に入り込んでくる。

 この刀は、こんなにも私を引き付けてやまない。

 離さない、離したくない。

 ()()もそう思っているのでしょう?

 ならば私と――鬼を切りましょう。

 

 

 +

 

 

「――鬼よ、これから立ち会う者として名乗りましょう」

 

 そして私は、その刀を――

 

 

 ためらうことなく、抜き放つ。

 

 

 それと同時に、心の内が悲鳴を上げる。

 ――心の高鳴りが、抑えられそうにない。

 

「我が名はカグラ、流派は森羅」

 

 森羅、とは剣の里の開祖の名前。

 

 ――興奮が私の身を焦がしてしまいそうだ。

 

「振るう刃の銘を、――疾討(しとう)

 

 抜き放った刃には、剣の里で鍛造される剣とは違い――確かに刃紋が刻まれていた。

 

 ――今すぐにでも、斬りかかりたい。

 

宿痾(やまい)を討つには――――いい()でしょう!」

 

 かくして私は、身の丈の三倍近くもある鬼へ――宿痾の主へ。

 乾坤一擲の、死合を挑む。

 

 ――――ああ、愛おしい。

 この死合の全てが、愛おしくてたまらない。




寝起きにカグラが掴んだ服は、一話で肌襦袢の上に羽織ったものなのですが
後で読み返したらなんか全裸のまま服を掴んだように見えたのが面白かったのでそのままにしました。
はしたないどころの騒ぎじゃない!
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